第79話 取るに足らない
ヴィアルとシェイル達の攻防は一気にシェイル側が優勢になった。
シェイル達はごく弱い魔法を出せばヴィアルはそれを必死で止めようとするからだ。
ただし、弱い魔法でも土魔法はあまり効果が無いようだった。
岩を操って殴っても効果は無い。
あたかも効いているかのように装っていたが、正直演技は下手だった。
地水火風の基本魔法ではやはり火が一番効いている。
というよりも火を一番嫌っている。
残り60秒。
シェイルはダメ元で挑発を試みた。
「なんだ? 火が怖いのか?」
「取るに足らない挑発ですね。取るに足らないものは嫌いです」
「なんだと!?」
「あんたが挑発に乗ってどうすんのよ……」
そしてヴィアルはそれ以上何も言わなかった。
挑発には乗らない。何も情報は得られない。
けれど、なんとなく見えてきたことがある。
あいつが嫌っているのは火とかそういう属性とは少し違う所にあるような気がする。
こちらの強力な魔法はどれもこれも一撃必殺の破壊力を持つようなものばかりだ。
勇者の忠告を守ってアドルモルタはまだ撃っていないが、それにしたって一発で大ダメージを叩きだすものだ。
しかしそれはヴィアルにとって無視できる程度の脅威でしかない。
『取るに足らない』ものなのだろう。
一方で弱い火の魔法は避けようとする。
しかし同じように弱い土魔法は無視……。
いや、長時間継続するような攻撃を嫌っている気がする。
……。
時間じゃなくて、ヒット数か……?
「ローア、竜巻って出せるか? 弱くてもいいから」
「今の私にはキューちゃんがいるから大丈夫よ」
「じゃあ、竜巻に火をつけるのは?」
「可能よ」
「やってくれ!」
ローアは『わかったわ』と言って竜巻を作り出した。
竜巻と言ってもごく小さなものだ。
数人巻き込めるかといった程度のサイズだろうか。
竜巻を作るとローアはシェイルに火をつけるように言った。
「これ、けっこうしんどいわ。火はシェイルがつけてちょうだい」
「オッケー」
シェイルは火球を作り竜巻に投げ入れたばらまいた。
時々竜巻から漏れる熱風が頬をなでた。
けっこう熱かった。
ある程度入れたところでローアに合図を出した。
ローアがヴィアルを指さして叫んだ。
「行きなさい、ファイアトルネード君!」
竜巻がヴィアル目掛けて動き出す。
っていうか竜巻に名前を付けていた。
ひょっとしてこの竜巻も奴隷なのだろうか。
ヴィアルは土魔法で壁を作って竜巻を防ごうとしたが、壁はシェイルが魔法で破壊して妨害を相殺した。
ヴィアルは無効化魔法を使うが、それ以外の魔法は得意ではないようだ。
出力は強いが、複雑さはそれほどでもない。
なにか、反動とかそういうものなのだろうか?
あるいは無効化魔法に頼って他の魔法の修業をおろそかにしてきた結果なのか……。
竜巻はヴィアルに到達した。
ヴィアルを巻き込み、火の柱となって燃え上がった。
ヴィアルの魔法はおそらく『ダメージを固定値に下げる』だろう。
仮にその固定値を1として考えてみる。
それはヴィアルが無防備で耐えられる数値なのだろう。
土魔法のダメージが100とすると、それが1になる。
これがヴィアルの『無効化』魔法のカラクリのはずだ。
だから火の竜巻みたいにヒット数の多そうな魔法を出してみたのだ。
「あと30秒ね」
「時計の構築スピードは変わってないのか?」
「落ちてるわ。再計算した結果、残り30秒なのよ」
あと30秒か……。
30秒以内にあの竜巻でヴィアルを倒しきれるのだろうか?
わからない。
もっと何か別の魔法を重ねるべきだろうか?
……それはちょっと微妙なところだろう。
他の魔法と組み合わせた結果弱くなる、なんてのは容易に想像できる。
これ以上はもう打つ手がない。
時間的にもこの竜巻を最後まで維持してヴィアルの体力を削り続けるだけだ。
シェイルは歯を食いしばって言った。
「このまま30秒待機しよう」
「わかったわ」
「ああ」
「ん」
「はい」
ローアを含めた四人がうなずく。
シェイル達五人は竜巻が火の粉をまき散らす中、完成へと近づいて行く時計を見守りながらただ、待った。
「あと20秒」
ローアが淡々と竜巻を見ながら言う。
轟轟と燃え盛る火の竜巻の明かりを反射して瞳が光っている。
「あと10秒」
……他に術は無かったのだろうか……?
迷いはある。全力を尽くせていないのではないかという迷いが……。
けれど、尽くせる力は尽くしたはずだ。
思いつくことは全て試した。
これでダメなら、それは仕方ないことだ。
ただ、絶対に仲間たちだけは守り切る。
死神との面会が決まっているのだ。
たとえ死んでも、仲間だけは……。
「……完成、したわね」
ローアが微かに絶望のこもった声で言うのと同時に、時計魔法陣は発光した。
時計の針が魔法陣上に出現し、カチりと12時の上に合わさった。
どこからともなく一メートル大の八面体が現れ、落下してゴロゴロと転がった。
福引のアタリを告げるようなベルの音が鳴り響く。
さらに無機質で機械的な声が聞こえた。
『出目は3! ふりだしにもどる!
出目は3! ふりだしにもどる!』
出目は3! ふりだしに―――』
機械的な声は絶え間なく繰り返された。
シェイル達は耳をふさいだ。
「うるさっ……! えっ、もう12時なのか?」
「そんなわけあるか!」
「どうでもいいわよ! そんなことよりアレは何なのよ!?」
「わかんないよ!」
シェイル達は動き出した時計と音を目の当たりにして混乱して慌てふためいた。
その瞬間、闘技場の空気が一変した。
原因は明らかだ。時計が『何かを実行』したのだ。
ヴィアルを包んでいた竜巻が一瞬にしてかき消えた。
シェイル達は何が起きたのか理解できずただ目を見開いて立っていた。
ヴィアルはそんなシェイル達の顔を見ておかしそうに低く笑った。
「ふっふっふ……。残念でしたね。燃える竜巻は良い手でしたよ。
あと一歩及びませんでしたが……。
まあ、どうにか時計は動かすことができました」
「……あの時計はなんなんだ?」
「トリビューラ様の演算機であり、私の魔法の結実ですよ」
「そんなことが聞きたいんじゃない」
「まあまあ、慌てなくても大丈夫です。
最低限の説明はしますよ。見たままですが……。
まあ、トリビューラ様は公正であることを重んじますからね。
一定時間ごとに八面ダイスが出現して、ランダムな効果を出します。
何か質問は?」
「一定時間ってどれくらいだ。一時間か?
どんな効果があるんだ?」
「質問は一つずつにして欲しいですね……。
一時間なわけないでしょう。それでは戦闘が終わってしまう。
ダイスが振られるのは十分毎です。
効果は秘密です。出てからのお楽しみということで」
「ふりだしにもどる、って『いつ』まで戻るのかしら?」
ローアはやや慌てた様子で質問した。
ヴィアルは笑みを漏らしながら返答する。
「ふふふ……、あなたはもうお気づきでしょうが、『戦闘開始時点』がふりだしです」
「なるほどね……。道理で」
「どういうこと?」
「ああいうこと」
ローアは後ろを指さした。
そこにはリオンと兵隊ウサギたちが立っていた。
「……マジ?」
「シェイル、魔力は回復してる?」
「してない」
「じゃあ、あの時計の効果は私たちには効かなかったのね。
おそらく、向こうにはプラス、こちらにはマイナスの効果が生じるんだわ」
「ああ、そうだ、言い忘れていました」
ヴィアルはわざとらしくポンと手のひらを打った。
「もしも二時間経過して、時計が一周したら終わりだと思ってください」
「……終わり? 勝敗はどうなるんだ?」
「もちろん生き残っている方の勝ちです。つまり、我々です」
「まさか……」
シェイルは背筋を悪寒が走るのを感じた。
「時計が一周したら俺たちは全員死ぬってことか?」
ヴィアルはニヤリと笑い嫌味たらしく深々とお辞儀した。
「ご明察です」
「……」
「シェイル、大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
ローアの心配そうな声に返事をすると、シェイルは気分を切り替えるように頭を振った。
弱気になるな。時計が一周するのは二時間後だ。
問題ない。それまでにこの戦いが終わっていればそれでいい。
大丈夫だ。それで問題ない。
問題は……。
「あいつら、復活しやがった……」
「兵隊ウサギと、リオン……、それにヴィアルも時計が完成した今、攻撃してくるでしょうね」
「キュアリスは……?」
振り返り、キュアリスの様子を見るが、やはりまだアンフと戦っていた。
当然だ。仮に倒していたとしても復活しただろうから、手が空いているはずはない。
かなりボロボロになりながら、アンフと殴り合っている。
シェイルはため息をついてキュアリスから視線を戻した。
どうやら勇者の救援は期待できそうにない。
「シェイル」
そのとき、フェリクスがシェイルの肩を叩いた。
シェイルが振り返ると、フェリクスに額を軽く小突かれた。
「お前は少し考えすぎだ」
「考えすぎ? 何が?」
「こんなウサギどもがどうした。何度よみがえろうが、所詮ウサギじゃないか。
生き返るなら何度でも殺すまでだ。違うか?」
「そうだけど……」
しかし、不利なものは不利だ。
兵隊ウサギは雑魚ばかりではないし、リオンは強い。
アドルモルタで全力で攻撃してどうにかなる相手だ。
それにヴィアルまで相手にするのは……。
「シェイル、顔を上げろ」
いきなり、あごをつかまれた。
フェリクスにぐいと無理矢理に上を向かされる。
俺と目が合うとフェリクスはにやりと歯を見せて笑った。
「俺たちは勝てる。勝つ。そうだろ?」
「あ、ああ……」
「声が小さいな?」
「ああ、勝つさ……。勝つよ……!」
「そうだ。
もっと俺たちを頼れ。少なくとも俺はお前に守られるだけの男じゃない」
フェリクスは兜のフェイスガードをガシャンと音を立てて下げ、魔剣ニルゲイドを肩に担いだ。
「俺とノイア、ココで兵隊どもを。シェイルがリオンを。ローアがヴィアルを。
それぞれ相手にするってのはどうだ? いけそうか?」
「……正直、どこもちょっときついだろうな」
「だろうな。兄弟子としちゃあ、情けないが雑兵の相手が精いっぱいだ。
踏ん張ってくれ」
「わかった。任せてくれ」
「よし、行くぞ、ココ、ノイア」
「えっ、私がいないとローアさんの足になれません」
「勝手にココの役を決めるな」
「はいはい、いいから行くぞ」
ノイアとココは不満そうだったが、フェリクスに引きずられて兵隊ウサギたちの方へ行った。
ローアはため息をついて、シェイルに指を突き付けた。
「ほら、シェイルも行って。早くしないと、あいつまでこっちに来るわよ」
「ああ。気を付けて」
「ええ。あんたもね」




