第85話 閃光
シェイルは不意打ちに失敗した。
しかし、咄嗟に全身から出ている炎の勢いを調整してその場で一回転した。
そしてアドルモルタの勢いを殺さずにそのままトリビューラの腕を斬った。
「ぐっ!?」
今度こそ不意打ちを食らったトリビューラは顔の円の大きさを激しく変化させた。
トリビューラは落ちていく自分の右腕を見て何が起きたのかを理解した。
同時にシェイルへの認識を改めた。
(甘かった……!
小僧は暴走など一切していない! 完全に自分をコントロールしている!)
トリビューラが左腕を伸ばしてシェイルに指を突き付けるのと、ドミナトスが閉じ込められている正四面体をシェイルが破壊したのはほぼ同時だった。
「秘密の狙撃手!」
「宇宙の縮図!」
脱出したドミナトスとトリビューラの魔法が同時に炸裂する。
ドミナトスは影の矢を放ち、トリビューラは左手から直接三角形を撃ってきた。
優劣は一目瞭然だった。
数本の矢と雨のような数の三角形の星々。
ドミナトスとシェイルは互いに逆方向へ回避した。
トリビューラは左腕をドミナトスへ向けて宇宙の縮図を撃ち続けている。
シェイルは数歩回避したところで動けなくなった。
少し長い間思い通りに動かし過ぎたようだ。
外側の自分がコントロールを振り切ろうとしている。
(幸いトリビューラの追撃はドミナトスに向いている……)
シェイルはコントロールを手放した。
自由になった外の自分は存在を主張するように咆哮を上げ、火を一気に噴き上げた。
「暴走しているのか、していないのか一体どちらなのだ……?」
トリビューラは宇宙の縮図を中断し、指でカメラを構える真似をした。
そのカメラからドミナトスを覗きこむ。
「消失する3つの彼岸」
「クソッ!」
ドミナトスが闘技場の端まで飛ばされていく。
トリビューラはそれを最後まで見届けずにシェイルを振り返った。
「やはり、この火を一瞬でも消すのが一番早いか……」
トリビューラはシェイルが放ったアドルモルタの一閃をヒョイとしゃがんで避けると指を鳴らした。
「退屈なテトラへドロン」
炎上するシェイルが正四面体の中に閉じ込められた一瞬、熱で正四面体は膨張し壊れかけた。
続けてトリビューラは左手の指を鳴らす。
ドミナトスを閉じ込めたときよりも分厚い檻がシェイルを覆った。
が。
シェイルは閉じ込められてもなお燃え続けている。
炎の勢いはかなり弱まっているが、まだ燃えている。
つまりは、この魔法の想定した魔力量を上回っているのだ。
シェイルはアドルモルタを動かせるようなスペースなど無いにも関わらず、自分の身体を無理矢理に捻じ曲げてアドルモルタの刃先を正四面体の壁に突き立てた。
炎を明滅させる。まるでノックするように。
壁の強度を測るように。
スッと火力が下がった。
瞬間、白い閃光が夜空を貫いた。
キィィィンという甲高い音が響き渡る。
正四面体だったものが溶けて歪み地面にへばりついている。
その上にシェイルが立っている。
それを見てドミナトスの攻撃を避けていたトリビューラは顔中の円を細長くゆがませた。
「バ、バケモノめ……!
こんな一瞬であれを破ったのか……!?」
「へえ、お前から見てもバケモノなんだな、あいつは。初めて気が合いそうだ」
「軽口を叩いている場合か? あの火力がこちらへ来れば貴様とてケシズミだぞ」
「織り込み済みだ」
「なに……?」
「織り込み済みだと言ったんだ」
トリビューラの背後でシェイルがアドルモルタを構えた。
熱量の動きがそれがわかった。気配を読む必要すら無い。
トリビューラとドミナトスは同時に攻撃の手を止めた。
トリビューラは防御のために。
ドミナトスは攻撃のために。
「6。全ては我が手に
来たれ、1番から3番」
巨大な黒いハンマーがトリビューラの頭上に出現し、落下した。
トリビューラは片手でそれを受け止めたがわずかに体勢を崩し、地面には大きな亀裂が走った。
最初にドミナトスが切ったカードたちが現れた。
ハンマーはトリビューラの頭上に。
宝石はドミナトスの手の上に。
白い霧は周囲に立ち込めた。
トリビューラがハンマーを払いのけている隙にドミナトスは7枚目のカードを切り、影の中に落とした。
シェイルがアドルモルタを高く掲げ上げる。
白い光がトリビューラとドミナトスを焼き尽くそうと振り下ろされた。
「そんな攻撃が当たると思うのか、小僧!」
「そのために私がいるんだ!」
閃光がトリビューラとドミナトスを襲う。
トリビューラはひらりと閃光をかわしたが、ドミナトスは反応が遅れたのか右手が閃光に飲み込まれてしまった。
攻撃が終わり、閃光が消える。
攻撃を放とうとしたトリビューラは目の前に何かが迫っていることに気づいた。
黒い宝石だ。
ドミナトスの右腕の肘から先が燃えている。
その右手に持っていた黒い宝石を投げたのだ。
右手を犠牲にして閃光を受け、閃光が消えた瞬間に投げたのだ。
反応が遅れたのではなく、わざと避けなかったのだ。
しかし、ボロボロになった右腕で投げられた宝石の勢いは弱かった。
「フン、おおかた炎を取り込んで放出するタイプだろう?
そんなもの、封じ込めてしまえばいい。
退屈なテトラへドロン」
トリビューラが宝石に向かって指を鳴らす。
宝石を覆うように正四面体が展開される。
宝石は正四面体の壁に当たって跳ね返―――らなかった。
壁をすり抜けてトリビューラの目の前まで飛んでいく。
「なっ、バカな!?」
ドミナトスはにやりと笑い、秘密の狙撃手の弓を弾き絞り、宝石……ではなく、地面に映るその影を撃ち抜いた。
宝石が砕け、その中から閉じ込められていたアドルモルタの炎があふれ出す。
宝石―――折りたたまれた虚空の性質は乱反射だ。
宝石の中に入った魔法を宝石内で反射させて閉じ込める。
宝石が破壊されると指定した対象に閉じ込めた魔法を放つ。
おおむねトリビューラが予想した通りの性質を持っている。
あふれ出したアドルモルタの炎は指定した対象をめがけて、トリビューラの方へ殺到した。
トリビューラはとっさに身体をひねり、宝石の猛襲を回避した。
「この程度、避ければ―――、ガッ!?」
しかし、回避したはずの閃光が背後からトリビューラの身体を突き破った。
幾何学模様の頭部をもつ異形の魔王は、生命体らしく赤い体液をまき散らした。
出血は、痛みは、何百年かぶりの出来事だった。
致命傷を負ったトリビューラにドミナトスは勝ち誇った笑みを見せた。
「7。妖精の手鏡。
……よくやった、ミケルマ」
「いつバレるのかとヒヤヒヤしましたよ……」
トリビューラの後ろには鏡を持ったミケルマが立っていた。
***
「どういう作戦なんですか?」
ドミナトスがテーブルに座って引き寄せる運命のカードを選んで首をひねっていると、ミケルマが夕食の乗った皿をテーブルに置いた。
ドミナトスはカードをパラパラとテーブルに置いて伸びをした。
「それが決まればなあ……。まあ、大枠は決まってるんだ。
アドルモルタでトリビューラをやっつける」
「……つまり、あのアドルモルタの所持者に倒してもらうっていうことですね?」
「そうだよ。なにか不満か?」
「当然です。あなたは勇者なんですから」
「……そう言うのはお前だけだよ」
「他の人間のことなんて知りません。
誰が、なんと言おうと、あなたは勇者です」
「そんなことは無いよ」
「あります。誰よりも優しいあなたの望みは叶えられるべきだ」
「そんなことも無いよ」
ドミナトスはさっぱりとした口調でそう言った。
ミケルマはそんなドミナトスに悔しさを覚えたが、それ以上言っても無駄なこともわかっていた。
だから話を元に戻すことにした。
「……それで作戦は?」
「アドルモルタ頼りさ。私には火力が無いからな。
彼にできるだけ多くの攻撃を出してもらう」
「人任せですね。それはともかくとして……当たりますか?」
「ん?」
「戦闘経験の乏しい子供の攻撃が上位の魔王に当たるんですか?」
「そう、問題はそれだ。それなんだよ!」
ドミナトスは急に身を乗り出して人差し指をミケルマに突き付けた。
ミケルマはその勢いに押されて少し下がった。
「追尾系の魔法を付与するか、反射させてブチ当てるか、トリビューラを拘束して当てさせるか、それとも……。
とにかく魔法が多すぎて決められないんだよ。
どの案も良い点と悪い点があるからな。迷ってるんだ」
「なるほど、そういうことですか」
ミケルマはテーブルに散らばっているカードの一枚を手に取った。
十年前に苦労して捕まえた魔術師のカードだった。
あの時もドミナトスは色々と悩みながら策を弄していたっけ……。
ミケルマは微笑むとカードをテーブルに置いた。
「おや、いい案が浮かんだか?」
「ええ、悩んでいるカードを置いてください」
ミケルマに言われるままにドミナトスはカードを置いた。
ミケルマは置かれたカードを伏せると、黙ってかき混ぜた。
「え? ……おいおいおい」
「よし、これです。これにしましょう」
ある程度かき混ぜるとミケルマはそのうちの一枚をめくってドミナトスに突き付けた。
そのカードは『妖精の手鏡』だった。
「どうぞ」
「……」
「どうぞ。これがあなたの切り札です」
「……」
「こういうのは悩んでも無駄ですよ。どうぞ」
「はあ……。全く、お前にはかなわないな。わかったよ」
ドミナトスはカードを受け取ると苦笑いした。
「勝手に選んだんだ。お前にも少しは働いてもらうからな?」
「喜んで」
***
「うっ……。ぐぐぅっ……!?」
トリビューラの顔の円の一つから血がぼたぼたと零れ落ちた。
がっくりとひざを折ってうなだれている。
それを見てミケルマはわずかに顔を緩ませた。
「やりましたね、ドミナトス様。全く一時は―――」
「おい、油断するな。お前いつもそれで失敗してるだろ」
「失敬な。そんなことないですよ」
「そう思ってるのはお前だけ―――。いや、後にしよう。
今はさっさとトドメを刺さないといけないからな……」
ドミナトスは秘密の狙撃手の弓を構えた。
動かないトリビューラを的にして矢を放った。
放った。
放った。
一定の距離を保ち、角度を変えながら計十三本の矢を放った。
全身からハリネズミのように矢の刺さったまま、トリビューラは沈黙している。
死んだのか彫像のように膝をついたまま動かない。
顔から血は流れ続けているが、矢傷から血は流れていない。
(効いていないか……。これ以上は意味がなさそうだな。
近づいてハンマーで攻撃するしかないか。だが……嫌な予感がするな)
ドミナトスはシェイルをちらりと見た。
地面に倒れている。
ついに魔力が切れたのだろう。もう燃えてもいない。
無理もない。とんでもない出力の魔法を使い続けていたのだから。
自分でやるしかない。
ドミナトスはトリビューラに近づいた。
重い鎚を手に取り、振り上げ、振り下ろす。
ハンマーがトリビューラに当たり、衝撃で地面に大きく亀裂が走る。
しかし、トリビューラはほとんど動かなかった。
相変わらず彫像のように同じ姿勢のままだ。
しかし。
「効かないなぁ……?」
ハンマーの下からトリビューラの低い声がする。
攻撃してくる気配は無いが、生きているらしい。
「貴様の……攻撃など、効かん……。煩わしいだけだ……。
小僧が倒れたのなら、好都合だ……。このまま―――」
ドミナトスはトリビューラの言葉を遮るようにしてハンマーを再度振り下ろした。
……が、やはりトリビューラにダメージは無いらしい。
びくともしなかった。
トリビューラのかすれた笑い声が低く響く。
「―――時間を稼がせてもらおう……。くっくっく……」
ドミナトスは慎重さをかなぐり捨ててハンマーで何度もトリビューラを殴ったが、手ごたえは無く、ダメージはなさそうだった。
「くそっ、なぜだ? さっきはダメージくらいはあったんだが……」
「今は防御に全ての魔力をつぎこんでいるんでしょう」
「……チッ。死にそうになるとすぐこれだ。
これだから魔王は好かん。臆病者どもめ!」
ドミナトスは忌々し気に舌打ちすると、周囲を見渡した。
キュアリスとレドモアの戦いもちょうど終わったらしい。こちらへ近づいてきている。
それとローア達が近づいてきているのが見えた。
「……どうなったの?」
キュアリスは疲れ切った表情を浮かべながらドミナトスの隣に立つと、トリビューラを指さして尋ねた。
ローア達もドミナトスの顔を見ている。答えを聞きたいらしい。
ただ一人、レドモアだけは興味なさそうにあくびを噛み殺していた。
「ふん、いざ自分が死にそうになるとダンマリか。底が知れるな。……どれ」
レドモアは試しに一発、と言わんばかりに血の剣を作ってトリビューラを斬りつけた。
しかし、ダメージは無い。
レドモアは「ふん」と鼻を鳴らすとあっさりと剣を引っ込めた。
魔法で椅子を作り、足を組んで座る。
「帰っても良いが折角だからな。最後の最後まで見届けて帰るとしよう」
「……まだ戦うとか言わないよね?」
「今宵はこれくらいで勘弁してやろう、勇者よ! 少々物足りんがな!」
「ははは……。そりゃどうも……」
疲れ切っているキュアリスとは対照的にレドモアは元気そうに高笑いした。
不機嫌そうに見えたが、トリビューラを見て機嫌を悪くしただけで、キュアリスとの戦闘そのものは楽しかったらしい。
「よし、じゃあ、私が殴ってみるかな……」
キュアリスが腕を回しながらトリビューラに近づいた。
疲れているためかいつもより腕の回転が少しぎこちない。
ドミナトスは一歩下がり、キュアリスに頭を下げた。
「頼む」
「ははは……。魔王に頼まれるってのも珍しいね」




