第80話 蜂と炎
「……死んだかな?」
キュアリスは壁にめり込んで動かなくなったアンフに質問した。
アンフは答えない。
「君の魔法は『鼓舞する』とでも言うようなものかな?
死に瀕しても自分の命を鼓舞することで蘇る、と言ったところでしょ?」
アンフは答えない。
キュアリスはくるりとアンフに背を向けて歩きだした。
「君のことは理解したよ。砕いたからね。
でも、あの時計で蘇るんだっけ?
ま、何度でも蘇ってごらんよ。次はもっと的確に君を砕いてあげるから」
キュアリスはちらりと『時計』を見た。
ちょうど12時と1時の中間あたりだった。
さっと全体の様子を見る。
アンフにかなり手こずってしまった。
おそらくシェイル達の負担がかなり大きくなっているはずだ。
急いで加勢しないと……!
まず、シェイルは大丈夫そうだ。
リオンと戦っている。ケガしまくっているが致命傷は無い。
もうしばらくは持ちこたえられるだろう。
残念ながらリオンを仕留め切るのは難しそうだ。
次にローアは……、こちらはかなりまずい。
ローアの防戦一方だった。
ヴィアルの魔法は『無効化』の類だろうが、それで自分のダメージを無視して接近戦を仕掛けている。
ローアはそれに対して障壁で自分をガードすることしかできていない。
魔法で攻撃しなければならないが、そうすると自分にもダメージが及ぶ……。
そういう距離にまで追い詰められている。
キュアリスはローアに加勢するべきかの判断を保留にし、冷静にフェリクス達の様子も確認した。
こちらは更にまずい。
フェリクス、ココ、ノイアの三人が兵隊たちにもみくちゃにされている。
まだ生きているのはローアが遠隔で防御と回復魔法を使用しているからに違いない。
キュアリスは唇を噛み、まず誰を助けるべきかを決めた。
***
シェイルは攻めあぐねていた。
リオンは大量のナイフを操り、攻撃にも防御にも活かす戦闘スタイルだ。
リオンの防御をアドルモルタの攻撃で破るのは容易い。
容易いが、それはリオンが防御に専念している場合だ。
当然、リオンは黙って突っ立っているわけではない。
避けもすれば反撃もする。
そう言った小回りはアドルモルタを持ったシェイルには効果てきめんだった。
さっきはローアのアシストでリオンの身動きを封じることに成功したからあっさりと勝てただけ。
一対一でリオンと戦うシェイルは翻弄されっぱなしだった。
復活してからリオンは積極的な攻めの一切を放棄している。
攻撃をしてこないという意味ではなく、一気に決着をつけようという色気が無くなったということだ。
別に人格が変わった様子は無い。
そういうことではなく、単純に時計が完成した今、現状維持で勝ちが確定するから長期戦に持ち込めればそれでいい、という戦略なのだろう。
合理的だが、どうにかしないと……。
「おい、もっと攻めて来いよ! ビビってるのか?」
「ふん、安い挑発だな! 何を考えているか見え見えだ!
それでは意味がないぞ!」
「はっ! 臆病だから攻めてこられないんだろ?
どこぞの魔王と一緒だな!」
「……なんだと?」
リオンの眉間にピクリと青筋が走る。
どうやらトリビューラは地雷らしい。
シェイルは内心ほっとした。
正直、挑発なんて得意じゃない。すぐに弱点を見つけられてよかった。
「ほら、なんてったっけ? 三角形? 四角形の魔王?
トラビュリー?」
「……」
「部下に戦わせるばかりで自分はゲームしてるなんてな。
ホント、臆病を通り越して――」
「黙れ」
リオンは急に立ち止まった。
ナイフの動きもピタリと止まる。
隙だらけだ。絶好の好機に見える。
しかし、シェイルは逆に距離を取った。
本能的に危険だと察したからだ。
リオンはまだ立ち止まったまま、シェイルをにらみつけている。
そして唐突にぽつりと言った。
「……貴様、尊敬する者はいるか?」
「え?」
予想外の質問にシェイルはポカンと口を開けた。
(ドットは尊敬してるかなあ……。いや、でも……)
などと考えているとリオンはイライラした様子で首を振った。
「いないのか。好きな人は? 愛する者は?」
「あ、い、いるけど……」
シェイルはローアを思い浮かべて言った。
リオンは説教するようにシェイルをにらんでいる。
「私にとってのトリビューラ様は、貴様にとってのそれだ。
私の恩人であり、敬愛する人物だ……。それを……」
リオンは身体をわなわなと震わせて吠えた。
「貴様は侮辱したのだ!! 万死に値する!!」
「ご、ごごごごめん! そ、そんな怒らなくても―――」
「問答無用! 死ぬがいい!」
リオンは大量のナイフを空中に並べて見せた。
大量の……本当に大量のナイフだ。
数えるのもバカバカしい。
シェイルの視界を埋め尽くすほどのナイフ。
隙間から空さえ見えない。
全てのナイフの切っ先がシェイルの心臓にピタリと照準を合わせている。
「逃げまどうがいい、羽虫が。
捕食者の群集」
その言葉を合図にナイフの一部が動き始めた。
最初はパラパラと小雨のように。
何本かのナイフが身体をかすめる。
シェイルは一歩、下がった。
数千、数万の刃を前に、その顔は恐怖に歪んでいる。
エリスの予言が脳裏に響く。
『君は三日後、死ぬ』
シェイルは足に力を込めた。
ナイフが飛んでくる中、足を踏ん張り、必死で恐怖に抗ってアドルモルタを構える。
このままだと一秒もすればナイフに全身を刺し貫かれて死ぬ。
ミンチになって文句なく死ぬ。
上等だ。ここで死ぬなら、出し惜しみは無意味だ。
白炎閃? 薄衣? 断絶?
ノーリスクな魔力量で扱える技を作っていい気になっていただけじゃないか。
この剣は蝕命剣だ。
だったら、命を削るくらいでちょうどいいだろうが!
……でも技名はやっぱり叫ぼう!
「蝕命剣……えーと、雷ぃ!!」
シェイルは思い付きの技名を叫び、ありったけの魔力をアドルモルタに注いで振り下ろした。
それはかつて勇者キュアリスと自身に癒えない傷を負わせた時と同じ炎を纏っていた。
自らと敵の魂を焼く炎。
魔王すらも殺す炎。
アドルモルタの真の力の一端が解放された。
「ぎゃああああ―――」
リオンと無尽のナイフは一瞬のうちに蒸発し、そのせいで断末魔は途中でかき消えた。
まるでナイフで切り取られたように。
***
ビキッ……。
トリビューラの手の中で駒が一つ粉々になった。
フェネラは盤面に集中して考えていたが、その音と言い知れぬ恐怖に驚いて顔を上げた。
「あの……、どうかしましたか?」
「……ああ、すまない。驚かせてしまったか……」
トリビューラは自分が駒を握りつぶしたのに気づき、魔法で元に戻した。
持っていた駒を元の場所に置くと、顔を手で触った。
「眷属が一人、死んだ」
トリビューラはぼそりと言った。
フェネラはテーブルの外を見た。
闘技場の中央、フェネラとトリビューラがゲームをしている場所には結界のようなものが張られている。
これは元々はトリビューラが張ったものではなく、元老院のメンバーとフェネラの手によるものだったが、後からトリビューラも手を加えてより強固になっていた。
結界の向こうは曇りガラスを通したようにぼやけていてよく見えない。
フェリクスの安否もわからないが、フェネラは気にしていなかった。
彼女はその程度の覚悟でこの席に座っていない。
弟は必ず生きて帰ると信じており、それが揺らぐことは無いと決めていた。
「私にはわかりませんが、先ほど大きな音がしたようですね。そのせいですか?」
「ああ。小僧が蝕命剣を振るったようだ。
だから小僧を追い詰めるなとあれほど言っておいたというに……。
リオンの愚か者め……」
「ご愁傷さまです」
「……」
そのままトリビューラはしばらく物思いに沈んでいた。
トリビューラが何も言わないのでフェネラは冷静に自分の手番に思索を向け始めた。
砂時計が減るのを見てトリビューラは忌々し気に呻くと、震える指で駒を進めた。
その一手は悪手ではなかったが、今までのトリビューラの一手からするとやや圧力に欠けていた。
フェネラはそれを感じ取り、相手が進まなかった分きっちりと駒を進めた。
トリビューラはフェネラの手を見てまたも呻いた。
「全くもって容赦がないな」
「必要ですか?」
「フン……。無論、不要だとも」
***
「た、助かりました、キュアリス……」
「大丈夫、ローア?」
キュアリスはへたり込んでいるローアの額に手を当てた。
ヒールで負傷を回復させる。
ローアは全身ボロボロだった。
致命傷こそ無いが、何か所かの裂傷と骨折を負っていた。
ヴィアルは防御力こそ高かったが、攻撃力はさほどでもない。
しかし、ローアも一人ではそれほど強くない。
確かに魔導力は高いし、強力な攻撃もできるが、それは集中できる状況であってこそだ。
防御力の高い敵に肉薄されてはどうしようもなかった。
ヴィアルはキュアリスの参戦であっけなく死んだ。
キュアリスという盾を得てローアはヴィアルを炎上させ、継続ダメージで倒した。
もっとも、一定時間ごとに振られるダイスの出目によってはまた蘇るだろう。
キュアリスは立ち上がると再び状況を確認した。
シェイルはリオンと戦っていた場所で倒れていた。
逆にリオンの姿が見えず、周囲の地面が大きくえぐれている。
さっきかなり大きな音がしていたから、アドルモルタで強力な攻撃を出したらしい。
おそらく、シェイルはその反動で気絶したのだろう。
キュアリスがそう考えているとローアもシェイルが倒れていることに気づき、素っ頓狂な声を上げた。
「シェイル!?」
「ああ、大丈夫だよ。多分、気絶して―――」
「キュアリス! シェイルの所に連れてって!」
「え? えーっと―――」
「早く!」
キュアリスは必死な様子のローアに諦めたようにため息をついた。
ちらりとフェリクス達の様子を見る。
危険な様子だが、シェイルの所に寄り道する程度の余裕はあるはずだ。
キュアリスは「わかったよ」と言い、ローアを肩に担いだ。
「えっ?」
「行くよ」
「え? きゃあっ!?」
キュアリスは足に力をこめてシェイルの倒れている場所まで一気に跳躍した。
ローアをその場に置いて言う。
「じゃあ、私はフェリクス達の加勢に行くから。ローアも用が済んだら―――」
「シェイル! 大丈夫!? ああ、息はあるわね。良かった……」
「聞いてた?」
「え?」
「……。手当が終わったら、フェリクス達の加勢に来てね。じゃ」
そう言い残すとキュアリスは再び跳躍して行った。
その直後、視界の端で兵隊ウサギが何体か宙に舞っているのが見えた。
「ほらほら! 勇者様が戻って来たよ! おらおらぁ!」
まるで虫でも踏み潰すようにウサギたちを蹴散らしていく。
あの調子なら向こうは大丈夫だろう。
ローアはすっかり忘れていたフェリクス達のことを再び思考から追いやるとシェイルに視線を移した。
シェイルもまたボロボロだった。
どうやら勝ったようだが、こうして倒れているところを見るとギリギリだったのだろう。
ローアはシェイルにヒールをかけた。
「おつかれさま。少し寝てていいわよ」
戦いはまだ終わってはいないが、まだ時計が次に進むまで1、2分ある。
休息を取るには短すぎる時間だが、それでも少し休ませたかった。
……。
「そう言えば……。
こういう時は膝枕するといいって、エルダ様が言っていたような……?」
昔、友達も恋人も作ろうとしないローアを見かねてエルダが食卓でそんなことを話していたような気がする。
疲れ切った男にこれをすればイチコロだとかなんとか。
当時のローアは「何を言っているんだこの人は」と思っていたが、まさかこんな形で役に立つなんて。
ローアはシェイルはひっくり返して仰向けにすると、正座し、首を持ち上げて膝の上に乗せた。
心なしかシェイルの表情が険しくなったような気がする。それがローアは気に入らなかったらしい。
せっかく恥を忍んで膝枕してやっているのに嫌そうな顔をするのか、と。
実際にはひっくり返されたり乱暴に首を持ち上げられたせいなのだが。
仕返しのつもりローアはシェイルの頬をぷにぷにとつつき始めた。
しかし、意外と弾力があったのでローアは「へえ……」と息を漏らして夢中になってつついた。疲れていたのだろう。
「……何してんの?」
気づけばキュアリスとボロボロになったフェリクス達がすぐそばに立っていた。
ローアは口をあんぐりと開けて手をパッと上げた。
「いや、これはその……」
さらに慌てて立ち上がったせいでシェイルを膝から落としてしまった。
シェイルの頭が地面に落下する。
「イテッ」
「あっ、ご、ごめん」
「あたたたた……。あれ、なんだっけ? どうなったんだっけ?」
慌てふためくローアと寝起きのシェイルを見てキュアリスとフェリクス達は深々とため息をついた。
「はあ、もう……。調子狂うなあ……」
「仲が良いのはいいが、今はやめてくれないか?」
「膝枕ッ……! ローアさん……! 私にも今度っ! 是非! 是非ッ!」
「ココはがんばってるのに、ローア達は何してるんだ?」
「悪かったわね……。あと、ノイア、あんたはちょっと黙りなさい」
「あっ……、はい」
「?」
シェイルは『膝枕』という単語が妙に気になった。
意味はわかっている。膝を枕にして頭を乗せて寝させてあげる的なアレだ。
問題はなぜ今ノイアがそんなことを口走ったのかだ……。
寝起きだからか頭が回らない……。
とりあえずローアに聞いてみよう。
わからないことはローアに聞けば答えてくれるし。
「ローア、膝枕って何―――」
「なに?」
シェイルはローアの目を見た瞬間、自らの罪を悟った。
罪を理解したのではない。自分が罪人だということを理解したのだ。
ローアの目を見ればわかる。「それ以上聞いたら殺す」と目が言っていた。
「な、なんでもないよ……」
「そう。よかったわ」
ローアは満面の笑みでそう言った。
シェイルはローアから目をそらして額ににじんだ汗をぬぐった。
危なかった。死はまぬかれたようだ。
しかしシェイルは気づかなかった。
ローアもシェイルの目を盗んで同じように汗をぬぐっていたことを。




