第45話 同調
「なにしてんだよ! 危ないだろ!」
俺は出していた火球の魔力を崩して燃え尽きさせた。
「あっ!? ちょっと! なに消してんのよ!」
「何するつもりなのか説明してくれよ。じゃなきゃ出さない」
「命令するわよ……!」
「すればいいだろ!」
「……」
「……」
シェイルとローアのにらみ合いを見て、ココはルイーズに言った。
「何してるんだ、あれ?」
「さあな。私にもわからん」
「本当に説明してくれよ。火じゃなくても水でもいいんじゃないのか?」
「アドルモルタは火でしょ?」
「そうだな」
「じゃあ、火じゃなきゃダメよ。慣れないと」
「……アドルモルタの火でやるつもりなのか!?」
ローアはしまった、という顔をした。
何考えてるんだ!?
と、俺がローアに食ってかかる前にエリスが口を挟んだ。
「ハイハイ。らちが開かないから僕から説明するよ。
ローア、意地はっちゃダメだよ。話進まないでしょ。
なにより、亡霊逃げそうになってるから」
「……すみません」
「シェイル。魔導力ってわかる? わかんないよね!」
断定された。なんか悔しい。
まあ、知らないけれども。
「魔法使いにとって大事な能力は大きく分けて二つある。
一つ目は魔力。魔法の源。つまりはエネルギー。
二つ目が魔導力。魔法を扱う力。つまりはパワー。
君には有り余るほどの魔力がある。
君に足りないのは魔導力だ」
「はあ……」
魔力と魔導力か……。
そういえば聞いたことがある気がする。
エネルギーとパワーと言われればわかるような気もするけど、それがどう魔法の強さに繋がるのか、いまいちピンと来ない。
いや、魔力はなんとなくわかるけど、初耳なのもあって魔導力がよくわからない。
「ピンと来てない顔してるね?
君にだけわかりやすく言うと、ホースと水みたいな関係かな。
ホースを蛇口につないで水を出したことあるでしょ?
あれを例にしよう。
水をかける行為が魔法。水の勢いが強いほど効果の高い魔法になる。
魔力は水の量だ。
で、水の勢いを強くする能力が魔導力。
蛇口をひねったり、ホースの先端をつまんで勢い良く出すイメージかな」
うーん……。なんとなくわかったような?
「魔法の強さはものすごく単純に言うと、魔力と魔導力の掛け算だと思っていい。
君は魔力は人外レベルに多いけど、魔導力はそれなりだから君の魔法は強くない。
冒険者的に言うと、C級ってところかな。
魔力だけならS級なんだけど、仕方ないね」
「えっ? じゃあどうして俺は今まで魔導力の訓練?とかしてこなかったんでしょう?
ドットはどうして―――」
「君は魔導力以前に魔法をまともに使えてすらなかったからじゃない?
自転車に乗れるか乗れないかくらいの子供にスピードの出し方なんか教えないでしょ?」
なるほど、それはもっともだ。
「……というか、さっきから気になってたんですけど、エリス様俺の元居た世界のことをどうして知ってるんですか?」
「僕は神様だからね! 当然知ってるさ!」
無い胸を張ってどや顔をされた。
……そういうものなのだろうか?
「おっと、長くなっちゃった。待たせたね、ローア。続きをどうぞ」
「はい。……やるわよ、シェイル! もう一回火の玉出して!」
「あれ? よく考えたら説明されてないんじゃ……?」
「いいから出しなさい!」
「はい」
ローアが怖かったので大人しく火球を出した。
ローアは再び火球に手を近づけたが、今度は触れるか触れないかのギリギリのところで手を止めた。
「あんたの魔導力はまだまだ全然なってないわ。
だから私が代わりにホース?の先端をつまむのよ。
そうすればあんたの膨大な魔力で強い魔法が使えるでしょ」
「だからってこんな危ないのは……」
「いいのよ。気にしないで」
ローアは俺の方を見ずに言った。
完全に火球に集中している。聞く耳を持っていない。
ずいぶんと頑固だ。
もしかしたら、まだ俺がアドルモルタを持つきっかけになったとかそういうことを気にしているのだろうか。
気にしなくていいと俺は思うけど……。
でもまあ、それはもうすでに言ったつもりだ。
もう一度言ったところでローアが楽になるものでもないだろう。
なら本人の気のすむようにさせるのが一番かもしれない……。
でももう少しくらいは自分のことを顧みて欲しい。そうすべきだ。
ローアは相変わらず火の熱さに顔をゆがめている。
俺はまた火球を消した。
ローアは一瞬ポカンとした表情で驚き、キッと俺をにらんだ。
「ちょっと! 消さないでよ!」
「ローア、やっぱり水でやろう」
俺は水の球を作りながら言った。
「火でやるのはそれからでも遅くない―――」
俺が言い切るより先にローアは左手で水の球に触れ、右手を俺に向けた。
「?」
「これなら充分でしょ」
ローアはそう言うと、水魔法をぶっ放した。
水鉄砲とかの生易しい水流じゃない。
体感はケル〇ャーだ。高圧洗浄機。
実際に当てられたことはないけれど、少なくとも人に向けていい水圧じゃないことはわかる。
だって息ができない!
ローアの放水が終わると俺は顔の水をぬぐって抗議した。
「な、なにするんだよ!?」
「わかったでしょ。いいからさっさと火の玉を出しなさい」
「……。ちょっと待ってくれよ。もう少しいいやり方が―――」
「いい加減にしなさい」
ローアは不機嫌そうに腕組みをして言った。
「心配してくれるのはいいけれど、今できる方法はこれしか無いわ」
「でも、もっと考えれば何か―――」
「無いわ。今、問題になっているのは『私が火に同調できるか』なのよ。
あんたの魔力に同調できるのはわかってる。
次は火に同調できるか。
その次はアドルモルタを通したあんたの火に同調できるかなのよ」
「……」
「わかったらさっさと火球を作って」
俺はもう一度火球を作った。
ローアがまた火球に触れる。
額に汗がにじんでいる。
唇をかみしめている。
拳をにぎりしめている。
俺は情けなくて泣きたくなってきた。
俺の魔導力が弱いばかりにローアが痛い目に遭っているのだ。
本人が進んでやっているのが……少し混乱するけれど……。
でも、俺はローアには痛い目に遭って欲しくなかった。
ローアが俺に負い目があるように、俺にもローアに負い目がある。
エルダと戦った時、俺はローアに隷属魔法をかけてもらった。
アドルモルタを撃ちすぎて、フラフラになって自分の意志で行動するのが難しくなったからだ。
もし、隷属魔法に頼らずにエルダと戦っていたら?
もし、トリビューラに余計な攻撃をしなければ?
ローアはここにいなかっただろう。
隷属魔法をかけていないのだから、村の教会でのんびりやっていたはずだ。
ブブとボボ、新しい神官と一緒に今までどおり暮らしていただろう。
俺のせいだ。
でもそれはもうどうにもならない。覆らない。
過去は変えられない。
……いや、待てよ。エリスなら変えられるのかな?
「エリス様、ちょっといいですか?」
「ん? なに?」
俺はエリスを連れてローアから距離を取り、少し声を落として聞いた。
「エリス様は過去は変えられるのですか?」
「……なんだい? 藪から棒に。何をどうしたいんだい?」
「ローアが俺に隷属魔法をかけないように過去を―――」
「あーごめん無理。そういうやつね。
そういうことなら、なんであれ過去は変えられないよ」
エリスは俺の言葉を最後まで聞かずに手をひらひらと振った。
「僕が何度もやり直してるって言ったからそういう発想になったのかな。
いい? やり直しはできる。僕は、ね。
でもそれは、君じゃない。
君はやり直しはできない。僕の匙加減の話じゃない。
僕にもできないんだ」
「そうですか……」
「ごめんね。悪いけどあきらめて」
ダメか……。
まあそうだよな。
そんな都合のいいことあるわけないし、もしそうなら最初の一人目で終わってる話か。
過去はやり直せない。神様でも無理らしい。
ならせめてローアをこれ以上不幸にしたくない。
ローアは幸せな人生を送るはずだっただろう。
それだけの力と言うか、パワーのようなものはあるはずだ。
自分の力で幸福をつかみ取れるというか、そんな感じの。
でもそれはあくまでも普通の人生の範疇の話だ。
俺のせいで魔剣だとか魔王だとかに巻き込まれれば不幸は―――。
「ローアのこと、好きなの?」
「うわあっ!?」
エリスが背後からにゅるりと俺の顔をのぞきこんできた。
蛇かアンタは。
「すすすすす好きとか……! そんな、そんなんじゃないですよ!?」
「ふぅ~~~~~ん? そぉなんだ、へえぇ~~……?」
エリスは『へへへ』とか『けけけ』とかいう擬音が似合いそうな表情でニヤニヤと笑っている。
なんだろう……。
殴りたい。無性に。神様なのに。
「してあげようか、アドバイス?」
「結構です」
あー、わかった。
ただのセクハラだコレ。
セクハラオヤジと一緒なんだ。面白がってやがる。
「おい! 君! セクハラオヤジって思っただろ!」
「心読まないでくださいよ!」
「読んでないよー。顔に書いてあった」
どんな顔だよ……。
……え? マジで?
ニヤニヤしているエリスを無視し、俺はローアの隣に戻ってきた。
ローアはまだがんばっている。
目が血走っている。額の汗がすごい。
目が合った。
ローアはニヤっと笑った。
「コツはつかんだわ。もうちょっとよ」
***
コツをつかんでから三十分ほどでローアは火球と同調して魔法を撃てるようになった。
絵面は完全に火炎放射器だ。
その間にルイーズとココは暇だったらしく、エリスに質問を投げていたようだ。
俺はローアのことが気になっていたから、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
質問していたことさえ、あやふやだ。
「シェイル、この火球にどれだけ魔力を詰めてるのよ……」
ローアは森に火をまき散らしながら呆れた口調で言った。
「全然減らないんだけど」
「……ありったけ?」
「アドルモルタの火が楽しみだわ……」
「……なあ、」
「心配しなくていいわ。さっさと次に行くわよ」
「ローア、ちょっといいか」
今度はルイーズがローアに声をかけた。
ついさっき、亡霊が脱走したので少し息が上がっている。
「なんですか?」
「アドルモルタの火と同調するなら、自分だけで治癒もやるのは難しいだろう。
私がヒールをかけよう」
「ありがとうございます。……でも、いいです」
「な、なぜだ!?」
ルイーズは目に見えて動揺していた。
言葉をつづける前に俺を一瞬ちらりと見た。
「……火傷が残る。それだけじゃない。
手が使い物にならなくなるかもしれないんだぞ」
「でもルイーズさんに治癒をかけてもらうと、魔力の流れが乱れるので……。
同調する方が難しくなってしまいます」
「時間をかければいいだろう」
しかし、ローアは首を振った。
「無理です。鳥は嵐の中では飛べません。それと同じです」
「……やってみなければわからないだろう」
「すみません、私にはわかっていることなんです」
ローアは申し訳なさそうにそう言うと、俺の方を見た。
「シェイル。火を出して」
「待った。
……エリス様」
「ん? なんだい?」
俺はすぐそばで俺達のことを見ていたエリスに声をかけた。
「ここまでする必要があることなんですか?」
「ここまでって?」
「ローアがケガをしてでもやるべきなのか、ってことです」
「やるべきだね」
「あなたがやればいいじゃないですか。できるんでしょ?」
「答えるのが難しいな。
できると言えばできるし、できないと言えばできないし―――」
「ちゃんと説明してください。でないと俺は協力できません」
「そうかな?
ローアちゃんはやる気みたいだから命令されれば否応なしだろ?」
「……」
「わかったわかった。そんな目でにらまないでよ。
厳密には少し違うんだけど、魔王と同じで僕にもルールがある。
呪いと言ってもいい。
僕は物事への干渉を制限されている」
「物事への干渉……?」
「わかりにくい言い方で悪いけど、説明することも制限されているし、そもそも説明すること自体が難しいことなんだ。
今回で言うと、この亡霊を攻撃することはできない。
捕まえるための水槽を用意することはできるけど、実はペナルティを受けている。
ここより更に踏み込むとなると、より大きなペナルティを受けることになる」
「どんなペナルティですか?」
「大切なものの一つを失う。僕の場合は……記憶の一部だね」
「……。
エリス様、お願いします。あなたがトドメを刺してください。
ローアが傷つくところを見たくないんです」
「できない。悪いけど。
本当はペナルティの問題だけじゃないんだ……。
今後…………。いや、ダメだな……。
……よし、こうしよう」
エリスは俺の前でかがみこみ、指を一本立てた。
「ローアを僕の眷属にする」




