第59話 姉弟
「今日は惜しかったわね。
イワモドキモドキの攻撃を防げるようになればもう少し進めそうよね」
「あの物量は反則だろ……。まるで石の雨だ。
いっそ盾を作ろうかな。手に持つやつ。
障壁を宙に浮かせるのって、便利だからだろ。絶対じゃないよな?」
「そうね。それもアリね」
「あと、シモハヤシだけど地面から生えてくる氷柱は―――」
シェイルとローアが、今日のダンジョンの攻略について話しながら聖都の街道を宿へ向かって歩いていく。
日は沈みかけていて、街灯がぽつぽつとつき始めていた。
「そう言えば、ココは今日も不参加だったな。どこ行ってるんだろう?」
「朝起きたらいなかったわね。
たぶん、ダンジョンがまだ余裕だからぶらぶらしてるんでしょうけど……。
今日は寝る前に命令しておこうかしらね……!」
ローアはサボり気味のココにお怒りの御様子だった。
『別にいいんだけどね!』と言いながらも、頬を膨らませている。
ローアは普段大人びているので年相応のかわいらしい反応を見せるのは珍しい。
シェイルはそれをほほえましい気持ちで眺めていた。
宿の部屋に戻り、扉を開けると誰かが一人立っていた。
逆光でよく見えないが男のようだ。
シェイルとローアは驚いて目を見開いた。
男は、カーテンの閉まった窓から差す夕日を背にして立っており、黒いシルエットを見せている。
シェイルは魔法で棍棒を作ると一歩中に踏み込んだ。
「誰だ!」
「俺だ、シェイル」
シルエットから聞きなれた声が返ってきた。
その声を聞くと、条件反射的に酒の匂いをかいだ気がしてくる。
シュッとマッチを擦る音がして、ランプが灯り、ニヤニヤと笑うヒゲ面の男の顔が現れた。
「ドット! おかえり!」
「おう、二人とも元気だったか」
「おかえりなさい。早かったですね」
「ああ、行きは馬を飛ばして、帰りはフェネラ嬢に車輪を飛ばしてもらった」
「あー、なるほど」
「車輪って?」
シェイルは耳慣れない単語が出てきたので聞き返した。
ドットは指でくるりと輪っかを描いてみせた。
「魔動車輪つって、要するに魔法で動く馬車だ。
バカみたいに魔力を消費するが、それだけ速い」
「へええ、車みたいなのがあるんだね」
「クルマ?
……まあいいか。二人とも、少しいいか?
お疲れのとこ悪いんだが、来て欲しい」
「どこに? 明日じゃダメなの?」
「ココが帰ってからでもいいですか? まだ戻ってないので……」
「ココは戻らない」
ドットの言葉にシェイルとローアは眉をひそめた。
「どういう意味?」
「文字通りの意味だ。ココは今、捕まっている」
「捕まってる……!? 誰に?」
「落ち着けよ。聖騎士だ。ルイーズに手を回してもらった」
立ち上がったシェイルにドットは手で座れと合図した。
シェイルは訳が分からないまま、すとんと座り直した。
「どういうことですか? 最初から説明してください」
「……俺はシクアイール卿の屋敷に行った。百ノ駒のプレイヤーを勧誘しに行ったんだ。知ってるな?」
「知ってる」
「はい」
「令嬢のフェネラ・シクアイールは魔術師としての腕もピカイチだが、ギャンブルの腕も立つんだ。
お忍びでちょくちょく聖都で遊んでは荒稼ぎしてる。
俺が知ってる限りじゃあ、あいつが一番修羅場に強い」
「有名な人なの? だったら教会から声がかかりそうなもんだけど」
「教会に目を付けられないように細心の注意を払ってるからな。抜け目ねえんだ、あのガキ」
「で、それがどうココにつながるんだよ」
「焦るな。
でだ、フェネラ嬢は意外と乗り気だった。
魔王と対戦できる機会なんざ早々ねえからな。
問題は報酬の話になった時に起きた。弟が来たんだ」
「何が問題なんですか?」
「あいつは魔術の腕はからっきしなんだが、その代わりに剣術をかじっててな。
中途半端に強い。で、俺のことも知らないわけじゃない。
前から弟子にしてくれってしつこくてな。そのときに来るもんだから最悪だったぜ。
姉が助け舟を出したんだ。報酬として弟を弟子にしてくれってな」
「それでどうしたの?」
「断ったにきまってんだろ。弟子は一人で十分だ」
そうこともなげに断言したドットを見てシェイルは罪悪感を覚えた。
今はキュアリスがおしかけ師匠みたいなものだからだ。
他に弟子を取らなかったドットに対して、他に師匠を得てしまったことが後ろめたかった。
「それは……ごめん」
「なんで謝んだよ?」
「後で話すよ」
「? おっと、日が暮れてるな。長くなりそうだ。歩きながら話そうぜ。いいだろ?」
シェイルとローアがうなずくと、ドットはランプを持って立ち上がった。
「お姫様を助けに行く、ってやつだな」
***
「ふん、勇者の弟子になったのか。いいじゃねえか、なんでそんなツラしてんだ?」
外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。
買い物や談笑していた人の影もめっきりと少なくなり、皆家路を急いでいる。
シェイル達のようにランプを持って歩く人々もちらほらいるが、仕事が終わっていないか、これから飲み屋に繰り出すかのどちらかのようだった。
「だって、その、俺ドットの弟子じゃん? なのにキュアリスの弟子……みたいなのになっちゃって、その、申し訳ないなって」
「はっ。気にすんなそんなもん。俺も肩の荷が半分になって楽になるってもんだ」
「それでも……ごめん」
「あーあー、いいっつってんだろ。
続きを話そう。どこまで話したか……」
「報酬として弟を弟子にするようにフェネラ嬢がもちかけた、っていうところです」
「そうだった。俺は断った。
すると向こうは食い下がってな。俺はついうっかり、他に弟子がいるから無理だって言っちまった」
「え!? 俺のこと!?」
「そーだ。お前だ。不肖の弟子だ」
「ひでえ! 誰が不肖だよ!」
「意味わかってんのか?」
「知らない!」
「……。
フェリクスの奴、地団駄踏んで怒ってな。
んで、まあ色々あってお前がフェリクスと試合して勝ったら弟子入りを断れる。
お前が負けたらあいつも弟子になる、って話になっちまった」
「なんでだよ!」
「俺も疲れてたしなあ。交渉上手なフェネラと話してると頭がグルグルしてきちまって……」
ドットは頭の横で指をくるくると回し、肩をすくめた。
「つい、な?」
「ついじゃないよ! 勝手に人の試合組むなよ!」
「そんなの、勝てばいいじゃない」
「そうだ! よく言ったローア! そう、勝て! 勝ちゃあいいんだ!」
「はああああ~……。他人事だと思って……」
「あら。他人の不幸ほど美味しいものはないでしょ?」
「性格悪いな!」
「おほほほほ! なんとでもおっしゃい! おほほほほ!」
「他人事? ローアは他人事じゃないぞ」
「おほほほほ……。え、どういうことですか?」
「お前も出るんだよ。試合」
「ええ!? なんで!?」
「めっちゃ大声出すじゃん。耳が痛い……」
シェイルがぶつくさ文句を言うと、ローアはシェイルの耳をつまみ、
『ごめんねええ!!! これならどうかしら!!!???』と大声で叫んだ。
シェイルは悶絶した。
「なんでですか!? なんで私が?」
「姉も面白がって試合に参加したがったから、タッグ戦になった。
お前がパートナーとして出ろ」
「ドットさんが出ればいいじゃないですか!」
「それはダメだってよ。まあ勝っちまうしな。
あと、お前の名前もポロっと漏らしたんだが―――」
「漏らさないでくださいよ!」
「向こうさん、お前のこと知ってたよ。俄然やる気になってた」
「はああああ~……。なんで私まで……」
「ローア! 一緒に頑張ろう! 仲間だろ!」
「うるさい! 耳元で大声出すんじゃないわよ!」
***
「遅かったですね」
ドットに連れられて行った先は闘技場だった。
勇者キュアリスと戦った場所だ。
その闘技場のど真ん中に彼女たちはいた。
闘技場の真ん中に円形のテーブルを出し、月明かりの下で優雅に紅茶を飲んでいる。茶菓子もある。
座っているのは貴族らしい豪華なドレスを着た少女と、鎧に身を包んだ少年だった。少年は兜を上げて顔を見せている。
少女は扇を片手に常に口元を隠している。目はほぼ閉じている。見えているのだろうか? 油断ならないものを感じる。
少年は逆に目をこれでもかとばかりに見開いている。眉は太く、吊り上がっている。極めて意志の強そうな顔立ちだ。
二人とも俺達と同じくらいの年か年上だろうとシェイルは予想した。
話の流れからして、二人がフェネラとフェリクスの姉弟だろう。
そしてその傍にルイーズが手を後ろに組んで立っていた。
さらにその奥に鉄製の檻が置かれていて、ココとノイアが中に入っていた。
「どこから突っ込んでいいかわからないけど……、なんで紅茶飲んでるの?」
「あら、お前は平民の癖に無礼ね。それに愚かだわ。
私たちが紅茶が好きだからに決まっているでしょう?」
「俺はそうでもないぞ、姉上。紅茶は好かん」
「あらそうだったの。知らなかったわ。昔、好きだと言わなかったかしら?」
「それは罰ゲームのペナルティだろう! 忘れたのか!」
「そうだったかしら……」
「道理で変だと思った。礼を言う、平民ども。これで俺は日課のお茶会から解放されるであろう」
「あら、そんなことは一言も言っていないわよ。お前が紅茶が好きになるまでお茶会は続けましょう」
「なんということだ!
どうすればいい……。お前たちからも何か言ってやってくれないか!」
「知らないよ」
「知らないですね」
「むむむ……、なんと横柄な連中だ。平民のくせに……。
まあいい。許そう。今日はドット殿への弟子入りが叶う記念すべき日だ。
多少の無礼など気にもならん」
「無礼だって思ってるなら、気にしてるんじゃん」
「うるさいぞ、平民」
フェリクスは兜をガシャンと下げた。顔が隠れて表情が見えなくなった。
ドットの方を向いて言う。
「ドット殿、さっさと始めよう。もう説明は済んだだろう?」
「済んでいるが、一応最後に確認しよう」
「ええい、まどろこしい。俺がやる!
お前たちが勝てばあの牢の平民どもは返してやる!
負ければドット殿が俺の師となり、奴らはシクアイール家の使用人となる!」
「オーケーわかった。ドットと牢の平民を賭けて……って。
ココとノイアを賭けるの!? 聞いてないよ、ドット!?」
「あー、言ってなかったか?」
「ココは私の奴隷なんですよ!?」
「それはそれでどうかと思う発言だな」
「茶化さないでよ」
「何度も言うが、勝てばいい。お前なら勝てる。と言うか、勝ってくれ。頼む」
「ドットの弟子云々はどうでもいいけど、ココとノイアが使用人になるのは見過ごせないなあ」
「主人たる私を差し置いて話が進んでいるのが気に食わないわ。こてんぱんにするわよ、シェイル」
「ああ!」
「威勢がいい連中だ! 戦い甲斐がありそうじゃないか。なあ、姉上!」
「そうね。確かに声は大きいわ。だけど―――」
フェネラは紅茶のカップをテーブルに置いて立ち上がった。
フッと音もなく、テーブルや椅子の一式が消える。
「威勢なんて実力差の前には何の意味も無いのよ」




