第54話 冒険者
「お名前をどうぞ」
「シェイル・ホールーア」
「ローア・ローラ・ミストリカ」
「ココ!」
ココは元気よくそう言うと自信満々に腰に手を当てた。
きっとミケルマにつけてもらった名前なのだろう。
いい名前だろ!とでも言いたげな表情をしている。
対照的に係りのお姉さんはココの名前の短さに少し困惑していたようだが、最後には飲み込んでくれたらしい。
『承りました』と言って奥に引っ込んでいった。
俺はすました顔をしているローアに言った。
「なあ」
「なによ」
「俺達なんでここにいるんだ?」
「知らないわ。あの人に聞いたらいいじゃない」
「いないから聞いてるんじゃん……」
ここは聖都にある冒険者ギルドだ。
色々な人がいた。
大声の冒険者を相手に苦笑いを浮かべてうなずいている受付。
両手に書類の束を持ってさっそうと歩き、派手に転んでいる職員。
仕事終わりの冒険者に酒を提供しつつ酒瓶の数をごまかそうとする客に目を光らせるバーテン。
きつい酒を浴びるように飲んで次々にぶっ倒れていく冒険者たち。
建物は落ち着いた木製である。図書館のように重みがあるというか……。
ローアによると百年近い歴史のある建物だとか。どうりで。
ただ、雰囲気は完全にぶち壊しである。冒険者たちの大きな笑い声が響いているせいで。
キュアリスは唐突に『君たちには今から冒険者になってもらう!』と宣言して俺たちをここに連れてきた。
そのくせ、受付に『この子たちの登録をお願いしまーす』と俺たちを押し付けて、自分はどこかに行ってしまった。
キュアリスにしても、ドットにしても、強い人は皆ああも適当なんだろうか?
受付の人が戻ってきて、冒険者手帳を手渡された。
名前を言っただけである。悪用とかされないのだろうか?
日本で考えればザルもいいところだけれど、そんな細かいことを言い出したら放浪者の俺が一番困るのでありがたいと思っておこう。
後でローアに聞いてみたらこれでいいらしい。
ギルドの冒険者手帳が現状で一番確実に本人確認できるものなのだとか。
出生届とかも無いから、冒険者手帳が戸籍代わりになっているようだ。
問題は悪用されないかどうかだけれど……。
それは罰則を厳しくして対処しているらしい。
冤罪で捕まらないように変なことはしないよう、説明ついでに釘を刺された。
冒険者手帳、と言ってもメモをするノートのようなものじゃない。
名前と階級の書かれたカードが入った革製の入れ物だった。
要は警察手帳のようなものだ。
ただし、階級の欄には何も書かれていなかった。
「あの、階級が空欄になっているんですが」
「それは今から審査して埋めることになっていて―――」
「待った! 審査はパスよ!」
キュアリスの大声が階段の上からギルドに響き渡った。
ギルドにいたほぼ全員の視線が彼女に向けられる。
しかしキュアリスはそんな視線を全く気にすることなく、階段をつかつかと下りてきた。
あの階段の上には何があるんだろう、と思ったら『ギルド長室』と書かれた看板があった。
「ギルド長には快諾してもらいました。階級審査は私が代わりにやっといたからね!」
「えっ、では彼らの階級は……?」
「三人ともA級よ」
「「「え?」」」
「君たちは今日からA級冒険者ね」
キュアリスは笑顔でそう言った。
***
冒険者の階級とは。
基本的にはDからSまでの五段階であり、人並外れて強い一部の例外がS級より上に在籍する。
D級。
ひよっこの階級。少し強い村人程度。
主な仕事は、あまり攻撃性の高くない魔物の討伐、やや危険なエリアでの素材回収。
大人しいシカを仕留められるレベル。
C級。
一人前の階級。村で一番強い程度。
主な仕事は、攻撃的な魔物の討伐、より危険なエリアでの素材回収、まれに護衛。
体長2m程度のグリズリーを仕留められるレベル。
B級。
エリートの階級。街で一番強い程度。
主な仕事は、凶暴な魔物の討伐、瘴気の出ているエリアでの素材回収、迷宮のマッピング、護衛。
体長5m程度のグリズリーを仕留められるレベル。
A級。
一流の階級。地方ギルドで一番強い程度。
主な仕事は、村々に被害を与える魔物の討伐、迷宮への素材回収、貴族の護衛。
体長10m程度のグリズリーを仕留められるレベル。
S級。
達人の階級。国で一番強い程度。
主な仕事は、国家に被害を与える魔物の討伐、迷宮核の回収または破壊、王族の護衛。
ドラゴンと互角に戦えるレベル。
S級より上は規格外なのでこれといった仕事は無い。
国や都市からの頼まれごとを処理することが大半。
後は気まぐれに自分で仕事を見つけているらしい。
ちなみに。
キュアリスはSSS級らしい。S級の二つ上だ。
呪いを受ける前のドットはS級だったとか。
ルイーズはA級で、ルイーズいわく今のドットも実力的にはA級らしい(ギルドの審査では魔導力の評価が重いので呪いを受けているドットはD級)。
アルタ、ミルはB級。
「どう考えてもA級ではないでしょ、俺達……」
「なぜ私まで……?」
「眠い。帰りたいが?」
「一人だけフリーダムだね……。それじゃあ、行こうか」
俺とローアとココがギルドの外でブツブツと文句を言っているとキュアリスが来て俺たちを抱え上げた。
右腕で俺とローア、左腕にココを乗せたのだ。
「いや! いいです! 歩きますから! 自分で歩きますから!」
「私も下ろしてほしいです……」
「おお! 高いなー!」
「あっはっは、そうでしょそうでしょう!」
「下ろしてえええ!」
俺とローアの抗議には耳を貸さずにキュアリスは往来の中を俺達を抱えたまま走って移動した。
……口では嫌がったものの、実はほんの少し楽しかった。
人に見られたのは恥ずかしかったけれど。
誰かに抱えられて移動するなんて本当に久しぶりだ。
ローアも同じじゃなかったのかな。
***
「「「おえええええ……」」」
勇者便を楽しんでいられたのは最初の十分くらいだった。
キュアリスは聖都を抜けるとみるみる速度を増していった。
自動車や電車くらいの速度は余裕で出ていたと思う。
周囲の景色がびゅんびゅんと飛んでいった。
そして上下にもガンガン揺れた。
舗装道路なんてないから揺れるのは仕方ない。
でもせめて道は通って欲しい。
丘をひとっとびとかしないで欲しかった。
いや、それは一万歩譲っていいとしよう。
せめて迷わないでくれ。
しかも時間が無いからって速度を倍にするな!
アンタが抱えてるのは人間なんだぞ!
……という文句は全て嗚咽に紛れて吐き出された。
「三人とも、だらしないよ?」
「あなたがやたら飛ばすからでしょ!」
「うわあ、汚いよ。ゲロ飛ばさないで」
キュアリスはしっしっと手を払いながら、目の前に立っている柵に手を掛けた。
柵と言っても、網は無い。有刺鉄線のようなものも。
ただ杭だけが打ち付けられている。
杭がずらっと見渡す限り並んでいる。
手前と奥で風景に大した差はない。
どちらもなだらかな丘陵地帯だ。
ココが猫のように砂をかけ終えるのを待って俺たちは先へ進んだ。
柵を越えたら何かあるのかと思ったが何もない。
巡礼者の森のように結界の類だろうか。
……いや、俺たちは一体全体どこへ向かってるんだ?
聞いてないよな?
「あの、俺たちは一体どこへ向かってるんですか?」
「ダンジョンだよ。螺旋迷宮」
「螺旋迷宮?」
「そう。ほら着いた」
見れば、目の前の地面にぽっかりと穴が開いていた。
それはもう唐突に。
巨大な穴、いや崖と言った方がいいか?
どちらでも正解だろう。
直径300メートル程度の巨大な螺旋階段を想像してほしい。
地下へと続く階段だ。
そしてその段差は滑らかなスロープになっている。
……まわりくどい説明になってしまったが、目の前にあったのはそれだ。
他に適切な説明を思いつかなかない。
あ、アルキメデスのポンプの中身か。ピッタリだ。わかりにくいけど。
「これがA級以上が立ち入りを許されるダンジョン、螺旋迷宮だ。
君たちにはこのダンジョンの攻略をしてもらう。
最深部まで行って帰ってくるんだ」
「「無理です!!!」」
「……難しいのか?」
「まあまあ、そう言わずに。
確かに君たちは一人一人だとてーんで話にならないほど弱っちいけど、
三人で協力すればA級レベルだ。
死なないように気を付けて進めば無理な話じゃない。
三人ともあと一歩でA級になれる素質もあるしね」
「……この穴、どれくらい深いんですか?」
ローアが崖から穴の中を恐る恐る覗き込みながら質問した。
「たしか一キロメートルくらいあったかな?」
「どう考えても無理です!
そんな長距離を気を張ったまま移動できるわけないでしょう!」
「だいじょぶだいじょぶ。その辺は考えてあるから。
……よいしょ」
「え? いだだだだだ! ぎゃあああああ!」
キュアリスはおもむろに俺の後ろに立つとアドルモルタを鞘ごと奪いとろうとした。
ただ、鞘は革のベルトで縛っているので簡単にはとれない。
だから、キュアリスは俺の背中を足でぐいぐいと押して蹴って無理矢理に引きちぎろうとした。
俺は必死でベルトを外した。肋骨がめきめきと音を立てれば誰だって必死になるだろう!
「いたたたた……。なにするんですか!?」
「最深部まで行ってもらうけど、今すぐじゃない。
一か月くらいかけて行ってもらう。行けるようになってもらう、と言った方がいいかな?
これはあくまでも修行だ。これ以上は進めないな、と思ったら帰ってきていいよ」
「どうしてアドルモルタを取ったんですか? それとこれと何の関係が―――」
「もし一か月以内に最深部まで行けないようなら、アドルモルタ、没収だから」
「え?」
「じゃあね! がんばってねー。
あ、聖都はあっちだから。帰りは自分で帰ってね。じゃっ!」
そう言うとキュアリスは目にもとまらぬ勢いで走り去っていった。
あっという間に地平線のかなたに消えてしまう。
「「……は?」」
「何してるんだ、二人とも。行かないのか?」
俺とローアが口を開けてぽかんと途方に暮れているとココに呼びかけられた。
どうやらずっと入りたくてうずうずしていたようだ。
キュアリスがいなくなった途端にはしゃぎ始めたのがその証拠だ。
「早く行こう! 楽しそうだぞ!」
「はー……、行くしかないか……。ローアは待ってる?」
「はあ? なんでよ?」
「いや、アドルモルタを取られるだけだし。
二人には行かなくてもデメリットないから―――」
「……はぁ?」
「なんでもありません。水臭いこと言ってごめんなさい」
「わかればいいのよ」
「どこから下りればいいんだろう?」
「おーい、早くしろ! ここから下りられるぞ!」
「わかったわかった! そこで待っててくれ!」
「早くしろ!」
俺とローア、ココは三人で螺旋迷宮の中へと下りていった。




