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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第3章 約束・聖都・石腕
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第62話 決着

 フェリクスはホッとして、一瞬動きを止めてしまった。

 次の瞬間、右腕の切断面が爆発した。


 正確には大量の炎が切断面から噴き出した。

 その勢いでフェリクスは後ろへ飛ばされる。

 すぐに起き上がるが、もうすでにシェイルは腕を振り切った後だった。


 フェリクスの頭上を凄まじい熱量を帯びた炎が通り過ぎていく。

 闘技場の空を斜めに二つに両断していく。

 フェリクスは目を見開いて炎の行き先を振り返った。


 フェネラはローアとの戦闘でできた丘の上に立っている。

 扇を開き、口元を隠して立っている。

 そうして迫りくる炎をただじっと見つめている。


「逃げてください、姉上ぇえええ!!!」

「静かにしなさい、フェリクス。気が散るわ」

「は、はい!」


 フェリクスはその言葉に安心したが、炎はそのままフェネラのいた場所で弾けた。

 正確に言えば、ちょうど立っていた位置まで進んだところで炎は燃やすべき対象を見つけ、膨らみ、焼き尽くして消えた。そう見えた。

 炎が見えなくなるが、そこに立っていたフェネラの姿はない。


「あ、姉上……?」


 フェリクスは愕然としてよろけた。

 無意識に姉の元へ駆け寄ろうとする足を止め、シェイルに向き直った。

 姉は無事だ。無事に決まっている。


 ……仮に無事ではなかったとして、それこそ駆け付けるべきじゃない。

 シェイルを止めなければ今度こそ姉は息の根を止められてしまう。

 今、向かうべきはシェイルだ。姉ではない。


「おのれ、ゴミクズが……!

 よくも姉上に手を上げたな……! 貴様はこの手で八つ裂きにしてやる!」


 上手く力が入らない足をどうにか動かしてフェリクスはシェイルへと近づいていく。

 魔剣を低く構え、しっかりとシェイルを睨みつけながら。

 不安な心を踏み潰すような足取りで。


 シェイルの右腕に目をやる。

 炎に包まれているが、ちゃんと生えているように見える。

 治癒したのか、それとも炎を伸ばして腕があるように見せているだけなのか、判断がつかない。


 隙があれば斬ろう、とフェリクスは決めた。

 効くかどうかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。

 また爆発じみた炎が噴き出すかもしれないが、一瞬だが時間差があった。

 ヒットアンドアウェイに徹すれば避けるのは難しくないはずだ。


 シェイルが両腕を大きく振り上げる。

 腕の角度から地面を水平に薙ぐような攻撃が来る、とフェリクスは予感した。

 残り数歩の距離を一気に詰める。

 あと二歩のところでジャンプし、シェイルの頭上を飛び越えた。

 鎧が焼けるほど熱い。

 シェイルの背後に着地し、再び右腕を切り落とす。

 後ろにジャンプして距離を取る。

 やはり切断面から炎が吹き出すが、距離を取っていたので今度はほぼ無傷だ。


 これならいける、と左腕を切り落としにかかった。

 こちらは今にも振りかねない。

 次の標的はローアだろうか?


 左腕を斬ることのできる間合いに入った。

 その最後の一歩は奇妙な感触だった。

 ぬかるみに踏み込んだような。

 薄氷を踏みぬいたような。

 何かが決定的に違う。

 ……そうだ。温度が違う。


 罠だ。

 次の標的は俺だった。


 シェイルの左腕の炎は目の前で暴力的な大きさに膨れ上がった。

 フェリクスは、一瞬の後に破裂することがわかっているそれ(・・)から目を離すことができなかった。

 自分の死を前に進むことも逃げることもできなかった。

 炎が目の前で弾ける瞬間、思わず目をつぶる。


 衝撃、轟音。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……生きている?

 恐る恐る目を開けると、地形が少し変化していた。

 フェリクスが先ほどまでいた場所、シェイルの左側は大きくえぐれている。

 それだけではなかった。

 そこから、フェリクスが今いる場所まで下り坂になっていた。

 この坂はさっきまでなかった。

 つまり……。


「姉上!? 姉上ですか!?」

「フェリクス! 油断しない! 今のは危なかったですよ!」

「姉上ええええ!!」

「ダメね、こりゃ」


 フェリクスは姉の元へと駆け付けて号泣したい衝動を必死で抑え、目と鼻から体液を垂れ流しながら剣を構えた。


 フェリクスを助けたのはフェネラだ。

 遠くから土魔法でフェリクスの前に壁を作り爆発の勢いを殺し、地形も坂にして少しでも遠くに運んだのだ。


「見ていてください、姉上! 今から奴を八つ裂きにしてやりましょう!」

「その必要は無いわ、フェリクス。今すぐそこから離れなさい」

「え? しかしまだ……」

「離れなさい! 巻き込まれるわよ!」


 珍しく語気を荒げた姉の声にフェリクスはしぶしぶ距離を取った。

 時折シェイルの方を振り返り、追ってこないことを確認しながら。


 近くに誰もいなくなり、シェイルは誰かを探すようにゆっくりと辺りを見回した。

 やがて何かを見つけたのか、一点を見つめるようになった。


 夜の闇に紛れて何かが来る。

 それは最初、赤黒い蛇のように見えた。

 群れを成した巨大な蛇。耳障りな摩擦音を立てながらもんどりうち、のたうち回りながら近づいてくる。


「心をなくし、首輪を引きちぎった哀れな奴隷に慈悲の鎖を授けよう。

 |あなたを縛る千のいばら《アムクィテアリガ》」


 ローアの声が遠くから響いてくる。


 フェリクスは目の前の光景にぞっとした。

 それは最早耐えるとか耐えられないの次元の攻撃ではなかった。

 もしも姉の忠告を聞いて距離を取らなければ命は無かっただろう。


 赤黒い蛇の群れはあっという間にシェイルを飲み込んだ。

 そのまま数十メートル行きすぎたところでようやく蛇の群れは停止した。


 フェリクスは恐る恐る蛇の群れに近づいた。

 手で触れられる距離まで近づいてみれば、それは蛇ではなかった。

 材質は植物と石の中間のようなものだ。

 形状は巨大な植物のツル、と言っていい。

 ところどころにバラの棘のような大きな凹凸がある。


「こんなのが出せるならさっさと出せばよかったんじゃないのか……?」

「ふん。よくわかってるじゃない。その通りよ。

 さっさと出せれば苦労しないわよね」


 フェリクスのつぶやきは向こうからやってきたローアに鼻で笑われた。


「シェイルの大量の魔力を吸収して、練り上げて、ちょっと好みを加えてアレンジしないといけないの。時間かかるんだから」

「待て! 最後のはなんだ! 脚色はいらんだろう!」

「男が細かいこと気にするんじゃないわよ」

「貴様……!」


 ローアは歯ぎしりして悔しがるフェリクスに一切興味を示すことなく、停止したバラのツルに近づいた。

 ツルに手を触れ、耳をつけて中の音を聞いている。


「まだ暴れてるわね。本当に人外じみた魔力量だわ……」

「冗談もたいがいにしろ。生きているわけがないだろう!

 大体、パートナーであるはずの貴様がなぜここまでの攻撃をしたのだ!」

「あら。パートナーだからこそよ。

 せっかくの晴れ舞台を退場させなくちゃならないなら、できるだけ派手に退場させてあげたいじゃない?」

「な……、何を言っているんだ、貴様?」

「そんなにおかしなことを言っているかしら?」

「奇怪も奇怪だ!」

「そんなものかしら。

 でもあなた達だって十分奇っ怪だと思うわ。

 こんな所で紅茶を飲んでたの、覚えてるわよ」

「あれは姉上の趣味だ! 俺の好みではない!」

「早く抜け出せるといいわね。

 ……ああ、終わったわ」


 ローアはツルから耳を離し、何歩か後ろに下がると、軽く右手を振った。

 それに合わせて目の前のツルがするすると動く。

 すると、ツルの壁の奥から水がごぼごぼと溢れだしてきた。

 水はローアのくるぶしを、少し離れているフェリクスはつま先を濡らした。

 少し温かい。水というよりもぬるま湯だった。

 ツルが解けるにしたがってその量は増えていく。


 流れる水とほどけていくツルの動きに気を取られているうちに、気づけばツルの群れはどこかへ消えていた。

 地中へ潜ったのか、小さくなったのか、煙のように消えたのかフェリクスにはわからなかったが、ともかくきれいさっぱりなくなっていた。

 そして、その中心にシェイルがいた。


 生まれたままの姿で丸まって眠っている。

 濡れていることもあって、本当に赤子のようだ。

 血まみれではないことと、可愛くはない大きさであること以外は、だが。


「おい、裸だぞ。……なぜ脱がせた?」

「燃えたのよ! 私が脱がすわけないでしょうが!?」

「冗談だ」

「だったらもっと冗談らしく言いなさい!!」

「それにしても驚いた。まさか本当に生きているとは。

 いや、原型を留めているとは……」


 シェイルの胸はちゃんと動いていた。息をしている。

 切り落としたはずの両腕も生えていた。

 全身燃えていたのにもかかわらず、火傷も無い。

 あごに少し痕があるだけだが、これは戦闘前からあったはずだ。

 この戦闘でシェイルが負った傷は全て回復している。


「おい、どういうわけだ、これは?」

「何が?」

「俺はこいつの両腕を切り落としたはずだ。なぜ生えている。

 火傷も無い。無傷だ」

「……腕を斬ったの? ……そう。

 今あるってことは、治癒魔法で治したんでしょ。それ以外無いじゃない。

 何が疑問なのよ?」

「このような……、このようなことがあるのか?

 治癒魔法を使う奴は見たことがあるが、ここまでの物は見たことが無い。

 俺が斬ったのが……まるで嘘だったようではないか」

「そうね。私もここまでの力があるとは思ってなかったわ。

 魔力はあるけど、魔導力は無いと思ってた。間違っていたようね」

「そうか。

 ところで……、お前は一体何をしているんだ?」


 シェイルからおおよそ二メートルの距離を開け、シェイルを横目で見つつ、円を描くようにぐるぐると歩き回っていたローアは、フェリクスに問われて立ち止まった。


「……なに?」

「いや、聞いているのは俺だ。お前は一体全体、何をしているんだ?」

「……別に、なにも」

「……。人の趣味をとやかく言いたくは無いのだが……。本人が寝ている隙にそういうことをするのはどうかと思うぞ。他人の裸をそんなジロジロと……」

「なにもしてないって言ってんじゃん!」

「……」

「そんな目で見るな!」


 ローアがフェリクスに唾を飛ばして言ったとき、シェイルが目を覚ました。

 それに気づいてローアは反射的に後ろに飛びのいた。

 シェイルはそれを見て眉をひそめた。


「……なにしてるんだ、ローア?

 ん……、なんか身体が重いな……」

「お、おはよう! 何もしてないわよ!」

「……なんか変だぞ?」

「変じゃないわよ!」


 顔を真っ赤にして後ずさっていくローアの横を、フェリクスが無表情で通り過ぎた。

 倒れたままのシェイルのすぐ近くに立つと、兜を脱いで地面に音を立てておいた。

 フェリクスは無言で鎧を脱いでいく。

 シェイルはいぶかしげにそれを見ていた。


「……おい、泥! なんか着るものを出してやれ!」

「ああ、そ、そうね」


 ローアは指を鳴らすと、服のようなものを空中に出現させた。

 それを手に取って顔をしかめて『硬いわね』と言った後、投げた。

 服はシェイルの顔面に当たった。


「もっと丁重に扱ってくれないか?」

「いいから着なさい」

「なんで俺、裸なんだ?」

「あの女が服を剥いだからだ」

「剥いでないわよ! あんた! ぶっ殺すわよ!」

「冗談だよ、怖えなあ」


 シェイルが服を着ている間、フェリクスはそばに立っていた。

 服は白一色のシャツとズボンだった。

 服はかなり硬かった。紙を何重にも束ねたように重く、硬い。

 おまけに手触りもごわごわしていた。

 いいところは無い。裸よりはマシ……?という感想をシェイルは抱いた。


「……やるな、貴様」


 シェイルが着替え終わると、フェリクスがボソリと言った。

 振り返ると、フェリクスは明後日の方向を向いていたので、自分が話しかけられたのだとわからなかった。

 シェイルが困惑して黙っていると、フェリクスは苦虫を嚙み潰したような顔でシェイルをにらんだ。


「返事くらいしたらどうだ。火だるま」

「……俺ですか?」

「お前以外に誰がいる」

「その……、俺、やけっぱちになって、その……。悪いことしたなあって、思ってて……」

「ふん。確かにあそこまで追い詰められてから反撃など、悪手もいいところだ。

 俺が本当に敵だったら、お前はあそこで死んでいる」

「そうですよね……」

「だが、火だるまのお前は強かった。感服に値する」

「……えっ?」


 シェイルは一瞬、言われた意味がわからなかった。

 その間抜けな表情を見て、フェリクスはますます眉間のしわを深くした。


「俺では、貴様を止められなかった。

 俺の攻撃は意に介さず、お前の攻撃は圧倒的だった。

 おまけに終わってみれば傷は全て治っている。

 認めざるを得ない。俺はお前にかなわなかった」

「でも―――」

「くどい。お前が認めなくとも、俺は認めねばならんのだ。素直に俺の賞賛を受け取れ」

「えーと、じゃあ……。ど、どうも……」

「前言を撤回したくなってきたぞ」


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