第57話 共有
とりあえず俺が防御魔法を習得するまでダンジョンには行かないことにした。
行っても俺が入口でやられるだけだからだ。
ホネカブリは致命的な敵ではないけれど、噛まれるとめちゃくちゃ痛い。
縄張りを刺激すると襲ってくるので、どのみちやられてしまう。
防御できるようになるまで行くのはゴメンこうむりたかった。
それまでは街の外で修行することにした。
ココと一緒に走ると倒れるというのがわかったので、一人で走ることにしたのだが、それだと今までと変わりない。
ココに待ってくれるように何度か言ったが、結局はしびれを切らして先に行ってしまう。
ココの日課を妨げるのも申し訳ないので、諦めることにした。どうしようもないし。
まあ、スピードがつくのは間違いないだろうと続けてはいるが、猛スピードで走れるようになるのは当分先だろう。
防御の修業は思ったよりも簡単だったが楽ではなかった。
まず、土魔法でできるだけ硬いものを作らされた。
ローアいわく、防御魔法の準備とのこと。
防御魔法で作る障壁とは空中に作った頑丈で透明な壁のことらしい。
だからまずは頑丈な壁を作ることが大事なのだそう。
これは二時間ほど石の壁を作り続けていたらお許しが出た。
問題は空中に壁を作る段階だった。
これが難しい。
ローアのお手本を見て、イメージで真似てみるが全然上手くいかなかった。
障壁についてもう少し細かく説明しよう。
例えば、ローアに正面から棒か何かを叩きつけようとして、ローアが障壁を展開したとしよう。
その場合、棒を阻むようにドーム状の透明なガラスのようなものが作られる。
厚みは十センチくらいだろうか。
触っても冷たくはない。ガラスというよりも石に近い感じがする。
透明な石だ。頑丈で、砕けない。
そして障壁は完全に宙に浮いている。
というよりも、空間に固定されているという方が正しい。
しばらくの間、びくともせずに空中にとどまっている。
しかし、十秒ほどでフッと消えてしまう。
それがローアの言う『障壁』だ。
ただし、これはかなり完成された代物らしく、ここまでは目指さなくてもいいとのこと。
そりゃそうだ。透明な石を作るまではともかく、空中で静止したり時間が来ると自動的に消えるなんてとてもじゃないが真似できるとは思えない。絶対に無理だ。
ちなみに形状や、質感、どこに出現するか、消えるのかどうか、消え方、などなど。
様々な部分が魔術師によって異なるらしい。
形状はたいていの場合は障壁は球体の一部のドーム状か、壁のような直方体になるそうだ。それがイメージしやすい単純な形だからだ。
質感は結構ばらつくらしい。一番多いのはガラスのような質感らしい。見た目に引っ張られるためだろう。ついで、石、鉄、木、その他と続くそうだ。
その他って何だと思ったら、動物の毛皮とかがあるらしい。
もふもふした盾ってアリなんだろうか。
疲れたときに作ってモフモフするのはアリかもしれないな……。
話がそれた。
防御の修行がつらい、という話だ。
空中に壁を作るというのが難しい。
要するに敵の攻撃を阻めばいいわけだ。
なら、透明であることや、質感、形状、浮くこと、消えることについては忘れていい。
大事なのはイメージだ。
ローアの障壁を見たことで『魔法でここまで実現できる』という明確なイメージを持つことができた。
俺にだってローアの障壁の足元に届くくらいのものは作れるはずだ。
そう思ってがんばり、どうにか太陽が真上に上がる頃には空中に石の板を浮かばせることができるようになった。
というか、手から板が出せるようになった、と言う方が近い。
手から石の板を斜め上に射出し、ほんの一瞬だけ空中で静止させるのが精一杯だ。
すぐに自由落下してしまう。
それでもまあ、障壁の一歩目であることには変わりない。
この板を安定して浮かせ、透明にすればローアの障壁と似たようなものになるからだ。
「へえ、思ったよりも早かったわね」
「へっへー! 俺もやるだろう!」
「そうね、見直したわ。それじゃあ……」
ローアはいつの間にか手に棒を持っていた。
パッと見、鉄パイプみたいな棒だ。
俺はそれを見てものすごく嫌な予感がした。
「……なにそれ?」
「棒よ」
「そんなことは見りゃわかるよ。何をするための棒なの?」
「アンタを叩くための棒よ」
「ごめん、聞き間違えたかも。もう一回言ってくれる?」
「アンタを叩くための棒よ」
「なんでだよ! 防御の修行じゃないのか!?」
「そうよ。だから、叩くんじゃない。
ちゃんと防げるようになるまで叩くのよ」
そう言ってローアは棒で俺の頭を殴った。
べきん、と音を立てて棒が折れる。
折れたせいか、鉄パイプほど痛くはない。それどころか全然痛くなかった。
が、なんだろう、ハリセンでぶん殴られたときのような衝撃はある。
びっくりするというか。
なるほど、これなら痛みも無く、適度なペナルティがあるっていうわけか。
それにしても乱暴な気がするけど……。
「折れちゃった。もう少し頑丈にしないとダメね」
「わざとじゃないのかよ!」
めちゃくちゃ乱暴だった。
次は絶対に防がないと駄目なんじゃないか?
俺が次の攻撃に身構えているとローアはくるりと踵を返した。
「ああ、練習してていいわよ。たまに叩きに来るから」
「安心して練習させてくれよ!」
「今まで不思議だったのよ」
「なにが?」
「ドットや、キュアリスがどうしてアンタをいじめるのか……。
効率がどうこうじゃなかったのね。
単にいじめがいがあったからなのよ」
「加害者の論理だろ! それ! そんなんがまかり通ると思ってんのか!」
「私は外道に落ちてもいいわ」
「ちくしょう! 俺、リーダーなのに!」
「アンタがリーダーでも力関係が変わると思ったら大間違いよ」
「自分に都合がよすぎないか!?」
「上等よ。ところで……」
ローアは魔法で棒を作り出した。
「口を動かしてないで練習したら?」
***
防御魔法を一時間ほど練習した後、魔導力の修業もやることになった。
ローアいわく、『飽きてきた』とのこと。
魔導力とは、魔法を扱う力の強さだ。魔力が体力で、魔導力とは筋力のようなもの。どちらも多すぎて困ることはないが、バランスよく鍛えるのが望ましい。そうでないと、多い方が宝の持ち腐れになるからだ。
俺なんかはその典型で、魔力が極端に多い。
それを活かせるための魔導力が足りない。
逆に言えば、魔導力を鍛えるだけで強くなる。
魔法はイメージで成立する。
だから漠然と座禅を組んで瞑想とかするのかなと思っていた。
しかしローアに言われたのは、またもや石を作れ、ということだった。
「土魔法でできるだけ硬い石を作りなさい。
で、今度はそれを土魔法で砕くの。
これがワンセット。これを繰り返す。それだけで魔導力が鍛えられるわ」
「ホント?」
それだけで上手くいきます、なんて怪しい広告みたいだ。
さっき魔導力は筋力とか言ったけど、そう考えると腕立て伏せだけしてたら最強になれます、みたいなことじゃないのか。
「ま、大体はね。
大きい魔力を扱うとか、複雑なものを作るとかはまた別の感覚になるけど、アンタの場合は今のところ『石砕き』で十分よ」
「ふーん。大きい魔力を扱うって俺の場合、けっこうありそうだけど何するの?」
「岩砕きよ」
「……なるほど、オーケー。だいたいわかった。そういう感じね」
「石を作る時間と石を砕く時間が同じくらいだったらいい感じよ」
石砕きを一時間続けたところでローアがまた飽き始めた。
そりゃそうだ。ローアはやることがない。
俺の修行中、ローアは基本的に何もしない。
というよりも本を読んでいることが多い。
最初は少し周りの丘を走ったりもしていたが、気づいたらやめていた。
修行内容はローテーションと言っていたので、また防御魔法の修行に戻るのかと思ったら、ローアは意外なことを言い出した。
「アンタ、治癒魔法を覚えてみない?」
「治癒魔法? なんで?」
「アンタの魔力量で治癒魔法を覚えたら、ものすごく探索が楽になるからよ。
アンタさえいればどれだけ深くまで行っても帰ってこれるってことになるじゃない?」
「そうか? そんなに単純じゃないと思うけど……」
そう反論はしたものの、アイデア自体は悪くない。
メリットしかない。
まず、回復役が増えることでパーティーの安定感が増す。
次に、俺の戦略が広がる。今までけっこう自滅的な攻撃をしてきたし、それで相手の意表を突くことができたと思っている。多分、痛みには強い方なのだろう。
もし治癒魔法を覚えれば、自分に治癒をかけながら戦うというスタイルがちゃんとしたものになる。
アドリブやいきあたりばったりではなく、ちゃんとしたパターンとして頭に入れておける。
「でも、いいな。覚えたい。覚えよう」
「あーでも、難しいからすぐに使えるようになるとは思っちゃダメよ。
ほんの少し使えるようになるまで二週間はかかるかも―――」
ローアは言いかけて口をつぐんだ。
「どうした?」
「ちょっと黙ってて。今考えてるから。何か閃きそう……」
ローアはどこか遠くを見つめたまま歩き始め、指を上下に振り始めた。
「シェイルは、奴隷じゃない? 私の」
普通に話しかけられた。
黙れ、と自分で言ったくせに……。
「違うけど?」
「三回回ってワンって言え」
「う~~~~~~~~~~~、ワン!」
「アンタは私の奴隷よね?」
「……そうだよ」
「隷属魔法でつながってるんだから、魔法の経験とかもある程度共有出来たりしないかしら……。
いや、記憶は難しいか……。送ることができてもシェイルに解読できないわね。
感覚は? これならどうにか……」
ローアは近づいてきて俺の腕をガッとつかんだ。
そして何やら呪文を唱えだした。
『感覚……共有……』とだけ聞き取ることができた。
何事かと思っていると、片方の手に棒を作って、べちんと俺の腕を叩いた。
「痛った! なにするんだよ!」
「……うまくいったわ……」
「なにが!? 俺、痛かったんだけど!?」
「そうね……」
ローアはうわの空でまた離れて行った。
……かと思うと、すぐに戻ってきて俺の頭をがしっとつかんだ。
「うわっ、今度はなんだよ!?」
「これでよし。えーと……、あ、これだと両手使えないのね。
仕方ないわね。シェイルの手でやりましょう。
右手だして」
「……?」
わけはわからないが、とにかく右手を前に出した。
すると、右手もローアにがっちりとつかまれた。
俺の頭に左手を置き、呪文をつぶやき、俺の右手をつかんだ。
なんだこれ。どういう状況だ?
「右手の力を抜いて。
左手も前に出して。火球出して。左手で」
指示が矢継ぎ早に飛んでくる。
早すぎて少し目が回りそうになったが、指示通りにした。
「よし。いくわよ」
なにが、と聞き返す暇はなかった。
ローアは火球に俺の右手を突っ込んだ!
「あっつ!! な、なにするんだよ!?」
「え? あ、ごめん。火傷するわよ」
「わかってるよ! っていうか、したよ!!」
「そうね。今から治癒するから」
ローアはそう言うとすぐに俺の右手を治癒した。
右手はみるみる治癒した。
この一か月でローアの治癒魔法は本当に上達したと思う。
いや、すぐに治ったのはいいんだが、そもそもなぜ俺の右手を火に突っ込んだ?
あと、どうして治癒魔法をかけている間、俺の顔をじっと見ているんだ?
「……なに? 顔になんかついてる?」
「どう?」
「なにが?」
「なにか感じない?」
「……痛かった……かな?」
「……? 痛かった……?」
俺とローアは顔を突き合わせてお互いにハテナマークを浮かべて見つめ合った。
数秒ほどでローアはハッとした。
「あー……、なるほどね。
私、何するか言ってなかったわね」
「言ってないよ」
「今から私が治癒魔法を使うわ。
その感覚をアンタにも共有するから、それを感じ取って。
いいわね?」
「どういうこと?」
「やればわかるわよ」
さあ手を出しなさい、とばかりにローアは先ほどと同じように俺の頭に手を乗せ、呪文をつぶやき右手を前に出した。
また火傷するのだと悟ったが、素直に従った。
右手を渡し、左手で火球を出す。
「いくわよ」
再びローアに右手を火の中に突っ込まれた。
熱さで反射的に手を引っ込める。
当然、火傷ができていた。
「治癒するわ。
いい? 火傷の痛みじゃなくて、治癒魔法を使う感覚に集中してね」
「無理だよ。痛いもん」
「この方が地道にやるより早いはずよ。いいからやりなさい」
ローアが治癒を始めた。
火傷が治癒していく。
しかし、どうにも治癒魔法を使う感覚はピンとこなかった。
痛みに紛れてしまうのだ。
「わからないな……」
「そう……。やっぱり痛みが邪魔するのかしらね。
じゃあ、交代してみましょう」
そう言うと、ローアは俺の右手をつかんで自分の頭に乗せた。
さらに、『感覚共有』とつぶやくと火球を出し、いきなり自分の手を突っ込んだ!
俺が驚くと同時に、痛みで反射的に引っ込めた。
同時に俺の右手にも火傷の痛みが走る。
「うぅ……。痛い? 感覚はちゃんと共有出来ているかしら?」
「ああ、痛い。できてるよ」
「そう。じゃ、治癒するわ」
今度はさっきよりも治癒魔法の感覚がわかりやすかった。
わかりやすいと言っても、ピンぼけの写真を見て『人が映っていた』とわかった程度のことだ。
魔法を使っているとわかった程度のことだ。
誰が映っていたのかはわからない。
それでもさっきよりも格段にわかりやすい。
続ければすぐにピントが合ってくるかもしれない。
けれど……。
やっぱりローアがケガするところなんか見たくない。
なんで、ローアはこんなに躊躇が無いんだ?
もう一度交代を提案してみよう。
「もう一回交代しよう」
「なにかつかめたの?」
「ああ、まあ……」
「なら、こっちの方が効率がよさそうね。このままでいいじゃない?」
「えーっと……。でも痛いのは嫌だろ?」
「そうね。でもアンタもそうでしょ? 痛いのは嫌いじゃないの?」
「そりゃまあ、そうだけど……。
前にも言ったと思うんだけど、ローアがケガするところなんか見たくないんだよ。
自分がケガする方がマシ」
俺がそう言うと、ローアは少し面食らったようだった。
少し頬を赤くし、思い切り顔をしかめ、唇をとがらせてみせた。
「気恥ずかしいこと言わないでよ。
……水臭いわね。痛いのくらいなによ。治癒で治せばいいじゃない。
減るもんじゃないんだから、別にいいのよ」
「……ひょっとしてまだ、負い目を感じてるんじゃないのか?」
「ふん、くだらないことを聞くのね。
減るもんじゃないって言ってるでしょ。
負い目なんてずっと感じてるわよ。忘れてないわ。
でもそれは今、関係ない。私がどうするかには影響しない。
私は……アンタの面倒を見るって決めたの!
負い目がどうこうとかは関係ない。決めたんだから!」
ローアは早口でそう言うと、顔を真っ赤にして離れて行った。
俺はどう言ってローアをなだめようか頭をフル回転させながら後を追った。




