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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第3章 約束・聖都・石腕
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第61話 炎上

ボロボロになった巨大なハサミが落ちている。

棘のある巨大なムチがバラバラになって散らばっている。

地面は棘を逆立て、焼け焦げ、凍りついている。


ローアとフェネラは最初に立っていた場所から一歩も動かずに勝負を続けていた。

周囲の地形は試合が始まってからまだ数分しか経過していないにもかかわらず、下手な油絵のように荒れ果てていた。


途中からローアにもフェネラにもお互いしか見えていなかった。

互いのパートナーに注意を払うような余裕はなかった。

一手指しては返され、一手指されては返す。そして息を整える。


「……ねえ、ちょっとお茶にしない?

向こうは盛り上がってるようだし」

「……賛成」


フェネラの誘いにローアは乗った。

フェネラは指を鳴らしてテーブルを出現させた。

疲れているせいか、テーブルは少し傾き、クロスはやや柄が単調になっていた。


「ああ、外れだわ……。まあ、平民のあなたとお茶する分にはちょうどいいでしょう?」

「私、平民じゃないのだけれど?」

「あらそうだったの。お家はどちら?」

「ミストリカ」


フェネラはポットから茶を注ぎながら質問し、ローアが憮然として答えた。


「実家がお嫌いなようね。聞いたことが無い家名だわ。

無名なところが嫌いなのかしら?」

「このお茶まずいわよ?

嫌いなのは否定しないけど、あなたには言いたくないわ。

私は無名より有名な方が嫌いね。色々と不自由そうで。あなたはどう?」

「平民の味に慣れ過ぎたあなたにこの味がわからないだけでしょう?

私が不自由に見えるかしら? あなたこそ不自由ではなくて?」

「……どういう意味?」


ローアがガチャッと音を立ててカップを置いた。

フェネラは口の端を少し釣り上げた。


「出来の悪い放浪者に首輪をつけておいて、いつのまにか自分が振り回されてるなんて、傑作だと思わない?

まるで三流の喜劇だわ」

「あらそう。……。振り回されてる……、そうかもね。

その通り、傑作だわ。案外楽しいものよ。振り回されるのもね。

私一人じゃ、ここまで踊れなかったわ」

「……ふん」


フェネラは思ったよりもローアがつまらない反応を示したので不機嫌そうに鼻を鳴らし、お茶をすすった。

ローアもカップを手に取ったが、手元を狂わせてお茶をこぼしてしまった。

テーブルクロスにシミが広がっていく。


「あらあら、なんてこと……。全く行儀がなってない―――」

「ああああああ!?」

「ぅごほっ!?」


フェネラが舌打ちをしながら紅茶をすすろうとしたとき、ローアが突然叫び声を上げたので、フェネラはむせてしまった。

ローアはカップをガンと乱暴にテーブルに置くと立ち上がり、シェイル達の方を見た。


「あんの、バカ!」

「……なんなのよ、全く。またやるの?」

「お茶会は終わり。勝負もね。悪いけど、手伝ってくれない?

うちのパートナーがやらかしたわ」

「何したのよ?」

「これからするのよ」



***



違う。

根本的に違う。

全てが間違っていた。


手足をビクともしないほど抑え込まれ、喉元に剣を突き付けられてようやくシェイルは理解した。

目の前の彼は、このフェリクスという貴族の子息は自分よりもずっと強いのだと。


わかっていなかった。わかったつもりになっていただけだ。

剣術でははるかに上だが、魔法の腕はからきしだと聞いていた。

だからという訳ではないが、どこか侮った気持ちがあった。

弱点があるなら勝てると思っていた。

甘かった。

何も通用しなかった。何も。何も。

フェリクスは歩き出してから一度も進行を止めなかった。

ずっと、ずっと強い。

はるかに遠い場所にいる。


……そもそも最初から敵う相手じゃなかったのか?


それは、違う。それも違う。

今こうして剣を突きつけられているのは実力差だ。

全力を出さなかったわけじゃない。

全力は出した。それでこうなった。

ただ、何かが足りなかった。何か……。

俺に足りていないものだ。ずっと足りていないもの。


フェリクスは決して勝てない相手ではないはずだ。

だって、ドットやキュアリスに感じるような圧力が無い。

絶対に勝てない、という絶望的なまでの差は感じない。

手を伸ばせばどうにか届きそうな差だけだ。

遠いけれど、まだ道のりが想像できる。

見上げるほどの高さじゃない。


……そうだ。まだ負けてない。

まだ一つ手がある。


「さあ、さっさと降参しろ。時間が惜しい」

「やだね」

「……バカも大概にしろ。次は無いぞ。喉笛を切る。

いかに治癒魔法があるとはいえ―――」

「悪いけど」


シェイルは冷や汗を流しながら口元をにやりと歪めて見せた。

シェイルの周りの温度が急に上がっていく。


「ここからは先は泥仕合だ」

「……?」


シェイルの身体にボッと火がついた。

油でもまいてあったかのように勢いよく炎上する。

フェリクスはいきなり燃え上がったシェイルから距離を取った。

困惑に眉をひそめつつ、少しずつ後ろに下がる。


「な、なんだ? どうしたというのか?」

「ははははは! 熱い! 熱い!! ははははは!」

「本当にどうしたんだ!?」


シェイルは答えない。

炎の爆ぜる音に紛れて意思の無い笑い声を出すばかりだ。

立ち上がり、ゆらゆらと近づいてくる。

ごうごうと熱気をまき散らしながら近づいてくる。


「ひひ、ひひひひひ、ははははは……」

「……気を違えたか?」


フェリクスは素早くしゃがみ、魔剣を構えるとシェイルの足元を斬った。

炎で足はよく見えなかったが、確かに手ごたえがあった。

切断はしていないが、骨まで達する傷を負わせた。

これ以上は歩けるはずもない。


……しかし、シェイルは数秒足を止めただけで再び動き出した。

しかも炎は勢いを増している。

さらに、攻撃をしかけてきた。


「くっ」


シェイルはただ腕を振り回しているだけだ。

それで身体にまとわりついた炎を飛ばしている。

炎は十歩先までまるで鞭のように飛んで伸びた。


シェイルは高笑いをしながらぶんぶんと腕を振り回し、炎をまき散らした。

フェリクスは距離を取って炎をかわし、炎を斬って、シェイルの攻撃をしのいだ。

熱気がどんどん強くなる。

フェリクスは少しずつ間合いを遠くしなければならなくなっていく。

しかし、シェイルの炎はこちらまで届いてくる。


フェリクスは不愉快そうに顔をしかめ、深く息を吸い込むと思い切り叫んだ。


「姉上ぇ!! お手すきか!! 姉上ぇ!!!」

「そんなに叫ばなくてもいいわよ、もう近くにいるから」

「おお! 姉上ぇ!!」

「うるさっ。叫ばないでちょうだい!」

「ああ、これは失敬。あの平民は倒したのですか―――っているじゃないですか!」

「どうも」


フェリクスはフェネラとローアと合流し、シェイルから距離を取って話し始めた。


「どういうわけです、姉上? なぜその平民と一緒なのです?」

「疲れたから休戦してるの。

で? あれは何? どういうことなの?」


フェネラは炎上しながら炎をまき散らしているシェイルを指さして言った。


「誰か説明してちょうだい」

「追い詰めたら、燃え出したのだ!

燃えてからは比べ物にならないほど強くなっている!

なんなんだ、あいつは!」

「奥の手よ。

炎上の痛みで理性のタガを外して、魔導力の限界を無理矢理ぶち破ってるの。

まあ、火事場の馬鹿力みたいなものね」

「限度があるだろう!」

「燃えてるのに死なないのはなぜかしら?」

「最近、常にヒールを自分にかけるようにしていたから……、炎で受けるダメージを和らげてるんだと思う。

でも、炎のダメージよりも回復量は少ないはずだからきっといずれ死んでしまう。

だから二人に手を貸してほしいの」

「どうして俺たちに頼る? ルイーズに手伝ってもらえばいいだろう。勝負は終わりだ」

「いないのよ」

「は?」

「ルイーズがいないの。どこかに行ったみたい。急用かしら」

「意外といい加減だな。

……まあいい、俺達で何とかするしかないから手助けを求めていると。

要するに、俺達の勝ちということだな?」

「いいえ? どうしてそうなるの?」

「え?」

「は?」


<!-- ローアの命令で止められないのか? -->


ローアが不思議そうに問い返すとフェリクスとフェネラは唖然として口を開いた。


「なぜって……。あなたが言ったんでしょう。手を貸してほしいって。

当然、勝負は私達の勝ちになるでしょう!」

「いいえ? だって、あなた達だって今のシェイルに勝てないでしょう?」

「そう言う話じゃない―――」

「じゃあ、勝てるの? 君、シェイルに勝てるの?」


ローアはフェリクスの鼻先に指を突き付けた。

フェリクスはぐっと言葉につまり、一歩後ろに下がった。


「それは……、難しいが……」

「無理よね? あなたに勝つ手段は無いわ。

逃げ続けることしかできないでしょ?」

「……それは、そうだが……」

「勝てないわね?」

「……」

「ちょっと、ウチの弟をあんまりいじめないでちょうだい。

まあいいわ。

そこまで言うなら引き分けにしましょう」

「条件は?」


ローアの質問にフェネラは肩をすくめた。


「あの子たちは解放して、フェリクスはドットの弟子になる。

文句ないでしょ?」

「もう一つ。私たちのことを平民平民と言うのはやめて。不愉快だわ」

「まあいいでしょう。

それじゃあ、さっさとあいつを大人しくさせて、帰って紅茶を飲みましょう」

「飲み過ぎよ」

「飲み過ぎです、姉上」

「生きがいなのよ。ギャンブルと一緒」

「数年後、大酒飲みになりそうね」


ローアは身近な大酒飲みを思い浮かべて口をへの字に曲げた。



***



「作戦はこうよ。

まずアンタたち姉弟がシェイルの目の前で気を引きなさい。

遠くから魔法でシェイルの炎を消すから」

「なんで私たちなのよ。あんたのパートナーでしょ? あんたが体張りなさいよ」

「私、近接は弱いのよ。

あんたが近くで気を引いて、あんたが魔法でガードすればいいわ」


ローアはフェリクスとフェネラを交互に指さした。


「ちょっと待ちなさい」

「なによ?」

「あんた、あんたってあんたこそ、呼び方が不愉快だわ」

「じゃあ……、フェネラ……。いや、あんたは紅茶ジャンキーね」

「はあ!? なんで―――」

「弟は……。アンタ、好物は?」

「肉だ!」

「牛肉?」

「ああ、牛肉は好きだ!」

「あんたはビーフね」

「いいだろう。お前のことは何と呼べばいい」

「そうね、私のことは、高貴なる魔女とでも呼びなさい」

「いいだろう。高貴なる―――」

「却下。あんたの呼び名は私が決めるわ。

……(マッド)よ。あんたは(マッド)。汚泥の魔女にふさわしいでしょう?」

「なんでそっちなのよ! せめてバラの方にしてよ!」

「あんたばっかりずるいのよ! 泥魔女!」

「おーい、二人とも」

「「なによ!」」

「あの平民……じゃない。燃えてるやつが近づいて来ているぞ」


「じゃあ! 作戦通りにやるのよ!」

「泥! ちゃんとトドメ刺すのよ! 失敗したら許さないから!」

「ジャンキーもちゃんと役目果たしてよね」

「誰に言ってんのよ!」


フェネラは歯ぎしりしながら、距離を取るローアを見送った。

フェリクスはため息をついて剣をしまった。


「姉上、防御は任せます」

「誰に言っているのかしら、フェリクス?」


フェリクスが近づくとシェイルはまた腕を振り回し始めた。

避ける分には問題ない距離を保つ。


「おい、火だるま野郎! いい加減にしろ! もう決着はついている!

引き分けだ! もう止まれ!」

「……」


返事はない。

動きに変化もない。

ただ、反射的にフェリクスに攻撃を仕掛けてくるだけだ。


「ちぇっ、バカみたいだな……。

あれが、兄弟子になるのか……。忌々しい」


シェイルの火力はさっきよりも上がっている。

ずっと燃え続けていたから、タガがどんどん外れて言っているのだろう。

攻撃そのものは単調だが、熱量と攻撃範囲はずっと増している。


「……」


炎の斬撃が腕や足をかすめていく。

熱い。もはや痛みにも似た熱が周囲を渦巻いている。

鎧を着ているせいでまるで蒸し風呂のようだ。

直撃すればかなりまずい。

一撃で溶けるようなことはないが、熱で気絶するかもしれない。


フェリクスが熱さに参っていると、辺り一帯に雨が降り始めた。

気温がどんどん下がっていく。

見れば氷柱が生えている場所もあった。

隙を見て振り返るとフェネラが扇を振って魔法を繰り出していた。


「これで少しはマシかしら、フェリクス?」

「ありがとうございます! 姉上!」


これで囮がやりやすくなったと思った矢先、シェイルが動きを止めた。

立ち止まり、明後日の方向を見ている。


いや、フェリクスの斜め後ろにいるフェネラを見ていた。


フェリクスがそれに気づいた瞬間、シェイルは腕を後ろに大きく振りかぶった。

腕にこれまでよりも大きな炎がまとわりついていく。


「貴様! 待て! 貴様の相手は俺だろうが!

この卑怯者が! 俺を無視するな!」


フェリクスはシェイルに詰め寄り、振りかぶった右腕を切り落とした。

右腕は重力に従い、燃えながら地面に落ちた。

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