第83話 三分鼎立
「アアアアアアアアア……!」
全身を炎に包まれたシェイルが痛みのあまり苦し気に叫んでいる。
しかしそれもすぐに途切れた。
燃え盛る炎に音をかき消されたのか、それとも喉が焼けてしまったのか……。
断末魔の叫びが収まると同時にシェイルはもがくのを止めた。
両手をだらりと下ろして突っ立っている。
ただ視線は二人の魔王に釘付けになっていた。
ローアはシェイルの腕が元に戻っているのを見てホッと息を吐いた。
それを待っていたかのようにフェリクスが言う。
「ローア、俺達にできることはもうない。離れるぞ」
「……私は―――」
「もう一度言う。やれることは無い。今のシェイルに見境は無い。
目を覚ませ。
俺達が巻き添えを食えば一番つらいのはシェイルだろう?」
「……そうね、わかったわ。離れましょう」
ローア達は魔王たちとシェイル、そしてキュアリスとレドモアに注意しながらゆっくりと彼らから離れていった。
人外の力を持つ彼らから。
と。
「おーい、おーい……。こっち、こっち」
闘技場の真ん中から声がした。
ローア達が振り向くと、フェネラがそこにいた。
結界から少しだけ身体を出して手を振っている。
「あ、姉上!?」
フェリクスは素っ頓狂な声を出すと、姉の元に飛んでいった。
ローア達もフェリクスに続いて闘技場の真ん中に向かう。
フェリクスは姉の元に着くなり言った。
「どうしてまだここにいるんですか、姉上?」
「何言ってるのよ、ここが一番の特等席だからよ!」
フェネラはすでに椅子に座り、紅茶を飲んでいる。
ローアは「本当にいつ見ても紅茶を飲んでるわね」と思った。
「いよいよ大詰めってところかしら? それともまだまだ?」
「どうでしょうね、わかりません。この先どうなるのか……」
「ふふ、私も勝ったのだから、どうせならあなた達も白星を上げて欲しいものだわ」
「そう簡単じゃないわよ」
「私だって簡単じゃなかったわよ」
フェネラは紅茶のカップを持ったまま、ローアに挑発するように目配せした。
ローアは不機嫌そうに口をへの字に曲げたが何も言い返さなかった。
フェネラの言うとおりだと思ったからだ。
「あの黒い奴、あれが噂のドミナトス?」
「そうよ。他の全ての魔王を倒すって息巻いてる魔王よ」
「ふーん……。それはまた勇者より勇者らしい夢を持った魔王様ね。
教会はいっそ彼を勇者に据えるべきじゃないかしら?
キュアリスは仕事を怠けがちだし」
「過激すぎよ。でも最後のは同感」
いつのまにかローアはトリビューラの座っていた席に座り、勝手に紅茶を淹れ始めた。
フェリクス、ノイア、ココはそれをあっけに取られたように見つめている。
彼らの「今飲むの?」と言いたげな表情を見てローアは顔をしかめた。
「なによ?」
「いや……、気にならないのか? シェイルがどうなるのか……」
「必要ないわ」
ローアはそう言うと、カップを傾け紅茶を一気に飲み干した。
そしてカップを置くと、いきなりテーブルの上にのぼろうとした。
それにはフェネラもさすがに驚いていた。
「ちょっ、アンタ、何してんのよ?」
「うるさいわね。私には私の仕事があるのよ」
ローアはそう言うとテーブルの上にどっかりと座り込み、目を閉じた。
フェネラやフェリクス達は目を丸くして首をひねった。
***
炎の魔人と化したシェイルを前にしてトリビューラは忌々しそうに舌打ちした。
ドミナトスは口の端を少し吊り上げつつも、実は冷や汗もかいていた。
シェイルが暴走状態にあることを知っているからだ。
シェイルがトリビューラを攻撃すれば、それに協力していい勝負になるかもしれない。
しかし、シェイルが見境なく攻撃したり、それどころかドミナトスを攻撃し続けるようであれば……。
ほぼ間違いなくトリビューラが勝つだろう。
ただでさえトリビューラの方が強いのだ。
シェイルの相手までしなければならない状況になればもうどうしようもない。
ドミナトスはシェイルの暴走が壊滅的な結果をもたらす可能性があると知っていてなお、こうすることを選んだ。
ここでトリビューラを殺せなければ、この先何十年何百年かかっても殺せないとわかっているからだ。
こんなチャンスはそうそう巡ってこないことを二百五十年、魔王を殺そうと画策してきたドミナトスには痛いほどわかっているのだ。
燃えているシェイルを見てトリビューラはあご(そんなものは無いが)の辺りに手をやって唸った。
「ふーむ……、痛みで自我を消し、膨大な魔力の制御を解いた、といったところか。
ふ、運に頼るか。弱者らしい悪くない手だ。だが……」
トリビューラは懐に手を突っ込むと何かをつかんで取り出した。
つかめなかった分は魔法で浮かばせている。
「余は悪手でそれを返すとしよう」
トリビューラはそう言ってつかんだ物をシェイルに投げつけた。
ドミナトスは投げられたそれらが『百ノ駒』である事に気づいた。
(……シェイルへの精神攻撃の類か)
百ノ駒はトリビューラが変形させた聖騎士たちだったはずだ。
トリビューラはゲームで敗北した今、彼らを解放しなければならない。
それをここで出すのはシェイルに攻撃させようとしているからに他ならない。
自我の無い今のシェイルが彼らを攻撃して動揺するのかは不明だ。
だが、おそらくシェイルが攻撃すると見越している。
トリビューラに刃を向けるであろう聖騎士たちをついでに排除するつもりだ。
どちらに転んでもトリビューラにデメリットは無い。
(フォルトゥナトスが残っていれば聖騎士たちだけ隔離することもできたが……。
皮肉なものだな。
……仕方ない。最低限、顔見知りだけは私が遠ざけよう。それで妥協するしかあるまい)
ドミナトスは投げられた駒の中からルイーズ、アルタ、ミラの駒を探した。
ドミナトスは隷属魔法を極めた魔術師だ。
契約した魂を隷属させることができる。
彼との契約には肉体は必要ではないため、魂と接することは自然なことだった。
そのため魂を判別することは彼にとってそれほど難しいことではない。
ドミナトスは問題なく三人の駒を見つけ出し、キャッチしてドットのいる方へ投げた。
(これが一番安全だろう。
真ん中に投げても良かったが……あいつもできれば巻き込みたい)
他にもいくつかの駒を適当な場所に散らす。
だが、駒の半分ちかく、50程度はシェイルの近くに散らばってしまった。
地面に落下した駒たちは元の姿に戻ろうとうごめき始めた。
その瞬間、ドミナトスは気づいた。
これはトリビューラの言った通り、悪手だと。
トリビューラは聖騎士たちを攻撃することはできない。それはドミナトスも同じだが強力な攻撃方法の多いトリビューラの方へより負荷がかかるはずだ。
(それだけのハンデがあっても俺を倒せるということか。低く見積もられたものだな)
「引き寄せる運命」
ドミナトスは自分の魔法を発動させた。彼の手元に7枚のカードが出現する。
カードには名前が書かれている。今までに彼が隷属させてきた魔術師の名前だ。
ドミナトスは自分が隷属させた魔術師の能力を使用することができる。
ただし、全てを自由に使用することはできない。使用できる魔術師はランダムに配られるカードとして彼の手元に用意される。
ドミナトス自身が『制限があることで能力が強化される』と信じているために作られたルールだ。
カードの引き直しにもルールが課せられている。
これらのルールによってドミナトスは隷属魔法に必須の『相手の服従の意志』を必要とせず、『同意さえあれば隷属できる』能力を得た。
(カードは引いた。後は発動させるタイミングを見計らうだけだ。
シェイルが上手くトリビューラの注意を引いてくれれば……)
ドミナトスはトリビューラから視線を外してシェイルを見た。
シェイルはアドルモルタを持った右手を振りかぶるように後ろに回していた。
ミケルマによれば暴走状態のシェイルが放った火魔法は相当な威力だったらしい。
直撃なら致命傷を覚悟するレベルだと。
ただの火魔法でさえそうなのだから、アドルモルタの火など出せば助かるはずも無い。
そのまま振りぬけば聖騎士たちは死ぬだろう。防御など関係ない。
しかし、ドミナトスにとって最も大きな問題はそこではなかった。
問題はその攻撃方向がドミナトスに向いていることだ。
ノーガードで直撃すればドミナトスですら死を免れないだろう。
膨大な魔力による単純な攻撃だけで魔王としての不死性を突破されてしまう。
(今ここで使うべきか―――?)
ドミナトスは手元のカードに目を落とした。
その一瞬の逡巡をトリビューラは見逃さなかった。
「退屈なテトラへドロン」
トリビューラの指を鳴らす音が聞こえた瞬間、ドミナトスは狭い透明な正四面体の中に押し込められた。
(しまった!)
慌ててカードを使おうとするが、魔法が発動しない。
魔力が拡散している。
正四面体に吸収されているのか。
これでは思ったような魔力の流れが生み出せない。
つまり、引き寄せる運命のような複雑な魔法は使えない。
このままではシェイルの攻撃をまともに浴びてしまう。
そうなればお終いだ。
脱出する術は?
複雑な魔法は使えない。単純な魔法でこの正四面体を破壊して脱出するしかない。
しかしドミナトスは魔力を込めた拳を振り上げた時点で気づいた。
このままだと脱出できてもシェイルの攻撃から逃れるだけの時間は無い。
(クソッ! 冗談じゃないぞ!)
轟音と閃光。
アドルモルタの火が放出される。
ドミナトスは正四面体を殴り壊し、外に出た。
身体が地面に触れるよりも早く、自由に魔法が使えるようになる。
(カードは温存する! イチかバチか障壁で防御を―――!?)
アドルモルタの火が来ない。
閃光はすでに収まりかけている。こちらへ来ていない。
それは聖騎士たちの合間を縫うようにしてトリビューラの方へ向かい、炸裂した。
(暴走していない!?
いや、あの出力はどう見ても制御されたものじゃないぞ……?)
ドミナトスは困惑していたが今はシェイルの状態に関する疑問よりもトリビューラへの攻撃に思考を割くべきだと切り替えた。
「小僧め……。どういうことだ? なぜ暴走しながら余を正確に攻撃できる!?」
トリビューラは手傷を負っていた。
右腕が焼け焦げ、大きくえぐれている。
しかしそれでも、不死性を失ったとはいえ魔王にとってはかすり傷に過ぎない。
おそらく、瞬きするほどの時間で治癒されてしまう。
ドミナトスはここでカードを切ることを決めた。
※余談ですが、三分鼎立について。
三つ巴の意味の四字熟語を検索してヒットしたのが「三分鼎足」と「三者鼎立」でした。
一応「三分鼎立」もヒットしたとは思いますが、ほとんど無かったはずです。
使用すれば「間違ってるよ」と指摘される可能性があります。
それでも三分鼎立にしたのは「なんとなく響きが良いと思ったから」です。
使用の際にはご注意ください。




