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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第78話 眷属②

 シェイルはローアの作った土のドームを叩き割って出てきた。

 几帳面なローアらしく、入口までふさいでしまったのだ。

 おかげで危うくアドルモルタの炎で酸欠になるところだった。


「なんで塞いだんだよ。蒸し焼きになるところだったじゃないか」

「ちゃんと倒したの?」

「もちろんだよ」

「ココ、反応は無い?」

「無い」

「そう、なら安心だわ」

「俺ももっと信用してくれてもいいんじゃない?」

「眷属がまさかこの程度なんて思ってもみなかったから……。

 キュアリスさんよりだいぶ弱かったわね」

「当然だ。尋常の死なら余が生き返らせてやれるからな」


 シェイル達の会話にいきなりトリビューラが割り込んできた。

 椅子に座ったまま、首だけをこちらに向けて挑発するように言う。

 百メートル以上離れた場所にいるのに、その声はどういうわけかはっきりと聞こえた。


「まあ、今回の場合、余が生き返らせるまでも無いがな」

「どういう意味だ?」

「すぐにわかることだ」


 そう言うとトリビューラはテーブルに向き直った。


 その瞬間、シェイルの隣にキュアリスが『ドーン!!』と音を立てて着地した。

 シェイル達は驚いて飛びのいた。


「びっくりしたあ! 敵かと思ったじゃないか!」

「あら、ごめんね。でも、もう少し慣れてよ」

「慣れたくないよ!」

「残念だわ。

 お、眷属を倒したのね。ナイスよ」

「かなりあっさりだった。なんか手ごたえが無いくらい」

「アレの特徴は『数が多い』だったからね。

 アドルモルタはアレにとっちゃ天敵だったのよ」

「数が多い……?」

「そ。逆に私にとっては相性が悪くて。交代して正解だったわね」

「……? まあいいか。そっちはどう? 兵隊たちは?」

「楽勝! ……だったんだけど、残り二人の眷属がねー」

「残り二人がどうかしたんですか?」


 ローアがキュアリスの肩越しに残り二人の眷属の様子を見る。

 二人ともこちらを見ていない。

 ひたすら構築されていく時計を見つめている。


 キュアリスが厳しい顔で眷属二人を指さした。


「多分、あの時計はヤバいわ。今から集中攻撃してあの時計を破壊する。

 もしくは構築を止める。いいね?」

「完成するとどうなるんですか?」

「さあね。

 でも、あの魔力の量と魔法の複雑さからして、あれが演算機カルキュレーターよ。

 あれが動き出せば兵隊ウサギと眷属一人の犠牲なんて帳消しにされちゃうわ」

「じゃあ、真っ先に攻撃しなきゃダメだったじゃん!

 なんでリオンとか兵隊ウサギを攻撃したんだよ!?」

「しょ、しょうがないじゃない! 叩いてみなきゃわかんないわよ!」


 子供のように地団駄を踏み始めたキュアリスだったが、シェイル達の視線に冷たいものを感じたのか、すぐに咳払いして元に戻った。


「ごほん……。いいね、さっさとアレを叩き潰す。

 君たちが時計作ってるやつ。私はもう一人を攻撃するから」


 そう言うとキュアリスはぐっと足に力をこめて突撃の体勢に入った。

 シェイル達も慌てて走る体勢を取る。


「さあ! 行くよ!」


 キュアリスの合図でシェイル達は二人の眷属ウサギめがけて走り出した。

 シェイル達の動きに気づき、眷属ウサギの時計を作っていない方……アンフが立ちふさがった。


「邪魔はさせん」

「はははははァ! やってみなよォ!!」


 キュアリスはそう言うと、一気に加速してアンフの耳を石腕でつかみ、遠くへ放り投げた。

 そのままアンフを追いかけていくかと思いきや。


「隙だらけだから一発!」


 時計を作っている方……ヴィアルに殴りかかった。

 ヴィアルはキュアリスに軽蔑するような視線を送っているだけで微動だにしなかった。

 かまわずに時計の製作を続け、そのままキュアリスの攻撃を受けた。


「ッ!?」


 しかし、攻撃したはずのキュアリスは驚いて後ろに下がった。

 一瞬、自分の腕を見つめ、アンフの方へ走り出した。

 そして追いつき始めた後ろのシェイル達へ向けて指をさして叫んだ。


「シェイル! そいつにアドルモルタは何度も使わない方がいいよ!」

「ええ!? なんでだよ! 早く倒さなきゃダメなんだろ!?」

「勇者のカンよ! 気をつけなさい! そいつ変よ!」

「何が!? 何が変なんだよ!?」

「一発殴っただけじゃわかんないわよ! あとは自分で考えて!」


 キュアリスはキレ気味にそう言うとアンフに追いついた。

 起き上がったアンフを前に石の腕をバキバキと鳴らして見せる。


「そろそろカッコいい所見せなきゃあ、勇者としてまずいからね。

 手加減は無しよ!」

「やれやれ……。リオンめ、やられるのが早すぎるぞ……」


 アンフは気怠そうにネクタイを少し緩めると、構えを取った。

 キュアリスと同じく、剣や魔法ではなく、殴打メインで戦うタイプらしい。


「勇者よ。確かにお前の方が強いようだが、ただでやられるわけにはいかないな」

「あちゃー……。こっちも強そーだわ……。

 加勢に行くのは遅れちゃいそうね」


 キュアリスはカッコいいところを見せられるのは先になりそうだ、と深くため息をついた。



 ***



「キュアリスめ……、何がアドルモルタはあんまり使わない方がいい、だよ……。

 なんの攻撃も効かないじゃん!」


 シェイル達はアドルモルタも含めた魔法と物理攻撃を試したが、ヴィアルは微動だにせずに攻撃を受け続けていた。

 アドルモルタの斬撃ですらまるで効いていないようだった。当たってはいるのだが、水鉄砲が当たった程度の反応しかないのだ。

 その間も時計の構築は進み続けている。


「ローア、完成までどれくらいかかりそう?」

「キューちゃんを使って計算したわ。残り約140秒よ」

「二分ちょっとか……。少し考えるか」

「いいの?」

「手ごたえ無いからな。何かカラクリがあるはずだ。

 まずはそれを見つけ出してどうにかする方法を考えないと話にならないよ」


 ヴィアルの無敵さ加減には何かカラクリがあるはずだ。

 そうでなければアドルモルタでの攻撃まで無効化できるはずがない。

 そう、あれは障壁じゃない。


 あれは多分大雑把に言って、『吸収』か『無効化』だ。

 魔法が何でもアリならそれくらいはできる。

 他にも何か可能性があるかもしれないが、残念ながら思いつかない。

 考え続けるだけの時間も無い。この二つに絞って考えよう。


 ヴィアルのこの無敵が『吸収』によるものなら、どうやって打破する?

 前世のアニメや漫画の記憶を振り絞れ……!


 ……。

 ……。

 ……。


 ダメだ。

『吸収の限界まで攻撃し続ける』というめちゃくちゃ脳筋な方法しか思いだせない。

 他にあったかなあ……。


 ……あれ? 待てよ。


「時計は攻撃したっけ?」

「してないわ」

「なんか理由あったっけ?」

「フェリクスが止めたじゃない」

「そうだっけ。フェリクス、止めた理由は?」

「誰かが必死で作っているものを横から攻撃して邪魔するなど騎士道精神に反するではないか!」

「……」


 シェイルは無言で火球を作ると時計めがけてぶん投げた。

 後ろでフェリクスが憤慨している声が聞こえるが、無視した。

 おそらく、時計もヴィアルの魔法の効果範囲内だろう。

 そうでなければ時計が無防備すぎる。

 いや、そもそも魔法陣に攻撃が効くのかどうかも怪しい。


 十中八九、意味は無い。しかし試すべきだ。

 違うことはあるのか。何が違うのか。


 火球は時計に命中し、爆発した。

 命中したことから、どうやら実体はあるようだ。

 ただ、やはり時計はビクともせずにその場にあった。

 しまったな、そもそも攻撃が大したことないから魔法の効果があるかどうかわからない……。


 シェイルがそう思ったとき、ヴィアルが奇妙な動きをしてみせた。

 炎が降ってきた時にわずかに身体を捻ったのだ。

 それはほんのわずかで、気を付けていないと見逃すようなものだった。

 炎はヴィアルの服に燃え移ったが、ヴィアルは煩わしそうにその炎をはたいて消した。


 シェイルの目にはその一連の動作が奇妙に見えた。

 まず、最初に身体をひねったのがおかしい。

 まるで降ってきた炎を反射的に避けようとしたみたいじゃないか。

 今まで散々攻撃を無防備で受け続けてきたヴィアルが避けようとした……?

 おかしい。


 炎もわざわざはたいて消している。

 集中を乱すからかもしれないが……。

 いや、避けようとしたと考えると『炎は有効』だと考える方が合理的じゃないか?


 ……まさかこれも誘いだろうか?

 本当は炎はヴィアルにとって回復のようなもので、それを誘っている?


「ローア、残り時間は?」

「あと80秒よ」

「失敗しても許してくれる?」

「許す! だから思う存分やりなさい!」

「オッケー。でも思う存分じゃないけどね!」


 シェイルはそう言うと火球をヴィアルに向けて投げた。

『炎が有効』という仮説に賭けることにしたのだ。

 どの道このままではジリ貧だ。

 有効打は見つかっていない。

 時計は完成するだろう。そうなれば状況は悪くなると決まっている。

 罠ならもう仕方がない。潔く負けよう。

 そう思ってシェイルは火球を投げた。


 ヴィアルは振り返り、舌打ちをして火球を撃ち落とした。

 時計の魔法陣を描く手を止めて、手を使って魔法を使用したのだ。


 シェイルはニヤリと笑って一歩前に出た。

 ヴィアルはシェイルの顔を黙ってにらんでいる。


「これで二つハッキリしたな。この状況で時計を描くのを止めるメリットは無いからな」

「……」

「一つ目。お前は炎が弱点だ。

 まだどういう魔法を使っているのかはわからないが、炎が弱点だということは確かだ。

 二つ目。お前は手を振らなければ魔法を使えない」

「……ご明察です」


 ヴィアルはウサギ面を歪めて悔しそうにそう言った。


「まったく……。

 こんな愛らしい外見の私を燃やそうとするなんて、とんだ人でなしどもですね」



 ***



 一つの盤面の決着がついた。

 順当に駒数が多かったフェネラが勝利を手にした。

 勝利したことで彼女はカードを何枚か引いた。


「大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「戦況です。こちらが優勢のようですが」

「ふん。たった一つの盤面の決着がついた程度で気を揉むようほど余の器量は小さくないのでな」

「いえ、そうではなく」


 フェネラは外で戦っているシェイル達を指さした。

 数十メートル先で剣を振り、魔法を撃って戦っている。

 ちなみにフェネラはキュアリスは斜め後ろにいた。


「どうもあちらも我々が優勢のようですよ?」

「しれっと自分が優勢だと言ったな、小娘よ……。

 あれも同じだ。序盤の形勢など大したものではない。

 一気に決着がつくような手さえ差さなければ問題ではないのだ。

 ヴィアルが時計を完成させなければ少々苦しいことは確かだが、それでも逆転の目はある」

「あの時計はどのようなものなのですか?」

「おっと。余はまだあれの発動をあきらめてはおらん。

 何が出てくるか、楽しみにしておくがよい」


 トリビューラはそう言うと駒を一つ動かした。

 その手は最善手ではなかった。最善手と比べればむしろ悪手と言っていい。

 今、トリビューラは『呪われた奴隷』で『狂信の騎士』を倒すチャンスだった。

 それをあえて見逃し、全く別の駒を進めたのだ。

 最善手は明らかに騎士を取る手だった。

 駒の価値としても、前線を進める意味でもそれが最善だった。

 だからフェネラはその手が来るものだと予想していた。

 十手前から騎士を取られる前提で戦略を組んでいた。

 フェネラにとって全く予想外の一手だった。


 最善の一手ではない。それは確かなはずだ。

 最善手ほどのメリットがトリビューラに無い。

 この手を指した意図がわからない。

 読み切れていなかった? 見逃した?

 ひょっとして、こちらが最善手だったのか?

 そう思わせる揺さぶりが目的なのか?

 それともあちらのカードが数手先で有利になるような手を差したのか?


 いや!

 一旦、考えていた手が最善だったのかの検討は捨てよう。

 もはや意味の無いことだ。

 応じる一手を考えないと……。


 フェネラは気持ちを切り替えるように別の盤面の手を進めた。

 砂時計がギリギリになっていた。

 残り四つの盤面を交互に考える。

 トリビューラが奇妙な手を指した盤は優勢だったが、今の手で形成判断が難しくなった。

 そしてこの盤はフェネラの勝利条件を達成するために必要な盤だった。


 フェネラの勝利条件は『賢き奴隷』。

 その内容は『賢き奴隷』の駒で王、騎士、魔術師のいずれかを二つ倒すこと。

 要は下剋上を狙っている駒だ。


 すでに奴隷で魔術師を打ち倒している。残り一つ。

 勝利条件は魔術師を倒したあたりでもう割れているだろう。

 王と騎士の動きが活発になっている。

『賢き奴隷』以外の駒では倒されないとわかっているからだ。

 駒の位置関係に気をつけながら縦横無尽に暴れまわっている。


 現状、勝ち筋は遠い。まるで見えない。

 でも、それは向こうも同じはずだ。

 お互いにじっとチャンスをうかがっている状況だ。



 ……思考を元に戻し、トリビューラの指した手への応手を考える。

 問題はこの手をフェネラがきっちり捌けるかどうかだ。

『最善手マイナス現実の一手』の分のポイントをフェネラがぶん取れるか。


 ……いや、違う。

 ここで私が一番気をつけなければならないのは、意表を突かれたことで動揺している心を鎮めることだ。

 立てていた戦略を初めから組み直す。


 フェネラはちらりと砂時計を見た。

 残り30秒程度。

 焦るな。焦るな……。

 ダメだ。戦略までは立て直せない。

 カードも……パッと見た感じ、使えそうなものは無い。

 カードは切らない。駒だ。駒を進める。

 直感で、いいと思う方へ駒を動かそう。

 最悪の一手でなければいい。

 体勢は……、精神的な体勢は崩された。見事に。

 だが、決着までつかなければいい。

 ある程度は犠牲にしてもいい。次の一手までに心を立て直す。

 そのための時間が必要だ。


 フェネラは完全に直感で駒を動かした。

 読み切れていない。

 ただ、戦況をより複雑に、より豊かにする手を指した。

 相手のミスを、そして自分のミスをも生みかねない手を。


 その手を見てトリビューラは顔に手をやった。

 顔……三角形とその中に浮かぶ泡のような円を顔と呼ぶなら、だが。

 顔の中の円のいくつかを指で動かしながら魔王は一言つぶやいた。


「いい手だ」


 フェネラは対戦相手からの賛辞が無性に嬉しかったが、どうにか平静を保った。


「それはどうも」

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