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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第73話 告白

「着いたな……。いよいよだ……」

「ええ……、今から運命が決定するんですね……。

 ローアさんの泣き顔も見たいです」

「フラれるって決まってないでしょ!」

「ノイア、貴様、そろそろ自重してくれ……」


 宿を前にしてフェリクスはローアを下ろすようにノイアに合図した。

 下ろされたローアは立ってはいるが、膝は笑っているし、焦点も定まっていなかった。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわよ!」

「やめるなら今だぞ」

「アンタ達がやれってムリヤリ言ったんでしょうが!」


 ローアはついに力尽きたのかしゃがみこんだ。

 しゃがんだままで深呼吸している。


「いや、私のためにやってくれたことよね。ごめん」

「構わん」

「……やるわ、私。告白しましょう」

「ああ、がんばれ」

「失敗しても―――むぐ」


 ノイアが縁起でもないことを言い始めたのでフェリクスは彼女を後ろから羽交い絞めにして物理的に口をふさいだ。


「失敗……!?」

「あ、あいつだってお前のことを嫌いなはずがない! きっと上手くいくさ!」

「そ、そうよね……。よし!」


 ローアはついに意を決して立ち上がり、宿のドアを開けて中に入っていった。


 シェイルとココとの三人で泊まっている部屋の前でローアは一度立ち止まった。

 二回深呼吸して扉をノックすると、すぐに内側から開いた。


「あ、ああ、おかえり、ローア」

「……ただいま」


 ローアはその場で告白しようかと一瞬迷ったが、部屋の入り口でやるものじゃないと思い直してソファまで歩いて行った。

 本人に自覚は無かったが、まるで歩き方を忘れたようにぎくしゃくした動きになっていた。


「なにか飲む?」

「そうね、フィコがいいわ」

「オッケー」

「ハチミツも入れて」

「オッケー」


 湯が沸くまでの間、二人は無言だった。

 しばらくしてヤカンから湯気が出る甲高い音が鳴った。

 シェイルはフィコを淹れてローアに渡した。


「ありがと」

「ああ」

「……」

「……」

「「あの……」」


 同時に話し始めたので二人は驚いて目を見開いた。

 反射的にローアは言った。


「お先にどうぞ」

「あ、ああ、悪いな」


 シェイルは立ち上がると、部屋の隅に置いてあった紙袋から小さな花束を取り出した。

 真っ赤なバラの花束だ。

 それを見てローアは息をのんだ。


「は!?」

「や、やっぱり大げさだったかなぁ……」


 シェイルはローアのリアクションを見て不安そうに頭をかきながらローアの前に立った。

 ローアも気づいたときには立っていた。

 シェイルはおずおずと花束を彼女に差し出した。


「あ、明日デートに行かないか?」

「……」


 ローアは花束を受け取ると、真顔でじっと見つめた。

 心臓がどきどきしている。


 シェイルは真顔のまま返事をしないローアを不安そうに見つめている。

 額を冷や汗が流れている。


 ローアは花束を持ったまま、窓際まで歩き、外の通りに目をやった。

 下にはフェリクスとノイアがいた。

 二人にはローアが見えたし、ノイアは手も振っていたが、ローアは二人に気づきもしなかった。


「あ、あの……」

「……いいわよ」


 ローアは窓の外を眺めながら言った。


「え?」

「デート。行っても、いいわ」

「マジ!?」

「ええ」

「……ぃやったああああ!!!」

「フフ……」


 シェイルは跳びあがって小躍りした。

 ローアは少し振り返ってそれを横目で見やり、もらった花束に視線を落としてそっとなでた。

 包装の紙が少し音を立てた。


「……シェイル」

「え、なに? ややややっぱり、キャンセルとか―――」

「違うわ。花瓶か何かある?」

「あ、無いな。無い……」

「じゃあ、買ってきて」

「え……、今? 今すぐ?」

「今すぐ」

「えー……。まあいっか、わかったよ」

「お願いね。白がいいわ」

「わかった。……じゃ、行ってくる」

「ええ」


 シェイルは上の空で部屋を出て行った。

 ローアは立ち上がり、花束をそっと机に置くと、扉を開けてシェイルが行ったかどうかを確認した。

 するとシェイルが宿の階段を『やったぞー!やったやった!』と叫びながら駆け降りていく音が聞こえてきた。


 ローアは扉をそっと閉めるとクスッと笑った。

 彼女はそのままベッドに飛び込んだ。

 足をばたつかせ、枕を投げ、布団を足で押しのけた。


「あっはははっ。ははははっははは!!」


 笑い過ぎてお腹が痛くなってもまだ笑いがこみ上げてきた。

 布団を抱きかかえ、壊れた人形のように笑いながらベッドの上をゴロゴロ転げまわる。

 しまいにはベッドの端から床に落ちたが、それでも彼女は笑うのをやめなかった。

 

「はー……。反則だわ……。反則よ、こんなの。ふふっ……」


 告白しようとしたら逆にデートに誘われるなんて。

 カウンターもいいところだ。


「ふふっ、ふふふふっ、ふふふ……」


 その時、部屋の扉をノックする音がした。

 ローアはバッと飛び起きると、魔法で散らかったベッド周りを整え、リビングに移動しようとして、ベッドの端に小指を強打した。


「痛ったぁ!?」


 目の端に涙を浮かべながらそれでも知らず知らずのうちに、にやつきながら片足飛びでリビングに到着する。

 部屋を見回しておかしなところが無いか確認して、鏡が目に入った。

 髪が乱れているのに気づいて魔法でクシを手元に引き寄せた。

 一瞬で髪を直し、チェックする。よし。

 最後に花束を抱えて窓際に戻った。


 すました声で『どうぞ』と言うと扉が開いた。


「ずいぶん早かったじゃない、シェイル。

 なにか忘れものでも……。ん?」

「ふむ、どうやら上手くいったらしいな」

「ぐむむむむ……! シェイルさん、許せません!」


 戸口に立っていたのはシェイルではなく、フェリクスとノイアだった。

 ローアはどうにか口をへの字に曲げようとした。


「……アンタ達、何しに来たの?」

「シェイルが宿から物凄い勢いで飛び出していったからな。

 速すぎて結果がどちらかよくわからなかった。

 だから確認しに来たのだ。もう終わったので俺たちは帰る」

「え、私、まだ何も言ってないけど……?」

「顔を見ればわかる。丸わかりだ」


 フェリクスは口の端を吊り上げて笑った。

 ローアは全力で眉をひそめようとした。


「上手くやれよ。大事なのはここからだぞ」

「わ、わかってるわよ」

「うううううう~……! ううう、うううううう!」


 ノイアはハンカチを何十枚も束ねてくわえ、引っ張っている。

 ハンカチをまとめて引きちぎりたいらしい。

 もはや人の言葉を忘れてしまったようなノイアの様子はとても祝福しているようには見えなかった。


「……ほら、ノイア、帰るぞ」

「うううううう、うう、ううううううう!!!」

「なんて言ってるの? 彼女……」

「知らん。祝福の言葉だと思っておけ。きっとその方がいい」

「そういうことにしておきましょうか……」


 ローアはフェリクスの言葉通りそれを祝福だと思うことにした。

 なにせ今日はめでたい日なのだから。


「ではな。邪魔して悪かった。存分に喜びを噛みしめるがいい」

「余計なお世話よ!」

「んんんんんん! んんん!!」

「ありがとう。ノイア。ありがとう」

「ええい、暴れるな!」


 騒がしい二人の珍客は帰っていった。

 ローアはすとんと窓際の椅子に腰かけ、窓の外を眺めた。

 しばらくすると帰っていくフェリクスと引きずられていくノイアが見えた。


 二人が見えなくなると、ローアは花束を掲げたり、手元に戻して匂いを吸ったりした。

 シェイルが帰ってくるまでずっとニコニコと無邪気に顔をほころばせていた。



 ***



「ど、どこにデートに行けばいいと思う?」

「……何を言っているんだ、貴様?」

「だ、だって見切り発車でデートに誘ったからどこ行くかなんて考えてなかったんだよお……」

「はあ……、で、いつ行くんだ? それなりに準備すれば―――」

「今日。昼から」

「今日!? 昼からだと!? この後か!?」

「そう」

「どうりでやたら朝早くに来たわけだ。半べそにもなろうというものだな」

「忘れてくれよ!」

「俺が忘れたいわ! 寝起きにあのような声を聞かせおって……。

 新種の魔物かと思ったぞ」


 シェイルとフェリクス達は喫茶店で朝食を取っていた。


「ローアと朝食を食べなくていいのか? いつもは取っているだろう?」

「俺が起きたらもういなかったんだよ。

 それも不安なんだ。なあ、俺なんかしたのかな……」

「知らん。……なにか、書き置きなどは無かったのか?」

「『出かけます。昼には戻る』だけ」


 フェリクスはなんとなくローアの失踪の理由も察しがついた。

 ローアもローアで面倒くさいことになっているのだろう。

 おおかた、デートに着ていく服でも探し回っているに違いない。

 ひょっとするとノイアも同じように相談に乗っているのかもしれない。

 ココも駆り出されているのだろうか?


「ふん、あんたが『紅きバラ』とデートねえ……。釣り合ってないわね」

「うるさいなあ! 大体、なんでアンタがいるんだよ!」

「シェイル、貴様……。いくら貴様が仲間だとしても、姉上を邪見にするのは許さんぞ」

「フェリクス、私は構わないわ。お友達は大切になさい」


 シェイルは優雅に紅茶を飲んでいるフェリクスの双子の姉のフェネラに目を向けた。

 双子なのにあまり似ていないと思っていたが、よく見れば気の強そうな目元がそっくりだ。


「たとえ平民のお友達だとしてもね」

「そ、その発言は差別的だ。良くないだろ」

「シェイル! 姉上に盾突くな……!」

「ええ……?」

「まあまあ、二人とも、私のために争うのはおやめなさい」


 フェネラは手袋をはめた手をパンパンと叩いて二人の注意を引いた。


「さて、デートに行くならどこがいいか、でしたっけ?」

「そう! そうだよ! こんなことしてる場合じゃなかった……!」

「まあ、落ち着きなさい。

 この私がとっておきのデートスポットを伝授して差し上げましょう!」

「おお、さすが姉上! しかし、姉上、実戦経験はおありなのか?

 俺は知らなかったのだが……」

「黙りなさいフェリクス。舌を引き抜かれたくはないでしょう?」

「も、申し訳ありません、姉上。出過ぎたことを言いました」

「わかればよろしい」


 フェネラはにこりと微笑むと、腕を高く上げ、指をパチンを鳴らした。

 ……。

 しかし何も起こらなかった。

 シェイルとフェリクスは何かの魔法を使ったのかと周りを見回したが、それらしいものは見つからない。

 フェネラを見ると、完全な無表情だった。

 指を鳴らした姿勢のまま腕を下ろそうとしない。


 しかし、店員がフェネラを不思議そうにチラチラ見ながらすぐそばを通り過ぎようとしたとき、彼女は動いた。

 店員の腕をつかんだのだ。


「お待ちなさい、平民」

「へ、平民? な、何かご用でしょうか、お客様?」

「地図を持ってきなさい」

「は? 地図……ですか?」

「そうよ。早くしなさい」

「当店にそのようなものは―――」

「無ければ買ってきなさい」


 滅茶苦茶だった。

 さっき指を鳴らしたのは店員を呼んでいたのか。

 貴族ってすさまじいな。


 シェイルがそう思ってフェネラとフェリクスを見ていると、フェリクスと目が合った。

 彼は口パクで何かを必死に訴え始めた。

 最初はわからなかったが、段々と意味が理解できるようになった。


(ここまで自由なのは姉上だけだぞ!)


 これを『自由』と表現するのは世界広しと言えど、このシスコンの弟くらいなものだろう。

 いや、ひょっとするとキュアリスあたりも「自由だねえ」とか言いかねないか。

 それどころか、やりかねないな。



 ***



「オススメはこことこことここよ」


 店員が買ってきた地図を指さしてフェネラが言う。

 シェイルとフェリクスがその迷いの無さに感心していると、彼女は説明を加えた。


「ここはカジノよ。普通の。

 正直私には物足りないんだけど、初心者ならここがいいかしらね。オススメはしないけど。

 こっちは闘魔をやってるわ。知ってる? 魔物同士を戦わせるギャンブルよ。

 男の子はこういうの好きでしょ? 私も好きよ。たまにはこういう色物もいいわ。

 三つめは、裏カジノ。イチオシね。一万倍ポーカーがいいわ。

 初心者にはハードル高いけど、一度に一生分のお金を賭けてするギャンブルは―――」

「ちょっと待って」

「なによ、平民。私がギャンブルについて話している最中に遮るなんて、命知らずね。

 言いなさい。どうやって死にたい?」

「え? 話遮っただけで殺されるの?」

「あ、姉上、どうかご容赦ください。

 この男は私の友人で、今日これから意中の女性とデートに行くのです。

 浮かれているのです。どうか、心をお沈め下さい」


 なんか、フェリクスが荒ぶる神様をなだめる時の文句みたいなことを言っている……。


「ふん、そこまで言うなら勘弁しましょう。感謝することね、平民。次は無いわよ」

「あ、ありがとうございます……」

「それで、何を言いたかったの?」

「あの……、デートスポットの話でしたよね」

「それが何か?」

「……」


 シェイルは黙ってフェリクスの顔を見た。これ以上何か言って死にたくはない。

 フェリクスも黙って首を横に振った。

 シェイルはフェネラに笑いかけると言った。


「ありがとうございます。参考になりました」

「そうでしょうとも。お役立てなさい」

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