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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第84話 引き寄せる運命

(意識がある……?)


 シェイルはゆっくりと目を開けた。


 草原の真ん中に立っていた。

 地面には多少の起伏があるが周囲一帯見渡す限り、延々と草原が続いている。

 空は真っ青に晴れているが、どこにも太陽は見えない。

 まるで海の中にいるかのように絶え間なく風が吹いている。

 しかし寒くはなく、むしろ温かい。


(どこだ、ここ)


 声を出そうとするが、音が聞こえない。

 自分の声だけではない。風の音も聞こえないし、草をかき分けても何の音もしない。

 いや……、静かなのではない。逆にうるさすぎるのだ。

 何かごうごうという不吉でこの場所に似つかわしくない音が聞こえるせいだろう。


(ああ、夢なのか……)


 シェイルはそう理解すると草原を当ても無く歩き始めた。

 自分が夢を見ているとわかるのは初めてだった。


(どうせならもっと面白い夢で気づきたかったな。

 人も動物も建物も見えないし、見渡す限り草原じゃあなあ。

 同じ景色が続くって意味じゃ砂漠と変わらないないな)


 膝のあたりで風に揺られてうにゃうにゃしている草に触れながらそう言ってみるが、何も聞こえない。

 ため息をつくが、それも聞こえない。

 急に自分の存在が希薄になったような気がした。


(……俺はもう死んだのか?)


 最後の場面を思い出す。

 火の悪魔ダンサー・イン・ザ・ファイアで自我を失くして魔導力のタガを外して戦っていた。

 相手は魔王だ。いつ、どうやられてもおかしくない。


 みんなは大丈夫だろうか。

 ローアは?

 ココは?

 フェリクスは?

 ノイアは?

 フェネラは?

 ドットは……まあ大丈夫か。上手く逃げられそうだ。

 そう言えば聖騎士の皆はどうなったんだろう。ルイーズたちは……。


 わからない。

 何もわからない。


 少し意識がはっきりしてきた。

 多分、俺はまだ生きている。

 この夢はおそらく、炎上している自分が見ている心象風景……のようなものだろうか。

 なんとなく、そんな気がする。


 外の自分は頑張って戦ってくれていればいいけど。

 ……なにかできることはないのだろうか。


「―――ィル―――」

(……ん?)


 ふと、誰かの声がした気がした。


 後ろを振り返る。誰もいない。

 左右を見る。誰もいない。


 気のせいかと肩をすくめる。

 と、


「シェイル! 私が呼んでるでしょうが!」


 ローアの怒鳴り声が轟いた。文字通り轟いた。

 雷のように地面すら揺れている気がする。


 慌てて声のした方向―――天を見上げると、そこには……。


「ローア……!?」


 怒って眉を吊り上げたローアの巨大な顔があった。



 ***



 ドミナトスの魔法『引き寄せる運命(ランダム・トリガー)』の制限として、カードの引き直しはできない。

 しかし、全てのカードを使い切れば新しく7枚のカードを引ける。ただし、十分間のインターバルをはさむ必要がある。



 だが、今それらを考慮する必要は無い。

 この引き直しに関するルールは、今回全くと言っていいほど意味を為さない。


 ドミナトスは今回の勝負に向けて7枚以外のカード(魔術師)を破棄してきたからだ。

 そのために二百五十年かけて集めた百近い数の魂を破棄してきていた。

 これにより、手札になるカードは確定している。


「それのどこが引き寄せる運命(ランダム・トリガー)なんですか……?」とミケルマにツッコミを入れられたことは言うまでもない。


「1。重い鎚バーティカル・ハンマー

 2。折りたたまれた虚空フォールディング・プリズム

 3。虹織(ミスティレイン)


 ドミナトスはトリビューラとの距離を半分に詰めた。

 それと同時にカードを三枚切る。

 巨大なハンマーを持った人の影、怪しく輝く漆黒の宝石、意志を持つ白い霧。

 召喚した亡霊たちはあらかじめ決めておいた命令に従って動き始めた。


 それを見てトリビューラは口元(の位置にある楕円)をにやりと笑うように歪め、指でカメラを構える真似をした。

 指のカメラの中から、三重の同心円がこちらを見ている。


消失する3つの彼岸ヴァニシング・ポイント


 その瞬間、ドミナトスはあっという間にトリビューラとの距離が開いたことに気づいた。どんどん遠ざけられていく。

 まるで騙し絵の中に入れられたような不可解さ、理不尽さで。


 ドミナトスは心の底からトリビューラを尊敬した。

 目の前の魔王の才能を、努力を、重ねた年月を、孤独を、精神を。

 どれだけ研鑽を重ねればこの領域にたどり着けるのか見当もつかない。


 ドミナトスに魔法の才は無い。

 シェイルに異常に魔力があるように、異常に隷属魔法に適性があっただけだ。

 それだけ。自分に秀でた所など何も無いと彼は考えている。

 もらった力にほんの少しアイデアを加えただけで魔王としての能力を得た。

 それも止むにやまれず、知らず、望まずに。


 他の魔王は全員が天才だ。

 不死を獲得することはたとえ数百年を生きる種族ですらたどり着くことが難しい。

 類まれなる天才が生涯をかけた研究と研鑽の果てにたどり着く領域が魔王なのだ。



 ドミナトスが魔王と戦う理由。

 それは元の世界に帰るためだ。

 彼を召喚した数百年前の元老院は魔王が悪だと吹き込んだ。

『魔王を全て倒せば元の世界に帰す』と彼に約束した。


 だから彼は魔王を倒す。そのために生きている。

 たとえ能力が足りなくとも。

 それは足を止める理由にならないと知っているから。


 彼の召喚者は魔王は悪だと言っていたが、その思い込みはとっくに消えている。

 魔王は人間の敵ではない。味方でもないが、少なくとも単純な悪ではない。

 彼らは求道者だ。その道の果てに人間性と寿命を失っただけのこと。


 しかし、それすらドミナトスの足かせにはならない。

 罪無き者を殺すことすら厭わない。

 元の世界に帰る。そのために彼は歩き続けてきた。そしてこれからも進み続けるだろう。

 魔王となり果てた今でもそれは変わらない。


 たとえ最初の約束が嘘だったとしても……。

 全てをやり遂げても意味が無かったとしても……。

 その考えを振り払うように彼はカードを切る。


「4。潜影術ハイド・アンド・シーク


 一度影の中に潜った。

 潜影術ハイド・アンド・シークは影の世界と現実世界を行き来する能力だ。

 影の世界での移動距離は現実世界にも反映されるが、正確な移動量は演算機を使わなければドミナトスにも計算できない。


 このカードを使用したのはトリビューラの魔法の効果を一度切るためだ。

 確証は無かった。だが、推測は当たった。

 影の中ではいつも通り移動が可能だった。

 あとは、現実世界に戻るだけだ。


 トリビューラの左側に―――シェイルと挟み撃ちにできるような位置に移動し、影から浮上した。


「そこか」

「5。秘密の狙撃手シークレット・ハンター


 影から出るや否や、トリビューラに見つかった。ひるまずに新しいカードを切る。

 弓を持った黒い亡霊がドミナトスの目の前に現れる。

 ドミナトスはその亡霊から弓を受け取ると、影の矢を作り出し、放った。


 放たれた矢は歪んだ軌道を描きながら目にも止まらない速度で飛んでいった。

 しかし、トリビューラはマントを翻してそれを弾き返した。


「ふん、これくらい何でも―――」


 が、その死角からシェイルが接近していた。

 いや、ドミナトスの攻撃に合わせて一気に突進してきたのだ。

 既に間合いの中だ。

 燃え盛るアドルモルタを構えている。


「ッ!」


 トリビューラの顔の円の大きさが激しく変動する。


 アドルモルタが振りぬかれる。

 しかし、アドルモルタはトリビューラの目の前でがん!という大きな音を立てて停止した。

 トリビューラは両手を前に出し、見えない障壁が展開していた。


「ええい! 忌々しい奴だ!」


 トリビューラは障壁で押し返すと、よろけたシェイルに向けて指を鳴らそうとした。

 しかし、その瞬間、トリビューラの顔面と指に黒い影のような矢が突き刺さった。

 命中した瞬間、確かに血しぶきのようなものが飛ぶのがドミナトスには見えた。


「がぁッ! 貴様らァッ! いい加減にしろォ!!」


 トリビューラは苦し気に叫び、シェイルを障壁ごと押し返した。

 シェイルがよろめくと、矢が突き刺さったまま指を鳴らした。

 アドルモルタがごとりと地面に落ちる。


 燃えているのでわかりにくいが、また腕を落とされたようだ。

 しかし、シェイルに動揺は無い。

 ボーっとした様子でアドルモルタをじっと見ている。


 ドミナトスがアドルモルタからトリビューラに視線を戻すと、トリビューラが今度はドミナトスに指を向けていた。


「間合いの中だぞ、若造?」


 トリビューラが指を鳴らす音が辺りに響いた。



 ***



「シェイル! よく聞きなさい!」

「夢にしてもでかいなあ」

「聞きなさいよ!」


 シェイルが空にできた穴から顔を出しているローアをのんきに眺めていると、ローアは大声で怒鳴った。

 鼓膜が破れるかと思うほどの大声だった。


 あまりの爆音に涙目になって耳を押さえていると、ローアはさらにまくし立てた。


「暴走しただけの闇雲でトリビューラには勝てないわ!

 いい!? 今から私があんたの身体のコントロールを取り戻すから自分でトリビューラと戦うのよ!」

「えっ!?

 でっ、でも今、俺が燃えてるのは自我を消すことで、魔導力のタガを外して強くなってるわけだろ!?

 そんなことしたら元も子もないんじゃ―――」

「やればわかるわ! そんな簡単じゃないから!」

「……? それってどういう―――」 

「時間が無いの! いいからやりなさい!!」

「わかった」


 シェイルがうなずくと、ローアは天の穴から一瞬姿を消した。

 何やらガチャガチャやっているような音が聞こえる。

 こうして見るとまるで神様みたいだな、とシェイルは思った。


 しばらくするとローアが姿を見せた。、何か大きなものを両手で抱え上げている。

 と、それをシェイルめがけて投げ落としてきた!


「気を付けて! つぶされないようにね!」

「それ、投げてから言う!?」


 グッシャァーン!

 巨大なローアが投げたものは地面に落ちて大きな音を立てて着地した。

 シェイルがあわてて避けなければ確実に命中していた位置に立っている。


 箱だった。

 巨大な金属製の箱。

 ……というか、ゲームセンターに置いてあるゲーム機にそっくりだった。


筐体きょうたいじゃん!? なんでこんなの知ってるんだよ!?」

「暇なときにアンタの記憶のぞき見してたから」

「なにそれ怖い。初耳なんだけど」

「異世界の風景、中々面白いわね。また見せてちょうだい」

「いや、許可した覚えないって!

 ここまでひどいプライバシーの侵害ってなくない!?」

「うるさいわね! いいからコントローラーを持ちなさい!

 早くしないとドミナトスが死ぬわよ。そうなれば私たちはきっと負けるわ」

「ううう……。納得いかない……」


 ローアに言われるがまま、シェイルは筐体の前に立った。

 画面の手前にめちゃめちゃ炎上している人間が映っている……。

 自分だ。まさかの三人称視点だった。

 ローアの言っていたコントローラを探すと、筐体の横にかかっていた。

 コントローラーと言っても箱のような見た目だった。

 箱からよくわからない棒が一本伸びている。

 格闘ゲームで動かすやつだ。

 ボタンは無い。棒だけだ。

 どう考えてもインターフェースが少なすぎる。


「それを持って!」

「えっ、これ、どどどうやって動かすんだよ!?」

「念じれば動くわ!」


 なるほど。じゃあ、この棒には何の意味があるんだろう? アンテナだろうか?

 言われるままコントローラーを持つと、外の自分とつながった気がした。

 なんだか動かせそうだ。


 そしてモニターにはドミナトスが映っている。

 なんだか小さいものが横切っていく。あれは……駒?


「今、トリビューラが『百ノ駒』を投げたの。きっとアンタに攻撃させるつもりよ」

「どういうこと?」

「攻撃さえしなければいいわ。

 それより左側にトリビューラがいるわ。

 駒を避けてトリビューラだけを攻撃するのよ!」

「任せろ!」


 注文通りに左を向かせて剣を振らせた。

 やってみると意外と簡単にできた。

 けれど、動かすことで魔力と精神力を消費しているのがわかった。

 なんでもかんでも動かし続けていればすぐにバテてしまうだろう。


(いつ、どう動かすのかが大事になるな……)


 シェイルはそう思ってコントローラーを握り直した。



 ***



退屈なテトラへドロン(テイク・ア・レスト)


 トリビューラが指を鳴らすとドミナトスは再び透明な正四面体の中に閉じ込められた。やはり魔法が使えない。

 ドミナトスは殴り壊すために拳を振り上げた。


「またこれか! 芸が無いな!」

「そう思うかね? ならもっと芸の無いことをしてやろう」


 そう言って再び指を鳴らす。

 すると正四面体が分厚くなった。

 ドミナトスが殴ってもびくともしない。


 ドミナトスが忌々しげに顔をしかめ、トリビューラはそれを見て笑った。


「くくく……、芸の無いものも積み重ねれば多少は面白くなろう?」

「つまらないものはどれだけ重ねてもつまらないさ」


 ドミナトスは吐き捨てるように言うと、正四面体を殴り始めた。

 やはり壁はビクともしない。むしろ拳の方が傷ついていく。


「ふん、芸が無いのはどちらだという話だ……。

 このまま止めを刺すのもいいが―――」


 そう言うとトリビューラは後ろを振り返り、ひょいとシェイルの不意打ちをかわした。

 びゅんと音を立ててアドルモルタが縦に空を切る。


「こちらを処理するのが先だな」


 不意打ちに失敗し、慣性に従って体が流れていくシェイルにトリビューラは指を向けた。


「これで終わりだ」

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