第55話 攻撃と防御
「フー……。入ったか……」
キュアリスは三人から見えるか見えないかギリギリの地平線の上で、地面にはいつくばって三人を見ていた。
三人が螺旋迷宮の中に入って見えなくなると彼女は起き上がって思い切り伸びをした。
「まったく、私だって暇じゃないんだけどなあ……。
あんなに手間のかかる子だとはね。もう少し強いと期待してたけど、甘かったわ。
ま、引き受けたんだからちゃんとやらないとね」
キュアリスは一息で螺旋迷宮の入り口まで戻ると、崖から三人の様子をのぞいた。
また地面にはいつくばっている。
「はあ、一か月間見張りかあ……。緊急の依頼とかどうしよ。
夜中にまとめてできるかしら?
緊急だから無理かなあ。転移石用意してもらうしかないかな。
経費で落としてくれないかなあ……。
高いしなあ、全部は無理だろうなあ。折半かあ……」
キュアリスは試験の時に三人に足りないものを分析していた。
シェイルは魔力量だけは目を見張るものがある。圧倒的だ。
しかし、とにかく魔導力が弱い。
そのせいで火力も足りないし、瞬発力も、機動力も無い。
ローアは魔力量がやや物足りないものの、攻撃については申し分ない。
確立した戦法こそないものの、やりたいことはほぼ全てできるのだろう。
魔導力は完成の域に達している。
ただ、反応が遅い。運動能力も低そうだ。
戦い始めてから最後までほぼ移動しなかったし、ココを投げただけなのに律儀に命中していた。
ココは機動力が高い。三人の中では群を抜いて高い。
おそらく、冒険者の中でもかなり速い方じゃないだろうか。
ただ、攻撃は直線的で単調だ。
魔法も使用しなかった。
なにより、本人の意志で戦っていなかった。
彼女は場合によっては抜けてもらう、いや、抜けさせてあげた方がいいかもしれない。
そのうち聞いてみよう。
そして三人とも共通するのだが、防御力が足りない。圧倒的に。
キュアリスがほんの少し手加減を間違えば致命傷になるほどに防御力が低い。
実際のところ、大半の魔王は概念的な攻撃手段も持っている。
トリビューラも例外ではない。
従って、物理的な防御力はあまり関係ない。
……とは限らない。
むしろ魔王という連中は物理的な攻撃だってガンガンしかけてくる。
概念攻撃だって、結局は物理攻撃を基本にしたものが多い。
魔法とはイメージが全てだからだ。
つまり、イメージしやすいものが強い魔法になる、ということだ。
一番イメージしやすいものは具体的な、物理的なものだ。
それは魔王たちだって例外ではない。
彼等にとっても物理攻撃が一番強力な攻撃手段なのだ。
ただ、概念攻撃を手段として持っているのは、『相手の防御が手薄』だからだ。
概念攻撃の対応策はそれこそ一朝一夕ではどうにもならない。
勇者である自分でさえ、完全ではない。
その防御の大半を魔道具に頼っている。
こればかりはどうしようもない。
寿命という制限を持たずに魔法を研究しつづける魔王に対して人間が持てるアドバンテージは皆無だ。手数ではどうしても勝てない。
だから、一芸を極めて相手の弱点を突くしかない。
最低限の防御と、最大限に磨き上げた攻撃で敵の心臓を射抜くしかない。
雨のように飛んでくる攻撃を一切防御せずに突っ切ることなどできない。
雨を防ぐ傘程度でいい。
その程度の最低限の防御だけで全力で駆け抜けて一撃を入れ、それでトドメを刺せるように祈るしかない。
少々大げさだが人間と魔王の戦いは大体このようなものだとキュアリスは経験から理解している。
そして、シェイル達三人はその『最低限の防御』に達していない。
それはつまり、戦いが始まった直後に何もできずに死ぬ、という意味だ。
螺旋迷宮の最深部まで行って帰ってこれるようになれば、まあ『最低限の防御』の半分くらいはできるようになっているだろう。
ついでに三人の甘さもなくなるだろう。
きっちり弱点を埋めるか、お互いに補えるようになるはずだ。
***
「どうして付いて来てくれなかったんだろ?」
「めんどくさかったんじゃない?」
ローアが吐き捨てるような口調で言った。
息が荒い。足元が悪いのだ。
ローアは疲れていると口調が悪くなる。
ココは少し先を縦横無尽に走っている。
進んでは戻ってくる感じだ。
疲れないのだろうか?
「そうでなくとも、あの人勇者じゃない? 一応。
忙しいんでしょ!」
「ミィー」
「何か考えがあるのかもしれないじゃん」
「なあ」
「だからって置いてく!? 私たちA級じゃないのよ!?」
「ミィー」
「まあまあ、落ち着いてくれよ。機嫌直して……」
「なあ、そいつ―――」
「私は上機嫌よ!」
「ミィー」
「いや、どっからどう見ても上機嫌には―――」
「なあ!! そいつ、なんだ!?」
「「?」」
俺とローアはココの指さす方向を見た。
後ろだ。
振り返ると、一抱えはありそうな巨大な……ハリネズミのようなものがそこにいた。
一見するとハリネズミだが明らかに違う。
針は動物の骨らしい。生え方が汚い。ぐちゃぐちゃで統一感が無い。おそらくは身体から生えているものではなく、鳥の巣のように集めて体にくっつけているのだろう。
頭は人間の頭蓋骨だった。
眼球の無い黒い双眸がこちらを見つめている。
そいつは全身の骨をカタカタと震わせながら鳴いた。
「ミィー」
「げっ!? なんだこいつ!?」
「ホネカブリ! 仲間を呼んでる! や、やっつけて!」
「わかった!」
俺は背中のアドルモルタを抜こうとして……、剣が無いことに気づいた。
慌てて火球を出す。
しかし、ホネカブリはぴょんと大きく跳ねて火の玉を避けた。
ガサガサと素早く移動していく。
速すぎる。とても俺の魔法では当たらない。
「ごめん、取り逃がした! ローア、頼む!」
「無理無理無理! 私、虫はダメなの!!」
「あれ、虫なの!?」
「どいてろ! ココが捕まえる!」
ココはホネカブリに負けない速度で移動し、すぐに背後を取った。
そのまま両手でホネカブリを抱え上げて見せた。
「どうだ! 取ったぞ! ははは!」
「ぎゃあああ! こっち来ないで!」
「おお! 待て、ローア! ははははは!」
「うわああああ! 来ないで! 来ないで!」
ココがホネカブリを抱えたままローアを追いかけまわし始めた。楽しそうだ。
ローアは顔を青くして泣きながら逃げている。
少し面白いからそのまま眺めていると、ローアにギッとにらまれた。
「止めてよ!!!」
「命令すればいいじゃん」
「あっ!! ココ! 止まれ!!」
「いっ」
ココはローアの命令で足を止めた。
ローアは青い顔のまま、膝に手をついてぜえぜえと息を荒げている。
ココは少々やり足りなさそうに唇をとがらせている。
と、ココの抱えていたホネカブリの中身がずるりと地面に落ちた。
素早くてよく見えなかったが黒くて丸い大きな毛虫のような見た目だった気がする。
主がいなくなってココが抱えていた骨の塊がばらばらと落ちる。
「ミィィイイイイ!」
骨を捨てたホネカブリはものすごい声で鳴きながら走り去っていった。
さっきよりもずっと素早かった。
逃げた先に視線をやると、別のホネカブリが何匹も姿を見せていた。
それぞれフォルムや頭の骨が違う。違う動物の頭蓋骨をかぶっている。
物音がして振り返るとそっちにもホネカブリがいた。
囲まれている。
ホネカブリは静かに俺たちを輪になって囲んだ。
たくさんの生き物の頭蓋骨に囲まれているこの光景は極めて不気味なものだった。
俺たちを囲むと、ホネカブリたちは例によってカラカラと骨を振るわせ始めた。
ココは少し焦った表情をしている。
ローアは真っ青になっている。
俺がやるしか……!
「シェイル、ココ、今から―――」
「爆発球!」
「あっ! 待って! 刺激しちゃダメ!」
俺が爆発球を撃ったのと同時にローアが指示を出した。
しまった。早まった。
爆発球はホネカブリたちの輪に当たり、弾けた。
しかし、例によってホネカブリたちは素早く移動して避けた。
骨が何本か飛んで行ったが、手ごたえからして中身には当たっていないようだ。
「ううううう……! やればいいんでしょ!?」
「捕まえたぞ、どうすればいい?」
「どっか遠くに放り投げなさい!」
「わかった!」
「俺は……?」
「あんたはそのまま火球撃ちまくりなさい!」
「わかった!」
「……ああ、もう!」
ローアは頭を振ると、地面に手をついてあちこちの地面を隆起させ、ホネカブリを捕まえようと……いや、遠くにやろうとした。
よほど近づきたくないらしい。
それはそうか。動物の骨をかぶっている虫なんて誰でも苦手だろう。
……ココ以外は。
俺も負けじと火球を放つ。大きくするのにこだわるのをやめて小さいものを沢山撃つ方向に変えた。
シャボン玉のように小さく、いくつも作るイメージ。
小さな火球が地面に触れて爆ぜる。ホネカブリはそれを避けて左右に飛び跳ねている。
なんだか爆竹を投げているような気分だ。
俺が爆竹で、ローアは地面を隆起させて、ココが手当たり次第に捕まえて放り投げる。
そんな風に三人で大騒ぎしながらホネカブリを追い払っていた。
……のだが、俺がローアの作った隆起に足を取られて転んでしまった。
頭を少し打った。目が回る。
「うわわっ。あたっ!」
「あっ、シェイル、大丈夫? ごめん、そっちに作っちゃっ……。
ぎゃー!!」
「ん? だいじょう―――」
「前! 前!」
「前?」
正面を向くと、ホネカブリが一斉に飛び掛かってきていた。
これは『ぎゃー』とも叫ぶわ。納得。
今度は俺が叫ぶ番だ。
「ぎゃああああああ!」
***
「痛ってぇええ……!」
骨に埋もれ、骨にかまれた。
要するにホネカブリの大群に身体のあちこちを噛まれた。
痛い。全身が痛い。
致命傷ではないが、笑い事ではない程度には痛い。
爪の先ほどに短いナイフで全身をめちゃくちゃに刺された、ようなものだろうか。
ホネカブリの顎は鋭かった。
とっさに頭を抱えて縮こまったので急所は攻撃されなかったが……。
ただ、俺を集中攻撃して気が済んだのか、ホネカブリはすでにどこかへ戻っていた。
「痛たたた……。ど、毒とか無いよな?」
「無いわ。じっとして、治癒魔法かけるから」
「お願い……」
「ココもかけてくれ。手足を少し噛まれた」
「私も噛まれたわ……。でもシェイルが一番ひどいわね」
「俺は後でいいよ。先に二人のケガを治してくれ」
「ん? あらどうも。でも心配無用よ。もう治したわ」
「あ、そう……」
「自分で言っておいて、なに残念がってんのよ。
私たちのなんか一瞬で治るんだからさっさと治すわよ」
「ははは……」
笑ってごまかすしかなかった。
ないがしろにされたと感じてしまったのも、それをあっさり見抜かれたのも情けない。情けなさすぎる。
そうして少しの間、自己嫌悪におちいっていると頭をぺしんと叩かれた。
「はい、おしまい。治ったわよ」
「ありがとう。……ホント、治癒魔法うまくなったよな」
「あんたがひっきりなしにケガしてたからね。
……これからもまだまだ上手くなれそうよね」
「そうだな……」
「なあ?」
ココが退屈そうにこちらを見ている。
「もういいか? 先に進もう」
「あー……、そうねえ……。行けそう?」
「ああ……。行ける」
痛みで精神的には少し消耗したが、この程度なら大丈夫だ。
グリズリーと戦った時の方がずっとしんどかった。
と思って立ち上がったがふらついた。
そうか、よく考えたらキュアリスと試験してそのまま来たんだった。
顔を上げるとローアと目が合った。
「……ココ、もう帰りましょう」
「えー! なんでだ!」
「あと二時間もすれば日が沈むわ。街に帰れなくなるわよ」
「野宿しよう!」
「ここには明日も来るわ。どのみち今日中には一番下までたどり着けないのよ。
もう帰りましょう。ね?」
「むぅ……。……わかった」
「……ごめん」
「なにが?」
「俺のせいだろ? だから、その……」
「バカ言ってんじゃないわよ。言ったじゃない。もう時間よ。
時間だから帰るのよ」
ローアは不機嫌そうにそう言うと踵を返して、地上へと坂を上り始めた。
ココはローアを追い越したり追い越されたり、地面を掘り起こしたり戻したりしている。
俺は二人の後をとぼとぼとついていった。
あのホネカブリは雑魚だ。
こっぴどくやられたからよくわかる。あれは雑魚だ。
どれだけ攻撃されても死ぬことはないような弱い敵だ。
それに……俺はやられた。俺だけ。
俺は弱い。本当に。
少しすばしこいだけの敵に手も足も出なかった。
ほとほと自分に嫌気が差す。
……。
……。
などと落ち込んでいても仕方がない。
落ち込んで強くなるなら、世話は無い。こんなに楽なことはない。
何かが足りていないのだ。何かが。
この場合、単純に能力だろう。ドットが言っていた足し算の領分になる。
……それだけでいいか?
例えば、ホネカブリだ。
こいつに対応しようとすると、連中の素早さに対応できる必要がある。
どうすればいいか?
より素早く広範囲に魔法を使用すること、だろうか。
まあ、もっと速さが必要、という気はする。
……ココはどうやっているんだ?
そもそもあの速さは尋常じゃない。初めて戦った時にそう思った。
ちゃんと聞いたことはなかったな……。
コツ、があれば教えてもらうのも手かもしれない。
結局は人頼みなのか、と心の奥で声がする。
うるさい。ここで頼まなければどの道、二人に迷惑がかかるのだ。
だったら取り返しのつくうちに迷惑をかけた方がマシだ。
後は……、防御か。
魔法で防御……、たしかエルダがバリアのようなものを作っていたはずだ。
エルダを斬った時に出していたからよく覚えている。
……。
あれが使えるようになれば、ホネカブリに嚙みつかれても無傷でいられるんじゃないか?
一体一体の攻撃力はそれほど高くない。
ダメージの全カットは難しくないはずだ。
ローアに聞けば教えてくれるだろうが……、問題はそこだ。
どうやって教えてもらおう?
ローアにはあまり、エルダのことを思い出してほしくない。
思い出すたびに一瞬だけ、かすかに目が曇るからだ。
俺はそれがあまり好きじゃない。
……それとなく、防御魔法がないか聞くしかないか。
見たことが無いふりをして、忘れたふりをして聞く……。
それしかない。
あまり意味はなさそうだが。




