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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第86話 月涙

 キュアリスが何度も拳をトリビューラに叩きつけたが、やはりダメージは無いようだった。

 キュアリスは顔をしかめて手を振った。


かったいなあ、コイツ……。なんなんだよ……」

「ダメか?」

「ダメだね。中身が無いよ、これ」


 キュアリスはトリビューラをコンコンと叩き、肘をついてみせた。


「多分、死にそうになったからこの肉体から抜け出したんだ。

 まったく、不死性は失ってるはずなのに……。呆れたもんだね」

「もう中にはいないのか?」

「いない。殴ることでしか物事を理解しない私が断言する。

 トリビューラはもうこの肉体にはいないよ」

「くそっ、逃げられたということか……」

「そうか? ワガハイは違うと思うぞ」


 椅子に座って傍観していたレドモアが口をはさんだ。

 全員が振り返って吸血鬼の女王の言葉を待った。

 レドモアは注目されたことでやや得意になって話し始めた。


「それは紛れもなくトリビューラだったのだ。

 そして、末席ドミナトス、お前は間違いなくその三角を倒した」

「だが、奴は最後に『このまま時間を稼ぐ』とか言っていたぞ。

 今際の際にそんな訳の分からない負け惜しみを言うか?」

「それも違う。お前はそいつを倒したが完全に勝利したわけではないのだろう」


 レドモアの言葉にドミナトスやキュアリス達は頭上に「?」を浮かべた。

 それを見て女王は楽しそうに笑みを浮かべる。


「簡単なことだ。そいつは奴の分身なのだよ。

 あいつのことだ、どうせ三人は自分がいるのだろうよ」

「そ、それじゃあ、不死性を失っていないじゃないじゃないか!?」

「失っているとも。現にそいつ……その分身は死んでいる。

 今日この場で滅ぼせない、という意味では不死だと言えるかもしれんがな」

「そんな……」

「そう落胆するな、末席。仮にもお前と斬り結べるほどの分身だ。

 そう簡単に作れはせんだろう。何十年とかけて作るような代物には違いない。

 次の分身を作る前に残りを殺しに行くのが良かろう」

「私は今日までに二百年かけて準備してきたんだ……」

「なら諦めるがよい。元々苦難の道のりであることは覚悟のうえであろう?

 それとワガハイも魔王だぞ、異端の魔王よ。そういうことは言わぬがよかろう」

「……」

「さて……、トリビューラが言っていたという時間稼ぎについてだが……。

 いつまで経ってもお前たちが気づかぬようだから、ワガハイから助言をやろう。

 あれを見よ」


 レドモアが優雅に右手を伸ばして指をさした。

 全員が指された方をみる。

 そこにはヴィアルが作った時計魔法陣があった。

 その針はもうすぐ二時を指そうとしている。

 キュアリス達はげんなりした表情を浮かべた。


「またあれかあ……。また敵が復活するのかな……」

「まさかトリビューラが復活したりはしないだろうな!?」


 ドミナトスの慌てた声にレドモアが肩をすくめた。


「あれの効果はトリビューラが引き起こしている。

 だから、トリビューラができないことはあの時計にもできない。

 トリビューラが復活するようなことは無い。

 まあ、せいぜい眷属や眷属候補が復活する程度だろう。

 ワガハイのような客人が来たりな。

 他の効果は……何だったか……。忘れたな。

 まあ、忘れる程度のことだ。取るに足りんものだな」

「でも最後には全員死ぬんでしょう?」


 ローアの言葉に人間勢はギクッとした。

 動じなかったのは不死である魔王だけだ。


「まあ、そうだな。だいたい百分後にはお前たちはオダブツだ」

「破壊しましょう!」

「はー……、もうひと頑張りかあ……」

「やけに疲れているな、勇者よ。年齢としか?」

「アンタのせいだよ!」


 そのとき、時計魔法陣の針が二時を指し、鐘が鳴った。

 正四面体のダイスが振られる。

 出目は「6」だった。

 つまり、『マレビト来たれり』だ。


 ローアが心底うんざりしたように口をへの字に曲げた。


「また、6? じゃあ、また魔王クラスの敵が来るの?」

「それは無かろう。魔王はおおむね平和主義のひきこもりだ。

 ワガハイのように好き好んで戦いに来るような者は他におらん」

「それは何よりです……。

 でも、じゃあ誰が来るのかしら……」

「……ん、月が……」


 最初に異変に気付いたのはノイアだった。

 その日は満月だった。

 一瞬影が差したように感じて月を見上げたのだ。

 彼女の声につられて月を見上げたローア達はその光景が理解できなかった。



 月が黒い涙を流していた。

 月の淵に黒い血のような液体が溜まっていて、底からしたたり落ちてきた。

 落ちてきた液体が闘技場の真ん中あたりに水たまりを作っている。


「……は?」


 驚愕する面々の見つめる中、月はゆっくりと時計回りに回転した。

 回転するに伴って、月の淵から黒い液体が滴り落ちる。

 まるで月が栓になっているようだ。



 キュアリスは引きつった顔でレドモアを振り返った。


「……なんか、演出がヤバめじゃない、レドモア?」

「肯定する。あれはヤバいぞ」


 元々真っ白な肌のレドモアはより一層血の気の失せた表情でそう言って、その場の全員の寒気をよりひどいものにした。


「あれは……魔王、ではないはずだ。

 魔王の中に月に縁のある魔法を使う奴はおらんし、あんな登場の仕方をする奴もおらぬ。

 何者だ? この感覚……ワガハイより格上だぞ……」




 その間に月は回転を止めていた。

 そして月の真下にできた黒い水たまりの中のウサギたちが整列していた。

 トリビューラの眷属候補のウサギ兵隊たちだ。

 死んでいたはずの彼らがそこに並んでいた。


 生き返ったわけではない。

 時計か何かの魔法の力で復活したわけではない。

 それは、生気の無い瞳と破損したままの肉体を見ればすぐにわかった。

 彼らはただ死体のまま、並べられているだけだ。

 ただの演出の小道具にされているのだ。


 月がゆっくりと開いた。

 ありもしない蝶番がギイギイと鳴っている。

 月の奥の暗いほら穴から黒い液体がぼとぼとと落ちてくる。

 そのほら穴の中から何者かが出てきた。

 月の淵に足をかけて立っている。


 白い。

 白髪に、白マント。

 黒い液体を全身に浴びているのに一点の曇りもない白さだった。


 彼はそこから地面に飛び降りた。

 黒い水たまりの上に音もなく着地する。

 そしてレドモア達を見て、一言。


『エリスは?』


 ノイズの混じったような不思議な声だった。

 レドモアは恐怖を押し殺して返事をした。


「エリスは……ここにはいない!」

『そうか』


 白マントは特に何の感情も抱いていない声でそう言った。


『平和ボケしてるな。

 ……まあいい、それなら少し遊んでやるか』

「貴様、何をするつも―――」


 レドモアの言葉をまるで無視して白マントは動いた。

 こちらを指さして言う。


『夜闇に溺れて死ぬがいい。

 死夜祭(ノクターン・フェスト)


 月の淵からあふれていたのと同じ黒い液体が白マントの足元からゆっくりとあふれ出した。

 ゆっくりと黒い水たまりが大きくなっていく。


 レドモアがぎょっとして身を引き、即座に踵を返した。

 ローアが黒い水を見てつぶやく。


「え……? あれ、もしかして触ったら死ぬやつ……?」

「おそらくは―――いや! 絶対にそうだ!

 走れ! とにかく離れるぞ!」


 レドモアの叫びで全員が回れ右をして走り出した。

 倒れているシェイルはキュアリスが、ローアはノイアが担いだ。

 フェリクス、ココ、ドミナトス、ミケルマは普通に走っている。

 復活していた聖騎士たちも散り散りになって逃げている。

 レドモアだけは翼を生やして空を飛んだ。


 吸血鬼だからコウモリのような翼かと思ったが、違った。

 黒くて無機質、というか魔法的な翼だった。

 剣と同じように血のりで描いたような翼だ。


 レドモアが飛んでいるのを見てキュアリスが血走った目で言った。


「それズルい!」

「悔しければ吸血鬼になるがよい」

「え? 吸血鬼じゃないと飛べないの?」

「当然だ。美しく飛ぶためには吸血鬼にならねばならん」

「……飛ぶだけならならなくてもいいってこと?

 いや、そんなことより!

 あいつ、追ってこないかな? 無防備で走っちゃってるけど!」

「あれはワガハイよりも格上だと言ったろう。

 今は遊ばれているだけだ! 本気を出されれば死ぬ。腹をくくれ」

「クソが! 元気の出るお知らせありがとうっ!」


 キュアリス達は闘技場の端から観客席に飛び移った。

 正面には珍しく焦った表情のドットと事態を把握しきれていないルイーズとアルタ、ミラがいた。


 ドットに向かってキュアリスが言う。焦っているので、ほとんど怒鳴り声に近い。


「何してんの! 早く闘技場から外へ!」

「出られん」

「えっ?」

「まだトリビューラとの戦いは続いている。

 この戦いの最初に教会が張った結界が残っている。外には出られない」

「ほう、ならばワガハイが開けてやろう」

「エリスが張った結界だぞ?」

「……なに? 真実まことか?」

「ああ、証人はコイツらだ」

「はい、本当です」


 ドットにうながされてルイーズが返事をした。

 駒にされたせいで上手く動かない手足を懸命に曲げて礼をしようとしているのをレドモアは手で制した。


「よい。礼を尽くしている場合ではない。

 だが、そうか、エリスが……。まあ、一応試すほかあるまい。

 おい、末席ドミナトス。お前も来い」

「俺では……。いや、わかった。行こう」

「ああ。早くしろ」


 レドモアは去り際にぼそっと「全く近頃の若いヤツは肝心な時に尻込みしていかんな……」とつぶやいて飛んでいった。

 ドミナトスはそれを聞いてミケルマとココに苦笑を見せると、レドモアを追って観客席の端に向かった。



 残った面々は不安げな面持ちで互いの顔を見ている。


 と、いきなりパンと渇いた音が鳴った。

 キュアリスが自分の頬をおもいきり叩いて喝を入れた音だった。


「さて! 私たちもできることをやろう! なんかある!?」

「……」


 全員がキュアリスから再度闘技場の中へ視線を移した。

 少し見ない間に状況は悪くなっていた。

 闘技場はほぼ黒い液体で満たされており、沼のようになっていた。

 その黒い沼の中をうごめく者がいる。

 ウサギ兵隊と逃げ遅れた聖騎士たちだ。

 彼らはゆっくりとこちらに近づいてきている。まるでゾンビのように。


 さらに彼らが見つめる中、時計魔法陣の一番地面に近い位置がわずかに黒い沼に触れた。

 すると電線がショートするような光を発して魔法陣が壊れた。

 もろいガラス細工のようにヒビが入り、バラバラになって砕け落ちていく。

 魔王トリビューラの演算機がいとも容易く。

 アドルモルタの炎でも簡単には破壊できなかった魔法陣があっさりと壊れたのだ。

 つまり、あの沼はアドルモルタ以上の脅威だということになる。


「……この状況を打開するのは……難しいな」


 口をへの字に曲げてドットが言った。

 無理だ、と断言しなかったことにキュアリスは少なからず驚いた。

 確かに彼女自身が投げかけた問いかけだった。

 しかしそれは自分では何も思いつかなかったからに他ならない。


「無理じゃないってことは……勝算があるの?」

「……勝つのは無理だろう。相手の力量が測れない。

 今ここにいるメンツでは体力も魔力も、気力すら足りない。

 できることは結界を破るまでの時間稼ぎくらいだ」

「つまり、結界を破れることが前提なわけね」

「そうだ」

「どうやって時間を稼ぐの?」

「それを使うしかない」


 ドットは無表情でシェイルを見下ろした。

 シェイルの持っているアドルモルタを。

 それに気づいてキュアリスは怪訝そうに眉をひそめた。


「シェイルをたたき起こしてアドルモルタを使うの?

 でも、もうシェイルに魔力は―――」

「そうだ。もうシェイルは戦えない。

 だから、アドルモルタは……俺が振る」


 ドットの発言にキュアリス以外の全員が目を丸くした。

 しかし、キュアリスは表情を変えなかった。

 むしろ、目つきが鋭くなる。


「ドット。なぜ、あなたがやると?

 確か、呪いで魔力がほとんど無いんでしょう。

 アドルモルタなんて振ったら死んじゃうよ」

「大丈夫だ、その点については俺に考えがある」

「考え……?」

「まあ、斬撃を繰り出せるかは賭けなんだがな……。おそらく一閃は出せるはずだ。

 で。こう言っちゃなんだが、勇者サマ。アンタ、剣術は素人だろ?

 なら俺に任せてくれないか。絶対にあの白マントに一撃入れてやるから」

「……それより先にエリス様を呼ぶべきじゃない?」

「俺は呼び方を知らん。そもそも呼べば来るのか?

 それで来るなら、もう来てるはずだろ」

「ま、そうなんだよね。

 一応、呼び出しはしたんだけどね。音沙汰無し」


 キュアリスはポケットから小さなハンドベルを取り出してみせた。


「『おいでませ神様(ゴッド・ブレス・ユー)

 助けがいる時は鳴らせって言われてたんだけど。来ないや」

「神なんてあてにするだけ無駄だ。肝心な時に来やしない」

「肝心な時しか祈らないからじゃない?」

「……エリスの話はいい。

 時間稼ぎは俺がやる。

 お前がいればこいつらを連れて逃げられるだろ?」

白マント(あれ)が本気で追いかけてこなきゃね。

 一撃入れたら怒って本気出すかも。

 それにそもそも一撃入れることが時間稼ぎになるの? 不発かもよ?」

「そんときゃそんときだ。待っててもジリ貧……。だろう?」


 キュアリスは沼の中をはいずりながら近づいてくる聖騎士たちを見た。

 沼の水位は少しずつ上がっている。

 待っていてもいずれは沼が観客席まで覆ってしまう。

 月から落ちる液体の量は大したことないように見える。

 しかしどういう理屈か、その見た目に反したペースで水位が上がっている。

 あと三分もすれば空を飛ばなければ沼に触れる。

 飛んだとしても、十分と持たずに結界は沼で埋め尽くされてしまう。


 白マントはエリスの名前を出した。

 つまり、エリスのことは脅威とみなしているのだ。

 エリスが来れば状況は変わるだろう。

 だが、待ってもエリスが来る保証はない。


(ドットの言う通り、時間稼ぎして穴が開いたら脱出するのが正解か……)


 その時、ドミナトスが戻って来た。


「良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」

「これ以上悪い知らせなんか聞きたくないなあ」

「なら良い知らせからだ。結界の構造はシンプルだった。

 レドモアを俺がサポートすれば開けられる」

「それは良い知らせね」

「ただし、それまで少なくとも十分かかる」

「それは……悪い知らせね」

「ああ」


 ドミナトスはちらりと闘技場の沼の水位を確認した。


「間に合わんな」

「ええ」

「時間稼ぎはできるか?」

「任せて。こっちで何とかするから」

「頼む」


 ドミナトスはそれだけ言うと戻っていった。

 レドモアに「遅いぞ」とどやされている。

 まるで師弟のようだとキュアリスは思った。


 キュアリスはドットに向き直ると視線を落としてため息をついた。


「わかった。あなたが適役だ。アドルモルタは任せるわ。

 サポートは任せて。捨て石でも何でもするから」

「いや、お前がこいつらを連れて逃げるんだから捨て石にはならないでくれ」


 ドットは苦笑しながらキュアリスが持っていたアドルモルタを受け取った。

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