第81話 客人
キュアリスがアンフを倒した。
シェイルがリオンの魂を滅した。
ローアとキュアリスがヴィアルを倒した。
キュアリスとフェリクス、ノイア、ココは兵隊ウサギたちを倒した。
束の間の休息の後、時計の鐘が鳴り響いた。
時計の針は1時を指している。
それを見てキュアリスはつぶやいた。
「あの時計、壊さないとなあ……」
「壊せるの?」
「壊せるか壊せないかじゃないんだよ、シェイル。壊さないといけないんだ!」
キュアリスは自信満々にそう言って時計を指さした。
シェイル達はそのテンションの高さに若干引きながらもキュアリスの発言を待った。
「向こうの力量は大体わかった。あの時計がある限りこっちの勝ちが確定しない。
逆に時計さえなければこっちの圧勝ね。
なんたって、眷属を全滅させられるくらいには力の差があるんだから」
「いや、そうじゃなくて……」
「うん?」
「どうやって壊すの? あれ……」
シェイルは時計を指さした。
時計と呼んでいるが、魔法で空中に描かれた魔法陣でしかない。
物理的なものではない。
「触れもしないのに壊せるわけがないじゃん」
「はっ、これだから頭の固いヤツは……」
キュアリスは失笑し、これみよがしに肩をすくめた。
「アドルモルタ持ってる君がそれを言う?
その剣なら何でも切れるでしょ!」
「そうなの?」
「……そうだよ!」
キュアリスは本気で呆れたような目をし始めた。
シェイルは慌てて言った。
「わかったよ。じゃあ、やってみる」
「ん、頼んだよ。さて……、次の出目は何かな?」
正八面体のダイスが出現し、ゴロゴロと転がり始めた。
やがてダイスが止まる。
出目は「6」だった。
『出目は6! マレビト来たれり!
出目は6! マレビト来たれり!』
出目は6! マレビト―――』
シェイルは「マレビト」という単語に聞き覚えが無かった。
古語か何かだろうか?
ローアを見ても「知らない」と首を振られたので、後ろからキュアリスに聞いてみる。
「マレビト……ってなに?」
「……」
しかしキュアリスは返事をしなかった。
ダイスの辺りを凝視している。
シェイルもそちらへ視線をやった。
見れば、そこには赤黒い血が渦を巻いていた。
上は地上三メートルくらい、下は地面すれすれ。
重力をまるで無視して垂直に血が渦を巻いている。
大量の血を大鍋にぶちまけて三日三晩煮こんだような渦がそこにあった。
それを見ていたキュアリスの口から声が漏れた。
「あ、ああ……」
キュアリスが絶望したようにうめき声を漏らしながら頭を抱えてしゃがみこんだ。
シェイル達はその情けない背中に背筋も凍る思いだった。
キュアリスの声に呼応するようにその血の渦の中から真っ赤な腕が伸び、渦の淵をつかみ、こちら側へ躍り出てきた。
それは長身のスレンダーな女性だった。
二メートルを超えているだろうか。
全てが赤かった。髪も目も服も。全てが赤く、紅い。
なぜなら彼女は血まみれだったから。
彼女は右手をスッと伸ばした。
「フハハハハハ!
呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!
ワガハイ、鮮血帝レドモア・ゼニューリス参上!」
鮮血帝はそう叫んで指を鳴らすと、彼女の全身を覆っていた血が全て地面に落ちた。そのおかげで彼女の容姿があらわになる。
彼女が着ていたのは真っ白なドレスだった。その上から黒いマントを羽織っている。
髪は黒い。頭には金色の王冠を載せている。
そして、瞳は深紅のままだった。
ニヤリと笑った口元から白い牙が飛び出している。
キュアリスが話していたレドモア。吸血鬼の女王。
シェイルは本物の吸血鬼を見て少し感動した。
「久しいな、キュアリス! 十年ぶりか!? 二十年ぶりか!?」
つかつかと近づいてくるレドモアを見てキュアリスは非常に嫌そうな顔をした。
反対にレドモアは嬉しそうに顔をほころばせている。
「三十年ぶりだよ、レドモア……。なんでここにいるの?」
「んん? ずいぶんと冷たいではないか! トリビューラに呼ばれたからだな!」
「アンタ達、別に仲良くなかったじゃない」
「些末な問題だ! ワガハイはお前と戦えると聞けばドミナトスとでも組んでやろうぞ!」
「不戦のルールは?」
「トリビューラが肩代わりしてくれる!」
「マジかー……」
「キュアリス! 早くやろうぞ!
おっと、そなたらは……」
レドモアは腕をぐるぐると回しながら、キュアリスからシェイルへ視線を移した。
「噂のキュアリスの弟子か! 蝕命剣を扱えるとかいう!
偉大な師に追いつけるよう励むがよい!
そしていずれワガハイと一戦交えようぞ!」
「は……、はい!」
「うむ、良い返事だ。立派に育てよ、少年。
……さて。準備はいいか、キュアリス!」
「えー……、やりたくないんだけど……」
「なんだと! 遠路はるばるやって来たワガハイにこのまま帰れと言うのか!?
薄情だぞ、貴様! そいつらを巻き込んでも構わんのか!? 構わんな!?」
「わーかったよ! わかったって。戦えばいいんでしょ!
はー……、ごめん、シェイル、みんな。ちょっと向こうの方で一騎打ちしてくる。
後のことは任せるよ」
「大変だね」
「ああ、うん、ありがとう……。
君たちは時計をがんばって壊してほしい。今なら敵はいない。楽勝でしょ?」
その言葉を聞いてシェイルが口をへの字に曲げたのを見てキュアリスはくすりと笑ってレドモアについて行った。
シェイルはアドルモルタを担いでローア達を見た。
「じゃあ、俺達もがんばるか」
***
「チェックメイト」
一人の奴隷が王の前に立ちはだかっている。
魔王はしばらくの間、その二つの駒を黙って見つめていた。
やがて、魔王はその王の駒をコトリと倒して言った。
「参った。私の負けだ」
「ありが、とう、ございました……」
フェネラはようやくそれだけ言うと、ぐったりと椅子の背もたれに身をあずけた。
目の前にいるのが魔王だということも忘れて。
全身全霊を尽くして戦った。
自分の限界を超えた手を何度も指した。
まるで奇跡のような対局だった、とフェネラはぼんやりと思った。
そんな真っ白に燃え尽きたフェネラに魔王は両の手を叩いて称賛の拍手を送った。
「素晴らしい一局だった。またいずれ再戦したいところだ」
「今度は人の命がかかっていないゲームをお願いしたいですわ。
百人の命と魔剣を賭けたゲームはもうこれっきりで、ごめんこうむりたく存じます」
「クックックッ……」
トリビューラは低い声で笑うと指をパチンと鳴らした。
しかし、何も起こったようには見えない。
フェネラのキョトンとした顔を見てトリビューラはさらに笑った。
「クックッ……。そなたの願いを叶えたのだ。弟の病を治す、だったな?」
「あ、ありがとうございます!」
フェネラは疲れなど吹っ飛んだようにパッと顔を明るくした。
すぐに立ち上がり深々と頭を垂れた。
「まだわからんぞ。無事で済むかどうかはわからん。
今宵、余に殺されるやもしれん」
「……やはり、まだ戦われるのですか?」
「ああ。目の前に宝があるというのに……。
家族を殺されたというのに……、黙って引き下がれるはずもない。
ルールを破ってでもな」
トリビューラはそう言うと席を立ち、結界の外へ歩いて行く。
フェネラも席を立ち、頭を垂れて魔王を見送る。
「さらばだ、フェネラ・リシル・シクアイール。いずれまた手合わせ願おうぞ」
「私が生きているうちは喜んでお相手いたします」
「ふっ……。おっと、忘れるところだった」
トリビューラは机の上に放置されていた駒を宙に浮かべると、結界の外に駒と一緒に出て行った。
それを見届けた後、フェネラは思い切り伸びをすると椅子に座り直し、ぐでっと机に突っ伏した。
疲れた。
すっっっっっごく疲れた……。
途中までは極めて危なかった。
トリビューラの方がずっと強い指し手なのだ。順当に行けば負けていたに違いない。
転機はあった。眷属が死んだ時だ。
唯一トリビューラが動揺した瞬間、そこで放たれた甘い手をフェネラがきっちりと殺したことが結局最後まで効いた。
やるべきことはやった。
後は見守るだけだ……。
……。
「……。私、この結界の外に出ても大丈夫かしら?」
フェネラは勇者やら魔王やらがあちこちにいる結界の外の戦場を見回してつぶやいた。
***
「こ、壊れない……」
「火力が足りないんじゃない?」
「そんなこと言ったって……、一回気ィ失ってるんだぜ? 次は死んじゃうよ」
「なによ、いっぺん死ぬくらいやってみたらいいじゃない。
ここでやらないでいつやるのよ」
「い、いや、まだほら、追い詰められてないし」
「やあ諸君、首尾は順調かね?」
シェイル達が『時計』を壊そうと四苦八苦しているところにトリビューラが朗らかに手を振りながらやって来た。
ローアは振り返り、顔をしかめた。
「……ほら、追い詰められたじゃない」
「嘘だろ!? ……あと一時間くらいゲームしてろよ!」
「相変わらず、なめた口を利くやつだな、貴様は……。まるで礼儀がなっとらん」
トリビューラは足を止め、舌打ちした。
トリビューラはよく見れば恐ろしく背が高かった。
ほとんど椅子に座っていたのでわからなかったが、シェイル達が全員見上げるほどの位置に頭があった。
魔王の頭の円がぐつぐつと泡立つ。
「さて……、リオンを屠った貴様らには地獄を見せてやろうぞ」
「ヴィアルもアンフも倒したぞ」
「二人は後で復活させればよい。だが、リオンは違う」
トリビューラは長い腕を伸ばし、シェイルに指を突き付けて行った。
シェイルは目の前に突き付けられた指に少しひるんだ。
「貴様はアドルモルタの炎であやつを斬った。魂ごとだ。
いかに余と言えど、蘇らせることができんほどめちゃめちゃにしたのだ。
……許さん……。貴様は許さん」
シェイルは突き付けられた指が微かに震えていることに気づいた。
「アドルモルタを奪うだけでは済まさん。同じ目に貴様も遭わせてやる。
百年の旅路を共にした可愛い我が眷属を亡き者とした貴様には相応の報いを受けてもらう」
「……勝手に恨んでろ」
シェイルは静かに言った。トリビューラをにらみ返す。
言いたいことはシェイルにもあった。
人の命をなんとも思わない魔王に言いたいことが山ほど。
シェイルはトリビューラを憎んでいた。
エルダが死んだのは結局、目の前の魔王のせいだ。
確かにエルダは自分の意志で魔王を召喚し、その結果死んだ。
でも、そもそもトリビューラが人の命を賭けたゲームなどしていなければ、エルダは村人の命を賭けようとは思わなかったはずだし、今も生きていたはずだ。
エルダとローアは村で穏やかに暮らしていただろう。ついでにシェイルも。
エルダが死に、ローア達の平穏な暮らしを壊した原因は目の前の魔王にある。
だってそうだろう。
詐欺師と詐欺師に騙されて一家心中しようとした人と、どちらが悪いのかって話だ。
そんなの、詐欺師が悪いに決まってる!
「そんなに自分の部下の命が大事か……!
だったら、お前がゲームの景品にしてる人達の! 弄んだ人たちの命はなんなんだ!?
散々人間の命で遊んでおいて、今更自分だけ被害者面できると思ってんじゃねえよ!」
「誰に向かってそんな口を利いている……! 図に乗るなよ小僧!」
「はっ! お前なんか怖くない!
エリスの作ったルールを馬鹿正直に守るようなお利口な魔王なんてな!!」
「……」
トリビューラは黙って指を鳴らした。
シェイル達は一瞬、殺されるかとヒヤッとしたがトリビューラは自分の服装を買えただけだった。
服がスーツから豪華なマントに変わっている。
トリビューラは左腕を伸ばし、マントを広げた。
マントの裏地が見える。黒い闇の中で無数の三角形がゆっくりと走っている。
「宇宙の縮図」




