第8話 救出
1時間後、全身ボロボロになったシェイルとほぼ無傷でピンピンしているローア、それと無事に服従させることに成功した小動物3匹が森から出てきた。
「シビレイタチ3匹かあ…。うーん、イマイチね」
「すげー頑張ったのに…」
「はいはい。頑張った頑張った」
「くっそぉ…。いつかぎゃふんと言わせてやる…!」
「ふふふ…、楽しみにしてるわね。無理だろうけど」
森から出ると、ローアは従えたシビレイタチたちに命令を出した。
「子供を探し―――。…って臭いで探させないといけないのに、その臭いの元が無いわね」
「その子供の家に行ってもらってくればいいじゃないか」
「そうだけど、こんな動物を引き連れていくわけにもいかないでしょ?」
「? イタチはここに置いて行けばいいじゃないか?」
「余り離れると魔法が解けちゃうのよ」
「…ローアって意外と抜けてるよな」
「…。晩御飯、食べたい?」
「ごめんなさい!」
「よろしい」
「…しょうがないな。俺がもらいに行くか。…まだ臭うかな?」
「…少しね。ああ、そうだ。あんまり動物がどうとか細かいことは言わないでおいてもらえるかしら?」
「なんで?」
「その…イメージが…」
「え? イメージ?」
「…なんでもいいでしょ! さっさと行きなさい!」
動物を捕まえたりするのがイメージに合わないということだろうか? そんなこと今更、気にしなくても村人たちはお見通しなんじゃないだろうか?
シェイルは急いで村まで走って行って門番の人に声をかけ、いなくなった子供の家がどこか聞いた。「ローアと一緒に子供を探している」と話したらすぐに連れて行ってくれた。「アンタ、道よくわかんねえだろ。俺も一緒に行ってやるよ」とのこと。ロバートという名前らしい。
ロバートに案内された家の扉をノックする。するとすぐに女性が扉を開けた。そして周囲を見回して落胆し、ロバートの顔を見、次にシェイルの顔を見て…眉をひそめた。ロバートが話し始める。
「こんばんは、モーラ。アシュリーの―――」
「アシュリーが見つかったの!?」
「いや。ただ、アシュリーの服があれば追いかけることができるらしい」
「服…?」
いなくなった子供の母親―――モーラはシェイルを見て一層顔をしかめた。怪しまれているようだ。ロバートも「実は俺もどういうことかよくわかってないんだよな」と困った顔を向けてきた。…何か話さないといけないようだ。
「その、えーっと、ローアが魔法を使うのに必要なんです」
「巫女様が…? …ところで巫女様は今どちらに?」
明らかに怪しまれている。ローアは多少信頼しているが、俺はまだよくわからない人間だということだろう…。仕方ないか。
ローアの居場所を正直に言った方がいいだろうか。森にいるとか言ったらイメージが崩れるかも…。でも、言わないと益々怪しまれるし、嘘をつくのもなあ…。そもそも門番のロバートには森に入っていったの見られてるはずだし…。
ええい、知らん。正直に言ってしまおう。ローアのイメージなんて知ったことか。俺がローアに言わなければいいのだ。バレないバレない。
「…森です」
「森?」
「森で動物を捕まえて、動物に臭いをたどらせるつもりです」
「…巫女様が? 森で動物を捕まえるの?」
「いえ、もう捕まえました。あと、頑張ったのは主に僕です…」
「そう…。本当に?」
「ホントですよ! なんか動物が寄って来るからって変な臭いの液体をかけられて森を散歩させられて…。イノシシに、多分30分くらい追い回されたんですから!」
「フッ、フフッ…」
母親は急に笑い始めた。でもすぐにハッとして笑うのをやめた。
「わかりました。少し待ってて」
そう言うと扉を閉めた。服を取りに行ったのだろう。
「…30分は言い過ぎだろう?」
「いや!体感30分です」
「そうかい、ククク…。しかし、意外だったな。巫女様がねえ…」
「何が意外なんですか?」
「…告げ口しないかい?」
「場合に寄りますね」
「例えば?」
「えーと、胸が小さい、とか」
「それは俺の方から言っておこうか?」
「まだ死にたくないです」
「ならもっと口には気を付けた方がいいな。…巫女様はこう…、もっと距離がある感じだったんだよ」
「距離、ですか」
「そう。ひょっとすると、僕たち村人とは違う、と思ってたんじゃないかな。実際、聖都の方から来たらしいしね。田舎の人間、と思っているのかも」
「ふーん…」
「最近、何か心境の変化でもあったのかもな?」
「ピンと来ませんね…」
「そりゃ、君は来ないだろうさ。…じゃあ、俺はそろそろ行くよ。相棒を一人っきりにしてるからな」
「はい。…ありがとうございました」
「ああ。がんばって」
***
母親からアシュリーの靴下をもらって戻ると、ローアはシビレイタチと遊んでいた。シェイルに気づき、立ち上がってホコリを払うなり、「遅い」とお小言を言った。
「仕方ないだろ。全然信用されてなかったんだから」
「言い訳はいいわ。それで? その靴下?」
「そう、これ」
ローアが手を出したので靴下を渡した。彼女はそのままイタチ達に臭いをかがせた。
「ほーら、この臭いわかる? 探しなさい!」
「…言葉、通じるのか?」
「うん? ああ…、通じるわ。まあ、言語を理解しているわけじゃないんだけどね」
「フーン…。え? どういうこと?」
「追いながら話してあげるわ。多分、暇だろうしね」
そう言いながらローアは森を指した。動物たちが森の中へ戻っていったのだ。
「えっ、帰しちゃうのか?」
「違うわよ。森の中に臭いが続いてるってことでしょ」
「あ、ああ、そういうことか」
「ほら、行くわよ。また先導して」
ローアはリュックからナタを取り出すとシェイルに手渡した。シェイルは「またか」と言いたげな顔でナタを持って森の中に入っていった。
「普通に入ってるけど、ここの森って入っていい場所なのか?」
「少なくとも子供はダメね。大人は入っていいけど、誰も入らないわ。危ないし」
「じゃあ、アシュリーが迷い込んだって言う線は…」
「どうかしら。男の子ならわかるけど、女の子が一人で行くような場所じゃないわよね」
「じゃあ…、人さらい?」
「かもね」
「そうか」
「そうよ」
「…」
「…」
「あ、さっきの、言語の話だけど」
「ん?」
「ほら、動物に命令してただろ?」
「ああ…。種明かしすると、言葉に魔力を込めて指示を出しているだけよ」
「じゃあ、口で言う必要ないんじゃないのか?」
「口で言った方がミスが少ないのよ」
「…どういうこと?」
「うーん…。どういうことって言われてもね…。そのまんまの意味よ。実際に声に出して言った方がミスが少なくなるのよ。命令が正確に出せるし、強い命令も出せる。…実際に声に出すとそれを耳で聞くことができるでしょ? それで確認できるのよ」
「フーン…。考えを紙に書いて整理するようなものか?」
「ああ、そうね。それと同じだと思うわ。…あなた字が書けるの?」
「ああ…。多分。…そもそも俺、どうしてこの世界の言葉がしゃべれるんだ?」
「知らないわ、そんなの。放浪者だからじゃない?」
「そんなものかなあ」
「そもそも違う世界から人間がやって来るっていう時点でめちゃくちゃなんだから、あれこれ考えたって無駄っていう気がしてくるわ」
「身もフタも無いな」
森の奥まで進むにつれてどんどん通りにくくなっていった。ナタを振って道を作る作業で疲れてシェイルは口を開かなくなった。ローアも口を開かなかったので、二人は黙々と森の中を進んだ。
「…ん?」
「どうしたの?」
シェイルが急に立ち止まったので、ローアが小声で尋ねる。シェイルは黙って前方を指さした。ローアは動物たちに「止まりなさい」と命令してから、目を凝らして見た。そこには小さな小屋が立っていた。
「小屋ね。あの中かしら」
「とにかく近づくか」
「待って。正面はどっち?」
「正面って?」
「扉のある方」
「遠くてわからないな…。もう少し近づこう」
二人はゆっくりと音を立てないようにして近づいていく。息をひそめて足元と小屋とをせわしなく視線を行ったり来たりさせて慎重に進んでいった。
木を組んで建てた小屋だ。木こりか狩人が荷物を置いたり休憩するために作った小屋だろう。
二人が来た方が小屋の正面側だったので、「裏に回ろう」とジェスチャーで相談して大きく迂回することにした。
途中、小枝を踏んだりしてドキッとする場面があったが、小屋に動きは無い。二人で周囲を見回しても人影は見えない。どうやら気づかれずに近づけたらしい。
小屋の裏に回り込んだ。側面と裏に窓がある。側面の窓は通り際に遠くから中を見たが、誰も見えなかった。裏側も同じで、遠くからだと何も見えない。
ローアが無言でイタチたちに臭いの元を確認する。やはりこの小屋の中にアシュリーがいるようだ。
(どうする? 近づいて中をのぞくか?)
(…。そうしましょう)
かがんだ姿勢のままで一歩ずつ、静かに小屋に近づいた。シェイルは心臓の鼓動がうるさくて仕方なかった。思うように体が動かない。まるで身体の動かし方を忘れてしまったかのようだ。
二人は小屋の窓の下までたどり着くと、立ち上がり、せーので中を覗き込んだ。
…誰もいない。
ハズレか、とシェイルは思った。
それにしても汚い。毛布や酒瓶がそこらじゅうに転がっている。
(あっ、アシュリーだわ)
(えっ? …あっ、ホントだ)
よく見ると窓のすぐ下に壁に寄り添うように子供が眠っていた。四歳か五歳くらいだろうか。すうすうと寝息を立てている。
ローアは小さい声で「アシュリー」と呼びかけた。しかし、まるで起きる気配が無かった。
「俺が中に入って起こしてくるよ」
裏手の窓から入るとアシュリーがいて危ないので、シェイルは小屋の側面に回って窓から中に入った。所せましと転がっている酒の空瓶に気をつけつつ、アシュリーに近づく。アシュリーの頬を軽くつついていると、顔をしかめてうっすらと目を開けた。
「アシュリー、アシュリー。起きてくれ」
シェイルが声を掛けると、シェイルを見て目を大きく開けた。顔をくしゃくしゃにして泣きそうな顔をする。やばい、とシェイルが顔を引きつらせると、タイミングよくローアが中をのぞいて声をかけてきた。
「アシュリー。私よ、ローアよ…!」
「う…? みこさま…?」
「おはよう、アシュリー」
「みこさま!!! あのね、アシュリー―――」
「しっ! アシュリー…!」
アシュリーが大きい声を出したのでローアが慌てて口に指を立てた。アシュリーも真似して口を手で押さえる。その小さな手に細いロープが巻かれていた。シェイルがロープを手繰ると、机の脚にぐるぐる巻きにしてあった。逃げられないようにしている。シェイルとローアはそれを見て顔をしかめた。
まずはロープを解かないと…。
「あのね、アシュリー、今から―――」
バキッ。
ローアの後ろで枝が折れるような音がした。
ローアは即座に後ろを振り向いた。すぐ目の前―――およそ5メートルだろうか―――に男が一人いた。
走り出している。
音を出してバレたので走り出したのか。
右手に腕よりも長い刃物を持っている。
ローアはとっさに風の魔法を手から出して男に向けてぶつけた。男はいきなり突風に襲われて後ろに吹っ飛んで行った。
ローアは青い顔をして、肩で息をして、倒れている男を見つめていたが、すぐにハッとして大声を上げた。
「バレてる! 逃げるわよ!」
「わかってるけど、ロープが解けない! ナイフ無いか!?」
「ナタ持ってるでしょ!」
「あっ、そっか!」
シェイルはロープをテーブルの上に置くと、ナタを何度か振り下ろしてロープを断ち切った。
「これで大丈夫だ。さあ、行こう」
びっくりして怯えているアシュリーを抱えて、小屋を横断し、ドアを蹴って開けた。走ってドアを通り抜けると、横から声がした。
「くっそ! 外した!」
「何やってんだよ、馬鹿!」
走りながら振り返ると、ナイフと棍棒を持った男二人がドアのすぐ近くに立っていた。二人はぺっと唾を吐くと走って追いかけてきた。
「囲まれてた! ヤバい!」
「待てやぁ!」
「シェイル! 待ちなさい! その辺で待って!」
「なんで!? 嘘だろ!?」
男二人に追いかけられている状況で、ローアに待てと言われてシェイルは混乱した。自分が持っているのはただのナタで、相手はちゃんとした武器を持っていて、しかも二対一だ。立ち止まる選択肢は一瞬で捨てた。
「無理無理無理! 早く来てくれ!」
「無理! 私、足速くないもん! とにかく森に入っちゃダメ! 仲間がいるかも! 追いつくまで待って!」
「じゃあ、魔法で壁作ってくれ! できるだろ!」
「…できるわね!」
直後、どん、と鈍い音がしてシェイルは地面がわずかに揺れるのを感じた。振り返ると、本当に目と鼻の先に二人がいた。ローアが作った壁は1メートルそこそこの高さの小山であり、簡単に乗り越えられた。おそらく1秒も時間稼ぎできていないだろう。
「ちくしょう! うおおおお!」
「うわっ」
が、ナタをめちゃくちゃに振り回してどうにか二人を下がらせた。二人は嫌な顔をして武器を構えたまま少し下がる。と、一人が振り返ってローアの方を見た。ローアがぜえぜえと息を切らしながらそれでも走ってくるのを見て、もう一人に声をかける。
「おい、逃げるぞ」
「でも、ガキが…」
「あの女、魔法使いだ。もう勝てん」
「ちっ」
「あっさり逃がすとでも…?」
二人はシェイルを見ながらじりじりと後ろに下がった。逃げようとする二人にシェイルが声をかけると、背の高い方に言われた。
「追いかけてきたらガキだけを殺しに戻るぞ」
「…」
「じゃあな」
そう言うと二人は踵を返して逃げて行った。ローアがシェイルのところまで来た時には木々の影の中に消えつつあった。
「ごめん、逃げられた」
「はあっ、はあっ、別に…! いいわ…! アシュリーがっ、無事ならっ…!」
「…大丈夫か? もっと運動した方がいいんじゃないか?」
「人をっ、運動、不足みたいに…言わないで、ちょうだいっ…!」
ローアは膝に手を当てて、ぜえぜえしながらも、ぎろりと青い顔でシェイルをにらみ上げた。
「詠唱も、無しでっ…走りながら…、魔法を使うのって…本っ当に…しんどいんだからっ…!」
「じゃあ、足が遅いのも…」
「それは元々よ! 悪かったわねっ! 遅くてっ!」




