第67話 苦悶
「シェイル、私が前に言ったこと覚えてる?
トリビューラと戦う時、私と君たちの役割分担をどうするのか」
「えーと……、俺たちが防御で、キュアリスが攻撃だっけ?」
「逆! 逆だよ! 私が防御で、君たちが攻撃!」
「キュアリスが防御するっていうイメージがつかないんだよなあ」
「アドルモルタ持ってる君が攻撃だよ! これならわかりやすいでしょ!」
「あ、ホントだ」
「……ねえ、前々から思ってたんだけど。シェイルってバカなの?」
「表現が直接的すぎじゃない? もっとこう、オブラートに―――」
「そうですよ。シェイルはバカです」
「ローア? 味方じゃないの?」
「私、嘘は嫌いだから」
「黙っててもよかったんじゃないの?」
「広義の嘘も嫌いだわ」
「もしかして、俺がバカだって広めたいって言ってる?」
「間違ってはないわね」
「ちくしょう! なんでだよ!」
「はいはい、そこまでよ。話がそれてるから」
キュアリスは手をパンパンと叩いてシェイル達の注目を促した。
彼女は全員が見ている前で手をグッと握った。
バキバキ……と石が砕ける音が周囲に響いた。
「あんまり時間ないの。
時間を無駄にしたいなら……こうだからね? わかった?」
「「「「「はいッ!!」」」」」
「よろしい」
五人でハミングした元気のいい返事はキュアリスの機嫌を元に戻したらしい。
いつも通りのニコニコした笑顔に戻った。
「さて……、私が防御するって言ったけど、それでも最低限の防御力ってあるのよね。
私は雨のような攻撃に傘をさすことはできるけど、それでも君たちは濡れないわけじゃない。
むしろ、絶対にどこかは濡れてしまう。
雨に打たれても死なない……。これが最低限の防御力。わかるかしら?」
「……よく、わからない。もう少し具体的に説明してくれないか?」
「具体的……。具体的ねえ。難しいこと言うわね。
……三角魔法なんて訳の分からない魔法を使う魔王のことなんかわかるわけないじゃない」
「三角……魔法?」
「そう」
「三角?」
「そう。三角」
「どんな魔法なの?」
「わかんないわよ。戦ったことないもの」
「三角関数みたいなもの?」
「多分そう」
「ホントかよ……」
キュアリスはお手上げ、とばかりに肩をすくめた。
「あいつのことは私もよくわからないの。わかってるのは手数がとにかく多いってことだけ。
これは昔、レドモアに聞いたの」
「レドモアって?」
シェイルがそう言うと、横からローアが口を出してきた。
「鮮血帝って言って、魔王の一人よ!
吸血鬼の国の女王なの!」
「ずいぶんテンション高いけど……ファンなのか?」
「まさか。でも、魔王の中で一番人気があるって言うのは確かね。
たくさん物語が作られてるもの」
「あいつは見た目も性格も派手だし、絵になるからねえ。物語にはしやすいだろうね。
人間味も魔王の中で一番あるんじゃないかな。……ある意味では」
「ある意味……?」
「ちょっと暴力的過ぎるから。あいつ」
シェイルを含めた全員が心の中で『アンタが言うな!』とツッコミを入れた。
「何の話だったかしら?
……ああ、防御の話だったわね」
キュアリスは得心顔でウンウンとうなずくと、シェイル達を指さした。
「とりあえず、現状の防御力が見たいわね。ちょっと横に並んでくれる?」
シェイルは極めて嫌な予感がした。
予感、というかもうほとんど確信に近い。
この流れはまず間違いなく、殴られる。
「皆、今までありがとう……! 楽しかった……!」
「大げさねえ」
「まるで辞世の句だな。うすっぺらいが」
「はーい、無駄話しない。全員、全力で防御してちょうだい。
じゃ、シェイルからね」
キュアリスはシェイルの前に立つと肩をぐるぐると回し始めた。
「ずっと見てたから知ってるよ。多少は防御魔法を覚えたでしょ?
アドルモルタを持つ君は重点的に攻撃されるだろうし、ちょっと強めに行くね」
「い……!?」
「いくわよ」
キュアリスは腕の回転を止めて殴打の寸前、力をためた。
シェイルはキュアリスの放った濃厚な殺意を前に全力で防御した。
つまり、強固な石の杭を出現させ、目の前の地面に打ち付けた。
「……」
キュアリスは杭を殴った。杭は一瞬で砕け、シェイルの顔面をとらえた。
シェイルはあごの骨が砕ける音を聞き、宙を飛んだ。
シェイルが受け身も取らずに胴体から地面にたたきつけられたのを見てキュアリスは言った。
「へー。思ったより防御力あるね。合格だよ! 花まる!」
それを聞いてシェイルの仲間たちは、『合格でもこんなに容赦なく殴られるんだ』と心底ぞっとしたという……。
***
「いたっ!」
「ぐぅっ!?」
「ぎゃっ」
「……っ!」
シェイルが意識を取り戻すと、四人は悶絶して地面に転がっていた。
キュアリスは物足りなさそうに指をはじいている。
「みんな、大げさだなあ……。ちょっと小突いただけじゃない」
「キュアリスのデコピンは脳に響くんだよ。絶対脳震盪起こしてるよ、これ」
「マシなのはローアとフェリクスかな。
ノイアにはもっと頑張ってもらうとして……。
ココは、防御力ゼロだね。これはまずい。死にに行くようなもんだよ」
「ココは攻撃を避けられたから、防御は必要ないんだよ」
「今までは、ね。トリビューラは甘くないよ。
しかし、どうしたもんかな……」
キュアリスは口元に手を当てたまま、歩き回っている。
彼女は悶絶しているココ達の周りを三周ほどしたところで足を止めた。
「フェリクス。君の鎧、すごく頑丈だね。どうやって作ったの?」
「さすが、勇者……。お目が高い……。
しかし……、この鎧は、我が家の秘伝……。教えるわけには……」
「あー、わかったわかった。じゃあ、ココに一着作ってよ。
うんと軽くて頑丈なやつ。作れる?」
「さあ……、俺ではなんとも……」
「手配しておいて」
「鎧でどうにかなるの?」
「フェリクスの鎧はかなり頑丈よ。
あれくらい頑丈なら、生存率は半々ってところね。
十分でしょう」
「なんかめちゃくちゃ物騒なこと言ってる気がするんだけど」
「だから魔王を甘く見ちゃダメだって」
キュアリスは左右の手袋をキュッとはめ直しながら言った。
「君が一番がんばらなくちゃならないんだよ。わかってる?」
「わかってるよ」
「よし。じゃあ、修行に戻りましょうか。さ、全員起きて」
「しゅ、修業って何するんですか?」
「言ってなかったかしら?
まずは、私と実戦よ。そうね、まずは二時間ね」
「「「「「……え?」」」」」
シェイル達は確信した。
キュアリスと実戦……。それは紛れも無い地獄だと。
それと比べれば螺旋迷宮の最下層で魔物たちと追いかけっこをしたのなんて公園で日向ぼっこをしていたようなものだと……。
それが、二時間。
二時間……。
「攻撃、防御、回避……なんでも好きな行動を取りなさい。
疲れたり、倒れたら治癒するから。離脱はできないから、そのつもりで」
「あ、あの……」
「なに、ノイア?」
「こ、降参はできますか……?」
「ん? 離脱はできないよ?」
「あ、あはははは、そうですよね……」
「あはは、そうだよ!」
「ははは……」
力なく笑うノイアの目は完全に死んでいた。
顔にありありと『やっぱり参加するんじゃなかった』と書いてある。
「おっと、そうだ。シェイル!」
「なに―――。うわっ」
キュアリスはいきなりシェイルに大剣を投げてよこした。
それはシェイルにとって三週間ぶりになるアドルモルタだった。
「おお……! 久しぶり……! 元気だったか!?」
「ああ……、君、剣に話しかけるタイプの人だったの?」
「ずっと肌身離さず持ってた剣が久しぶりに戻ってきたら、誰だって話しかけるよ!」
「ふーん。ま、いいや」
キュアリスは興味なさそうに言うと、左右の拳をガンガンと叩いた。
石と石がぶつかったような音が鳴った。
「それじゃ、始めよっか」
***
最初の五分はどうにか戦闘らしいものが行われていた、と言っていい。
シェイルとフェリクスにはどうにかキュアリスに一撃入れてやろうという野心とか反骨心とでも言うべきものがあったし、ローア達女性陣にしてもどうにか工夫して苦痛を和らげようという、ある種『前向き』な向上心のようなものがあった。
しかし、それはものの数分で崩壊した。
キュアリスは本気を出してはいない。せいぜい七割がいいところだ。
この狂気の勇者にとってはちょっとした息抜きのようなものだったのだろう。
けれど、七割の実力を見せるようになった勇者からは誰も逃れられなかったし、防げなかった。
当然攻撃も通らない。
唯一、シェイルだけが一矢報いる武器を持っていたが、かすりさえしなかった。
それどころか、アドルモルタの火で危うく仲間に攻撃するところだった。
その度にフェリクスに怒鳴られたが、キュアリスはほとんど無関心だった。
どうやらアドルモルタで仲間を攻撃する、ということは彼女にとっては想定内だったらしい。
そういうわけで、シェイル達はキュアリスに手も足も出なかった。
それを開始して五分で痛感した。
あとは心か肉体のどちらかが限界を迎えるまでどれだけ耐えられるのか、という問題だった。
一番最初に脱落したのはノイアだった。
全力の殴打をノーガードで受けられてからはひたすら逃げ続けた。
戦闘開始から七分で心が折れる。
泣きながら逃げまどい、うずくまって、さらに泣いた。
二番目はココだった。
ひたすら走り回り、シェイル達の攻撃に合わせてナイフを振るが効果は無し。
十二分で全てをあきらめたようにピタリと立ち止まり、動かなくなった。
三番目はシェイル。
アドルモルタでの攻撃は全て避けられるが、それ以外はノーガードで受けられた。
十五分経過した時点でもうやめてくれとキュアリスに泣いてすがったが、効果なし。
二十分でアドルモルタを使い過ぎ、魔力切れでダウン。
四番目はローア。
シェイル達が戦っている間に後方から魔法を撃って援護する。
たまに近づいて殴られるが、できるだけ走って避けめげずに撃ち続けた。
シェイルと魔力を共有して大魔法を放つことはキュアリスの妨害にあってできなかった。
二十四分で体力、魔力切れでダウン。
五番目はフェリクス。
シェイルがダウンするまでは魔剣ニルゲイドでキュアリスに攻撃し続けた。
ニルゲイドでの攻撃はノーガードで受けられはしなかったが、手でガードされるだけで決定的なダメージを与えることはできない。
三十八分で体力の限界によりダウン。
全員が力尽きた時点で、キュアリスは『戦闘』を効率化し始めた。
まず、闘技場の中でバラバラの場所で倒れているシェイル達を一か所に集めた。
土魔法で五つの棺桶のようなものを立てて、その中にシェイル達を放り込んだ。
「中々健闘したわね。でも、まだまだ……。
魔王と戦うには足りないわ。心も、肉体も、魔力も、魔導力も、技術も、魔法も。
全てが足りない。
でも、安心して?
今日からずっと地獄が続くから。
一か月後の本物の地獄が少しはマシに思えるようにしてあげるわ」
キュアリスは微笑むと、無気力に棺桶の中で突っ立っているシェイル達に拳を向けた。
「ああ、そうだ。言い忘れていたことが二つあったわ。」
キュアリスは拳を振るいながら、いつもと変わらない口調で言う。
「まず一つ。これはトリビューラとの戦いの前提条件ね。
魔王は直接私たちを攻撃できない。
これだけは保証できるわ。この前提でトリビューラがどんな行動を取るのかを考えておいてね。
それともう一つ。これは君たちの目標ね。
一か月以内に私を一度でも昏倒させること。
それがトリビューラと戦う条件よ。
それが魔王と戦う最低限のライン。
クリアできなければやっぱりアドルモルタは取り上げて、君たちはお役御免よ」




