第7話 紹介
「いい? 自然にね。あくまでも自然に。緊張せずに。リラックスして」
「…そのアドバイス、何の参考にもならないんだけど…?」
翌日、シェイルは百人近くいる村人の前に立っていた。そばにローアがいて、「アドバイス」を耳元でささやいている。
まだ村人がそろっていないらしく、皆で待っているのだ。
「あらそう。じゃ、一人でがんばってね。バイバイ」
「嘘です、ごめんなさい。もう少しいてください」
「それでいいのよ。…何言うか決まってるの?」
「…全然?」
それを聞いてローアは「信じられないわ」と言わんばかりに目をむいて肩をすくめてみせた。絶妙に腹の立つ顔をしている。しかし、シェイルは大勢の前に立たされた緊張感で怒るどころではない。さっきまで軽口を叩いていたがけっこうギリギリなのだ。
どうしてこんなことになっているのかと言うと、昨日の夕食の際に話はさかのぼる―――。
***
「エルダ様、シェイルはどうなるのでしょうか?」
「うん?」
スープを飲みながらエルダは目だけでローアを見た。シェイルもパンを食べる手を止めてローアを見た。
「それってどういう意味?」
「あなたは放浪者よ。それがわかったなら、こんなところでくすぶっていていい人間じゃないわ」
「フーン…。え? 俺ってもしかしてすごいの?」
「…。聖都に連れて行ったりするのですか?」
「いいえ、しないわ」
エルダはスープの皿を置くと静かに断言し、指を組んだ。
「シェイルは確かに放浪者です。…ですが、放浪者だからと言って生き方を決められることはありません。どのような旅をするのかは旅人本人がするもので、他人がとやかく言う物じゃないでしょ? 同じことです」
「ですが…。放浪者とは使命を持っている者なのでは? それを歪めるのは…」
「ローア、あなたは放浪者の伝説に引っ張られ過ぎです。彼らもただの人間です。それはわかるでしょう?」
ローアはシェイルをちらりと見た。
「確かに…。ただの人間ですね」
「どうして俺の顔を見て、すんなり納得したんだ?」
「わかってもらえて嬉しいです」
エルダは微笑んでスープの皿を手に取った。
「そうだ。ローア、シェイルを村の人たちに紹介してはどうでしょう。シェイルもいずれは旅に出るかもしれませんが、しばらくはこの村にいるでしょうし。早くなじんだ方がいいでしょう。ああ、部屋も用意しないといけませんね」
「なるほど。色々やることが多そうですね」
「では、シェイルに関する諸々については任せますね」
「はい。…………へっ?」
ローアはうわの空で返事をして、コップの水を一口飲んだ後、丸々一呼吸置いてから間抜けな声を出した。
「い、今なんと?」
「ローア、あなたに任せます。全部」
「えっと…。あ! ああ、では祝祭の準備を代わりに―――」
「しません」
「え?」
「しませんよ。私は」
「では、エルダ様は何を…?」
「私は祝祭で話す説話の準備をします」
今回の祝祭はエリス教とレコル村の親睦を深める意味で、この教会で取り行うことになっている。実質的にはただの酒宴なのだが、それでも説話はメインの内容であり、それは神官のエルダの担当だ。その大事な説話の準備をやると言っているのだ。二日前の今から。…というか、まだやってない、と白状しているに等しかった。
「…まだ終わってなかったんですか? 一週間くらい前、終ったとおっしゃっていませんでした?」
「あれは嘘です」
エルダはしれっとした表情でフォークで豚肉のソテーを口に運んだ。その優雅な手つきをローアは蛙のような眼でじっと見ていた。
「嘘…? どうして…?」
「だって、もし言ってたらずっと小言を言ってせっついていたでしょう?」
そう言ってエルダは口元をナプキンで拭いて微笑んだ。ローアはその笑顔を見て「またか」と思って少し泣いた。
シェイルは「この肉美味いなあ!」と思って目を輝かせて、ローアに感謝していた。
***
つまり、全てはエルダのせいである。しかし、そのツケはなぜか本人ではなくローアとシェイルが払う羽目になっていた。ローアは世の中の理不尽さを痛感して苦虫を嚙み潰したような表情でシェイルの隣に立っていた。
「閃いたわ。私の従弟とかエルダ様の甥とかそういうことにすればいいのよ。名案だわ」
「…安直過ぎでは?」
「うるさいわね。じゃあ、アンタなんかいいアイデアあるの?」
「正直に言う。……のはダメだよな、やっぱり、ウン」
シェイルはローアの目から光がスゥッと消えるのを見て即座に自分の案を下げた。
「当たり前でしょ。絶対に面倒なことになるわ」
「そうかなあ」
「想像してみなさいよ。もし身近に伝説的にすごい人物がいたら頼っちゃうでしょ? 大騒ぎになるでしょ? そういうことよ」
「なるほどな…。…いや、ごめん、そんな経験ないからよく想像できないわ」
「…いいから正直に言うのはやめなさい」
「わかった。ローアの従弟ってことにするよ。…俺が年下なのか?」
「どっちでもいいでしょ」
ローアが呆れた顔でそう言ったとき、村長から声がかかった。
「巫女殿、全員揃ったぞ」
「わかりました。…では。こほん。…えー、皆さんおはようございます」
ローアは小さく咳ばらいをすると大声で話し始めた。まばらにローアのあいさつに返事をする声が聞こえた。
「お忙しい中来ていただいてありがとうございます。今日、お集まりいただいたのは私の従弟が村に来てくれたためです。この村で暮らしていくつもりらしいので、紹介しておこうと思いまして」
ローアがにこにこと笑って「次はお前が話す番だぞ」と言わんばかりに手を差し伸べた。シェイルは必死に笑顔を作って一歩前に進み出た。まばらな拍手が起こる。
「どうも、シェイルです。…趣味は…えー…」
シェイルは趣味はゲームと言いかけてすんでのところでとどまった。
えーと、他の趣味、他の趣味…。
…無いな。
「…特にありません。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
シェイルが話し終えると、またまばらな拍手が起こった。さっきよりも拍手してくれる数が少ない。というか、むしろ「はあ?」とでも言いたげな目をしている人が多い。…歓迎されていない空気を感じる。多分、「何で集められたんだ?」と思っている人が多いのだろう。俺もそう思う。
さすがにこのままではまずい、とローアは思ったらしく再び前に出て話し始めた。
「シェイルは事故で頭を打って大分おかしくなってしまって…。療養のためにこの村に呼んだんです。おかしなところが多々あると思いますが、どうか暖かく見守ってやってください」
ローアの言葉で納得したようにぱちぱちと拍手の音が少し大きくなった。まるで針のむしろの上にいたような気分だったシェイルも少しほっとした。
でも大分おかしくなった、は言い過ぎだと思う。
***
昼食後、シェイルは「平和なスローライフが始まるのかあ」と鶏のエサやりをローアから教わっていると、教会入り口のベルが鳴るのが聞こえた。
「来客だわ。エサのやり方はわかったわね? はいこれ。一人で続けてて」
「えっ、あっ、うん」
ローアにエサの入った袋を渡され、シェイルはなんとかエサやりを頑張ろうとしたが、無残にも鶏に突かれて自分がエサにされかけた。
ボロボロになって鶏小屋を出ると、顔色を悪くしたローアが戻ってきた。
「ご苦労様。…エサ袋は?」
「取られた。要件は何だったんだ?」
「……まあいいわ。子供が一人、お昼ご飯なのに帰らないらしいのよ。こっちに来てないかって」
「えっ? 大丈夫なのか、それ。ひょっとして、こういうのってよくあるのか?」
「たまにね。大体は夢中で遊んでた子供が遠くまで行ってしまう、とかそういうのよ。ああ、でも…」
「でも?」
「靴が落ちてたらしいわね」
「…それは変じゃないか?」
「そうね」
「…ローアなら、魔法で探せないのか? なんかけっこう万能な感じ出してるじゃん」
「万能…? そんな都合のいい魔法、覚えてないわよ」
「そっか、じゃあエルダに頼んでみるか」
「ダメよ!」
「…? えっ、ダメなのか…?」
「…エルダ様はこういった村の問題に私たち教会の人間が首を突っ込んではいけないとおっしゃっていたのよ。絶対に聞いてくれないわ」
「そっか…。それなら仕方ないな…」
「そうね」
「地道に探すしかないのか…」
「そうね…。ん?」
そう言うとシェイルは村の方に下りて行こうとした。ローアはそれを見て慌てて止める。
「ちょ、ちょっと、何してんの?」
「え、何って何が? 村はあっちだろ?」
「…もしかして探しに行こうとしてる?」
「ああ…、え? 行かないのか?」
「話…、聞いてた?」
「聞いてたよ。エルダにこういうのはやめろって言われてるだけだろ? それがどうかした?」
ローアは思わず額に手を当てて考え込んだ。エルダに止められているというのもあるが、そもそも祝祭の準備はまだ全然終わっていない。鶏の世話なんてしているが、それは必ずしなきゃならないからであって、(少し現実逃避気味だと自覚はあるが)別にさぼっているわけじゃない。わざわざ迷子の子供を探しに行くなんて…。
しかし、シェイルは「何してるんだ?早く探しに行こう!」とでも言いたげな顔をしている。「行かない」という選択がそもそも無いらしい。しかもローアが付いてくると信じて疑っていない様子だ。いい迷惑だ…。
「はあ…。どうやって探すのか考えたの?」
「え? いや、だから地道に…」
「そんなの他の人たちがやってくれてるわよ。どうせやるならちゃんと頭使って探しましょう」
さっさと探して終わらせないと、シェイルは「まだ探す」とか言いかねないな、とローアは思った。
「人を探すなら、最後に見かけた人に話を聞くとか、足跡を追うとか、あとは匂いを追う、かな…。うーんでも、どれもわからないな…」
「匂いね…。それなら何とかなるかもしれないわ」
「ホントか!?」
シェイルはローアの一言でぱあっと顔を輝かせた。ローアはシェイルの顔を見て「はー…」と深々とため息をついた。
「なに?」
「なんでもないわ。…ちょっと待ってて。取ってくる物があるから」
そう言うとローアは教会の中に入っていき、小さなリュックを持って戻ってきた。その時に入口のブブとボボに「エルダ様には買い物に行ったと言っておいて」と言い含める。
さらに裏の倉庫にも行って戻ってきた。
二人は村へと続く坂を下りて行く。
「それで? どんな魔法を使うんだ? 何を思いついたんだよ?」
「私はね、火と水と風と土、それと治癒の魔法が使えるの。あとは…動物をちょっと従えるような魔法ね」
「ふーん…。それでどうやって子供を探すんだ?」
「ふふん! それはね―――」
「ああ、そうか! 動物を使って探すのか」
シェイルが先に言うとローアは急に頬を膨らませた。眉間にしわを寄せてシェイルをにらみつける。
「…そうよ!」
「なんで急に怒ってるんだよ」
「うるさいわね。ちょっといい気になった自分がバカみたいじゃない」
「もしかして間接的に俺のことバカにしてる?」
「…ふん。まあいいわ」
「…いや、よくないけど?」
ローアはずんずんと進んでいき、村を通り過ぎて、麓へと降りて行った。シェイルは明らかに村から離れていくローアを「妙だな」とは思ったが黙ってついて言った。
山を降りていき、しばらくすると深い森の近くまで来た。どうやらローアはここが目的地だったようだ。森の前で足を止めた。
「あなたにやってほしいことがあるの。動物を捕まえて欲しいのよ」
「は?」
「動物を捕まえて欲しいのよ」
「いや、聞こえなかったわけじゃない」
「そう。できる?」
「できないな」
シェイルはうっそうとした森を見た。なんとも恐ろしい雰囲気だ。いかにも怖い動物が出てきそうな気配がする…。
「そう。なら仕方ないわね」
ローアはローブから小瓶を取り出した。そして小瓶の中身をシェイルにかけた。シェイルが着ているローブにもろにかかり、何やら強烈な匂いを放っている。
「うわっ、くせえ! なっ、なんだよ、コレ!?」
シェイルがローアに文句を言うと、ローアから鼻声で返事が返ってきた。彼女は鼻をつまみながら話していた。
「獣を寄せる薬。ずいぶん前にエルダ様が村人に頼まれて作ったものの残りよ。これなら捕まえやすいでしょ?」
「…。獣って、けっこうでかいのとかもいるんじゃないのか? そんなの俺には対処できないぞ」
「あら。私、こう見えても結構強いのよ。魔法で攻撃できるし、回復魔法も使えるから、怪我しても問題ないわ。だからさあ、前に出なさい」
「くそぉ……。仕方ねえなぁ…。子供のためなら仕方ねえ…」
なんだかんだボヤきつつもシェイルは、暗く、虫や鳥、動物の音があちこちから聞こえてくる森の中に入っていった。




