第5話 爆発
シェイルは灰の本を机に置いたままにして、本棚を前にして腕組みをした。このまま終わらせるのはなんとなく、癪に障る。なんだか負けた気分だ。かと言ってあの本をもう一回開くのは嫌だ。灰まみれになるし。
「よーし、…セルフ黒ひげ危機一髪と行こうじゃないか…!」
どうせなら、他にどんなビックリギミック本があるかどうか試してみよう、という訳である。
ヤケクソだった。
***
シェイルが自覚なしに命がけの黒ひげ危機一髪を始めようとしている一方で、ローアは聖堂をうろうろと行ったり来たりしていた。たまにチラチラと祭壇の方に視線を送っている。
「あの…巫女様…何か心配事でも? 心配しなくても物を壊したりはしませんよ」
「あっ、いえ、そういう訳では…」
村人の目には「何か物を壊さないだろうか」と心配な様子に映ったようだ。落ち着け自分と戒めつつ、深呼吸する。しかし、やはり視線は祭壇の方に行くし、うろうろもしてしまう。
「…やっぱり、隠し部屋がバレたとしても開けた方が…」
なにせ人命がかかっているのだ。まさか彼がホコリのかぶった本を読む趣味があるとは思えないが、何があるかわからない。あの中には下手に障ると大けがでは済まないような危険極まりない魔導書もあると聞いたことがある。
「やっぱり、開けるべきだわ。開けるべきよ…」
しかし踏ん切りがつかない。
村人が酒樽を転がす音がする。鳥のさえずる音がする。平和そのものだ。なんとなく、何事も起こらないのではないかと思える。
…とにかく、彼らをここから遠ざけよう。まだお昼には早いがお茶を入れて…。
その時だった。
青白い光が聖堂の地下から漏れ出て、空気を切り裂くような甲高い音が鳴り響いた。とてつもない緊張感をはらんだ凄まじい閃光と轟音。光と音が鳴ると同時に聖堂の右側が吹き飛んだ。
***
「まずはルールを決めよう。本を何冊抜こうか。…よし、十冊だ。一冊抜いては開く。もし何もなければその本を読もう。やるぞ…!」
シェイルは揉み手をすると一冊目の本を手に取った。本を開く。さて、一体、何が…。
…。
……。
…………何も起こらない。
シェイルは一冊目にして何も起こらないのか、と少しガッカリしたが「何も起こらないに越したことはないか」と肩をすくめ、その本のページをパラパラとめくった。どうやら神話か寓話か何かの本のようだった。魔法の本ではないのか、とシェイルはさらに落胆したが、そもそも退屈しのぎの本を探していたのでこれでいいかと椅子に腰かけた。書かれている文字は読めなかったが、挿絵が多かったのだ。
パラパラと挿絵のあるページだけをめくっていく。
中盤辺りで、同じ場面ばかり描かれている話があった。場所は湖だ。湖には小島があって、剣のようなものが突き刺さっている。ユニコーンや妖精がその小島に季節ごとに遊びに来る、という話だろうか…? 本当はどういう話なのだろう、と想像を巡らせながらページをめくっていると、急に剣がアップになっている絵になった。生き物は映っていない。どうしたんだろう、と思いつつ次のページをめくると…同じ絵が載っていた。
前のページと見比べるが、違いがわからない。立ち上がり、ランプの近くで見るが、やはりわからなかった。それ以降のページをめくるが、もうその話はおしまいらしく、次の絵は全く違う雰囲気のものになっていた。同じ絵がただ連続するはずがない。シェイルは何か違いがあるはずだと顔を近づけてよく見た。細かいところは違う。しかし、それは手書きで絵を描いていることによってうまれた線の微かなズレだ。これは手書きなのだ。絵はかなり精緻なタッチで、一枚書くだけでも何日もかかりそうなものだった。やはり同じ絵のはずがない…。何かあるはずだ。何か…。
シェイルがランプの下で絵に顔がくっつきそうになるほど近づいて間違いを探し続けた。およそ20分ほど経っただろうか。
「…あ。見つけた。これだ」
剣だ。剣の刃にうっすらと文字が刻まれているか、いないか。後のページには刻まれていたのだ。あまりにも細かいので見えなかった。
シェイルは苦笑いして剣の刃を指でつついた。
「よーしよし、ここか、ここだったのか。全く、こんなの誰が…。あ?」
指に紙の感触が無くなった。というか、指が本をすり抜けた。シェイルはぎょっとして本を取り落としてしまった。慌てて右手を見た。指はある。次に左手で指がちゃんとあるか確認した。指はしっかりついていた。感触もある。シェイルはしばらく棒立ちになったまま、床に落とした本を凝視していたが、おそるおそる本を拾い上げた。
特に変なところは無い。挿絵も変わっていない。別にただの絵だ。角度を変えてみてもただの絵であることには変わりない。そうして、シェイルはもう一度絵に指を伸ばした。…やはり本をすり抜けた。そのままスルスルと手を本の中に…というよりも絵の中に入れていく。驚いたことに絵の中に入れた手が挿絵として描かれていた。
「うわあ…。なんだこれ、すげえけど…気持ち悪いな。……これ、もしかして剣に触れるのか?」
一度、手を本から引き抜いてじっと見た。剣まではけっこう距離がある。肩まで手を突っ込めば届くだろうけど…、少し怖い。
しかし、結局は好奇心に負けて肩まで腕を突っ込んで手を伸ばした。
「どこだ…? この辺かな? 見えないからよくわからない…。あ。」
指先が固いものに触れた感触があった。そっと触ってみる。硬くて冷たい。剣の柄に違いない。右手でつかんで手前に引いてみた。…ビクともしない。色んな方向に引っ張ってみたが、上手くいかなかった。変な体勢でおかしな方向に力を入れているせいか息がすぐに上がった。
「ぜえぜえ…。何だ? 全然ビクともしないぞ…。あれか?こういうのは何か言わないとダメなのか?ええと…、わ、我が名は…なんだっけ…えーと、シェイル・ホール―…ア。汝…、清廉なる…聖剣よ…。…我が…剣となれ」
すると剣はビクッと一瞬震え、するりと抜けた。どうやら正解だったようだ。そんなんでいいのかよ、と自分でも思った。
本から剣を引き抜いた。自分の身長ほどもある剣が本から飛び出してくる。思わず背筋がぞくぞくするほど感動した。
「おおお…! すげえ! 綺麗だ! かっこいい!」
刃は白く、意外と分厚かった。刃こぼれは一つもなく、輝いている。柄は血のような紅色のようだった。結構な重量があった。5キロくらいだろうか。
振ってみたい、と思った。ほとんど衝動だったと思う。気づけば剣を振り上げていた。高揚感があふれる。異世界にやってきたのだと思った。
「おらぁっ!」
衝動のままに思い切り振り下ろす。…何かが急速に無くなっていく感覚があった。同時に強烈な光と音があふれた。剣を振ったのと同時だったから、何が起こったのかまるでわからなかった。まばゆい閃光が走ったと思ったら、次は耳をつんざくような轟音が鳴った。反射的にきつく目をつぶった。
恐る恐る顔を上げると、青空が見えた。雲が流れている。手前に山だろうか、いや崖か。崖が見えた。崖の上に誰かが立っていた。こちらを見下ろしている…気がする。遠くてよくわからないが…。
頭がバグりそうだった。ここは地下のはずだったのに…。どういう…。
「シェイル!」
遠くでローアの声がした。視線を落とすと空いた穴からこの部屋に降りてきていた。あれ?階段は?と思った。空とローアが回転した。なんだ?何が起こった?
そこで急に視界が真っ暗になった。頬に硬いものが当たる。痛くはない。
シェイルは気絶した。
***
聖堂が吹き飛んだのを見て、ローアはすぐに周囲を見回した。作業をしていた村人たちは無事だ。音を聞きつけて扉から聖堂の中をのぞいている。ブブとボボも音を聞きつけて同様に顔をのぞかせ、珍しく驚いた顔をしている。
天井から瓦礫が落ちてくるのが止まると、ローアは穴の方に駆け寄った。「シェイルが魔導書を開いたのだ」と思った。様々な考えが頭をよぎっていく。「自分が忠告し忘れたせいで」「彼は死んだ」「いや、生きているはず…」「私のせいだ…」
「シェイル!? 生きてる!? シェイル!?」
穴の上に立ち、中をのぞいた。
シェイルが剣を持って立っていた。こちらを見上げている。目が合った。
ローアはシェイルが剣を持っていることに驚いたが、それよりも彼が生きていたことが本当に嬉しかった。ほっとして、息を吐いた。
しかし、どうにもシェイルの様子が変だった。なんだか、視線が定まらない。
「シェイル?」
足元に注意しながら隠し部屋まで下りると、シェイルは目を回して倒れた。膝から崩れ落ち、剣が手からこぼれてカランと高い音を立てた。そのまま前に突っ伏して倒れた。
「えっ、シェ、シェイル!?」
慌てて駆け寄って抱き起こすが、起きない。頬をぺしぺしと叩くが効果は無かった。…しかし、息はしている。おそらく大事は無いはずだ。
ふう、と落ち着いたところで穴の上に、ブブとボボ、そして村人たちが立っているのが見えた。
「巫女殿…? この有様は一体…。それと彼は誰だ? 見たことが無い顔だが…?」
「えっ、えっと…、その…、この崩落は、その…、ええと…」
「私が不肖の弟子に代わって答えましょう」
ローアがしどろもどろになっていると、凛とした強い声がどこかからか聞こえてきた。ブブとボボ、村人たちが振り返る。一歩ずつ近づいてくる足音がする。まだ姿は見えない。しかし、ローアにはその姿を見ることなく声の主がわかった。
声の主が穴の淵に立ち、ローアを見下ろして微笑んだ。
「ローア、元気そうね」




