第40話 権利
「ええっと、話を戻すけど、魔王のルールってなんなの?」
「神が課したいくつかのルールだ。……詳細は知らん」
「えっ、知らないのか?」
「ああ、知らん」
おかしい。
さっきまであんなに自信たっぷりに話してたのに。
それで知らないなんてことあるか?
……まあいいか。これ以上は聞きすぎっていう気もする。
こいつらは敵ではないけど、味方でもないんだし。
「話を戻そうか。
えーーっと、そうだ。ローアは悪くないって話。
ローアが俺を地下の隠し部屋に案内したから、あの事件はある程度マシな決着に落ち着いたんだ。
もしあれが無かったら、あの村の中で生き残れたのはエルダさんとブブとボボくらいじゃないかな……」
「そう、ね……。その通りだわ……」
ローアはだいぶ落ち着いた様子だった。
ドミナトスの話を聞いているときに自分の心を整理していたのだろう。
「でも、私は悪くない、とは思わないわ。
結果的に上手くいったからって、自分のためにしたことだったのは確かだから。
……けど、ありがとう。少し楽になったわ」
ローアはにこっと微笑んだ。
その拍子に涙が頬を伝う。
が、ローアは涙をぬぐうと自分の頬をパシンと叩いた。
「さてと。アドルモルタをあいつに渡すのかどうかよね。
そうね……。
基本的には好きにすればいいと思うけど……。
シェイルは持っていたいんじゃないの?」
「えっ、なんで? なんでそう思うんだ?」
「シェイル、けっこうそれ気に入ってるんじゃない?
重荷だって思ってるだろうし、私もアンタの立場だったら投げ出したいわ。
でも、他人の期待とかそういう重荷を抜きにすれば気に入ってるんじゃない?
その剣のこと自体はそれほど嫌いじゃないんじゃないの?」
……言われてみれば、そんな気もする。
確かに重荷になる、ちょっと厄介な武器だと思っている。
でもなんだかんだ一か月も肌身離さず持っていて、少しは扱いもわかってきた。
嫌いじゃないし、この先もっとうまく扱えるようになるかと思うとわくわくする気持ちもある。
「そう……。そうだな。アドルモルタのことは嫌いじゃない」
「なら持ってればいいじゃない。
期待とか、重荷とか、くだらないわ。いちいち聞かなくてもいい。
どうだっていいじゃない。
期待する奴にはさせとけばいい。
アンタが持っているのは、誰かを救う義務じゃない。
誰かを救う権利よ。
それでもゴチャゴチャ言ってくるヤツがいたら……。
ぶっ飛ばせばいいのよ、アンタの剣はそれくらいの力があるんだから。
安心しなさい。何があったって、私はアンタの味方よ」
ローアは自信満々にそう言い放った。
その後、自分が立ち上がっていたこと、拳を握りしめていたことに気づいて顔を赤くして「以上よ」と言うとそそくさと元の位置に座った。
「じゃあ、いよいよ俺だな?」
「そーだね」
ドットがニヤニヤしながら言った。
「まず……今回はよくやったと褒めてやろう。
格上を相手に互角以上にわたり合ったのは、素直に称賛に値する!
……ま、俺が師匠なんだから当然といやあ、当然なんだがな!」
「……最後の一声で台無しだよ」
「当然なんだから仕方あるまい。
さて、アドルモルタを渡すかどうかだが……」
ドットはあごに手をやって考えているようなそぶりを、一瞬だけ見せた。
が、すぐにニヤリと笑った。
「好きにしろ。以上」
「えっ……? も、もっと他に何か無いの?」
「無い。
色々考えたがローアの話を聞いて言う必要は無くなった。
あれが一番お前の本質を捕えていたからな。お前だって腑に落ちただろう?」
「まあ……、そうだけど……」
チラッとローアを見ると、両手で顔を隠してうずくまっていた。
て、照れている……。かわいい。
「もう決めたんだろ?」
「……うん」
「じゃあ、いいじゃねえか。俺の意見なんざ必要ねえんだ。
お前が決めていいんだよ」
そう言うと、「以上だ」とばかりに両手を上げて口元をゆがめて笑って見せた。
当然と言えば当然だけど、誰も『渡すべきだ』とは言わなかったな。
皆の意見をまとめてみよう。
ルイーズは、人間かどうかも怪しい奴に渡すな、と。
アルタは、俺を信用しているから持っていて欲しい、と。
ミルは、アドルモルタを重荷だろうから渡しても反対しない、と。
ローアは、アドルモルタは誰かを救う義務ではなく権利なのだ、と。
ドットは、俺が決めていい、と。
そう言ってくれた。
皆、それぞれの考えを正直に言ってくれたと思う。
あとは俺が決めたことを言うだけだ。
「ドミナトス」
「決まったか?」
「ああ。
アドルモルタは渡さない。俺が持つ。
こんなカッコいい剣、そうそうあるもんか。俺の物だ。
誰にも渡さない。これは俺が俺のために振るう剣だ。
……ローア」
「なに?」
「俺が暴走したら止めてくれるかな?」
「もちろん。安心していいわ」
「ありがとう。
……聞いての通りだ、ドミナトス。
アドルモルタは渡さない」
「わかった。仕方あるまい」
ドミナトスはやれやれ、といった様子で腰を上げた。
「とはいえこちらも『はい、そうですか』と引き下がるわけにもいかない。
少々揺さぶりをかけさせてもらう」
「何をする気だ? また戦るっていうのか?」
「いや、そうではない。
ただ、君たちは大事なことを忘れているだろう、ということだ」
「どういう意味だよ?」
「……剣を渡す気になったら彼女に言うといい。
ではな。また会おう」
ドミナトスはニヤリと笑うと、ドンドンと床を二回踏んだ。
次の瞬間、地面から手の形をした影のようなものが現れた。
それはドミナトスとミケルマをつかむと煙になって消えた。
ドミナトス達と一緒に。
「……え?」
煙を見つめて呆然とする俺をよそに、大人たちは何かに気づいたらしかった。
立ち上がり、辺りを見回している。
「やられたな。アルタ、ミル、ここから出る方法を知っているか?」
「いいえ。そちらは……聞くまでもないですね」
「ああ、知らない」
「えっと、どういうこと? 何の話?」
俺が困惑していると、ルイーズが言った。
「つまり、閉じ込められた、ということだ」
「「マジかー……」」
誰かと声がハモった。
俺も冷や汗を流していたが、そいつはもっと汗を流していた。
ココが呆然とした表情を浮かべて立っていた。
***
「ミケルマ様に置いてかれた……」
「いや、置いて行ったのはドミナトスだろ。ミケルマは―――」
「ああああ……」
聞いちゃいねえ。
ドミナトスに置いていかれたココは死んだ魚の目をして部屋の隅で三角座りをしてしまった。
どうにか元気づけようとしていると、何かをもてあそびながらローアが近づいてきた。
「……そう言えば、この子、誰なの?」
「ココだよ」
「ココ?」
「俺を殺そうとした奴で……、ミケルマの……手下?」
「……説明にはなってるけど、アンタが声かけてる意味がますますわからなくなったわ」
ローアは呆れた顔をすると、ココの背中をバシバシ叩いた。
「ほら! 起きなさい! アンタもここから出る方法を考えるのよ!」
「痛い……。やめて……」
「いい加減になさい!
ミケルマって奴に会いたいなら、アンタも手伝うのよ!」
「……わかった」
ココはのそのそと立ち上がると、自分の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「ん? ……他のやつらは?」
「皆、出口を探しに行ってるよ。この部屋に残ってるのは俺達だけだ」
「ふーん……」
ドミナトス達と戦ったこの部屋には椅子などの家具以外、何もなかった。
一番怪しいのだが、どれだけ調べても何も見つからなかった。
だから大人たちは部屋の外に出て、一つ前の『広い部屋』を調べに行ったのだ。
強い大人がいない、ということに気づいたココは目の色を変えた。
「……ということは、今がお前を殺すチャンスだな!」
ココはポケットからナイフを取り出そうとして……、ナイフが無いことに気づいた。
「……」
「……」
「……ええい! お前なんか素手で十分だ!」
「うわっ」
ココは素手のまま俺に飛びつくと、馬乗りになって首を絞めてきた。
慌てて振り払うと……、意外と簡単にどかすことができた。
力は弱いらしい。素早いだけのようだ。
「うううう……!」
「獣みたいなやつだな……」
「シェイル、どうすんのよ?
あんた一人でも大丈夫だって言ってたじゃない」
「いや、根はいいやつっぽいからもう殺そうとはしてこないんじゃないかと思ってた」
「……バカねえ」
ローアは心底呆れた、と言わんばかりにバカにした目で俺を見た。
「あの子にも隷属の魔法がかけられてるんだっけ?」
「ああ、胸にナイフが刺さってる」
「じゃあ、お仲間ってわけね」
そう言うとローアはココに向かってにっこりと笑って両手を広げた。
それを見て、ココは警戒するように目を見開いた。
「なんだ! 何をするつもりだ!?」
「怖がらなくていいわ。私は味方よ」
「嘘だ! お前、嘘つきの顔してる!」
「……」
ローアさん、顔が怖いですよ。
と、ローアは唐突にココの斜め後ろを指さして叫んだ。
「あっ! あれは何!?」
「えっ、なんだ!?」
ココが後ろに気を取られている隙にローアは深く息を吐いて土魔法の詠唱を始めた。
「……土よ、彼の者を縛りつけよ」
「おい、何も無いじゃ―――、ぎゃあああああ!?」
ローアは床から石の触手を生やしてココを拘束した。
ココはジタバタしているが、逃げられないらしい。
しばらくすると、諦めたのか大人しくなった。
「……やっぱり嘘つきだ。嘘つきの顔だったんだ」
「お黙りなさい。哀れな子羊ちゃん」
「あたっ」
ローアは身動きの取れなくなったココの鼻を指で軽くはじいた。
……まるで悪役である。
ローアはココの胸のあたりに手をかざした。
「むむむむむ……」
「なっ、なんだお前何してるんだ!? 離れろ!」
「お黙りなさい」
「……ローア?」
「おだま……。ああ、シェイルか。なによ?」
「……なにしてんの?」
「見てわかんないの?」
「わかんないよ」
「魔法を解析してんのよ」
あー……、隷属魔法だから解析してるのか。
お、俺の隷属魔法を解くために……。
くっ、なんていい奴なんだ……!
「ありがとう……! 俺のために……!」
「は? なに言ってんの?」
ローアは完全にバカにした目を俺に向けた。
え、違うの? 俺のためじゃないの?
ローアはココに向き直った。
本を読んでいるときのような目をしている。
深く思索の海に沈んでいく。
「アンタ、ここから出られたらこの子どうするつもり?」
「置いてかれたんだろうから、連れてくけど……」
聖都まで連れてったらサヨナラしてもいいけど……。
多分、一人では生活していけないだろう。
それともドミナトス達が回収に来るのだろうか。
連絡係に置いて行ったわけだし、連れて行くのはあいつらの思うつぼだろう。
でも、どこかで野たれ死んでいるんじゃないか、とか心配するのもごめんだ。
「はあ……。だろうと思ったわ。あんた、お人よしって言うか……。
女の子に甘いんじゃないの?」
「…………そんなこと……ないけど」
「ふーん。汗かいてるわね。暑いの?」
「暑いなあ! すごく暑い! 暑くないか!?」
「ま、そういうわけだから、この子の隷属魔法に細工できないかと思って」
「細工?」
「幸いうまくいきそうだわ。
主人を私に書き換えるの。上書きよ」
ローアの言葉を聞いて、ココが暴れ始めた。
「な……! 何をするつもりだ! やめろ!」
「そ、そんなことできるのか?」
「できるわ。ブブとボボにもやったじゃない」
あー……、そう言えばそうか。
「あの時はエルダ様の魔法を研究してたから大体仕組みはわかってたし。
要領はわかってるし、アンタのを解除するために勉強してたってのもあるから。
時間はかかるけどできるわ」
「へえ……。そんな簡単にできるもんなのか……」
「そんなわけないでしょ。私だからできるのよ」
「……なあ、本当にやるのか?」
「やるわ。あたしはいつ寝首をかいてくるかもわからないような人間と一緒にいられるほど肝が据わってないの」
そう言うと、ローアは隷属魔法の詠唱を始めた。
ココがやかましく暴れる前で一分ほどブツブツと詠唱し続け、最後に言った。
「我に隷属せよ」
「やめろ、やめろ! やめろ……!
ぎゃああああああっ!
……やめて、やめてくれ……!」
「三回まわってワンと言いなさい」
「うぅ……」
ココはすぐに命令を実行した。
終わるとココは反抗的な視線を送った。
それを見てローアは「……んね」と一言つぶやいた。
声が小さすぎて俺には聞き取ることはできなかった。
ココにも聞こえなかったと思う。
ともかく、こうしてココはローアの支配下に置かれることになった。




