第69話 強化
シェイルとフェリクスは闘技場を出てドットを探しに出かけた。
ローア達も一緒に探そうかと言ってくれたので―――ココは少々面倒そうな顔をしていたが―――手伝いをお願いした。
話し合いの結果、シェイル達男性組は酒場がある裏路地を、ローア達女性組は宿などの表通りを探すことになった。
見つかったら共有魔法で連絡することにしてシェイル達は闘技場を後にした。
シェイルとフェリクスはローア達が宿に戻っていくのを見送り、当ても無く歩き始めた。
「見当はつくか? どのあたりの店が好みか、といったことは……」
「知らないなあ」
「なら、仕方ないな。通りすがりに聞いて、しらみつぶしに探すしかあるまい」
二人は道行く人に近くの開いている酒場や、ドットのような人物がいないかを聞いて回った。
二時間ほど探し回った後、フェリクスは不可解そうに言った。
「シェイル、どうして今日わざわざドット殿を探すのだ?
明日でもいいだろう」
「別にいいじゃないか。
どの道キュアリスもいないし。必殺技のアイデアも出ないし。
だったら、ドットを探してアイデアをもらう方が早いよ」
「ふん、ずいぶんと怠惰だな……。だが、感謝する」
「え、なんで? 大げさだな」
「……俺には踏み出すのが難しい一歩だからだ」
フェリクスはそれだけ言うと急に歩調を速めた。
シェイルはそのせいで返事をするのが遅れた。
「どういう意味だよ」
「着いたぞ。次はここだろ」
フェリクスはシェイルの言葉を無視して一軒の酒場のドアを開いた。
アルコールとタバコの臭いがした。
店はやっていたが、昼間なので客は少ない。
入口からは奥まった席がよく見えなかったので、一歩中に入るとマスターらしき人物にカウンターから声をかけられた。
「悪ガキども、ここはお前たちにはまだ早いぞ」
「人を探している。ドットという名前の剣士だ」
「剣士……?」
「いえ、ただの中年の大酒飲みです」
「そんな奴は腐るほどいるよ。今いる客は全員そうさ」
マスターはそう言うと店の奥に引っ込んだ。
奥の方で声がする。どうやら聞いてくれているらしい。
と、マスターと一緒に酒瓶を持った白髪交じりの中年男性が近づいてきた……。
ドットだ。
「誰が大酒のみだ」
「どっからどう見ても大酒飲みだろ、ドット」
「フン、減らず口は変わらんな……。
よう、フェリクス。元気か?」
「はい、ドット殿! おかげさまで壮健です」
「そうか」
ドットはぎこちなくフェリクスの肩を叩くとシェイルをにらんだ。
「で? 俺に何の用だ?」
「稽古をつけて欲しいんだ。フェリクスに魔法の使い方を教えてよ」
「魔法の? 俺の専門は剣だぞ」
「魔法も使うじゃん。魔力が少なくても強い魔法を使ってるだろ?
その方法をフェリクスに教えて欲しいんだ」
「ふーむ……」
「ついでに俺にも教えて」
「お前はもう死ぬほど教えたろうが!
……そう言えばあの勇者はどうした?」
「仕事に行った。必殺技を編み出せっていう課題を置いてったよ」
「ほう。それは興味深い。いいだろう、行こう」
***
シェイルは共有魔法でローアに『見つけた』と連絡して、闘技場に戻った。
しばらくするとローアから『喫茶店』とだけ連絡が来た。
「遅くなるって。初めちゃおうか」
「いいのか?」
「喫茶店、だってさ。
俺たちが酒と煙草の臭いにむせている間にケーキ食べてたんだよ?
これくらいいいでしょ!」
「あ、ああ……。まあいいが、ケーキを食べているとは限らんだろ」
「まだか? とっとと始めようぜ」
ドットは酒瓶を揺らしながら言った。
シェイルとフェリクスは顔を見合わせた。
互いの考えていることはすぐに伝わった。
このままだと一分後にはドットは酒を飲み始めてしまう。
さっさと稽古を始めた方がいい。
「よし! 始めようか!」
「よろしくお願いします! 師匠!」
「いい返事だ。仕方ない。やるか」
ドットは名残惜しそうに酒瓶をポケットにしまい、シェイルに向かって無言で手を差し出した。
シェイルはその手の意味がわからずに握り返した。
「……違う。握手じゃない。剣が無いから、なんか出してくれ」
「剣? 俺たちは魔法を教わりたいんだけど……」
「馬鹿め。
俺にとって魔法はそれ以上どうしようもなくなった時に出す悪足掻きだ。
奥の手でも何でもない。
教えるとしてもまずは基本からだ」
「基本って?」
「質問なら後で聞いてやる。いいからさっさと魔法で棒でも何でも出せ」
シェイルは言われたまま土魔法で石の剣を作った。
ドットは二、三回それを振ると満足そうに構えた。
「中々いい仕事だ、シェイル。……さて、魔法か。
フェリクスはもう剣術はかなりのものだし、シェイルも剣術はまあまあだが魔法はそれなりになってきた。
次の段階に進んでもいいだろう」
「つ、次の段階ですか!?」
「そうだ。と言ってもお前が想像したほど大したことじゃない。
要はココがやっていることをやるんだ」
「ココがやっていること……?」
シェイルとフェリクスはそろって首をかしげた。
ココがやっていることと言えば、そこらじゅうを走り回っていることくらいしか思い浮かばない。
「魔法で動きを補助する。まあ、大げさに言えば身体強化魔法だ。
あいつはやたらすばしこいだろう? あれは魔法で速度を高めているからだ」
「マジで? ココ、そんなにすごいことやってたの?」
「すごいと言えばすごいが、やること自体は単純だ。
速く走るというイメージを強く持ち、魔法を使うだけだからな。
魔法使いの連中がやるような非常識極まりない術に比べれば大したことじゃない」
「非常識……。そうかなあ……」
「どうやるのですか?」
「どうもこうもない。やるんだ」
「「……え?」」
「え、じゃない。体術も魔法もどちらも感覚的なものだろうが。
経験で覚えるしかない。言葉で知った気になったって仕方ないだろう」
「で、でも何かこう、練習方法みたいなものがあるんじゃ……」
「ああ、そうだな。言い忘れていた。
まずはパンチなんかの単純で、繰り返しやすい動作で練習するといいだろう。
というわけで、素振りだな。見てろ」
ドットは石の剣を構えた。
「まずは構える。次に理想の振りを強くイメージする。
これを魔法を使って実現する感じだ。わかるか?」
「わかりません……」
「わからないよ」
「フェリクスは仕方ないが、シェイルはわかれ。
素振りという行為自体を魔法として使用する、と言えばわかるか?」
「わかんない」
「……まあいい。千回くらい振ってればわかるだろ。やってみろ」
「よくわかんないけど、わかったよ。やるよ」
シェイルは言われた通り素振りを開始した。
黙々と素振りを始めたシェイルを尻目にドットはため息をついた。
「本当に生意気な奴だ……。
さて、お前は魔法は使えるのか?」
「ごく基本的なものなら、使えます」
「やってみろ」
フェリクスは掌の上に火で小さな輪を描いて見せた。
「ほう……、器用なものだな。練習したのか?」
「はい。小さい頃はずっと魔法の練習をしていました。
魔力が少ないので細々(こまごま)とした魔術ばかりですが」
「充分だ。剣術と同じで身体強化も細かければ細かいほど有利だ。
というよりも、上達するには細かい操作ができるようにならなければならんからな」
「はい」
「お前もやってみろ」
フェリクスはシェイルと同じように魔剣を抜いて素振りを始めた。
ドットはそれを満足そうに見ながら懐に手を伸ばした。
「飲むの? 指導中に?」
「目ざとい奴だな。もうやること無いんだからいいだろうが」
ドットはニヤニヤと笑いながら瓶のコルクを抜いて酒を飲んだ。
「ふう。ココは走るということについては一流だ。
継続して高速で走り続けられる。
お前たちはそこまでは目指す必要は無い」
「え? 無いの?」
「ああ、無い。身体強化魔法は体術の延長線上にある。
……シェイル、右足をもう少し前に出せ……。そうだ。
あー……。アイデアやイメージ次第で経験をすっ飛ばせる魔法と違って、習得にどうしても経験的なものが必要になる。
つまりは時間がかかる。あそこまで自在に使いこなせるようになるには一年以上かかるだろうな」
「そんな時間は! ありません!」
「その調子だ、フェリクス。
そう、その通り時間がない。だから絞り込め。
自分の役割を理解し、達成できるように最低限の動きを最大限に尖らせろ。
わかるか?」
「わからないよ!」
「だろうな。お前はわからん奴だ。お前の役目は何だ?」
「アドルモルタでトリビューラに攻撃すること」
「そうだ。お前の役割は攻撃だ。火力であり、主力だ。
いいから、お前はひたすら剣を振れ。土台はしっかりしてきたからな。
後は鋭さだ。斬れ。お前の持っているのは棒じゃない。剣だ。
だから、斬れ。斬ることをイメージしろ」
「……! わかった!」
「気負うな。気長にやれ。
フェリクスはどうだ? 役目はわかるか?」
「私の役目はこの魔剣ニルゲイドで敵を翻弄し、シェイルをサポートすることです」
「そうか。なら、お前に必要なものはなんだ?」
「機動力です。素早く移動し、敵をかく乱する機動力が必要です。
しかし、単純な走力を上げるには時間がかかる……」
「一歩だ」
ドットは悩んでいるフェリクスの目の前で大股で一歩を踏み出した。
「一歩だけ速く移動することができれば、充分だ。
要するに敵の攻撃を回避できればいいわけだからな。なら、一歩で充分。
急加速、急停止を繰り返して攻撃をかいくぐり、一撃をもぎ取れ」
「承知」
「よし、走れ!」
***
「どういう状況なの、これ……?」
ローア達が戻って来た時、シェイルは素振りをしており、ドットは闘技場の地べたに腹ばいになって酒瓶を持ったまま眠っていた。
それだけならローアにとっては一か月前まで見慣れた光景だったのだが、今回はさらに一歩だけ勢いよく走っては止まることを繰り返しているフェリクスがいた。
なんらかの修行だということはわかるのだが、その奇妙な練習を見てローア達は足を止めてしばらく言葉を失っていた。
ようやく絞り出したのが、『どういう状況なの?』だったのである。
「戻ったか、ローア、ココ、ノイアよ!
見よ、ドット殿だ! 見つけたぞ!」
「知ってるわよ。アンタは何してるのよ?」
「いい目の付け所だ! ドット殿にこの練習法を教わったのだ!」
フェリクスは元気よくローアにその練習法の経緯を説明し始めた。
全てを聞き終えたローアはうーんと微妙な顔で首をかしげた。
「理屈はわかるけど……、その練習法……、効果あるの?」
「何を言う! ドット殿の言葉に間違いなどあるものか!」
「……いえ、あるわよ」
「結構あるよ」
「……そうなのか?」
ドットと過ごした時間の長い二人が断言したのでフェリクスは急に語気が弱くなった。
しかし、超短距離走の速度は変わらず維持したままだ。
「俺は……、このまま続ける。
最善ではないかもしれないが、決して無駄にはならないはずだ。
方向も間違っていない。問題ない」
「なら、いいわ。自分で納得してるならいいんじゃない?
……私たちもどんな技にするのか決めないとね」
ローアはココとノイアを振り返って笑った。
シェイルがアドルモルタを振り下ろしながら茶々をいれた。
「ケーキ食べながら決めなかったのか?」
「決めるわけないでしょ。ケーキを食べる時はもっと優雅な話をするわ」
「優雅……? どんな話をしたんだ?」
「言う訳ないでしょ?」
「ノイア」
「はい?」
「どんな話をしたんだ?」
「ローアさんが言わないものを私が言う訳ないじゃないですか」
「……ココ、教えてくれないか?」
「ん。ケーキ美味かったぞ」
「……そうか。良かったな」
「ああ!」
シェイルはあきらめて素振りに専念した。
ローアとノイアがくすくすと笑っているのが聞こえた。
ココがフェリクスの周りをこれ見よがしに走り回っている。
フェリクスは怒鳴りこそしないものの、頬が吊り上がっているのを見るにご機嫌は確実に損なわれている。
しばらくすればフェリクスは怒ってココを追い回し始めるのだろう。
シェイルは仲間たちの平和な様子を見て、静かに『絶対に全員で生き残る』と決意した。




