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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第76話 召喚

 三日後。

 トリビューラとの約束の日、当日。

 日没から三時間後。


「時間だ」


 月明かりに照らされた闘技場の中央で元老院のエズラは懐中時計を閉じた。


 闘技場の中央には円形のテーブルが置かれていて、百ノ駒ワン・ハンドレッド・ヒューマンズに必要なものが用意されていた。

 盤面、カード、砂時計、ルールブック。不足しているのは駒だけだ。

 椅子は二つ。

 テーブルの傍にフェネラが立っている。


 フェネラの後ろには武装した聖騎士たちがずらりと整列している。

 横一列に百名近い数の聖騎士が立ち並ぶ。

 聖都と近隣の街々の聖騎士がかき集められていた。

 その中にルイーズ、アルタ、ミルも含まれている。


 シェイル達はテーブルの近く、元老院たちとは反対側に立っていた。

 キュアリス、シェイル、ローア、フェリクス、ノイア、ココの六名だ。


 ドットは一人だけ観客席に座って酒を飲んでいる。

 彼は高みの見物を決め込む、と宣言して危険を承知でそこにいた。

 戦闘には参加せず、事の成り行きを見守るらしい。

 聖騎士の一部はそんなドットに嫌悪の目を向けていたが、シェイルはむしろ安心できた。

 まるでいつも通りの稽古のようだったからだ。


「これより魔王トリビューラ召喚の儀式を始める」


 元老院の面々の前には後ろ手に縛られている男が地面に正座していた。

 彼は死刑囚だ。

 元冒険者であり、殺人、強盗、強姦の罪を犯した男だった。


「お前の刑を執行する。言い残すことは?」

「じ、地獄に堕ちろ……!」

「ふん、聞くだけ無駄だったか。にえとなれ」


 エズラがパチンと指を鳴らすと、男の首から血が噴き出した。

 噴き出た血は空中で不自然に軌道を変え、地面に魔法陣を描いた。

 それはかつてエルダが描いたのとほぼ同じものだった。

 しばらくすると男は前のめりに倒れた。


 元老院の面々はほとんど顔色を変えなかった。

 せいぜいプルネラとフーザンナの女性人二人が嫌そうな顔をしたくらいだ。

 フェネラは血を見ないように露骨に目をそらしている。

 聖騎士たちは一様に平気そうな顔をしている。

 キュアリス、フェリクスも平気そうだ。

 しかし、シェイル、ローア、ノイア、ココは程度の差こそあったが、少し平静さを失っていた。

 確かにキュアリスのせいで毎日仲間がグロテスクな負傷を追うことはあったが、他人が死ぬ瞬間を間近で見るのはこれが初めてだった。

 ローアだけ、エルダの死を経験していたがショックなことには変わりない。


 エズラは魔法陣模様を描き終わると、呪文を唱え始めた。

 その場の空気が少しずつ凍りついていくような悪寒をその場にいた全員が感じた。

 圧倒的な存在の気配に聖騎士たちの何人かは顔をゆがめた。


 エズラの呪文の詠唱が終わった。

 ふと気が付くとエズラの目の前に一枚の黒いドアが浮かんでいた。

 誰もドアが現れた瞬間を認識できていなかった。

 それは木製の古いドアだった。

 蝶番が錆びているのだろう。

 ドアはぎぎぎぎと嫌な音を立ててひとりでに開いた。


 ドアの先は玉座の間だった。

 赤い絨毯の両脇にウサギ人間がずらりと並んでいる。

 タキシードを着た頭部がウサギの人間たちだ。


 ウサギ人間の行列のその先の玉座に足を組んで座る男が一人いた。

 男はスーツを身にまとっている。

 頭部は無く、三角形の光の中に大小さまざまな円が泡のように生成と消滅を繰り返している。

 偉大なる大三角、魔王トリビューラだ。


 トリビューラは立ち上がり、手を広げドアに近づいてきた。

 ウサギ人間は彼に従いついてくる。


「やあやあ、人間ども。余はこの日が来るのを待っておったぞ」

「お初にお目にかかる、魔王トリビューラ殿。我々はあなたに会いたくは無かった」

「ご挨拶ではないか、人間。

 はて、余は貴様と会う約束を交わした覚えはないが?」


 トリビューラはドアから地面に下りた。

 そのまま元老院の面々の横を素通りし、テーブルに近づき椅子に腰かけた。

 ウサギ人間たちはトリビューラの後ろ側、立ち並ぶ聖騎士たちと相対するように整列した。


「ルイーズなら、こちらに」

「久しぶりです、閣下」

「うむ」


 ルイーズは一歩前に進み出て恭しくお辞儀した。

 トリビューラはそれを見て満足そうに喉を鳴らした。


「感謝するぞ。

 そなたのおかげで蝕命剣アドルモルタは我が手中だ。

 百名の聖騎士というおまけまでついてな」

「……それはいかがでしょうか、閣下」

「ん?」


 トリビューラはルイーズから対面に立っている声の主の少女へ視線を移した。

 少女―――フェネラはトリビューラと目が合うとスカートの裾をつまんで礼をした。


「お前は?」

「お初にお目にかかります。

 フェネラ・リシル・シクアイールと申します。

 今宵、偉大なるトリビューラ様のお相手をさせていただきます。

 ……では失礼」


 フェネラは挨拶を終えると、トリビューラの返事を待たずに椅子に腰かけた。

 トリビューラは少々気分を害した様子で足を組んだ。


「……なるほど、またも礼儀知らずが相手か。

 まあよい、願いを言うがいい、小娘」

「我が弟の宿痾しゅくあを治してください」


 ノイアは隣のフェリクスが小さく息をのんだことに気づいた。

 どうやらフェリクスはフェネラの願いを聞かされていなかったらしい。


「それは先天的な魔力不足のことか?」

「左様です」

「よかろう。

 ……なにやら妙なギャラリーがいるようだが、お前はいいのか?」


 トリビューラは頭部の三角形をシェイル達に向けて言った。

 フェネラはわざとらしく小首をかしげて見せる。


「なにがでしょう?」

「神聖な勝負を汚されることが、だ。

 暗にお前の実力を信じていない、と言っているも同然なのだぞ?」

「それは違いますわ。トリビューラ様」


 フェネラは扇子を音を立てて広げると口元を覆い、薄目を開けて魔王をにらんだ。

 魔王は不機嫌さを隠さない低い声で言った。


「……何が違うというのだ、小娘」

「彼らが信じていないのはあなた様の方です。

 ここまで剣に執着されたあなた様が簡単に引き下がるはずはない。

 我々はそう踏んでいるのです。

 多少の禁を破ってでも奪いに来る。

 まだ実行に移していないのはゲームで勝てばペナルティを破らずに得られるから。

 ……違いますか?」

「余の品性を疑う言葉を吐くか、小娘。相応の覚悟はできておろうな?」

「よもや私を攻撃なさるおつもりで?」

「まさか。だが、そなたの弟はどうかな?

 お前はルールに守られているが、この後お前の弟はわざわざこちらへ歩み寄ってくれよう?」

「なるほど。それは確かに覚悟がいりますね。弟を標的にすると言うことですか」「左様。しかし、余も鬼ではない。謝罪一つで許してやろう」

「閣下の御寛大なお心遣い、いたみ入ります。しかし、お断りします」

「ほう?」

「私も弟も命を賭けてここに下ります。この場にいる全員がそうです。

 あなたの言葉はこの場の全員を愚弄したに等しい。

 平生へいぜいであれば私も謝罪したでしょう。

 しかし今宵、私は閣下の対戦相手でございます。

 これくらいがちょうどよろしいでしょう?」

「ふ、ふふふ……! 確かにな。よかろう。では、始めるとしようか。

 ……駒になるものは並べ!」


 トリビューラが叫ぶが、聖騎士たちは微動だにしない。

 代わりに元老院の面々が聖騎士たちの列に加わった。

 エズラが声を張り上げて言う。


「これで百名だ。我らが駒となるにえだ!」

「魔王を前に都を守る騎士共が身を捧げるか、愚かしいことだな!」

「キュアリス! フェネラ殿! 後は任せたぞ!」

「……駒に口はいるまい?」


 トリビューラが指を鳴らすと、兵士たちは一斉に苦痛に顔をゆがめた。

 それでもしばらくの間、元老院と聖騎士たちはキュアリスとシェイル達に視線を送り続けた。

 自らの肉体が縮み、痛みに意識を支配されるまでは。

 数十秒で彼らの断末魔の叫びは止んだ。


 トリビューラが再び指を鳴らすと百個の駒がフェネラの手元に出現した。

 トリビューラはもう一度指を鳴らし、自分の分の駒を出現させた。


「ふむ、これで視界が開けたな。

 あとは余の相手であるお前と……。

 勇者と不愉快な小僧どもというわけだ」

「お初にお目にかかる、トリビューラ。

 私が今代の勇者、キュアリス・L・シャーロットよ」

「誰が不愉快な小僧だ」

「貴様だ! 相変わらずまともな口の利き方を知らん奴だな」


 トリビューラは腹立たし気に机を指でトントンと叩いた。


「貴様ら、本気で余に刃を向けるつもりか?」

「ええ、そのつもりよ」

「ふん! そうか、せいぜい勝負がつかんうちに余を殺すことだ。

 余が勝てば……、ルールは余に味方をする。

 余の所有物アドルモルタを奪い取ろうとした貴様らは余、自らの手でくびり殺してやろう」

「……どういうこと、キュアリス? 聞いてないんだけど」

「相手が魔王であっても、他人の物を取ることはエリス様も認めてないってことだよ」

「勝負中はいいの?」

「グレーよ」

「なるほど」

「要は速攻で勝てばいいって話。いや、違うわね」

「おや、何が違うというのかね?」

「フェネラ嬢が勝てば、ルールは完全に私たちの味方になる。

 ずっと楽に戦えるわ」

「ふ……。どこまでも不愉快な連中よ。よかろう!

 そこまで言うのなら始めよう。

 ……兵隊ども!」


 トリビューラの一喝で彼の背後に立つウサギ人間たちはビッと背筋を正した。

 トリビューラはキュアリス達を指さして言う。


もしも(・・・)余の対局中に、下賤の輩に襲われるようなことがあれば、まずその方らで撃滅せよ。

 戦果を上げたものは眷属と為すことも視野に入ると思え。

 アンフ、リオン、ヴィアルは好きに動くがよい」


 ウサギ人間たちは一斉に何語かわからない言語で返事をした。

 ただ、キュアリス達に一番近い三人だけは無言でトリビューラにお辞儀をして一歩下がった。

 彼らが最後に名指しで呼ばれた三人だろう。


 キュアリスはシェイル達を見て口の端を吊り上げた。

 シェイル達も彼女を見返す。


「さあ、皆、やるよ。覚悟はできてる?」



 ***



 トリビューラは目の前のカードを指さして言った。


「先に引くがよい」

「では、お言葉に甘えて」


 フェネラはカードの山札の一番上に指を掛けた。


 その瞬間、キュアリスは飛び出した。


「君たちは雑兵を片付けておいて!」


 キュアリスは眷属ウサギのうちの一人に殴りかかった。

 殴られた眷属は片腕でキュアリスの攻撃を受け止めたが、その腕はおかしな方向にひしゃげてしまった。

 キュアリスはさらに攻撃を畳みかけていく。

 しかし、気づけばウサギ人間の腕はいつの間にか元に戻っていた。

 さらにすぐ近くにいる残りの眷属の二人は微動だにしなかった。

 キュアリスではなく、シェイルをじっと見つめている。

 いや、アドルモルタを見ている。


 眷属ウサギのうち一人が口を開いた。


「ヴィアル、『時計』を作っておけ」

「言われなくとも始めていますよ、アンフ」


 ヴィアルと呼ばれたウサギ人間の頭上に巨大な魔法陣が構築されていく。

 ヴィアルが手を動かして何かを描くような仕草をするたびに、空中に浮かんだ巨大な円の中に線が足されていくのだ。

 描く順番は無秩序もいいところだったが、それが『時計』だということはすぐにわかった。

 時計と同じ位置に『3』と『7』の文字が描かれていたからだ。


 アンフと呼ばれたウサギ人間は『時計』が作られていくのを確認すると、シェイル達に視線を戻した。

 やる気の無い様子で、兵隊ウサギ達に『やれ』というように手で合図した。


「者ども、押しつぶせ」


 アンフの合図で兵隊ウサギたちが一斉にシェイル達目掛けて走り寄って来た。

 シェイルは大挙して押し寄せてくるウサギを見てローアに話しかけた。


「なあ」

「何よ?」

「キュアリス、自分は盾になるから俺達に攻撃しろって言ってなかったっけ?」

「言ってたわね」

「いないんだけど」

「あの人が約束を破るなんていつものことでしょ。

 さあ、やるわよ」

「ああ、もう! 行くぞ!」


 シェイルは背中のアドルモルタに手を掛けて引き抜く。

 白い刃が月光を受けてギラリと光った。



 ***



 カタ、カタ……。

 カタ、カタ……。


 貴族の令嬢と魔王は盤上にひたすら駒を並べていた。

 無言でお互いの腹を探り合っている。


 フェネラはすでにイカサマを実行していた。

 最初に引く四枚のカード、互いの勝利条件を決めるカードを都合のいいように変えていたのだ。

 トリビューラの条件を厳しく、自分の条件を望みのものになるよう配置しておいた。

 魔王は事前に用意されていた道具をチェックしなかった。

 カードをシャッフルさせなかった。

 油断なのか、驕りなのか。あるいはイカサマ程度のことで負けることは無いという自信の表れか。

 どちらにせよ、成功したことでフェネラは微塵もマイナスの感情を抱くことは無かった。

 いや、感情に判断を揺らされることは無かった。


 罪悪感も、相手の力量への嫉妬も、自分を見くびっている魔王への敵愾心も、全ては蚊帳の外にある。

 彼女の心の中で次の手を決めているのは理性だ。

 これまでに数多の勝負で彼女を導いてきた自らの感性と決断、その経験。

 自分の中にある勝負の天秤は揺るがない。


 イカサマが卑怯?

 言いたい奴には言わせておけばいい。

 自分よりも強い相手を前にして、何が卑怯か。

 卑怯上等。

 勝てばいい。負けては元も子もなし。

 この場にいる全員が八つ裂きにされるのみ。

 勝てばいい。

 勝つために、尽くせる手を尽くすだけだ。


 フェネラは最後の駒を置いて配置を終了した。

 目の前には五つの盤と、不揃いに並べられた百の駒がある。

 トリビューラはフェネラがまるで予想していなかった陣形を組んでいた。

 彼女が見たことも無いような陣形だ。


 このゲームの勝利条件は駒の数と同じで百通りある。

 だから見たことも無い陣形が飛び出してくることはよくある。

 しかし大抵の場合、そのような陣形は素人戦法であり、研究が足りていない。

 実戦に裏打ちされたものではない。


 これは違う。

 一見、そういった突拍子のない陣形かと思ったがよくよく見ればハッキリとした攻め筋が見つからない。

 こちらの勝利条件の対策がなされている。

 おそらく、いや確実にイカサマはバレている。

 こちらが開いたカードの一枚から勝利条件を予測されている。

 いくつかアタリを付けて策を用意している雰囲気だ。


 しかし、断定まではされていない。

 勝利条件は十枚の属性カードと十枚の人間カードで決まる。

 開いたのは『奴隷』の人間カードだ。

 この場合、最も条件が簡単なのは『愚か』の属性カードになる。

 フェネラが仕込んだのは『賢き』だ。

 読みを利かせないためだけに『賢き』を仕込んだ。

 最後までどのカードを勝利条件のカードにするか悩んだ。

 悩んで悩んで……、最後には諦めて運に任せて普通にシャッフルして決めた。


 魔王の配置からはフェネラの勝利条件が『賢き奴隷』だと言う声は聞こえない。

 ピンポイントでバレているわけではない。

 確かに難しい陣形だが、いずれ必ず隙が生まれる。

 それを見逃さなければいいだけだ。

 とにかく、最初の山場は越えた。

 イカサマと、配置を無事にやり終えたことのだ。


 フェネラは椅子に座り直し、魔法で紅茶を取り出して一口すすり、ぷはーっと満足げに息を吐いた。

 その様にトリビューラは呆れた様子でつぶやいた。


「全く……、今回の相手はどうやら相当の強敵らしいな」

「魔王様も紅茶を一杯どうですか?」

「ふむ。ではお言葉に甘えるとしようか」

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