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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第3章 約束・聖都・石腕
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第48話 元老院

「フィコとお茶、どちらがいいかね?」

「フィコで……」

「わかった」


 ドアを開けた白髪の男性はそう言って部屋の左手のキッチンへ向かった。


 振り子時計がカチカチと鳴っている。

 正面に四角いテーブルがあり、そこに五人の男女が集まっている。

 それぞれ座っている椅子の形状が違う。


 元老院は六名で構成されている。

 エズラ、エノン、フーザンナ、ラルフ、ナイル、プルネラの六名だ。

 フィコを淹れている物腰の穏やかな男性がエズラ。

 肘掛け椅子に王様のように偉そうに座っている男性がエノン。

 足の高い椅子に座り目を閉じている女性がフーザンナ。

 革製のソファに座り、眼光鋭く私を見ている痩せた男性がラルフ。

 椅子に座らず、腕を組んで立っている筋骨隆々の男性がナイル。

 テーブルに置かれた大量の菓子を一人で音を立てて食べている少女がプルネラ。


 エノンが空いている椅子を指さした。


「座れ、ルイーズ」

「はい」


 言われるがままに腰掛ける。


「アドルモルタの現所持者は? 来ていないのか?」

「はい。今は観光に行っています」

「観光? ふん、甘いな。情でもうつったのか?

 お前、そういうタイプではなかっただろう」

「エノン、少し当たりが強いですよ」とフーザンナ。

「いいだろうが、別に。問題あるまい。当人を連れてきていないコイツの方が問題だろうが」

「うるさい。唾飛ばさないで」とプルネラ。

「うるさいです。声量を落としてください」とラルフ。

「むむ……。悪かった」

「わかればいいよ」

「わかればいいんです」


 エノンはむすっとした顔でルイーズをにらんでいる。

 と、エズラがフィコを持って戻ってきた。


「飲みなさい」

「ありがとうございます」

「ああ」


 エズラは木製の揺り椅子に腰掛け、指を組んだ。


「さて、エノンの言うとおりだ。なぜアドルモルタの所持者を連れてこなかった?」

「私は彼に人間らしい生活を送って欲しいと思っています」

「ほう?」

「ですから、一度彼抜きで話がしたかったのです。彼がいると、その、気恥ずかしいので……」

「気恥ずかしい……?」


 視界の端でナイルが声を殺して笑っているのが見える。

 他のメンバーも大なり小なりリアクションがあったが、エズラは一切顔色を変えなかった。


「そんな理由で連れてこなかったのか……。まあいいだろう。

 どのみち彼がどのような人間なのかは私たちにはそれほど重要ではない」

「連れてくるべきだろうが」とエノン。

「私は気になるけれど」とプルネラ。

「俺もだ」とナイル。

「……。私にはそれほど重要ではない」


 エズラはため息をついて言い直した。


「我々は君が四か月前に送った早馬でおおよその顛末を知っている。

 異世界からやってきた放浪者がアドルモルタを発見し封印を解いたこと。

 さらにはアドルモルタを扱うに足る魔力を秘めていること。

 神官エルダが魔王トリビューラを召喚したこと。

 二か月後にアドルモルタを賭けて再戦することになっていること。

 それが君の手紙に書かれていた内容だ。

 さらに巡礼者の森でドミナトスと遭遇したという報告も受けている。

 何か補足はあるかね? 詳細は後でじっくり聞かせてもらうが……」

「補足はありませんが……。

 ドミナトスのことをご存じなのですか?」

「無論。彼は忌まわしき魔王の一人だ。

 魔王全ての討伐を目的としているものの、人間を逸脱していることには変わりない」

「なぜ彼は秘匿されているのですか?

 私は彼のことを名前すら知りませんでした」

「それは……」


 エズラが口ごもるが、フーザンナが代わりに続けた。


「我々の前任者たちが彼を召喚したからです。

 我々にとって彼は汚点なのですよ」

「それは……数百年前の元老院の方々がドミナトスを召喚したということですか?」

「その通りです」

「フーザンナ、しゃべり過ぎだ」とエズラ。

「あら、大した秘密でもないでしょう。身内の恥を身内に明かしただけだわ。

 ルイーズは口の軽い人間でもないですし」

「本題からずれていますよ。ドミナトスの話はいいでしょう」


 ラルフが手を叩いた。


「……もうさっさと我々の結論を伝えてもいいのではないですか?

 長々と引っ張っても仕方ないでしょう?」

「もう、結論は出ているのですか?」

「当然です。四か月も時間があったんですから。散々話し合って結論を出しました」

「どのような結論かお聞かせいただけますか?」

「エズラが言うべきじゃないの? 一応議長だし。ラルフじゃなくてさ」とプルネラ。

「では私から言おう。

 アドルモルタは、当代の勇者キュアリスに持たせることにした」



 そう聞いて思ったことは二つ。

 これでシェイルは『誰かを救う』期待から解放される。

 これでシェイルは『誰かを救う』権利を奪われる。


「君は所持者が我々の指示に従って自由を奪われることを危惧していたのではないかね?

 人間らしい生活を送る、というのはそういうことだろう?

 安心するがいい。君の望みは叶う」

「いえ……それは少し違います」

「ほう?」

「私の危惧は確かにそうです。彼の自由が奪われることをおそれていました。

 しかし、彼は自分で自分の結論を出したのです。

 彼は純粋に自分のためにアドルモルタを所持し続けることを決めました。

 私は聖騎士としてではなく、彼の友人として彼の意志を尊重します」

「おい、口の利き方に気を付けろ。

 お前の意見など知ったことか。俺達がお前に期待しているのは事態の報告だ。

 意見ではない」とエノン。

「エノン、言い過ぎですよ」とフーザンナ。

「言い方などどうでもいい。お前たちもおおむね、同じ考えだろうが」

「まあねえ……。その所持者、名前はなんて言ったっけ?」とプルネラ。

「シェイルです」

「ああそう、シェイル。強いの? 弱いんでしょ、彼?

 アルタとミルに助けられたって聞いたよ。

 そんな弱いんじゃ意味ないでしょ。持ってたって。

 強い剣は強い奴が持ってこそ意味がある。武器は最強をもっと強い最強にするためにある。

 中途半端な奴が持ってたって意味ないよ」

「……彼は……まだ弱いですが、これまでに二度魔王と対面し生き残っています」

「魔王にはルールがある。人間は殺せない。生き残っているのは当然だ」とナイル。

「違います。彼らはルールを守りながらも我々を殺すように仕向けてきました。

 それは報告しているはずです」

「お前こそ間違っている。お前たちが戦ったのは魔王じゃない。

 魔王に踊らされた人間と信奉者だ。魔王ではない。話をすり替えるな」とラルフ。

「……すみません、おっしゃる通りです。

 しかし、ただの何の才能もない弱い人間が魔王を前にして生き残ったのは事実です。

 彼には何かがある。私はシェイルが必ず強くなると確信しています」

「ふん」


 ルイーズの意見を聞いてプルネラは鼻で笑った。


「曖昧だね。可能性の話?

 別に勝手に信じるのは悪くないけど、アドルモルタはすげー強い剣だってわかってる?

 誰が持つかで救われる人数は変わるんだよ。

 だったら可能性より実績だよ。

 もちろんシェイル君がそのうちキュアリスより強くなるかもね。

 でもその時はシェイル君に持たせればいいじゃん。違う?

 間違ったこと言ってるかな?」とプルネラ。

「……お前はもう少し人の心を持て」とナイル。

「私たちに必要? それ」

「必要だ。傷つくとわかっていても伝えるのとわからずに踏みにじるのは違う」

「理解できないね」

「努力が足りん」

「私より強くなってから言ったら?」

「お前はそればかりだ」

「……話がズレているぞ」とエズラ。


 全員がエズラの顔を見た。


「論点がズレている。

 ルイーズの懸念はもっと個人的なものだ。要するに所持者の望みがかなえられるべきだ、という主張だろう。

 ルイーズはアドルモルタはあくまで彼の物だと思っている。

 我々はアドルモルタを教会の物だと思っている。

 結局のところ、そういうことだろう。違うかね、ルイーズ」

「その通りです。アドルモルタをどうするかは彼に決定権があると思っています。

 彼が決めるべきだと」

「あー、そう言うことね……」とプルネラ。


 プルネラは興味が失せたと言わんばかりにテーブルの上にぐでっと突っ伏した。

 すかさずフーザンナが注意する。


「行儀が悪いですよ」

「うるさいな。こんな話時間の無駄だよ。

 大体、フーザンナはどう思ってるんだよ。猫かぶるのやめてよ」

「そうねえ……。

 議論は大事だわ。話し合ってお互いの妥協点を―――」

「だーかーらー、ルイーズの意見をどう思うのかってこと!」

「ふー……。仕方ないですね。

 子供の駄々を聞いているような気分だと思っていますよ」


 フーザンナはため息をついて言った。


「あなたは聖騎士ではなく一個人として意見を言ったけれど、私たちは違います。

 元老院の決定が聖都、ひいてはエリス教の支配圏の運命が左右されますから。

 人一人の痛みを想像するよりも、どれだけの人を救うことができるのかを考える方が正しいのです。

 あなたの意見では、私たちの決定が覆ることはありません」

「……」

「ごめんなさいね。あなたの意見が間違っているわけではありません。

 ただ、我々はあなたの意見を重視しないという、ただそれだけの話です」

「……フーザンナ。お前が一番きついことを言っているぞ」


 エノンは呆れた、と言わんばかりの表情で言った。


「そうかしら……。ごめんなさい、ルイーズ」

「……せめて、キュアリス様とシェイルのどちらがアドルモルタにふさわしいかを確かめてはいただけませんか?」

「くどいぞ。そんなもの確かめるまでもない。

 キュアリスのことを知らんわけでもあるまい?」とエノン。

「もちろん存じています」


 キュアリスのことはもちろん知っていた。

 石腕の勇者キュアリス。


 竜族の内乱の停戦への助力。

 腐肉のドールとの領土交渉。

 鮮血帝レドモアとの冷戦を平和的に終結。

 灼熱のニールワーダを倒し火炎戦争を勝利に導いた。

 世界情勢に影響を与えるほど大きな成果だけでこれだけある。

 彼女の功績は枚挙にいとまがない。

 本物の英雄である。


 けれど、私はシェイルにも何かがあると思う。

 まだまだ本物の英雄の足元にも及ばない。

 比べるまでもない。


 でも、何かはある。光るものが。

 それはエルダを倒したとき、ドミナトスを退けたときに少し見えた。

 覚悟のようなものだと思う。

 他の何物でもない自分だけの意志を貫くという覚悟。

 誰かの考えや正義に依存しない、自分の願いに忠実であろうとする覚悟だ。


 それは勇者や英雄になるために必要なものだと私は思う。

 他人の決めた正義に従うだけで、そこまで強くなれるだろうか。

 修羅場をくぐりぬけて生き抜くことができるだろうか。


 シェイルは強い。これからどんどん強くなる。

 キュアリスよりも強くなるかはわからない。

 けれど、シェイルが持っていた方がいい結果になると私は思う。

 これは勘だ。ただの勘。


 しかし、だからこそ引くわけにはいかない。

 ……とはいえ、分が悪いどころではないのも事実だ。

 私に説得力がないせいでシェイルがアドルモルタを取り上げられるかと思うと胃が痛くなりそうだ……。


 どう言えばいいんだ……。


「キュアリス様にシェイルと会ってもらえばきっとわかります!」

「我々ではわからんと言っているのか?

 そう言うならそもそも連れてくるべきだろう?」とナイル。

「まあまあ、こういう議論には慣れていないんでしょう。

 後先のことを考えられないのは仕方ないことです。

 そう責め立てなくてもいいじゃないですか」とフーザンナ。

「そんなことを言っていてはいつまでも話が進まないだろ」

「もう会いましたよ」


 聞きなれない声がした。

 入口のドアの向こう側から。

 全員がドアに視線を向ける。

 ドアノブが回る。


「誰だ?」

「私ですよ」


 ドアが開いた。

 そこに立っていたのは瑠璃色の髪の女性だった。

 両手に肘まで覆うほど長い白の皮手袋をはめている。


 キュアリスはあっけに取られている一堂に明るく笑いかけた。


「石腕の勇者キュアリスです。

 ただいま参上しました。遅れて申し訳ありません」

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