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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第3章 約束・聖都・石腕
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第63話 終着

 シェイルがごわごわした服の着心地に慣れず、カカシのように歩いて闘技場の中央に行くと、またフェネラが紅茶を飲んでいた。

 それを見てローアは盛大にため息を漏らした。


「本っ当に紅茶ジャンキーなのね」

「あなた方がおしゃべりに夢中だったようですから。一息入れさせてもらったわ」

「それで? ルイーズは?

 どうして止めてくれなかったのよ?

 ……いないの?」

「いないわね。場内には」

「どこにいるのよ」

「あそこ」


 フェネラが紅茶をすすりながら、手袋をはめた手で観客席を指した。

 ルイーズはそこにいた。

 頭を不自然に傾け、目を閉じている。つまり、眠っていた。


「けしからん。全くけしからん。審判が眠ってどうするか!」


 フェリクスが語気を荒げて怒りをあらわにしたが、ローアとシェイルは何も言わなかった。


 ルイーズの右隣(こちら側から見て右側)にはノイアが座っている。

 非常に緊張した様子でシェイル達を凝視している。時折、右側をチラチラとみている。

 その右隣にはココが座っている。彼女は眠っていた。

 頭を右に傾け、なんとなく猫を連想させる安心しきった表情を浮かべている。


 そして、そのさらに右にはミケルマが座っていた。

 隷属の勇者、魔王ドミナトスの仲間であり、ココの敬愛する主人。

 ほんの一週間か二週間前にローア達を人質に取った奴だ。


 そいつは右腕にココの頭を乗せながら、こちらに左手を振った。

 しかし、顔は仏頂面のままだ。


「どういうつもりだ」


 シェイル達は声の届く距離まで近づくとミケルマに言った。


「ドミナトスはどこにいる?」

「ここにはいない。今は忙しいからな」

「忙しい? 何かするつもりなのか?」

「何の話だ?」

「とぼけるな。一か月後のトリビューラとのゲームの話だ。

 場を荒らすつもりじゃないだろうな」

「荒れて困るのか?」


 ミケルマは大げさに肩をすくめて見せた。


「さっきの炎は中々良かったがな、小僧。トリビューラは……魔王は甘くない。

 あんな炎、屁でもないぞ。

 これがお前の実力だと言うなら、あれと戦うなど絵空事もいいところだ。戦いにすらならん」

「あら、そもそも私がゲームで勝てばよいことではなくて?」


 フェネラがクッキーをほおばりながら口をはさんだ。


「あら、渋い顔をなさるのね。部外者の発言はお嫌いかしら?」

「私は初対面の人間が苦手でね。ゲームで勝つ自信があるのか?

 何百年も生きている存在を相手に?」

「ふふ、愚かな質問だわ。ギャンブルはなさらないの?」

「残念ながら、文無しなのでね」

「へえ、ドミナトスは無給で部下を働かせてるんだな」

「口を慎め、小僧。私が勝手に奉仕しているだけだ」

「……なんか俺にだけ当たり強くない?」

「アンタが変なこと言うのが悪いのよ」


 ローアは一歩前に出るとドミナトスを指さした。


「で? 何しに来たの? ただ見物に来たわけじゃないでしょう?」

「そう邪見にするな。見物に来たんだ。半分は、な」

「もう半分は?」

「ココが私を呼んだからだ」


 ミケルマは寝ているココの頭をそっとなでた。

 表情は変わらず仏頂面のままだ。


「まあ、実際のところずっと呼ばれてはいたのだが……。

 今日の呼び出しは普段よりもずっと強かった。

 身の危険を感じさせるほどにな。それで慌ててきたわけだ」

「大したことなくて幻滅したとでも言いたいわけ?」

「まさか」


 ミケルマはずっと眠っているココの頭をなでている。

 髪をすくようになでながらもう一度言った。


「まさか」

「……連れて帰るの?」

「いや……」

「置いて行くの? その子はずっとあなたを探していたのに?」

「……お前はどうして欲しいんだ。おかしな質問の仕方をするな」

「おかしな質問? おかしいのはあなたでしょう。

 どうして連れて帰ってあげないのよ」

「私は、我々の……私とドミナトス様が行く道がイバラで覆われていることを知っている。

 私は構わない。あの人が行くなら私も行く。

 しかし……」


 ミケルマは魔法で枕を作ると、そっとココの頭とひじ掛けの間に差しこんだ。

 ミケルマが腕をひいてもココは起きなかった。

 ミケルマがそっと立ち上がり、ココから離れるように右側へ歩き出す。


「ココは私が拾った。拾わなければ死ぬ命だった。

 拾って育てた。後悔はない。考えたことも無い。

 ただ、ココにはこの道を歩いて欲しくない」

「勝手だわ。無責任よ」

「知っている。だが……、それがどうした?

 私がお前たちやココに嫌われるだけだ。

 ココも時間が経てば私を忘れる。それでいい。

 ずっと一緒にいる方が問題なのだ」


 ミケルマはローア達に背中を向けて観客席の階段を上っていく。


「待ちなさい。どこへ行くの?」

「じきに夜が明ける。そろそろ厄介なお目付け役も戻るだろう。

 私は帰る。

 ……ココを頼む」

「あっ、待ちなさい!」


 ミケルマはローアの静止を無視して闘技場の壁を飛び越えて外へ逃げて行った。

 子供だけが残った闘技場の中でローアの舌打ちの音が響いた。



 ***



 ルイーズとドットはしばらくすると目を覚ました。

 ちなみにドットはルイーズたちからずいぶん離れた位置にいた。

 酒瓶が足元に何本も転がり、観客席をいくつも占領して横になっている。

 明らかにミケルマとは関係なく酔いつぶれて眠っていた。


 自然に目を覚ますことはないだろうということで、ルイーズを含めた全員一致で氷水をぶっかけて起こすことにした。

 よい子は真似をしないように。


 氷水を浴びたドットは目を丸くして飛び起きた。

 それを見てシェイル達はゲラゲラと笑った。

 が、笑い声が癪に障ったらしく、シェイルとフェリクスは拳骨を食らった。

 口から泡を吹きそうになった。


「まさか、そんな……。

 またやられるとは……」

「ふん、気にすることねえだろ。奇襲は仕方ねえ。誰も怪我しなかったしな」

「それで済む問題じゃないだろ……」


 ルイーズはミケルマに奇襲を受けて眠らされていたと知ってショックを受けたようで、露骨にへこんでいた。

 ドットは氷水のせいで機嫌が悪くなっているせいか、言動が適当になっている。


「まあ……いい。今ここで話すことではないか……。

 それで、勝敗はどうなったんだ? どちらが勝った?」

「引き分けです」


 ローアは手を水平に動かして見せた。


「決着はつきませんでした」

「おい、ちょっと待て。だったら報酬はどうなる?」

「フェリクスはドットの弟子になって、ココとノイアは解放です」

「げえ……。まじかよ」

「先生よろしくお願いします!」

「ああ、うん……」


 フェリクスの元気いっぱいのあいさつにドットはげんなりした様子でうなずいた。

 その後ろでノイアは手を合わせてホッとしたようににこにこと笑っていた。


「良かったあ……。奴隷なんて絶対に無理でしたから……」

「へえ、意外とプライド高いの?」

「いえ、きっと毎日へまをして山ほど借金をこさえてしまうでしょうから……」

「は、ははは……」


 ノイアの自虐発言にシェイルは苦笑いするしかなかった。

 自分も思い当たる節が多々あるだけに余計笑えない。


「ははは……」

「……」

「……」


 そして渇いた笑いがおさまると、地獄のような沈黙がやってきた。

 二人とも何も言わないまま、時間が過ぎていく。


 と、シェイルは誰かに肩をバシバシと叩かれた。

 振り返るとキュアリスが眠そうな表情で立っていた。


「やあ。どうしてこんなところにいるの?」

「えっと……、まあ色々あって……」


 ドットがシクアイール姉弟を連れてきたこと。

 その姉弟と勝負する羽目になったこと。

 暴走してしまったこと。


 三つの理由が頭の中でごちゃごちゃになったので、シェイルは説明するのをやめた。

 大体、暴走したなんて口が裂けてもいいたくない。

 また頭に何かを叩きこまれそうだ。具体的には拳とか。


 シェイルは話を逸らすことにした。


「あー……、ええっと、キュアリスこそどこに行ってたんだ?

 最近見なかったけど」

「私、こう見えて勇者だからね。いつでも仕事は山積みなの。

 言うこと聞かない魔物とか魔術師とかをとっちめてきたのよ。徹夜でね。

 だからすごく眠いわ」


 そう言うとキュアリスは大口を開けてあくびをした。

 シェイルが彼女の口の中を見ていたことに気づくとキュアリスは少し顔を赤くして眉をひそめた。


「レディの口の中をのぞくなんて、礼儀がなってないわね。ローアちゃんにいいつけるわよ?」

「やめてください」


 シェイルはそう言った後、ふとミケルマの去り際の一言を思い出した。

『厄介なお目付け役』というのはキュアリスのことだったのか?


「さっき、ここにミケルマがいたんだけど……」

「ん? あの腰巾着が? ここにいた?」


 キュアリスは真面目な顔をすると、闘技場を見渡した。

 そして、ミケルマがいた辺りを睨むと、次の瞬間にはそこにジャンプした。

 さらにもう一度ジャンプしてミケルマが飛び越えた闘技場の壁に上って外を眺めた。

 しかし、彼女はそれ以上は追わずに戻ってきた。


「痕跡は残ってないね。ドミナトスが来たのかしら」

「前にここはエリスの加護があるから、のぞき見はできないって言ってなかった?」

「加護じゃなくて結界ね。

 曇りガラスの窓を閉めていたとしても、開けて中に入られたら意味ないでしょ?

 同じことよ。直接来られたらダメなの」

「もっとダメじゃん! 侵入されてるってことでしょ!?」

「そうだけど……。そんなに慌てる必要ないよ?

 せいぜい家の中に野犬が一匹忍び込んだ程度の問題だし……」

「大問題でしょうが!」


 シェイルの言葉にキュアリスは片方の眉を吊り上げた。


「そう? ひねりつぶせばいいだけの話じゃないの?」

「野犬を……?」

「うん」


 急にスプラッターな話になってきた。

 キュアリスが言うとちょっとした冗談や言い回しでもスプラッターにされてしまう気がする。


「えーと……、でも家の中がめちゃめちゃになっちゃうでしょ?」

「それが問題?」

「だから問題だって……。聖都の中の人が死んじゃうってことでしょ?」

「だから、それが問題なのか、って言ってるのよ」

「え……?」


 あなたは勇者じゃないのか、という言葉をシェイルは飲み込んだ。

 もし言ったら殺されるかもしれないと思ってしまった。

 それくらいキュアリスの目は冷たかった。


「別にそんなこと、エリス様は気にしてないわよ。私もね。

 エリス様が気にしてるのは家そのものだと思うな」

「家そのもの?」

「そう。本人じゃないから断言はできないけど」

「意味がわからないんだけど……」

「そのうち嫌でもわかるわ。ま、それまでこの疑問を覚えていられるかは君次第だけれど」

「???」


 シェイルは頭の中が『?』だらけになった。

 今の会話の意味がまるで理解できなくなった。

 犬の下りまでは理解できていたと思うけど……。


「ああ、そうそう。シェイルの師匠さん!」


 キュアリスは手を上げてドットに呼びかけた。

 ドットは胡乱な目つきでキュアリスをにらんだ。

 酔って焦点が定まっていない。


「エリス様から伝言。

『今日の闘技場があなたの数年間の終着点だよ』

 だってさ。確かに伝えたからね」

「……。……はぁ?」


 ドットはエリス様からの伝言、と聞いて酒を飲む手を止めて何やら考えていたが、すぐに顔を思い切りしかめて見せた。

 どうやら酔って頭が回らないらしい。


 ちなみに今の会話を聞いていたシェイルにも理解はできなかった。

 素面しらふだったが。


「なんで……。なんでそんなまわりくでえ言い方ァしやがるんだぁ?」

「さあ。趣味じゃないの?」

「趣味……。趣味ィ……?」


 ドットはぶつぶつとキュアリスの言ったことを繰り返した。


「そういうのを~趣味が悪いってぇ、言うんだ!」

「あはは! 私もそう思う!」

「お前も同類だろうが!」

「え? そう? そう思われてるなら心外ね……」


 今度はキュアリスがぶつぶつとつぶやく番だった。


「実は答えも聞いてるから知ってるの。教えましょうか?」

「さっさと言え!」

「じゃあ……。ノイア、君のフルネームは?」

「えっ?」


 キュアリスに急に声をかけられたノイアは驚いたように声を上げた。

 彼女はずっと黙ってこの会話を聞いていた。


「なんですか? フルネーム? 私の……ですか?」

「そう、君の。君の名前を聞かせて」

「……わかりました」


 ノイアはこの会話を聞いていたほとんどの人間と同じく、一切事態を飲み込めていないようだったが、名前を言うために息を吸い込んだ。


「ノイア・ララ・トゥルード……です」

「……」


 ドットは彼女の名前の意味を理解できたらしく、珍しく真面目な顔つきになった。

 ドットはふらつく足で彼女に近づいた。


「俺は……、その……。

 ……。シェイル、すまないが、水を出してくれないか。

 顔を洗いたい。酔いを覚ましたい」


 シェイルが景気よく水を垂れ流しにすると、ドットはそこで顔を洗った。

 顔を振り、あごひげを絞って水を切った。


「あー……。君の父親から伝言を頼まれている。

 ……。

 なあお前たち、悪いが二人きりにしてくれないか?」


 ドットはシェイル達を振り返ると顔をしかめて言った。

 気を利かせろ、と顔に書いてあった。

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