第53話 目的
「「「あ、起きた」」」
目が覚めると三人の女性に見つめられていた。
ローアとココ、それにキュアリスだ。
俺を殺した勇者様は意識を取り戻した俺を見るなり、にこっと微笑んだ。
「合格。生きてていいよ」
「ええ……?」
俺は心底恐怖した。
この人の中での人間の生死の基準が全然わからない。
命を軽く考えすぎじゃないのか……?
「あら、不満そうな顔ね? じゃあ殺すね。しょうがないなあ……」
「いやいやいや! いいです! 生きていたいです!
おかしなリアクションしてすみません!」
「あら、そう」
キュアリスは拳をひっこめた。
心なしか残念そうな表情をしていたのは、気のせいだと思いたい。
「あ、そっか、えーっと……一応言っておくと、あれは冗談だからね。
不合格だったら死んでもらうとか。なんとか」
「えっ!? ホント!?
最初に条件を持ち掛けてきたときも?」
「そう」
「不合格だったから俺を殺すって言った時も?」
「もちろん本気じゃなかったよ。いやまあ、殺気は本物だったけど。
それは本心からじゃなくてね?
ほら、勇者じゃない? 私って。
だからそういうの慣れてるんだよね。
誰かを殺す覚悟、みたいな? わかる?」
嫌なことに慣れてるなあ。
「でもまあ、最後には無事に合格したしね。
文句無し。時間はオーバーしたけど……。
まさか私にダメージを与えられるなんて思わなかった」
「ダメージを与えた? 俺が? いつ?」
「覚えてないの? 最後の最後に私のことを焼いたでしょ?」
そう言ってキュアリスは右腕を持ち上げて見せた。
腕はもうすでに人間サイズに戻っていて、肘まで手袋をしていた。
肘から二の腕にかけて、よく見ると火傷の跡があった。
「少し残っちゃった。
その炎、思ったより厄介だね。
蝕命剣の名前は伊達じゃないのね。
てっきり魔力を吸うからそう言う名前なのかと思ってた」
そう言って勇者はアハハと笑った。
「世の中、まだまだ知らないことがあるものね」
「ごめんなさい、俺のせいで―――」
「いいのいいの。こんなの傷の内にも入らないし。
それより、謝らないといけないのは私の方なの」
「?」
「君の顔に火傷が残っちゃったから……。
私のヒールでは完全には治せなかったの。ごめんね」
そばにいたローアがそっと手鏡を渡してくれた。
見ると確かに手のひら大の火傷が左ほおから顎にかけてできていた。
「あー……。まあ、大丈夫かな」
「私はカッコいいと思うわよ!」
「ローア……。ありがと―――」
「あんたの顔、特徴無いなって思ってたから!」
「……。一言余計じゃない?」
ローアがフォローになっているのかよくわからないことを言ってくれた。
まあいいか。俺もそんなにこの傷嫌いじゃない。
傷は男の勲章って言うもんな。
「その剣の炎で私を焼いたとき、君自身も一緒に焼いたでしょ。
あのとき、かなり火力があったから火傷が残ったんだよ」
「でもキュアリスのヒールなら俺の身体がつぶれてても治せるんでしょ?
だったらこんな火傷くらい治せるんじゃないの?
火傷直すのは苦手とか?」
「いや、それは治せない。ケガの種類の問題じゃなくて……。
そうだなあ。アドルモルタのせいかな。
その剣の炎は本質を傷つける性質があるんだと思う」
「本質?」
「魂、と言い換えてもいいかな。
生物の核となるものだよ。命そのもの。自身を形作るもの、決めるもの。
君は何になりたい? 何が好き?」
「俺はカッコいい人になりたい」
「それが君の方向性。魂の一端だ。
君の剣はそれを破壊する力がある。
よくよく気を付けなさい」
「わ、わかりました」
魂を破壊する……?
なんだか怖いな……。
「魂を破壊する炎が出たのは最後だけですか?」
「おそらく。炎の色もそれまでと違って真っ白だったし」
「あー、そういえばそうだった、ような……」
「無我夢中だったんだねえ。
さっきも言ったけど、魂の破壊は危険なことよ。
あの程度の火力だったからそれくらいの火傷で……魂から肉体に損傷を逃がす程度の事態で済んだけど、火力が上がれば危険は跳ね上がる。
まず炎のコントロールができるようになることからだけど……。
さて、どうしたものかな……」
キュアリスは顎に手をやってなにやら考え始めた。
「なに悩んでるの?」
「君の修行のメニュー。どーしようかと思って。
ローアちゃん?」
「はいっ!?」
ローアは急に声をかけられて猫のように跳びあがった。
「君、頭いいんだよね?
学園では二年間ずっと首席だったんだって?
ちょっと一緒に考えてよ」
「わ、わかりました。こ、光栄です!」
「あはは、なんでそんな緊張してんの? さっき一緒に戦ったじゃん」
「勇者様の魔法、すごかったです……!」
「そう?
君たちもがんばれば私が今日見せたくらいのことはできるようになるんじゃないかな。
って言うか、なってもらう。あと二か月で」
「無理ですよ! そんなすぐになんて!」
「できるできる。っていうか、実質一か月もあれば十分よ。
私がサポートすればね」
***
「さあ、一緒に考えましょう。
まずは目標を確認。
二か月後に三角魔王がゲームをしにやってくる。
私たちは彼と勝負をして、負ければアドルモルタを差し出さなければならない。
勝てば……、あれ? 勝ったら何がもらえるの?」
「勝利の報酬はありません。交渉の時に言いませんでしたから」
「あら残念。ルイーズちゃんは交渉下手だからなあ。
で、私たちの中に魔王と戦えるレベルの百ノ駒プレイヤーはいない。
だからドット君がシクアイール卿の双子の姉を連れてくるんだっけ?」
「シクアイール卿の元へ向かったのは知っていますが、どなたを連れてくるのかまでは聞きませんでした」
「そう、聞いたことない?
双子の姉はね、ゲームが強いの。
魔法の才能もずば抜けてるんだけどね。知らない?
君より年上だから、向こうの方が上かもね」
「……私は誰かと才能を競うようなことはしませんよ。
誰が上でも下でも関係ありません。自分は自分です」
「そう? 大人だねえ。若いうちはもう少しガツガツしても良いと思うけど。
……えーと、だから、彼女が来て、勝てばそれでいい。
君たちがこれからする修業は無駄になるわけだ。
でも、逆に負けたら……」
キュアリスは手を叩いてバンと大きな音を出した。
「アドルモルタを奪われる。
君たちを強くするのはそれに抵抗するためだ」
「あのー……」
「はい、シェイル君」
「それって、アリなの?
トリビューラと約束したことを反故にするってことだよね?」
「そりゃあ、ナシだよ? 何を言ってるの?」
「ええ……?」
「ハハハ、なんてね。ま、言いたいことはわかるよ。
要するに、約束を破るなんてのは倫理的に良くないって言うんでしょ?
相手が魔王ならなおさら、そういうのはちゃんとしないと、っていう」
「うん」
「それは本質を見落としている。
約束を守るのはそれに見合う見返りがあるからだ。
今回は違う。
約束を守ってアドルモルタを奪われるか。
約束を破ってアドルモルタを奪われないように抵抗するか、の選択があるんだ。
私も含めて元老院は後者を選んだ。約束を破る方がメリットがある。
れだけアドルモルタに価値があるってこと。
魔王の一人を完全に敵に回してでも渡したくないってこと。
約束を反故にすれば魔王のルールに抵触して、我々はトリビューラに直接攻撃される恐れがある。
だからこそ、元老院は私にアドルモルタを持って戦うように言ってきたんだろうね。
ま、私からすりゃあ何言ってんだって話なんだけど」
「そう言えばどうしてアドルモルタを持つのを断ったの?
ずっと拳で戦ってきたからって言ってたけど、ホント?」
「本当だよ? ……疑ってるわけ?」
「あ! いえ! そういうわけでは!
……でも、俺を強くするよりもキュアリスがアドルモルタを使いこなせるようになる方がずっと簡単なんじゃないかなって。
だから、今のスタイルを守りたいからって言うのは建前なんじゃないかなって思って……」
「ふうん、思ったより鈍くないね。
そうだね。君が言う通り、私がアドルモルタを使いこなす方がずっと簡単だろうね。
でも私はこれはいい機会だと思った」
「いい機会? なんの?」
「内緒」
キュアリスは唇に指を立ててウィンクをした。
「さて、話を戻そう。
君たちが強くなる理由は述べた。もう少し細かい話をしよう。
もしもトリビューラとの戦闘になった場合、私と君たち、元老院、聖都にいる聖騎士、冒険者でこれと戦い、撃滅する。
ただし、相手は魔王だ。
半端な戦力がどれだけいても、結果には影響しない。決定力が無い。
決定力を持っているのはアドルモルタを持つ君と、勇者である私だけだ」
「……どういう意味ですか……?」
「ん? だから、君は決定力を持っている。
味方が大勢いるからと安心しちゃダメだ。君が倒れるとそれだけで全員が危機に陥る」
「決定力? アドルモルタのことですか?」
「そうだ。魔王を殺せるのは私と君だけだ」
「え?」
「ん? 魔王について説明を受けていないのか?」
「なんかすごく強い人だっていう認識しか無いです」
キュアリスはローアとココの顔も見た。
ローアは無言で首を振った。
ココはキュアリスと目が合うと、元気よく立ち上がって言った。
「ココは知ってるぞ! 影の中に入ることができる! それが魔王様だ!」
「ココちゃんだっけ。君はドミナトスの飼い犬の飼い犬だったっけ?」
「飼い犬……? ドミナトス様は犬なんか飼ってないぞ」
「ああ……うん、そうだね。えーと、悪かった……」
「なにがだ? 何が悪い?」
「ごめん、気にしないで……。
えーと、影の中に入れるって言うのは、まあ、魔王の定義ではないね」
「むぅ……」
キュアリスは『座って』と手で合図すると、ココは大人しく座った。
「こほん。えー、魔王と言うのは……。
簡単に言うと、不死身の連中だ。
寿命が無く、肉体を持たない。あるいは肉体が死を迎えても本体は死なない。
物理的に殺すことができない連中。
彼らのことを魔王と呼んでいる」
「不死身……」
「まあ、もっと正確に言うと、エリス様に『魔王と認定された』連中と言ってもいい。
魔王の領域に達するとエリス様がやってきて一方的にルールを課していくらしい。
エリス様には会ったんだよね?」
「はい。なんか色々言われた」
「よくわかんないことを?」
「そう」
「アハハ。相変わらずだなあ、あの人も。墓には行ったの?」
「うん。亡霊を駆除しに―――」
「え!? それって偶然?」
「? いや、今から出てくるからって言われて……」
「……?」
キュアリスは急に黙ってしまった。
「あの……?」
「ああ、ごめん。大したことじゃないんだけど……。
あれがいつ出てくるのかってエリス様にもわからないって十年くらい前に言ってたはずなんだけど。
まあいいか。今度会ったときに聞いてみるよ」
「エリス様、何度もやり直してるって言ってました。そのせいじゃないかしら」
ローアが小さく手を上げて言った。
おかげでキュアリスはますます表情を険しくした。
「やり直してる……? 何回やり直したって言ってた?」
「何回だっけ? 百回くらい?」
「違うわ。千回くらいって言ってたわ」
「千回か……。なるほど」
「何がなるほどなの?」
「君たちを鍛えなければならない理由が増えたっていう意味のなるほど、だよ」
キュアリスは納得したように一人でウンウンとうなずいた。
「……さて、決定力についてはさっき言った通りだ。
魔王は不死身だ。肉体を破壊しても意味がない。
普通の武器や、魔法ではどれだけ攻撃しても意味がない。
だから本質を、魂を破壊しなければならない。
それができるのはアドルモルタを持つ君と、私だ」
「キュアリスさんはどうして魂を破壊できるんですか?」
「魔法よ」
ローアの問いかけにキュアリスがこれ以上ないほど端的に答えた。
「いえ、あの、それはわかってます……。知りたいのは―――」
「どういう魔法か?」
ローアは黙ってうなずいたが、キュアリスは微笑んだまま首を振った。
「それは企業秘密。
バレても問題ない類の魔法だけど、万全は期しておきたいの」
「あ!?」
突然、ローアが大声を上げた。
そのせいでキュアリスを含めて全員が驚いて目を丸くした。
「どうしたの、突然」
「ドミナトスが私たちのことを見張ってるって言ってました。
今も見ているのかも……。
いや、トリビューラ達も私たちのことを見ているかも……。
もしそうなら―――」
「あー、大丈夫大丈夫。
聖都ではそういうのは効かない。
エリス様が全部防いでくれる結界が張ってあるから。
安心していいよ」
「そうですか、良かった……」
「ふーん、ドミナトス、そういう魔法も使えたのか……。
おおかた千里眼持ちでも捕まえたんだろうけど……」
「どういう意味?」
「気にしないで。こっちの話」
キュアリスはしまった、とばかりに口に手を当てた。
「話があちこちに飛んだけれど……。
要は、君たちには積極的にトリビューラを攻撃してほしい。
私は防御に専念するから」
「……マジ?」
「マジマジ」




