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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第1章 放浪者・魔剣・巫女
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第4話 地下室

 シェイルは手を引かれるがままに牢屋を出て階段を上った。階段は鍾乳洞的な自然の岩ではなく、コンクリートのような人工的で継ぎ目の無い材質に変わった。ランプの明かりしかない。暗い。ランプで照らされている範囲しか見えない。


 階段を登りきると、廊下に出た。ここは明るかった。少し高い位置に窓がある。シェイルはものすごく久しぶりに日の光を見たような気がした。


「なにボーっとしてるの!」

「久しぶりに日の光を見たなあって思って」

「こ、この大変な時に!」


 ローアは脳みそをフル回転させながら考えた。この状況を打破するにはまず、シェイルをどこかに移動させなければならない。どこへ? それが問題だ。候補としては、ブブとボボの部屋、エルダ様の部屋、私の部屋、それと鶏小屋…はダメだ。外だ。今来てる人にバレる。後は…隠し部屋か。


 その時、ベルが鳴った。ローアは声に出さずに(あ~~)と頭を抱えた。

 ローアはシェイルの手を引いてとにかく歩き始めた。早足で。


 ブブとボボの部屋は!?地下牢に近すぎるかも。そもそも一階にあるから、お酒を運んでくる人が部屋の前を通る。物音がした時に言い訳ができないからダメだ!

 エルダ様の部屋は!?これもダメ!めちゃくちゃ汚いし、めちゃくちゃ危ない!魔法の研究をしているから私でもうっかり触ると怪我をするような危険な魔法道具があちこちに転がっている。却下!

 私の部屋は!?まだマシかな!?そんなに汚くない…はずだし、それほど危険な物も…無いはず!大丈夫か?

 後は…隠し部屋か!どうだ?あそこは…何があるんだっけ!?エルダ様にはあまり入るなと言われている。危険な魔法の書物があるからって…。いや、そもそもまだ完全に疑いの晴れていないシェイルをあそこに入れるのはよくないか。

 あ、いや! 二階には空き部屋がある。そうだ、それですべて解決だ。多少狭くてホコリっぽいけど、立っていられるだけのスペースは多分まだあるからきっと大丈夫―――。


 その時、入口の扉が開くのが見えた。なんてせっかちなお客様だ!

 ローアはとっさにすぐ左手にあった聖堂への扉に、シェイルを蹴り入れると素早く自分も聖堂に入った。二階への階段はまだ距離があった。間に合わなかったのだ。


 ああもう、仕方ない。隠し部屋にかくまおう。



 ***



 ローアは「何も蹴らなくても…」とぶつくさと文句を言っているシェイルの手を引き、すぐ近くに村人が来ている…。もし隠し部屋への道を開けているときに扉が開いたらと思うと背筋が冷える思いだった。今からでもかくまう先を変えるべきだろうか、という思いが脳裏をよぎる。いや、もう時間は無い。このまま隠し部屋に連れていく!


 一方でシェイルは広々とした聖堂に見とれていた。ローアに手を引かれながら周囲をきょろきょろと見回す。

 二階分くらいある天井の高い部屋だった。高い位置に窓があり、日の光が差している。日の光が床に敷かれた絨毯と並べられた長椅子たちを照らしている。絨毯は大扉から祭壇まで伸びている。大扉以外に扉は二つあった。それらは今しがたシェイル達が通った扉ともう一つあり、どちらも同じ廊下に繋がっていた。祭壇の奥の壁には巨大な女神像が立っていた。右手に太陽らしきものを持っている。


 ローアは祭壇の後ろに回り込み、絨毯をめくった。床は石のタイルが互い違いに組まれている。


「秘密の扉よ、我らが神、エリスの前に偽りなき姿を現せ」


 ローアが小声で呪文をつぶやくと、自動でパズルを解くかのように石がカタカタと移動していく。見る間に地下へと続く階段が現れた。

 シェイルは思わず感嘆の叫び声を上げた。


「すげえ!」

「…」

「…ごめん」


 そしてローアに思い切りにらまれてしまった。


「さあ、この中よ。入って」

「真っ暗なんだけど…」

「ああ、ホントね」

「ええ…?」


 シェイルがため息をつき終えるまでにローアは祭壇の上にあった燭台のろうそくを一本ひっつかんで持って来た。「赤き火よ」と呪文を唱えて火をつけ、シェイルに手渡す。


「すげえ!今のどうやっ―――」

「早く行け」

「…はい」


 しょんぼりとしたシェイルが地下へと消えるのを見届けるとローアはすばやく別の呪文を唱えて隠し扉を元に戻し、聖堂の扉までダッシュした。


 入り口ではブブとボボが村の大人たちとにらめっこをしていた。ローアに気づいて5人がこちらへ目を向ける。いつも同じ表情のブブとボボの顔が心なしか不安そうに見える…気がした。


「お、お待たせ、いたし、ました…!」

「ええと…、ずいぶんと息が荒いようだが…大丈夫かな、巫女殿?」

「だ、大丈夫です。失礼しました。ええと…」


 聖堂から戻ってくるのを見られたから、「地下牢のネズミを~」という言い訳は使えないな…。何かないか、何か…。


「聖堂に走りこんでいたように見えたが…」


 ちくしょう!

 つまり、聖堂に駆け込んで、何かをして、息を切らして走って戻ってきたという自然な状況をでっちあげろということか?そんな状況あるのかしら?


「…ネズミが…聖堂に逃げ込むのを見まして…」

「…ネズミが、聖堂に?」

「ええ…」

「それで、ネズミは…」

「…あー、ええと…逃しました…」

「そう、か…」


 穴があったら入りたかった。


 ローアが恥ずかしさのあまり耳のあたりを真っ赤にしていると、村人の一人が気まずそうに周囲を見回した。


「ええと…今日はよろしく。地下室は奥だったかな?」

「ち、地下!?」

「え? ええと…、地下室…だったよな?」


 村人は後ろの二人の青年たちに尋ねた。青年たちもうなずいている。

 ローアは突然、地下の隠し部屋の話題が出たので仰天してしまった。どうしてバレたんだろう。さっき、実は見られていたのか? まさか、ブブとボボがバラした…? いや、ないな。…じゃあ、なぜ…?


「…巫女殿?」

「ち、ちちち、地下は、その、えーと…」


 額を汗がだらだらと流れる。ローアは視界が狭くなったように感じた。まずいまずい…。どうすれば…。


 と、ローアが焦っていると、ブブが指をさした。ダメよ、ブブ、隠し部屋のことを言っては―――。


「地下牢、向こう」

「…そうか。…巫女殿、体調がすぐれないなら休んでてくれていい。作業はこっちでやっておくから」


 ようやく、ローアは彼らが言っていたのが地下牢のことであって、地下の隠し部屋のことではなかったということに気づいた。


「…いえ、大丈夫です。ちょっと、そう、走ったのでめまいがしただけです…」


 本当にめまいがしそうなほどに疲れた気分だった。


「それは大変だ。やはり休んでいた方がいい」

「…すみません、ではお言葉に甘えて…」


 村人たちが外に酒樽を取りに戻ったのを見た後、ローアはフラフラと厨房の中へと入っていった。椅子に座ると、背後で扉の閉まる音がした。ブブとボボだろうか。ローアはテーブルにだらしなく突っ伏してため息をついた。


 外から「よぉし、運び込むぞ」「気を付けろ」という声が聞こえてくる。任せていれば問題なさそうだ。


「危なかった…。でもこれで、ひとあんし…。……私…シェイルに地下の本棚に触らないように、って言ったかしら…? 言ってない…ような、気がする…」


 ローアは厨房に入る前よりも青ざめた顔で隠し部屋の方を振り返った。今なら、まだこっそり隠し部屋に行って注意できるかも…。


 ゆっくりと厨房の扉を開けると、もうすでに村人は酒樽の搬入を行っていた。しかも、空気の流れをよくするためかわざわざ聖堂の扉を開けている。


 ローアは頭を抱えて声にならない叫び声を上げた。



 ***



「これ、結構、長い階段だなあ…」


 シェイルは暗闇の中、手渡されたろうそくで足元を照らしながら隠し部屋への階段を下りていっていた。シェイルはローアの苦悩など露知らず、「ランプを持たせてくれてもよかったのに」などと内心で文句を言っていた。


 階段を下りきっても、やはり部屋は暗いままだった。少々カビ臭くて、ホコリっぽい。しばらく半分くらいになったろうそくを持って、ランプか燭台を探す。


「あちっ、あちち…」


 ろうそくが短くなって持ちにくくなってきたところで、壁の高い位置に取り付けられたランプを見つけた。パッと見では開け方がわからなかったが、必死にあれこれ試していたらどうにか開けることができた。ギリギリでろうそくで明かりをともす。


 部屋が淡いオレンジの光で照らされる。まだ薄暗いけれど、それでも何が置かれているかは大体わかった。ランプの近くなら字も読めるだろう。


 部屋は地下牢とは違い、床は石のタイル。壁と天井は木製だった。部屋の中央に大きな机が置いてある。立派な机だ。元の世界でも相当に高い値段で売っていそうだ。本が数冊置かれ、羊皮紙の束とインク壺と羽ペンが置かれているが、机にはホコリが積もっている。日常的に使用している部屋というわけではないのだろう。

 机のほかには、椅子と本棚があった。どちらもやはり高そうだ。椅子などは金の装飾がされていた。本物の金だろうか?偽物があるのかどうか知らないが…。家具はいずれも重厚感がある木製で、金の装飾が施されている。ひたすらに高そうだ…。

 なんだか、「高そう」という感想しか無くて自分のボキャブラリーの無さに絶望してしまう…。


 シェイルは椅子に腰掛けた。正直、こんな椅子に座るのは気が引けたが、他に座れそうな場所は無い。赤いクッションが引いてあり、座り心地は良かった。…ホコリもすごかったが。


 椅子に座って、しばらくの間は何もせずに腕組みしたり、指の体操をしたりしていたが、当然ながらすぐに飽きてしまった。なんとなく、部屋の物にはできるだけ触らないようにしていたのだが、うずうずと衝動が湧いてくる。好奇心もあるが、なによりも退屈だった。


 机の上に積まれた本に手を伸ばす。なんとなく、紙よりは本の方が「見てもいいかな?」と思えたのだ。高く積まれた本の山の一番上の一冊を手に取った。本の臭いがする。大きい。一抱えはある。辞書くらいの分厚さで、図鑑のような…幅の広さ?だった。何と言えばいいのだろうか。ああ、表紙がでかかった。表紙の文字を見るが…読めない。当然だが、日本語でも英語でもない。少なくとも見たことの無いタイプの文字だった。見た目は英語の筆記体に近い。本を開いて読んでみたが、やはり読めなかった。

 机の上に積まれた本をさらに数冊見てみたが、やはりどれも同じだった。一冊だけ違う文字の本があったし、魔法陣のような図形も書かれていたがやはり読めなかったので閉じて脇に置いた。紙の束も手に取り、目の前に置いて十秒くらいはためらったが、結局は開いた。紙を束ねていた紐を解いて開いた。これもやはり読めなかった。メモとして使われていたらしく、かなりめちゃくちゃな書き方がなされていた。なんというか、部分部分でメモの内容が違うのだ。短い文章や単語が切れ切れに書かれていたり、ラクガキと思しき絵も書かれていたのでそれがわかった。内容は見当もつかなかったが…。


 シェイルは紙を元通りに戻し、また何もせずに腕組みしていたが、しばらくすると後ろの本棚に視線を送った。それから一分もしないうちに本棚のガラス戸を開けた。本を一冊、ひょいと引き抜く。


 もしもローアがその光景を見ていたら甲高い叫び声を上げたことだろう。魔導書は危険な代物である。魔法は知れば知るほど読んだ者の力となっていく。読むものがどのような者であれ、関係なく。従って、魔法に関する知識は軽々しく広まるべきではない。魔法使いから魔法使いへと、人となりを見ながら教えられていくべきものなのだ。…少なくとも古い時代の魔法使いたちはそう考えていた。だから魔導書の中には、特に古い本の中には開いた者を攻撃する魔法がかかっていることが少なくない。


 さて、シェイルは本棚から引き抜いた本を開いた。

 本から灰が大量に吹き出してきた!


「うわ!? うぇっ、ゴホッゴホッ!」


 シェイルは思わず立ち上がって、本を慌てて閉じた。閉じた本の隙間から灰がザラザラとこぼれる。本を机に置いて服をはたいた。


「ぺっぺっ! …な、何だこれ…?」


 もう一度ゆっくりと本を開いてみる。今度は違うページを…。

 ダメだ! やっぱり灰まみれになる!

 シェイルは本を机の端に置いてため息をついた。


 灰を吹き出す本は魔法が込められた本の中ではかなり良心的な本と言える。この部屋の本棚にある魔導書はいずれも百年から千年の歴史を持つ本ばかりだ。百冊ほどの本があり、1割が致命傷、5割が大けが、3割がけが、残り1割がなにも魔法がかかっていない本。


 シェイルは灰をはたく作業を終えると、口元を引きつったように歪めた。


「面白いじゃないか。くそったれ」

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