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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第3章 約束・聖都・石腕
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第56話 月並み

 螺旋迷宮から聖都に帰り着くまで、二時間半かかった。

 聖都に到着する前に日が沈んでしまったので、最後は遠くに見える明かりを頼りに急いで戻った。

 日没後は門が閉まってしまうので、門番の人に通用口をわざわざ開けてもらった。


 宿屋に戻ったが、ルイーズはいなかった。

 元老院の人たちとまだ話しているのかと思っていたら、案の定だった。

 しばらくして使いの人が来て、『今日は帰らない。しばらくは教会にこもることになりそうだ』というメッセージが届いた。


 なんだか急に大人がいなくなってしまった。

 ドットもシクアイール卿とやらのところに行ったきりだ。

 戻るのは二週間後だっただろうか。


 ま! 大人がいない分、のびのびできるんだけど!

 一番のびのびしているのはココだった。


「なあ、シェイル、ローア! ベッドの上で飛び跳ねてもいいか!?」

「いいよ! やろうぜ!」

「ダメよ! 迷惑になるでしょ!」

「ローアもやろうぜ! 一度くらいやってみたかっただろ?」

「別にやりたくなんか……」


 もう一押しじゃないか?


「ローア。このベッドいいベッドだよな?」

「ええ、そうね。良いと思うわ。ふかふかで、スプリングも丁度良くて……」

「飛び跳ねたいと思わないか?」

「……」


 ココはすでにベッドの上に立っている。

 飛び跳ねてはいないがもうすでに上下に揺れている。


「……十回だけよ?」

「いいってよ! ココ!」

「うおおおおおー!」

「ローアも飛ぼうぜ!?」

「わ、私はいいわよ……」

「いいからいいから。ホントは飛びたいんだろ?」

「……」


 ローアの手を引っ張ってベッドの上に立たせて、三人でトランポリンのように飛び跳ねた。

 跳んでいる間、ローアは仏頂面だった。

 でもたぶん、照れているだけだろう。



 ***



「どうすればいいと思う?」

「何の話? ホネカブリ? それとも螺旋迷宮のこと?」

「両方」

「まあ、そうよね」


 食事中に俺から切り出した。

 今日は疲れたから、食べたらすぐに寝てしまうに違いない。

 というよりも、すぐに眠りたかった。


「言い出したからには何かあるんでしょ? なに?」

「やっぱ、俺弱いよな?」

「うーん……、まあ、そうねえ……。まだ、弱いわね」

「そうだ。弱いぞ」

「そんなに弱い弱い言わないでくれよ。自分で言ったことだけど……。

 鍛えたいんだ。

 まず、ココみたいに素早くなりたい。

 あと……防御魔法とかないかな。覚えたいんだけど」

「ふふん! なら、ココが教えてやろう! 明日の朝から特訓つけてやる!

 血反吐はかせてやるぞ!」

「ありがとう。お手柔らかに……」

「防御魔法ね……。それなら私が教えられるわ。

 そうね、一緒に練習しましょう。私も自信あるわけじゃないし。

 ……機動力と防御を鍛えるのね。攻撃は? 攻撃はいいの?」

「攻撃はまだいいかな。

 避けたり、防御できるようになれば今のままでも手数で押し切れそうだし」

「わかったわ。あと、私からも一つ提案」


 ローアは小さく手を上げた。


「リーダーを決めないといけないと思うの。だから―――」

「おお! ならココがや―――」

「シェイル。アンタがやりなさい」


 ローアは勢いよく立ち上がったココを無視して俺の目の前に指を突き付けた。

 ココはつまらなさそうに唇をとがらせて無言で座り直した。


「えーと……なんで俺? 俺、向いてないよ。ローアの方が―――」

「ダメよ。アンタの方が適任だわ」

「……冗談だろ?」

「本気よ」


 困った。正直、リーダーなんてやりたくない。

 っていうか、リーダーってなんだ。何をするんだ?

 ……ダンジョンでどっちに行こうとか決める奴のことか?

 やはり向いているとは思えない。

 自分で言うのもなんだけど知識もないし、決断力もない。

 どうして俺なんだ?


「……納得いってない顔ね。

 私はリーダーっていうのは、誰よりも状況を広く見渡せて、どこへ向かうのかを決める人なんだと思ってるわ」

「……」

「シェイルはまだ弱いけど、そのうち私たちの中で一番強くなる。

 魔力が誰よりも多いから。あとは努力さえ積めば誰よりも強くなる。

 その覚悟もあるようだから……。

 そうなったら、誰よりも高い視点で物事を見渡せるようになる。

 その時のために今から決断力も鍛えておいた方がいいわ」

「でも俺、判断を間違えてみんなを危険な目に遭わせるかも……」

「危険だと思ったら私は反対するわ。ココもするでしょう。

 アンタが決めるのは、誰の判断を信じるのかとか、誰それがこう言ってるけど自分はこうだと思うからこうする、とかそういうことよ。

 考えるのはみんなでやるの。決めるのがアンタってだけ。

 間違えたからって本気で責めたりはしないわよ。

 ちょっとくらいなら文句言うかもしれないけれど」

「……ものすごーく間抜けな失敗をしたら?」

「……責めないわ」

「自分の意見を押し通した上で、そうなったら?」

「……ああもう! ゴチャゴチャうるさいわねえ。いいからやりなさい!

 決定! ハイ、お終い!」


 ローアは両手をパンパンと叩いて見せた。

 議論は終了、ということらしい。

 まるきり独裁者だ。語弊があるかもしれないが、ローアの方がよほどリーダーに向いている。


 けれど、反論する文句が思い浮かばない。

 ココはどうだろう?

 彼女もあまり口喧嘩は得意ではなさそうだけど、何かいいたいことくらいあるのではないだろうか?

 最初にやりたい、と言っていたくらいだし。


 ココはというと、しかめ面で空っぽになったスープ皿を見つめていた。

 逆手に持ったスプーンで皿の真ん中をグルグルとひっかいている。


「ココ……?」

「ん」

「ココはどう思う?」

「好きにすればいい」


 ココは突き放すように言い、ジロリと俺を横目で見た。


「シェイルはローアの言いなりだろ。いいじゃないか」

「……ココ、怒ってるのか?」

「……怒ってない」

「どうしたのよ?」

「どうもしない。何もない。なんでもない」


 ココはそう言うと立ち上がってベッドにぼふっと飛び込んだ。


「寝る」


 そう言って布団の中に潜り込んでいった。

 俺とローアが面食らって顔を見合わせていると、すぐにスースーと寝息が聞こえ始めた。

 数秒前まで怒っていたのに、あまりの寝つきの良さに苦笑する。


「なんだったんだろう」

「私がシェイルをリーダーにしたからすねてるんじゃないかしら」

「ああ、そうなのか。子供っぽいな」

「実際まだ子供なのよ。

 ……どうしてミケルマ達と一緒にいたのかしら?」

「さあね。いつか話してくれるかも。

 そういえば、エリス様がなんか言ってなかったっけ?

 近いうちに会えるとかなんとか」

「言ってたわね」

「帰るのかな」

「それはそうでしょう。本人が帰りたいって言うなら。

 その方がいいと私も思うわ。止めたいとか思ってるの?」

「いや……。そうじゃなくて……」

「なによ?」

「その、このままココが強くなって大丈夫かな、って。

 ちょっと思ったり……」

「みみっちいこと言ってんじゃないわよ。

 やることないならアンタも寝たら?」

「ローアは? 寝ないのか?」

「私はこれを片付けるわ」


 ローアはテーブルの上にそのままになっている食器を指さした。

 俺は慌てて立ち上がった。


「手伝うよ」

「そう。これが終わったら少し本を読むわ。

 寝るのはその後ね」

「本か……」


 そういえば俺にはこの世界の文字は読めないんだったな。


 ……。


「? どうしたの?」

「あの、ローアさん?」

「何よ、気持ち悪いわね」

「その、文字を……教えてくれませんか?」

「……文字?」

「本が読めるようになったらな―……って。

 そんな顔しないでよ」


 ローアは口元を思い切りへの字にまげていた。

 どう見ても嬉しそうな表情ではない。


「嫌よ。めんどくさい……」

「お願い! ちょっとでいいから!」

「ちょっと勉強したくらいで本が読めるようになるわけないでしょ。ダメよ」

「そんなこと言わずに……」

「……」


 ローアは再び椅子に腰かけた。

 顎に手をやって、もう片方の手で机をトントンと叩いている。

 目を閉じて眉間にしわも寄せている。


 考え込む時のローアの癖だ。

 癖、というよりもスタイルと言った方が正しいのかもしれない。

 考え事があるとよくこの動作をしていた。


「……一つ条件があるわ」


 しばらくしてローアは目を開いた。指を一本立てる。


「一週間あげるから、ウニト(アルファベットのこと)を暗唱できるようになりなさい。

 できなきゃ、私は先生にならないわ」

「なんで?」

「あんたの年で一週間かけてウニトも覚えられないような出来の悪い生徒に読み書きなんて教えたくないわ」

「……ひどくね?」

「私は気が短いのよ?

 イライラするとわかってて、やりたくないわ」

「わかったよ……。じゃあ、ウニト教えてくれよ」

「いいわ」



 ***



「ウー、ニェー、トゥー、べー、カゥー、イェー―――」

「シェイル、どうしたんだ? 頭でも打ったのか?」

「……ただ、ウニトを歌ってるだけだよ」


 珍しくローアよりも早く起きたのでキッチンでウニトを歌っていると、起きてきたココに怪訝な顔をされた。


「ふーん、それがウニトか。アミナが歌ってたな」

「アミナ?」

「なんでもない。行くぞ」

「どこ行くんだ?」

「シェイル、昨日言ってただろ。特訓だ」

「おお! 頼むよ!」

「ふふふ……! 血反吐を吐かせてやる……!」

「血反吐はやめてくれよ」


 まだ眠っていたローアに『ココと特訓に行ってくる』と言うと、ローアはカーテンをサッと開け、まだ日が昇っていないのを見ると、カーテンを閉めてベッドに倒れこんだ。


「ケガしないようにね。おやすみ」


 それだけ言うと寝返りを打って布団を頭からかぶって二度寝に入った。


 俺とココはまだ少し暗い通りを歩いて行った。


「どこへ行くんだ?」

「知らない。決めてない」


 そう言ってしばらく歩いていたが、急に振り返ると言った。


「今から走る。ついてこい」

「えっ? 今から? なんで―――」

「行くぞ」


 ココは俺を無視して走り出した。速い。

 戦闘時のような猛スピードではないが、速い。

 全力疾走してもようやくついていけるくらい。


 必死で追いかけた。

 一応、ドットの修業の一環で走るのには慣れている。

 体力も付いた。

 少しくらいならバテることはないだろう。



 ***



「おかえり。早かったわね……どうしたの?」


 ローアは息一つ乱れていないココと、……ココに支えられてどうにか立っている俺を見て眉をひそめた。


「走り始めたらシェイルがいなくなっていた。戻って探したら倒れてた」

「ああそう。ついていけなかったのね」

「走り足りない。もう一走りしてくる」

「うべっ」


 ココは俺をどさっと落とした。


「そう。気を付けて。ケガしないようにね」

「ん」


 ココは外へ出ていった。

 しばらくすると、タタタタというリズミカルな足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


「……水飲む?」

「……少し」

「立てる?」

「……まだ、無理」

「仕方ないわね。肩かして」

「うう、ごめん……」

「口より足を動かしなさいよね」

「ごめん……」

「はー……」


 ローアは俺をベッドに放り込むと、パンパンと手を払った。


「これでよし。今からフィコ淹れたげるわ。

 朝ごはんはココが帰って来てからね」

「うん」

「……いっぺんに強くなるなんて無理よ」


 ローアはお湯をわかし、朝食の準備をしながら、こちらに背を向けている。


「誰でも一歩ずつしか進めないわ。

 ものすごく先にいる人は、それだけ時間をかけて進んだのよ。

 焦らず、自分の歩幅で、自分のペースで進みなさい」

「でも、それだと一か月でダンジョンを攻略するなんて無理だよ……」

「弱気ねえ」

「だってそうだろ。ココに特訓してもらうはずだったのに、十分も持たなかった。

 こんなんでキュアリスの課題をクリアするなんて―――」

「はいはい、おしまい。口開けて」

「なにを―――。ふがっ!?」


 言われるがままに口を開けると、いきなりスプーンを突っ込まれた。

 花の匂いのするどろっとした甘いものが口の中に広がる。


「……はちみつ?」

「そ。昨日分けてもらったの。

 アンタ、落ち込み過ぎ。それでもなめてなさい」


 ローアはベッドの上に置いたはちみつのビンを指した。


「期限がある中で焦るなってのも難しいわよね。

 でも、自分の限界を無視して倒れたりしたって強くなんかなれないわ」

「どうすればいいんだろう」

「さあね。できることを少しずつやればいいんじゃない?」

「ありきたりだな」

「違うわ。正攻法よ」


 ローアはフィコを淹れたマグカップをテーブルに置いた。


「もう立てるでしょ。自分で座って飲んで」

「ああ」


 ローアの言う通りもう立てるようになっていた。

 席についてフィコを飲む。苦い。


「はちみつ入れてもいいかな?」

「お好きなように」

「……うん、うまい」

「当然でしょ。私が淹れたんだから」

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