第75話 デート②
ローアはフェリクス達を店から追い出すと、シェイルの待っている席に戻ろうとした。
しかし、シェイルはすでに会計を済ませていた。
ローアが驚いた顔をしていると彼は店の外を指さした。
「それじゃ、次行こうか」
「ずいぶんと余裕ね。最初は縮こまってたくせに」
「こうするのが『カッコいい』だからな」
「無理しなくていいのに」
「無理なんかしてないよ」
その後、ローアはシェイルに連れられて聖都の中を散策した。
商店街をショッピングして回り、シェイルと服を見たり冗談で目玉が飛び出るほど高いアクセサリーをねだってみたりした。シェイルは本気にして冷や汗をかいていた。
次にミュエリス魔術学校の庭園を見てまわった。
前回はキュアリスに乱入されたせいでシェイルはほとんど見ることができなかった。そのせいかローアのウンチク熱に火が入ってしまい、半分クイズ大会のようになってしまった。
西の空が赤くなるころ。二人は宿に帰り始めた。
時々、ローアは軽くスキップした。
相当機嫌がいいなと自分でも思った。
「今日は楽しかったわ。
シェイルにしてはずいぶんいいチョイスね」
「そ、そうだろ?
俺だってやる時はやるんだ」
「で? 誰の入れ知恵なの?」
「全然信じてないじゃん……」
「当り前じゃない。私たち、キュアリスと血で血を洗う毎日だったのよ。
シェイルにデートコースを探すなんて芸当ができるわけないわ」
「ったく……。一言余計だよ……」
「で、誰なの? ノイア? キュアリス? フェネラ? まさか……ココ?」
「エリス様だよ」
突如出てきた神様の名前にローアは飛び上がった。
「え!? エリス様!? いつ? いつ会ったの?」
「昨日かな。帰る途中で会った」
「昨日!?」
「あ! いや、間違えた。今朝だった。今朝だよ」
「……まさかエリス様に何か言われたから、私をデートに誘ったの……?」
「えっ? いや、それは違うよ。元々誘うつもりだったんだ。
花を買って店を出たら、エリス様がいたんだよ」
「やっぱり昨日会ってたんじゃない」
「うっ……」
「まあいいわ……。で、ここを回れって言われたの?」
「あ、ああ、そうだよ。エリス様に教えてもらった」
「んー……。でもそこは嘘でも自分で考えたって言って欲しかったわね」
「え? 嘘は嫌いなんだろ?」
「時と場合によるわ」
「なんだそりゃ……。あ!」
シェイルは突然立ち止まって大声を出した。
ローアはもちろん、道行く人も一瞬立ち止まって何事かとシェイルを見た。
「な、なによ、ビックリさせないでよ!」
「ごめん、もう一か所行くところがあったんだった。忘れてた」
「うーん……、正直もう疲れたんだけど……」
「そうかぁ……」
「どうせまたエリス様の選んだところなんでしょう?」
「いや、今度は俺がローアを連れて行きたかった場所……だったんだけど、疲れてるなら―――」
「はあ~~~~~~……」
ローアは立ち止まり、シェイルの言葉をかき消す勢いで深々とため息をついた。
驚いているシェイルの前で大げさに首を横に振り、肩まですくめている。
「……ローア?」
「アンタはもう……、アンタは全く……!
仕方ないわねえ! 行ってあげるわよ!」
「急にどうしたんだ? 無理しなくても……」
「アンタはもう少し無理強いしなさい!」
「ええ……?」
「ほら、行くわよ。……どっち!?」
「あ、あっちだよ。疲れてるんじゃないのか?」
「それはもう忘れなさい!」
***
「ほら、この上だよ」
「えっ……?」
シェイルが指さしたのは高い鐘楼だった。
十階建てくらいだろうか。
ローアはその高さに目を見開いて固まっている。
「……本気?」
「えーと……おぶっていこうか?」
「……。アンタはもう……、アンタは全く……!
いいわ。自分で……自分で上るわ……!」
ローアは青ざめた顔で言った。
シェイルが扉を開けると、ローアもごくりと生唾を飲み込んで中に入った。
中には守衛が一人いて、椅子に座って目を閉じていた。
シェイルを見て何か言いかけたが、隣のローアを見て目を見開き口を閉じた。
「こんにちは。上っていい?」
「ああ」
守衛はそう言うとまた目を閉じた。
シェイルはそのままスタスタと階段を上っていく。
ローアは守衛に軽く会釈をするとシェイルに続いて階段を上った。
「知り合いなの?」
「ああ。朝、走ってた時にたまに上らせてもらってたんだ」
「へー……」
最初はローアにも口を聞く余裕があったが、すぐに息が上がり始めた。
キュアリスに鍛えられてだいぶ体力はついたが、それでもまだ人並み以下の体力しかない。
彼女にはとんでもない魔法の才能があったが、その才能でどうにか運動せずにすませようとするクセがあった。
キュアリスにも散々指摘されてきたし、散々突かれた弱点だったが、最近はついに克服し始めていた。
もちろん体力の改善と言う意味ではない。魔法の成長によって、だ。
結果、半分まで上ったところでローアは階段にへたりこんでしまった。
「む、無理……。もう無理。これ以上は、無理っ……!」
「しょうがないなあ。おんぶするよ」
「や、やだ! それはやだ!」
「やだって……子供じゃないんだから」
シェイルはそう言うと有無を言わさずにローアを担ぎ上げた。
ローアは何やら呪詛のようなものをぶつぶつとつぶやいていたが、シェイルは聞こえないふりをした。
「重いとか思ってないでしょうね?」
「思ってないよ」
実際、彼女はシェイルが予想していたよりもかなり軽かった。
綿でも詰まっているんじゃないかとさえ思った。
次々に階段が現れては消えていくのをローアはシェイルの背中から黙ってみていた。
一番上まで登ると、ローアはシェイルの背中をタップした。
シェイルはしゃがんでローアを下ろした。
「はい、天辺についたよ」
「ありがと」
シェイルが見せたかったものはすぐにわかった。
西の空が赤く染まっている。
遠くの山々が、平野が、聖都の家々の屋根が全てが赤く照らされている。
「……気に入った?」
「そうね、まあまあってところね」
「厳しいなあ」
「ふふ……」
「日が沈むまで見ていく?」
「ええ」
夕日はすでにほとんど落ちていて、ほんのひとかけら残っているだけだった。
二人はその日が完全に沈むまで見届けることにした。
夕日が沈み切った。
下の階で日没を告げる鐘が鳴る。
シェイルは日の沈んだ地平線を見続けていた。
少しずつ、空が暗くなっていく。
鐘が鳴り止むと、シェイルがつぶやいた。
「ローア……」
「なに?」
「キスしてもいいかな?」
「えっ……。ちょっと待って、なんて? なんて言った?」
「キスしてもいい?」
「ちょっ、ちょっと待って。今?」
「今」
シェイルがローアに一歩詰め寄る。
ローアは目を丸くして後ろに下がった。
しかし、シェイルはローアに手を伸ばして―――。
「ちょっと待ってって言ってるでしょうがあああ!!!」
「ぐべっ!?」
ローアの絶叫が響き渡り、右ストレートがシェイルの顔面に突き刺さった。
シェイルはその衝撃で後ろに倒れこんだ。
シェイルが意識を取り戻すと、ローアはぜえぜえと肩で息をしていた。
目が血走っている。
「ちょっ、ちょっと待って! 待って! 心の準備、準備ができてないわ!
ちょっと待って!」
「……ごめん」
シェイルはぽつりと謝ると床に視線を落とした。
ローアはシェイルの様子に少し胸騒ぎがした。
「……どうしたのよ、シェイル。ちょっと変よ?」
「ごめん。夕日を見て、変な気分になった……。ごめん」
「こほん。……いいわ。
夕日に免じて許します。
……さ、帰りましょ?」
「ああ……」
***
その日の夜、シェイルは眠れなくてベッドから抜け出した。
隣のベッドではローアとココが眠っている。
ローアの顔面にココが足を突き出しているような格好で、ローアは眉間にしわを寄せて苦悶の表情を作っていた。
シェイルは苦笑しつつ部屋の外に出た。
二人が起きないように静かに扉を閉める。
夜の街を少し散歩に行こうと思っていた。
しかし、宿の外に出るとそこにエリスが立っていた。
「やあ、シェイル。こんばんは」
「こんばんは……。奇遇……じゃないですよね?」
「まあね。少し歩こうよ」
「いいですよ。そのつもりでしたから」
街灯の灯った暗い路地をシェイルとエリスは歩いた。
人通りはほとんどない。
たまに酔っ払いが道端で寝ているだけだ。
「人生初のデートはどうだった?」
「人生初にして人生最後のデート、です……。
もちろん楽しかったですよ。
エリス様がいい場所を教えてくれたおかげです」
「いやいや、ローアが本当に楽しめたんだとしたらそれは僕のおかげじゃないさ」
「これで心残りは無いです」
「君に心残りは無くても、三日後は全力を出してね」
「わかってます」
シェイルは道端に黒猫が一匹歩いているのを見つけた。
猫はシェイルに気づいて立ち止まった。
シェイルは猫と目を合わせたまますれ違った。
「昨日も言ったけれど、君は三日後、死ぬ」
唐突にエリスが言った。
振り返り、シェイルの顔を見て微笑む。
「覚悟はできてるみたいだね」
「できてないですよ」
「そう? ずいぶん冷静そうだけど」
「ものすごく怖いです。後ろに死神がずっと立っているような気分ですよ」
「僕は死神とは縁が無いからわからないな」
「……ローアをデートに誘うべきじゃなかったかもしれないって思うんです」
「なぜ?」
「俺のことをちょっとでも好きになってしまったらつらい思いをしてしまうから……。
元々俺が巻き込んで、ただでさえ罪悪感に縛られているのに、俺が死んでしまったら……」
「……大丈夫だよ。断言しよう。
彼女は必ず幸せになるさ。君がしっかりやればね」
「でも三日後には死ぬんでしょう?」
「そうだね」
「なぜ、俺にこのことを教えたんですか?」
「君に悔いを残してほしくなかったんだよ。
君は元々ここまでしか来られない運命だった。
そうとわかっていて君を呼んだのは僕だ。
せめて君にはできるだけましな最後を迎えて欲しかったんだよ」
「……勝手ですね」
「神様だからね。どれだけ勝手をしても許されるのさ」
「俺は許しませんよ」
「訂正しよう。神様を咎められる人はいないんだよ。
……まあ、君の恨みつらみは置いといてさ。別の話をしようよ。何が聞きたい?」
「置かないでくださいよ」
「やだよ。だって建設的じゃないし」
「じゃあ……、俺が死んだ後……、ローアはどうなるんです? 他のみんなは?」
「わからない……」
「わからないんですか? 俺の死はわかるのに?」
「君が知りたいのは未来の話じゃないの?
三日後に誰が死ぬのかくらいはわかるけど、将来のことになると視界がぼやけるんだ。
数か月先、数年先の君の仲間の未来はわからない」
「でも何か知ってるんですよね?」
「なぜ?」
「前にやらなきゃいけないことがあるって言ってましたよ。
墓標の亡霊を消したときに」
「ああ、言ってたっけ……」
「あなたが覚悟を決めるくらいなんだからとんでもない厄介ごとなんでしょう?
それこそ、ローア達の未来が脅かされるくらいに……。
トリビューラを倒したらそれを教えてくれるって言ってたじゃないですか」
「悪いけど、その約束は果たせない。君にはまだ伝えられない」
「なぜですか!」
「必要が無いからだ。未来を揺らしたくない。
本当は君が死ぬことだって言いたくなかった」
「……あなたは酷い神様だ」
「知ってるよ。僕に神様なんて分不相応だ」
エリスは立ち止まって自分の手を見つめている。
シェイルは眉間にしわを寄せて彼女を見ていた。
「僕はなりたくて神様をやってるわけじゃない。
他にできる人が誰もいなかったんだ……。
僕がやらなきゃ世界は崩れてしまうってわかったから仕方なく、なったんだ」
「……」
「まあ、これは言い訳だよ。
どうせ僕には荷が重い。
仕方ないさと割り切って、責任を放棄してやりたい放題やるだけの神様だよ」
「はあ……」
シェイルは何も言う気にならず、ため息をついた。
エリスはそんな彼を見て苦笑いした。
「ごめんね、ダメな神様で。……ここでお別れにしようか」
「ええ」
「じゃあ、またね」
エリスはシェイルに手を振った。
シェイルは手を振りながら突っ立っているエリスを置いて宿に帰った。




