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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第82話 輝煌三角

宇宙の縮図(サニーレイン)


 トリビューラが黒いマントを翻しながらそう言うと、世界に魔力が満ちた。

 生温かい春の風のような魔力の奔流がシェイル達の隣を通り過ぎ、去っていった。


 ……。

 何も起こらない。

 しかし、鳥肌がおさまらない。終わっていない。


 すぐそばで何かの音がする。

 耳元か? はるか遠いどこかかもしれない。

 地鳴りのような静かに近づいてくる。


 トリビューラは顔の無い顔でにやりと笑い、道化のように両腕を広げて見せた。


「踊れ、虫けらども」


 その瞬間、何かが空から降ってきた。

 パラパラと、小雨のようなそれはいくつか地面に当たり、砕けた。

 それが一体何なのか、小さすぎて見えない。


 見上げると……、たくさんの星が降ってきていた。

 ただし、星は全て三角形だった。

 中身の無い、枠だけの三角が雨のように降って来る。


「あら綺麗ね」


 ローアはそう言うと、シェイルの肩に手を当てた。


「なに?」

「魔力、全部もらうわよ」

「え? ダメだよ!? 死ぬじゃん!」

「それくらいの気分で魔力もらうわよ、ってことよ!

 死にたくなかったら気張りなさい! 死にたくないでしょ!」


 ローアは右手を空に向けて巨大な障壁を展開した。

 展開したそばから拡張していく。それに伴って魔力をガンガン消費しているのがシェイルにはわかった。

 魔力切れ特有のめまいに襲われたからだ。


 しかしそれに不満を言う気持ちはすぐに吹き飛んだ。

 障壁にガードされていない場所の地面が三角形の流星で大きくえぐれていくのを見たからだ。

 もうもうと砂埃をまき散らしながら大量の流星群を防ぐローアは女神のようにも見えた。


「シェイル、しんどいでしょうけど、構えて!

 今私は手が離せないから、トリビューラに攻撃されたらお終いよ!

 アンタが先に攻撃しなさい!」

「人遣いが荒いなあ!」


 シェイルはそう叫んだが、言われた通りアドルモルタを構えた。

 ここが正念場だ。

 気絶しそうだと泣き言を言いたい気持ちをぐっとこらえて前に出る。

 意識は気合で保とう。やれるはずだ!


「白炎閃・薄衣うすぎぬ!」


 小手調べに薄衣を撃つ。その隙にトリビューラの懐に入り込もうと思っていた。


 が。


「なんだこれは? こんな炎が余に届くとでも?」


 薄衣はトリビューラに届く前に小さくなって消えた。

 障壁とは異なる見えない何かが展開されている。


 その時、空にエリスの無機質な声が響いた。


『ルール違反:人間への加害。

 ペナルティ:一時的な不死性の剥奪』


 その声にトリビューラが「ふん」と鼻を鳴らす。

 どうやら先ほどの攻撃でトリビューラの『不死性』がエリスによって剥奪されたらしい。

 つまり、今ならアドルモルタ以外の攻撃でも殺せば死ぬ……ということか?

 どちらにせよやることは変わらない。前進するだけだ。


「白炎閃・まとい!」


 アドルモルタを白い炎で覆い、一気に近づく。

 近づくにつれてローアの作る障壁がカタカタと音を立てて頭上に展開されていく。

 おかげで降り注ぐ三角形の星々を無視して魔王に近づけた。


 トリビューラはただ突っ立っている。

 宇宙の縮図(サニーレイン)を発動した格好のまま。シェイルをじっと見たままだ。

 間合いまで詰め寄り、アドルモルタを振る。

 しかし、トリビューラに刀身が届く直前、魔王は言った。


「よもや、余にその刃が届くとでも思っていたのか?」


 目の前を走る。一瞬の光、そして痛み。鉄の臭い。


 何が起きたのか理解するために三度瞬きをする必要があった。

 アドルモルタが地面に落ちている。

 自分の右手が無い。


 トリビューラがびゅんっと音を立てて剣を振るう。

 さっきまで持っていなかったはずだ……。

 それは光の剣に見えた。

 小さく輝く三角形が寄せ集まってできている。

 まるで星雲のような剣だ。


 魔王は剣を肩の上に担ぐと上機嫌で鼻歌を歌い始めた。

 鉄の臭いがひどくなる。酔いそうだ……。

 顔から血の気が引いて行く。


 右手はどこだ……?

 ああ、アドルモルタと一緒に落ちている……。

 アドルモルタを持っていた右腕ごと切り落とされたのだ。


「ははは……。これで小僧も静かになるな……。

 覚えておくがよい。分不相応な物を持つが故、こうなるのだ」


 トリビューラはそう言うと勝ち誇ったように高らかに笑った。



 ***



「キュアリスよ、そなたの弟子、トリビューラにやられておるな!

 加勢に行きたいのか?」

「ああ! だからさっさと倒されてよ!」

「ガハハハハハ!! 断る!

 そのような些末事で楽しい遊戯を途中でやめられようか!

 半世紀ぶりのお前との戦いなのだぞ?

 弟子の一人や二人どうした?

 弱き者は野垂れ死ぬがよかろう!」

「立派に育て、とか言っといてそれは無いでしょ!」

「無くはない! どちらも本心だ!」


 レドモアが音も無く赤い剣を振るう。

 その剣は血を絵具にして塗った線をそのまま取り出したような代物だった。

 剣と言うよりも線、という方がずっと近い。

 平坦で、そして長い線だった。

 4、5メートルはあるだろうか。


 その長大なリーチで逃げ続けるキュアリスを執拗に攻撃し続けている。


「なぜ逃げる! なぜ逃げる!?

 お前はワガハイを倒さねばならんのだろう、キュアリス!?」

「私はもうただ殴るだけのバカじゃないってことだよ!」

「ほう? それはまたずいぶんと……。凡夫になり下がったな、キュアリス」

「凡夫で結構! 勝った奴が偉いんだよ!」


 キュアリスは叫ぶと地面を強打した。

 逃げながら魔法で地面を崩していたおかげでレドモアの真下の地面に大きな穴が開く。


 しかし、レドモアは足元の地面がなくなったのにも関わらず、1センチたりとも落下しなかった。

 怪訝そうな顔で眉をひそめ、キュアリスを見ている。


「どういうつもりだ? まさかワガハイが落ちるとでも思ったのか?

 違うよな。違うと言え、キュアリス!」

「えー……。落ちないの? じゃあ……」


 キュアリスはレドモアの頭上に跳びあがった。

 拳を構えて言う。


「私が落としてやるよ!」

「変わっておらんな、キュアリス! それでこそ我が勇者よ!」


 レドモアは嬉しそうに血の剣を後ろに構えた。

 魔王の手からあふれた血で剣のリーチがさらに倍になる。


「お前の血は赤かったな? 赤い花にしてやろう!」

「私の血は青だよ?」

「嘘だろう! 青など美しくないぞ!」

「嘘だよ! 私の髪は青なんだぞ! ムカつく! 死ね魔王!」


 キュアリスの青い髪がひるがえる。

 勇者の両腕が小山のように膨れ上がっていく。


 魔王の剣閃と勇者の岩拳が交差する―――!



 ***



 トリビューラはひとしきり笑うと、アドルモルタを拾うために近づいてきた。


 すでに宇宙の縮図(サニーレイン)は止まっている。

 雨上がりのような静寂が周囲を包んでいた。

 シェイルは腕を切り落とされた痛み……というよりは出血のせいで気絶寸前だった。

 ローア達が駆け寄ってきて何かを言っているが聞き取れない。

 水の中にいるように音がくぐもっている……。


「はははは。最後はあっけないものだな、小僧。

 しかし、死なれると余もまずい。治癒してやろう。

 まあ、まずはこの魔剣を我が手に―――」






 ―――その時、空から黒い何かが降ってきて、いきなりトリビューラに黒い大剣を叩きつけた。


「ッ!?」


 トリビューラはアドルモルタを手に取る直前、身を引いて黒い大剣の攻撃を避けた。

 黒い男は奇襲の失敗に舌打ちすると、トリビューラの代わりにアドルモルタを手に取った。

 隷属の勇者、魔王ドミナトスだ。


『ルール違反:魔王への攻撃。

 ペナルティ:大切な記憶の喪失』


 ペナルティの発生を告げるエリスの無機質な声が響く。

 ドミナトスは怒りを押し殺したような冷たい声で返した。


「……いくらでも持っていけ。最後に全てを取り戻すための戦いだ」

「ドミナトス……!! 魔王の面汚しがッ……!! その剣を横取りするつもりかッ……!?」

「私は魔王になったつもりなど、無い。それにこの剣は彼のものだ。

 この私にそう宣言したのだ。同郷の人間として少しは矜持を見せて欲しいのだよ」


 ドミナトスはそう言ってシェイルの目の前にアドルモルタを放りなげた。


「戦え、少年。君の覚悟は腕の一本や二本なくなった程度で折れるほどヤワな代物だったのか?」

「余を無視するか、末席風情が! いい機会だ、相手してやろう!」

「お相手頼むよ、魔王くずれ。不死ではないお前など、もはや怖くは無い」


 ドミナトスは再びトリビューラに接近し、黒い大剣で斬りかかった。

 トリビューラは輝く三角形の剣でそれを防いだ。


「ずっとお前の不死を打開する方法を探っていたが……。

 探す手間が省けた。エリス様様だな」

「ふん、一人では何もできん臆病者が。永い人生が余程つらいと見える。

 余が代わりに幕を引いてやろう!」

「……む、やはり強いな。

 おい、少年! ボーっとするな! 手伝え!

 こいつは魔王の中で二番目に強かったんだ! 私一人ではあっさり負けるぞ!」

「過去形に、するなっ!」


 トリビューラが力任せに剣を振るとドミナトスの持っていた剣は真っ二つに切断された。まるでバターでも斬るように。

 ついでにドミナトスも右肩から左肩にかけてほとんど真っ二つにされている。

 しかし、当のドミナトスは平然としたもので、ぽいと剣を捨ててちぎれかけた左上半身を抑えながらトリビューラの斬撃を避けている。


 ドミナトスはトリビューラから視線を話さずに言う。


「おい、なんとか言ったらどうだ、少年?」

「普通、人間は……片腕が無くなったら、出血で……死ぬんだよ!

 あんたと、違って!」

「そうだな。普通はな。だが、お前は違うだろう?」

「はあ?」

「……おい、少女よ、治癒は可能か?」

「……」

「おい、少女よ」

「……」

「おい―――」

「うるさい!! 集中してるんだから話しかけるんじゃないわよっ!!」

「あ、ああ、すまない……」


 シェイルの隣で黙ってヒールを試みていたローアはしつこく話しかけ続けてきたドミナトスに怒鳴り声を上げてキレた。

 ここまでの大声は中々聞けないな、とシェイルはぼんやりと思った。


「うぅ……、ダメだわ……。もう集中力が……。言いなさい。助けられるの?」

「いや、助ける必要は無い」

「は? 何言ってんのよ。ぶっ殺すわよ」

「物騒だな、君は……。最後まで聞きたまえよ。

 ミケルマに聞いたぞ、暴走したんだろう、彼は。その時に腕を失くしたが生やしたとか。

 つまり―――」

「なるほどね! よし、燃やしましょう!」

「えっ?」


 言うが早いか、ローアは今まで必死にヒールをかけていた両手を離し、火の玉を作り出した。

 シェイルは慌てて叫んだ。


「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっと待って!」

「死ぬわよ?」

「そんなすぐには死なない! 十秒でいいから待ってくれ!」

「……わかったわ」

「私がずっとトリビューラと戦っていることを忘れてないか?

 手短に頼む」

「私は別にアンタがやられても心が痛まないわ」

「俺も……」

「……。……。全く、最近の若者と来たらドライだなあ……。私は少しショックだよ」

「ドミナトス様……」

「おお、どうしたココ? 久しぶりだな。元気だったか?」

「ミケルマ様は?」

「…………。ん? あ、ああ……ミケルマ……。ミケルマか……。

 すまん、ちょっとショックで頭が回らない。

 ……なんでミケルマのほうが私より人気なんだ……?」

「ドミナトス様、ミケルマ様は―――」

「ああもう! ちくしょう!

 ……ああ、すまない。少し頭に来てしまったすまない。

 ……ココ、ミケルマはすぐに来る。安心しなさい」

「わかった!」

「…………」

「ずいぶんと人気だな、ドミナトス?」

「やかましい!」


 沈黙を破ってトリビューラが嘲るような口調で言った。

 左半身をくっつけ終えたらしいドミナトスは両手に大剣を作り出してトリビューラに斬りかかった。

 しかしトリビューラは剣一本で両方の剣をさばいてみせた。

 ドミナトスの言うように実力には開きがあるらしい。


 二人の魔王の剣戟をちらりと見ながらローアは悩み続けているシェイルに話しかけた。


「シェイル、十秒経ったわよ。どうしたのよ? 早く燃えなさい?」

「……」


 シェイルは何かが引っかかるような気がしていたが、ようやくその正体に気づいた。

 エリスの『君は三日後、死ぬ』という予言だ。


(それはつまり、今日だ。今日のどこかで俺は死ぬ)


 おそらくもうすでに局面は終盤だろう。

 確かに自分に火をつけて正気を失えば魔導力のタガが外れ、腕を生やして魔王たちに交じって戦えるかもしれない。


 しかし、その決着がつく前後で死ぬのだろう。

 もう眷属はいない。

 レドモアはキュアリスが相手している。

 もうここしか死に場所が残されていない。

 だから……生きているうちに正気でいられるのは今が最後なのだ。


 火をつけたらもう目を覚ますことは無い。

 そう思うとシェイルは身がすくんでしまった。

 覚悟はできていたつもりだったが、やっぱり死ぬのは怖かったのだ。


 と、そっと左手に何か触れる感触があった。

 ローアだった。ローアがシェイルの左手を握っていた。


「大丈夫よ。これが終わったら、またあの鐘楼で夕日を見ましょ?」

(それ完全に死亡フラグじゃないか……)


 けどそんな無粋な感想なんて吹き飛ぶくらい嬉しかった。

 ローアが勇気づけてくれているのが嬉しかった。

 普通に嬉しかった。

 死への恐怖がどこかへ行ってしまうくらい。


「ははは……」

「な、なんで笑うのよ……」

「いや、ごめん。うん、いいね、行こう。……これが、終わったら」

「ええ」


 ローアが手を離して一歩下がる。

 シェイルは手からローアのくれた温かさがなくなっていくのを感じた。


 泣きたいほどの孤独を感じながら冷えていく左手でアドルモルタを持ち上げ、立ち上がる。


火の悪魔ダンサー・イン・ザ・ファイア


 静かに呪文を唱えた。

 身体がみるみる炎に包まれていく。

 痛みでまともな意識がなくなっていく。


 走馬灯を見る代わりに頭の中で声がした。

 エリスの声じゃない。自分の声だ。


 いい人生だっただろうか?

 ……どうだろう。まだ答えは出ていない気がする。


 後悔はあるか?

 ……それは無い。やるだけのことはやったから。

 ……いや、ローアに負い目を感じさせたままなのが心残りか……。

 ……何とかしたかったけれど、きっとローアなら乗り越えてくれるはずだ。きっと。



 さあ、時間だ。

 さよなら、世界みんな


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