第52話 結果
俺とキュアリスは二人とも驚いて闘技場の入り口を見た。
……と言っても、隆起した岩で何も見えなかったのだが。
俺は見えないローアに向けて大声で叫んだ。
「ローアか!?」
「ええ、そうよ!」
「なんでここにいるんだよ!」
「そうだよ、どうしてここにいるの? どうやって中に入ったの?
締め出したはずだよ!」
「すいません、解いて入りました!」
「解いた? 五分少々で私の結界を?」
「いつもやってるものに比べれば簡単だったので!」
「いつも、どんなことしてるの……?」
「俺の契約を解こうとしてくれてます」
「ああ、そう……。
じゃなくて! どうして入ったの?
今、シェイルの試験をしてるんだから、邪魔しないでよ。
とりあえずこの岩山は戻して」
「……シェイル!」
ローアはキュアリスの発言を無視して俺に呼びかけてきた。
キュアリスは面白くなさそうに俺をにらんだ。
俺は少し怯えつつもローアに返事をした。
「なんだ!?」
「試験受けてるのね? 合格できそう?」
「えーっと……」
「難しいのね!?」
「あー……。そうだ!」
「なら加勢するわ! 加勢します!」
「いや、だからこれはシェイルの試験―――」
「私はシェイルの仲間です! だから一緒に戦います!
だったらいいですよね!?」
「いや、よくないって言ってるよね!?」
「シェイルが戦う時は私も戦います!
だからいいでしょう!?
あとついでにココも私の奴隷だから参加します!」
「きっ、聞いてないぞ、ローア!」
ココの悲痛な叫びが届いてくる。
キュアリスはなにやら呻きながら、こめかみのあたりを揉んでいる。
「大変ですね。悩み事ですか?」
「君の仲間のせいだよ……。
あの子なんなの? あんなに聞き分けが悪いと思わなかったわ」
「たまにああなります。受け入れるしかありません」
「そりゃ、君は仲間だからいいかもしれないけどぉ……。
はあ、まあいいか。このままじゃ君に勝ち目ないもんね。
いいよ、認めよう」
「ローア! 戦ってもいいってー!」
「あらそう!」
俺がローアに叫んでやると、予想外の位置から声が返ってきた。
闘技場の真ん中の岩山のてっぺんだ。
すぐ隣にはココもいる。ローアは運動音痴だから、手伝ってもらったのだろう。
「あれ、返事する前に登ってたわよね……?」
「そうですね。それがローアです」
「めちゃくちゃだねえ」
あなたも大概ですよ、と言いたくなったがグッとこらえた。
「じゃ、再開ね。
時間わかんなくなっちゃったからキリのいいところで、残り五分からにしましょ。
君たちの連携を見せてよ」
「もちろんですよ!」
「君は威勢だけはいいなあ……」
「……そりゃどうも」
キュアリスの皮肉に苦笑いを返していると、ローアから指示が飛んできた。
「シェイル!
あんたはとにかく火球をたくさん出して!
当てなくていい! 私の岩に紛れさせてその辺に置いてて!
ココは勇者に攻撃して。様子を見たいわ」
「オッケー!」
「いやだ! ココはやらない―――」
ココが反抗した声が聞こえたが、不意に声が途切れ、直後にココがキュアリスに突撃してきた。岩山をほとんど垂直に飛び降りた後、猛スピードで近づいてくるのが岩の隙間から見える。
ローアがココに命令を出したのだろう。
ココはキュアリスの背後に回り込み、攻撃した。
「くそっ、あいつ許さない!」
悪態をつきながら。
「ははっ、君の仲間は面白いやつばかりだな。
なんでこの子、文句言ってるの?」
「……」
「あれ? いない……?」
俺はココがキュアリスを攻撃している隙に岩の影に隠れて少し離れることにした。
ローアに言われた通り、火球も出したかったし。
「ふん。隠れるつもりか」
キュアリスは手数で攻めるココのナイフを片手であしらっていたが、空いている手でココの額をデコピンしてその攻防を終わらせた。
あまりの激痛におでこをおさえて身もだえするココをひょいと担ぎ上げ、ローアを見た。
ローアはキュアリスと目が合ったことに驚き、『え?』とつぶやいた。
キュアリスがココをローアに向かって、投げつけようとした瞬間に俺は岩陰から飛び出した。
アドルモルタを構えて。
蒼炎閃を放つことも、止めることもできるようにバランスを保ちながら走った。
チャンスだと思った。
アドルモルタの一撃はキュアリスにとっても効果があるはずだ。
こうしてアドルモルタを構えて飛び出せば、一瞬でもひるむだろう。
ココを投げようとしているような中途半端な姿勢ならなおさら効果は出る。
そう踏んで俺は飛び出した。
キュアリスは俺に気づいた。
横目で俺を見たが、構わずにローアにココを投げつけた。
「あれ?」
まあいい、なら投げ終わった後の不安定な体制に蒼炎閃を―――。
と思ったが、キュアリスは投げた勢いを殺さずにくるりと身体を半回転し、左手で近くの石壁を殴って石の破片を俺の方に飛ばしてきた。
思わず一瞬、目をつぶってしまう。
再び目を開けた時にはキュアリスはいなかった。
影も形も無い。
「いだっ!」
「いっ!」
ローアとココが呻く声が届いた。
おそらくローアにココが見事命中したのだろう。
キュアリスは良い肩をしている。
キュアリスは見つからない。周囲の岩壁が今度はキュアリスに味方して―――。
「誰を探しているのかな?」
振り返るよりも先にあごと脳天に衝撃。
地面に思い切り叩きつけられた。
首の骨が折れる音がハッキリと聞こえた。
最初にキュアリスに出会った瞬間のことを思い出す。
あのときも訳の分からないうちにやられたんだった……。
「ヒール」
キュアリスが無慈悲につぶやく。
俺の身体が元通りに修復される。
ゆるんだキュアリスの手を振り払ってすぐに距離を取って岩陰に隠れた。
深呼吸をしてどうにか息を整える。
「ちくしょおおおおお!」
ココの雄叫びがドップラー効果を伴って聞こえてくる。
再び突撃させられているようだ。
つまり作戦は続行だ。
さっきは俺がローアの指示を無視してしまって失敗した。
あの勇者に隙なんて無い。
どんな姿勢だろうがなんだろうが、キュアリスが自分のペースで動いているときは隙は無い。
俺ではキュアリスの隙を突けない。
あの勇者の不意を突くような何かを思いつく。そんな発想力は無い。
だからローアの作戦を全力でサポートする。
俺は大玉の火球を作っては岩壁の間を移動するのを繰り返した。
ココが善戦しているのか、俺の方にキュアリスが来ることはなかった。
大玉を十個ほど完成させた瞬間だった。
足元にニョキっと小さな石が生えた。
石は矢印の形をしていて、俺の右側を指している。
ローアの合図に違いない。矢印の上にローアの形のマスコットもついてるし。
俺は右側を向き、ゆっくりとアドルモルタを抜いた。
大玉が消滅した。
膨らませた風船の口を結ばずに放したような速度でシュルシュルと消えていったのだ。
大玉の足元に小さな円錐形の岩が生えていた。
ここから魔力を吸収したのか。
ローアは俺に火球を作るように言った。
それも攻撃ではなく配置するようにと。
火球を吸収して魔力を取り込み、自分で攻撃するつもりだったからだ。
ローアが攻撃を仕掛けようとしている。あるいはもう始まっているのか。
俺はアドルモルタを上段に構えた。
周囲の岩壁が一斉に消えた。
ローアが俺の動きに合わせて消したのだろう。
キュアリスは戦っていた。
地面から次々と生える岩の手と闘技場のあちこちから放物線を描いて飛んでくる火球をべしべしと払いのけ続けている。
ココはいない……と思ったが、走っているうちに見つけた。
やや離れたところでノビている。
キュアリスは岩壁が消えた瞬間、さっとこちらに視線を送った。
かすかな焦りの色が見える。
俺はアドルモルタを振り下ろした。
……蒼炎閃は出さなかった。
「ん?」
キュアリスは手を止めた。
ほぼ同時にローアの攻撃も止まる。
停止した石の腕と雨のように降り注ぐ火球の中を縫うようにしてキュアリスが近づいてくる。
俺はアドルモルタを振り下ろした格好のまま、うなだれて待っていた。
「十分経った。試験は終わり。
どうして撃たなかったの?」
「迷って、しまって……」
「迷った?」
「あのまま、アドルモルタを撃てば多分勝てたと思う。
でもそれは俺の勝ちじゃない。
ローアの考えた作戦に乗っかっただけだ。
途中まではそれでいいと思ってた。ローアは仲間だから。
でも、いざ振り下ろす瞬間になって―――」
「躊躇したの?」
「ええ……」
「不合格は死だって、覚えてる?」
「覚えてます。うっかりしてました。
とっさに止まっちゃって……。
でも、結果は結果なので甘んじて―――」
「あの二人も死ぬけどいいの?」
「え?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ」
「そう? でも君は死ぬし、関係ないよね。
君が死んだ後、二人が死んでも」
俺は顔を上げてキュアリスの表情を見た。
冷たい無表情だった。
あの時のエルダと同じだ。
それを見て察した。冗談でも何でもない、本気なのだ。
「二人を殺すことに何の、意味が……」
「君を殺すのと同じだよ。覚悟を試してるんだから。
殺すと言ったんだから。実際に殺さないと。意味がなくなる」
俺は死ぬ。それはいい。
未練はあるけど、やりたいことをやろうとして手が届かなかった結果だ。
けれど、ローアとココが死ぬ。それはダメだ。
二人は何も知らなかった。覚悟も何もない。
しかも、最後俺はつまらない見栄のせいで合格を不意にした。
結果的に、俺が二人を殺すようなものだ。
許容できない。
容認できない。
……やるしかないのか?
やるしかない。
アドルモルタに魔力を通した。全力で。
青白い炎がボッと刀身に広がる。
「お」
キュアリスが視線を刀身に向ける。
俺はキュアリス目掛けてアドルモルタを振り上げた。
炎を拡大させながら。
しかし、キュアリスは余裕の表情で後ろにジャンプした。
「へええええ! そんな風に炎を出すんだ! すごいねえ!」
キュアリスの言葉は無視した。
空中にいるキュアリスに攻撃できるように、炎の刀身を伸ばす。
長くなりすぎて刀身の形をうまく保てない。構わない。
あふれるほどの魔力を注いで無理矢理に形を作る。
また戦い始めた俺たちのことをポカンと口を開けてみているローアとココに言った。
「ローア、ココ、逃げろ!」
アドルモルタを振り下ろす。しかしキュアリスには当たらない。
空中にもかかわらずひらりと身をかわして見せた。
俺達の様子にローアが不機嫌そうに言う。
「どうしたのよ。試験は―――」
「お前たちのことを殺すつもりだ! いいから逃げろ! 殺されるぞ!」
「はあ!?」
魔力がどんどん減っているのがわかる。
アドルモルタは気まぐれで、魔力の消費量は増減する。
今は調子がいい。あと四、五回は撃てそうだ。
でもそれだけだ。
ローアとココが闘技場を出られるまでの時間を稼ぐには心もとない。
……かと言って他に手札も無い。
今はアドルモルタの火力で王手をかけ続けるしかない。
自分の命までは手が回らない。
「そんなのを見せられちゃあ、私も少しは本気を出したくなっちゃうね」
アドルモルタをぶんぶんと振りまわしているのに、キュアリスに当たらない。
魔力の消費について少し説明をしておく。
炎の刀身を伸ばしたまま振っても大した消費にはならない。
問題になるのは『撃つ』時だ。
蒼炎閃は炎の刀身を制御の利かない極大まで伸ばすようなイメージ。
それがものすごく魔力を食う。
精神力もゴリゴリ削れていくような感じがする。
今は刀身を維持したまま振っているから魔力の消費はあまりない。
重いから、腕がちぎれそうになるけれど……。
一か月素振りはしたけれど、練習で振るのと実戦で振るのとではやはり勝手が違う。難しいものだ。
それはともかく、空中にいるキュアリスには結局かすりさえしなかった。
無傷でひらりと着地しようとする。
キュアリスは不気味な笑みを見せて腕を振り上げた。
腕が膨れ上がり、白い手袋がはじけ飛んだ。
中からは肉ではなく、もっと角ばったもの……石のようなものが現れた。
巨大な岩石が突如としてキュアリスの右腕に生えたのだ。
それを。
「ははははは!! 吹き飛べ!!!」
キュアリスは着地の勢いと共に真下の地面に向けて叩きつけた。
闘技場の地面に大きく亀裂が走る。
凄まじい振動に足元がふらつく。
キュアリスの周囲の地面が畳でも返すように浮き上がる。
地面を揺らすなんて一体どれだけの力を―――?
余計なことを考えたのが悪かったのか、気づいたときには目の前に巨大な石の拳を振り上げたキュアリスがいた。
まさに石腕だ。文字通り。
二つ名にふさわしい。ふさわしい二つ名だ。
死んだ。
明確に死を悟った。
地面を砕き割った衝撃が次は俺を捕えるのだ。
死ぬしかない。どうあがいても生き残れない。
逃げる方法も無い。
足は相手の方が速い。
しかし、視界の端にローアがいるのが見えた。
俺を見て、何かを叫ぼうとしている。
逃げろと言ったのに。
ココもいる。ほとんど入口から出て行こうとしているけれど、ひょこっと顔だけのぞかせている。俺とローアを見て逃げるのをためらっているようだ。
「あああああああっ!!」
アドルモルタに魔力をぶちまけた。
俺の中の魔力を振り絞るようにしてぶち込んだ。
炎を制御する余裕はない。
刀身から狂ったように火があふれた。
目の前にいたキュアリスどころか、俺の顔すら焼かれた。
左耳の近くで何かがジュッと音を立てて焼けた。
嫌なにおい。
激痛。
「ぐっ!」
キュアリスが顔をしかめた。
彼女の腕も少し焼けたようだ。
けれど、拳は止まらない。
くそ、足止めにすらならないのか……。
「やるじゃん……! 死ね!!」
衝撃と共に俺の意識は掻き消えた。
石腕の勇者キュアリスの拳によって、文字通り虫のように叩き潰されて俺は死んだ。




