第66話 友達
「さて……、そもそも君たち全員、トリビューラとの戦争に参加するつもりなの?」
聖都まで戻って来たところでキュアリスはシェイル達にそう言った。
赤くなった太陽が地平線をまたごうとしている。
門は日が沈むと閉まるから、あと十分もすれば閉まるだろう。
「俺は参加する。もちろん。アドルモルタ守らないといけないし」
「私も参加します」
「俺もだ。姉上が魔王とゲームとは言え、正面切って戦うのだ。俺も部外者でいたくない」
「……君たちは?」
キュアリスは返事をしなかったココとノイアに言った。
「強い動機がないなら参加しないことを勧める。
正直、全員守り切る自信はないからね。別に犬死したいわけでもないでしょう?」
「ココは……」
ココは最後まで言わずにローアとシェイルの顔を見た。
ローアは表情を変えずに言った。
「自分で決めなさい。今回は私も命令は無しよ」
「……わかった」
「それで? どうするの?」
「……わからない。考えてもいいか?」
「いいよ。でもできるだけ早くね。
……君は?」
「えっと、私は……」
「……。
二人とも、悩むくらいならやめておいた方がいい。
さっきまでのダンジョンとはわけが違う。私ですら命がけの戦いになる。
守り切れる自信が無いというのは誇張でもなんでもない。
トリビューラは私も戦ったことが無い魔王だ。
勝率が読めない。生存率も。生きて帰れる保証はない。
シェイル、ローア、フェリクス。君たちにももう一度言っておく。
本当にやるんだね?」
「俺は―――」
シェイルが口を開きかけたところで、キュアリスはそれを制するように手を上げた。
「待って。一日時間を空けましょう。
この場で決めるとノリとかテンションとか流されて決めちゃうでしょ?
だから、返事は明日。闘技場で聞くわ」
***
「……シェイルさん、少しお話いいですか?」
「え? いいけど……」
キュアリスと別れた後、シェイルがローアとココと一緒に宿に帰ろうとしていると、ノイアに呼び止められた。
「何の話?」
「ちょっと……。あ、ローアさん。シェイルさんを少しお借りしますね」
「……ええ、いいわよ」
ローアはどこかぎこちなく返事をした。
買い物でも行きたかったのだろうか?
「荷物持てなくて悪いな」
「何の話? 夕飯までには帰って来なさいね」
「わかったよ。……俺は子供か?」
「え? 子供でしょう?」
ローアに聞こえないようにぼやいたら、ノイアに普通に返されてしまった。
無意識な分、ただの煽りよりずっとダメージが大きい。
シェイルは少し気分を害してつっけんどんに言った。
「で? 話って何?」
「その、キュアリスさんのお話についてです。
シェイルさんにご相談したくて……」
「相談か……。でもなんで俺?」
「ドットさんのお弟子さんですし、それに……」
「それに?」
「一番話しやすいですから」
「ふ、ふーん」
シェイルはノイアの言葉で非常に気分が良くなった。
よくなりすぎて、自分でも『単純な奴だなあ』という心の声が聞こえたくらいだ。
そのせいで、ちょっと冷静になってしまった。
冷静に考えると、うちの仲間の中でまともに相談できるのはシェイルとローアしかいないのだ。
ココはあまり物を考えるタイプではないし、フェリクスも基本的には根性で物事を解決しようとする。
前者は会話のできない原始人だし、後者は会話ができる原始人だ。
相談にはならない。
でもローアに相談しなかったのはなぜだろう?
「どうしてローアに相談しないんだ?」
「そんなの畏れ多いです!!」
畏れ多いと来たか。神様かな?
そう言えば、ノイアはローアのファンだっけ。
ダンジョンの中ではローアを抱えて走ってたような気がしたけど、どういう心境だったんだろう。
ひょっとして人知れず心の中ではしゃいでいたのだろうか?
シェイルは脳内でくだらない妄想が始まりそうなことに気づいて、振り払うように首を振った。
「シェイルさん?」
「それで? 相談したいことって?」
「それが……。うまく考えがまとまっていないんです。少し歩いてもいいですか?」
***
二週間前の闘技場で、シェイルとローアはフェネラとフェリクスを相手に戦った。
その戦いのあとで、ドットはずっと探していた少女ノイアに会えた。
ドットがノイアに伝えた彼女の父親の伝言がどういったものだったのかは誰も聞いていない。ドットがシェイル達を追い払ったからだ。
それから何を思ったのか、ノイアはシェイル達に同行し始めた。
ちなみにフェリクスはドットに弟子入りしたものの、たらい回し的にシェイルと同じくキュアリスの下で修行することになった。
それでみんな一緒にダンジョンに潜る羽目になったという訳だ。
見るからに鈍くさそうなノイアだったが、意外にも一番パワーがあった。
フェリクスはシェイルよりも力がある。
けれどフェリクスが持てないような重い岩を、ノイアは軽々持ち上げて投げることすらできる。
ノイアいわく、ドットの仲間だった彼女の父親が亜人で、ノイアは人間とのハーフらしい。怪力なのはそのせいだとか。
シェイルとノイアは小さな公園にやってきた。
その公園は川沿いにあり、いくつかのベンチは川の方を向いておかれていた。
二人はそのうちの一つに腰掛けた。
「私の父は冬鬼人という亜人でした。特徴は怪力、白い肌。それと頭に角が生えていることです。
私も実は角が生えています。ここに」
ノイアはお団子にしている髪をなでている。
恥ずかしそうに口を少しゆがめた。
「この角のせいで嫌な目にたくさんあってきました。
この辺りの人間の子供にとって亜人は珍しいですから」
「へ、へえ……。大変だったな」
シェイルは言うべき言葉が見つからなかったのであいまいに返事をした。
「父のことはよく覚えていません。
いい思い出がほとんど無いんです。
小さいときに肩車してもらった思い出くらいしか……。
父は出稼ぎで冒険者をしていて、旅に出たきり何年も戻らない人でした。
……てっきり私たちのことを忘れてしまったのかと思っていました。
まさか死んでいたなんて、思いもしませんでした。
……。
角が生えているのは父のせいだと思って恨んだ時期もありました。
好きじゃなかったんです。私は、父のことが。
がさつで、乱暴で、大酒のみで、偉そうで……。
でも、肩車してくれたのも父だったんです。
それを、ドットさんと話していて実感したんです」
「……伝言は、どういう内容だったの?」
シェイルがそう言うと、ノイアは黙ってシェイルの顔を見つめた。
シェイルは自分の言ったことに気づいて、慌てて手を振った。
「あっ、ごめん! 好奇心じゃあ、いや、好奇心か……」
「大丈夫ですよ。
……父からのメッセージは、愛している、です」
「良い、メッセージだね」
「そうですか? ありきたりだと思います。
乱暴で気難しかった父にしては可愛らしい単純さです……。
でも実は一番嬉しかったのはメッセージそのものじゃないんです」
「どういうこと?」
「ドットさんがそのありきたりのメッセージを伝えるために何年も私を探してくれたこと、それが嬉しかったんです。
最後の言葉をそれほど大切にしてくれる友達が、父にいたってことでしょう?
父は最後に一人じゃなかった。それが心の底から実感できました」
「そうだね。きっといい仲間だったんだろうね」
それだけに、彼らは無念だっただろう。
騙し打ちで全滅させられたのだから……。
事の顛末をドットから聞いたことのあるシェイルは、暗い想像をした。
ノイアは少し気分が沈んだシェイルをよそに星を見ながら話している。
「私もそんな友達が欲しくなったんです。
ドットさんと父のように、死んでもお互いの約束を果たそうとするような……。
だから、身近で一番仲間になってくれそうなあなた達に一緒に行きたいと言ったんです。
何も聞かずに私を受け入れてくれて、本当に感謝しています。
でも私は……、私は、身勝手なんです。
ただただ、自分のためだけに皆さんと仲間になりたかったんです。
だから……もしシェイルさんがダメだって言うなら、私はここで抜けます」
「つまり……、俺にいてもいいか確認したいってことだよね?」
「はい、そうです」
シェイルは深呼吸をした。
冷たい空気を吸って頭を冷やして、自分の考えを整理した。
しばらくしてシェイルは言った。
「ノイア、俺が聞きたいことは一つだけだ」
「はい」
「死ぬのは怖くないの?」
「え? あ、ああ、そうですよね。怖いです。怖いですけれど……。
今は皆さんに嫌われることも怖いです」
ノイアはそう言うと指を組みなおした。
シェイルは彼女の指が小さく震えていることに気づいた。
「私にはずっと友達ができませんでした。故郷でも、聖都でも。
なのに、それが急に四人もお友達ができて……。
すごくうれしかったんです。初めてでした。
どれだけ私が足を引っ張っても、どれだけ鈍くさくても本気で怒られなかった。
だから……、嫌われるのが怖くて……。
皆さんに嫌われるなら、自分はどれだけ汚い人間なんだろう、と……。
シェイルさん? 笑ってますか?」
「く、くくく……。ご、ごめん。笑ってない、笑ってないよ。くくくくく……」
「わ、笑ってるじゃないですか!?」
シェイルは非難するように手をぶんぶんと振るノイアを尻目にこみあげる笑いを抑えようとした。
「ひどいです……」
「ごめんって。
ええと、鈍くさくても怒られなかったから俺達と一緒にいたいって言っているように聞こえたから、それがおかしくて……」
「え……? 私、そんなこと言ってましたか?」
「うん。言ってたよ」
「私、最低ですね……。やっぱり―――」
「待って。待ってほしい。
えーと……、上手く言えないけど、まず、ノイアは俺達といてもいいよ。
いたいなら、いればいい。それだけ。
俺が心配なのは……、トリビューラとの戦闘が怖いのに、抜け出す勇気が出ないんじゃないかってことなんだけど……」
「怖いですが……、皆さんやローアさんと一緒にいたい方が勝ってます」
「そう……。なんていうか、魔王も形無しだな……。
なら、いいんだ。大体、気にし過ぎだよ。
ノイアは自分を勝手な奴だって言ったけど、そんなの、ほとんど全員そうだよ」
「えっ? そうなんですか?」
「そうだよ。俺が魔剣を手放したくないって突っぱねたから、こんなことになってるわけだし。
ローアも頑固だし、フェリクスはもう完璧に我が道を行くタイプでしょ?
ココもミケルマのことで頭がいっぱいだ。
ほら、誰も仲間を第一に考えてる奴なんかいないよ」
「そ、そうなんですね……」
ノイアは少々ショックを受けたようだった。
まずい、いきなり真実を突き付けるのはまずかったか、とシェイルは焦った。
「でも、皆いい奴ではあるね。
思うに……、第一は仲間じゃなくていいんだ。
ただ、余ってる方の手を仲間に差し出す心づもりさえあれば十分なんだよ」
「そうなんですか?」
「どうかな。嘘かもね」
「……今、手を引っ込めませんでしたか?」
「それがわかるなら、やっていけるよ」
シェイルは笑って立ち上がると、ノイアに手を差し出した。
「ようこそ、俺達のパーティーへ。よければもう少し仲間でいてよ」
***
「おはよう、みんな。決心はついた?
……それじゃあ、返事を聞かせて」
翌朝、闘技場にシェイル、ローア、フェリクス、ココ、ノイア、そしてキュアリスがそろっていた。
キュアリスは
「俺はやる。魔王と戦う。アドルモルタは渡さない。命がけでも構わない」
「私もやるわ。エルダ様の仇を討つ」
「答えは変わらない。姉上がいる戦場に俺も立つ」
「ココも参加する。ドミナトス様とミケルマ様もきっと来る。ミケルマ様に会うために、ココも行く」
「私も行きます。皆さんの役に立つため、に!」
ノイアの宣言は妙に力が入っていて、少し浮いてしまった。
全員がノイアを見た。
「な、なんですか……?」
「ノイアよ、貴様、殊勝なことを言うじゃないか。あっぱれだ」
「は、はあ……」
「ココの役に立つ……? なら、一緒にミケルマ様を探そう。今から行こう!」
「えっ! それはちょっと……」
「俺頼りないらしいから、頼りにさせてもらうな」
「は、はい!」
「ちょっといい……?」
「はい、なんでしょう、ローアさん」
ノイアは手招きしているローアに近づいた。
ローアはノイアの耳元を手で覆うと、囁くように言った。
「ウチは門限が決まってるから、シェイルをあんまり遅くまで連れまわさないでね……!」
「ひぃっ……! ご、ごごごごめんなさい、ローアさん!
そんなつもりはなかったんです! シェイルさんに手を出したりなんて……」
「なっ、何言ってんのよ!」
シェイル達のわちゃわちゃした会話を見て、キュアリスは『年を取ったなあ』と思った。




