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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第68話 壁

 キュアリスを倒す。

 突然降って湧いた新しい目標に困惑しつつもシェイル達は前に進んだ。


 常に血の匂いがする。

 そんな気がするほどキュアリスとの『修行』に明け暮れた。


 朝起きてパンを食べて。

 闘技場で戦って。

 ご飯を食べて、昼寝して。

 闘技場で戦って。

 家に帰って食事をして。

 ベッドに倒れこむ。


 毎日がそんな感じ。

 修行と言えば聞こえはいいが、内容的には拷問と変わりない。


 けれどそんな地獄のような修行も毎日やっていれば少しずつ日常になってくる。

 五日もすれば、全員この修業を受け入れていた。


 キュアリスに治癒魔法をかけられながらの修行なので、どれだけ痛い目に遭っても帰るときにはピンピンした状態なのだ。

 終わり良ければ総て良し。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 魔力と体力は戻らないが、とにかく痛みが無い状態で明日を迎えることができるのは大きい……。


 と、ドットと一か月間痛みに満ちた修業をしていたシェイルはしみじみと思っていた。

 ローアに回復していてもらっていたものの、全身の筋肉痛や鈍痛までは回復しきってはいなかった。

 治癒魔法とはそう言うものだと思っていたのだが、幸か不幸かキュアリスはそんな思い込みを吹き飛ばしてしまった。

 おかげで無限に修業ができるようになってしまったのだ。


 そうして延々と修行できるようになり、シェイル達の基礎能力はゆっくりとだが着実に上がっていった。


 魔導力や魔力、体力が向上し、キュアリスに殺されない時間がわずかずつ伸びていた。

 そう、確かに伸びてはいる。

 伸びてはいるのだが一進一退を繰り返すような遅々としたものだった。

 とても残り一か月で二時間を耐えきれるような伸びではない。

 さらには倒すなんて想像すらできなかった。


 なにせ、キュアリスにすら油断すれば致命傷を負わされ、完全に集中した状態ですら、彼女が攻撃すれば無傷ではすまないのだ。

 必ずジリ貧になる。


 修行すればするほど、シェイル達はキュアリスとの差を痛感した。

 修行そのものに対する抵抗がなくなるほど、問題が浮き彫りになったのだ。


 生き残ることは難しいとキュアリスには言われていたが、それは実感を伴ったものではなかった。

 それはシェイル達にとって最初、確率的なものだった。

 賽の目のように、出目がよければ生き残り、悪ければ死ぬ、というような……。

 そして、シェイル達は心の底でどこか楽観的に考えていた。

 自分たちなら大丈夫だと思っていた。


 しかし、キュアリスという壁の高さが少しずつわかってきた。

 わずかに、彼女の力量も推し量ることができた。

 キュアリスも無敵ではない。超人でもない。生きた人間だ。

 それがわかった。

 ただし、わかったのはその遙かな高さだ。

 そこに至るまでにどれほどの修業を経たのか。

 どれだけの苦痛を乗り越えてきたのか。

 どれほどの意志があればそれらを乗り越えられるのか。


 その壁の高さと厚さにシェイル達は静かに絶望していた。

 ここまで高い場所にいる人が、『あいつらは私よりもずっと強いよ』と言う魔王と戦う?

 冗談じゃない。


 賽の目というイメージは間違っていた。

 運は確かにあるだろう。

 だがそれだけではないのだ。

 実力が足りない。


 例えるなら、キュアリスを倒すという目標は谷だ。

 地面に走る亀裂。命を飲み込む裂け目。

 少しずつ足場が無くなっていく。

 残っていれば死んでしまう。

 谷に落ちても死んでしまう。


 生き残るためには飛び越えなければならない。

 必要なのは勇気と飛び越えるための力だ。

 全員、最低限の勇気はある。

 跳ぶと口にする程度の勇気は。

 問題は力だ。力が足りない。


 亀裂は深く、広い。

 シェイル達は残り一か月でこの谷を飛び越さなければならないのだ。

 それは比喩でも何でもない。

 生き残るための最低限の条件だ。


 シェイル達は全員、それを理解し始めていた。



 ***



「みんな、いい感じに絶望してきたね。焦ってきた。

 この修行にも慣れてきたかな」


 ある日の昼、キュアリスは地べたにはいつくばっているシェイル達に言った。


「君たちの察する通りだよ。このままじゃあ、私を倒すなんて到底無理だ。

 何年かあれば話は別かもしれないけど、一か月じゃあ……。

 それがわかってきたんでしょ?」

「わかっててどうしてこんなこと言いだしたんだよ。無理なら言うなよ」

「これが最低条件だからよ。君たちに達成できるかどうかは問題じゃない。

 ハードルの高さは君たちが超えられるかどうかなんてこととは別の問題なのよ」

「それは我々に遠回しにあきらめろ、と言っているのか? 回りくどいぞ」

「そんなつもりも無いよ。このままじゃ無理(・・・・・・・・)だと言っているだけだよ。

 絶対に無理とは思ってないわ。

 ……でもそうね、アドバイスが必要ね。

 君たちに足りていないものはね、技よ」

「技?」

「そう、技。いわゆる必殺技」


 キュアリスはニコっと微笑むと、指を上下に振りながら歩き始めた。


「魔法はイメージが大事よ。

 強力な魔法を使うなら、より強いなイメージが必要になる。

 君たちはいつも戦況に合わせて魔法を使っているけど、それだと強いイメージを作るのは難しい。

 初めてのことを実戦でやるのではイメージの強度が足りないんだ。

 だから最初にまず技を決める。それを戦況に合わせて使い分けるんのよ」

「そう言えばシェイルはよく使ってたわね。

 蒼炎閃とか、爆発球とか言ってたっけ?」

「ローア、なんか少しバカにしてない?」

「してないわ。……でも、キュアリス。

 シェイルの技はそれほど強くないと思うのだけど?」

「多分、本人が『弱い技』だと思ってるからじゃないかな。

 今のシェイルならもう少し強いのが出せるはずだ」

「ホント!?」

「さあ? それは君の頑張り次第だよ」

「えー……」

「えーじゃない。楽して強くなれると思ってるんじゃないわよ。

 私は勇者としての仕事があるから、今日の午後は自習ね。

 各自、技を考えてくること! じゃあね!」


 そう言い残すとキュアリスはあっという間に観客席へ、観客席から外へとジャンプして出て行ってしまった。

 恐るべきスピード感だったが、シェイル達に特に驚いた様子はなかった。

 もう慣れっこだったのだ。


「どうしようか?」

「とりあえず休憩にしましょう、シェイル、ココ。お弁当を作って来たわ」

「おお! ありがとうローア!」

「ローアの弁当、うまい」


 ローアがどこからともなく弁当を取り出すとシェイルとココは大喜びした。

 中身はサンドイッチだった。

 バスケット一杯に大量のサンドイッチが並んでいる。

 フェリクスとノイアもお弁当と聞いて近づいてきた。


「ほう、見事なものだな」

「美味しそうです!」

「……アンタたちの分は無いわよ?」

「……無いのか? たくさんあるぞ?」

「無いわ。ウチの子じゃないもの。

 どっかその辺でパンでも買ってきなさい」



 ***



「まさかこの俺が自ら平民の店でパンを買うなどとは……」

「ま、まあ、ローアさんも悪気があるわけじゃありませんから……」

「貴様、本気でそう言っているのか?」

「悪気は……、悪意はないはずです……」

「ふん」


 フェリクスは抱えている袋からパンを一つ取り出してかじった。


「歩きながら食べるなんて、お行儀が悪いですよ?」

「フン……。貴様、あの二人をどう思う?」

「ローアさんとシェイルさんですか?」

「そうだ。他に誰がいる?」

「キュアリスさんとシェイルさんとか」

「俺は飯を食ってるんだぞ。あの勇者の名前なんぞ出すな」

「す、すみません……」

「それで?」

「? あ、えーと、ローアさんとシェイルさんですね。

 えーっと……。仲良さそうですよね」

「恋仲だと思うか?」

「いえ、全く」

「兆しはあるか?」

「あったらへし折ります」

「……。貴様に相談した俺がバカだったようだな」


 闘技場は現在一般人立ち入り禁止になっている。

 と言っても、テープが張られていたり、バリケードが設置されているわけじゃない。

 ただ、入口に結界が張られているだけだ。

 結界……、つまりは高度な防御魔法だ。

 通す対象に条件を課すことができる。


 闘技場の結界の基礎部分はエリスが作ったものだ。

 キュアリスはその結界の操作方法をエリスから教わっていて、条件をそれなりに自由に変えることができる。


 フェリクスとノイアは入口の結界をするりと抜けて中に入った。

 結界は数センチの厚さの薄めたハチミツの膜のような感触だ。当然味は無いが。


 入口から続くトンネルを真っすぐに進むと舞台になっている。

 シェイル達は舞台の真ん中でピクニックのように風呂敷を広げてサンドイッチをほおばっていた。

 戻った二人にシェイルがサンドイッチを持った手を振る。


「おかえり」

「ああ」

「ただいま戻りました」

「私たちの分はあるかしら?」

「俺達に分けなかったくせに何を言っているんだ、貴様は?」

「わかってるわよ、冗談じゃない……」

「ココの分はあるか!?」


 ココの無邪気な発言に一同はフェリクスの顔を見た。

 フェリクスはチッと舌打ちした。


「一つだけだぞ」

「これがいい!」

「あっ……」

「なんだ? ほれはほほはひはほかこれがどうかしたのか?」

「食い終わってからしゃべれ。何でもない。気にするな」


 ノイアはそっぽを向いて震えている。

 ココが真っ先に食べたパンがフェリクスが好きなパンだと彼女は察していた。

 それでこっそりと笑っていたのだ。


「……ずいぶんと楽しそうだな?」

「ひゃあっ! ごごごごめんなさい!」

「私のファンをあんまりいじめないでよね」

「ローアさん……!」


 ノイアはローアを羨望のまなざしで見つめている。

 一生ついて行きそうな勢いだ。


「一生ついて行きます……!」

「ごめん。それはやめてちょうだい」

「そんなあ……」

「はー……」


 フェリクスは心底疲れたと言わんばかりに深くため息をつくと、パンを片手にシェイルの隣に座った。


「座るぞ」

「もう座ってるじゃん」

「よもや断るまい?」

「まあね。好きな場所に座ればいいさ」

「あの勇者の言っていたこと、どう思う?」

「必殺技のこと? 別にどうとも……。

 それでキュアリスが倒せるようになるとも思えないし。

 でも、期待はしてる。次の技はひょっとしたらすごい技になるんじゃないかって」

「矛盾しているな」

「そっちはどうなの? いい技を思いつきそう?」

「俺は魔法が使えんからな。どのみち大した芸当は期待できん。

 我が家に伝わる魔剣と鎧だけが頼みの綱だ」

「……ちゃんと聞いたことなかったけど、どうして魔法が使えないの?」


 フェリクスは舌打ちし、シェイルを横目でじろりと睨んだ。

 シェイルは慌てて胸の前で両手を振った。


「あ、いや、別に、言いたくないなら別に」

「俺の身体は魔力が極端に少ないのだ。だから魔法はほとんど使えない」

「それって……」

「そうだ。ドット殿と同じだ。

 俺は呪いではなく先天的なものだが、症状としてはよく似ている。

 だからこそドット殿に指導してもらいたかったのだが……。

 この状況はなんだろうな。勇者に指導してもらえるなら、幸運なのか?」

「強運ではあると思うよ」

「フン。マイナスに強くないことを願うばかりだな」


 フェリクスは吐き捨てるようにそう言ってパンをかじった。

 シェイルもサンドイッチをほおばる。


「ドット殿は今何をしているのだ?」

「さあ、知らない。大方、どこかの飲み屋で酔いつぶれてるんじゃない?」

「……まだ昼間だぞ」

「夜はもっとすごいよ」

「どれだけ飲むのだ? あの人は……」

「……。ドットを探そう、フェリクス」

「なんだ、だしぬけに?」

「いいから行こう! ドットに魔法の使い方を教えてもらうんだよ!」


 シェイルはいきなり立ち上がってフェリクスの手をつかんで立たせようとした。

 フェリクスは眉間にしわを寄せてシェイルを見ている。


「なんなんだよ、全く……。

 わかったわかった。行けばいいのか?」

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