第34話 迷宮
「ほら! ほら、あれ!」
ミルが指さした先には一軒の古びた洋館が立っていた。
それを見てアルタはハッとした表情になった。
「まさか本当にフォルトゥナトスの怪奇と関係があるのか……?
だとすると、あの館が鍵なのか。そうだそうに違いない。
しかし、入れば……」
アルタはなにやらブツブツとつぶやきながら考え込んでしまった。
あごに手を当てて、神妙な顔つきでうろうろと歩き回っている。
「アルタさん」
「入るか? いや、待て。リスクが高すぎる。まずは……」
「アルタさーん」
「そうだ。まずは館の周辺の探索だ。何か手がかりが見つかるかも……」
「アルタさーん!」
「申し訳ありませんが、シェイルさん。静かにしてもらえませんか?
考えたいので……」
「そうしたいのは山々ですが……。
ミルさんが館に入ろうとしてますよ」
「あんのバカタレがぁあああ!?」
アルタはそれまでのインテリイケメンっぷりが嘘だったかのように引きつった顔になって猛スピードで走り出した。
そうしてちょうど館のドアを開けて中に入ろうとしていたミルの手をつかんだ。
「痛いです! 離してぇ!」
「バカ! 入ったら、出られなくなるんですよ!」
「え? あ! ホントだ! 手がドアから離れないぃ! 助けてぇ!」
「……はぁ。シェイルさん! 来てください!」
なんだろう。嫌な予感しかしない。
しないが、言われた通りに近くまで行った。
「なんでしょう?」
「私たちは中に入りますが、どうしますか?
多分、外には出られませんが」
めちゃくちゃなことを言われた。
中に入るメリットが無さすぎる。
「……どういう質問ですか? それ」
「外もそれなりに危険ですから」
なるほど。外に残るメリットも無いのか。
どう転んでもデメリットしかないな……。
「僕も一緒に行きます」
「それはよかった。助かります。……では失礼!」
アルタは言うが早いか、俺の腕をつかむと館の中に引きずりこんだ。
意外と乱暴だな……。
それだけ余裕が無かったってことだろうか。
こうして俺たちは、洋館の中へ入った。
***
暗い部屋だった。
部屋の中央には何も置かれていない。
壁際には椅子やタンスがあったが……、どうにも生活感の無い部屋だった。
モデルルームのような感じだろうか……。
正面の奥にドアが一つついている。
どこがどうとは言えないが、奇妙な部屋だった。
俺とアルタはすぐに振り返ったが、あるはずのドアが無かった。
今まさに入ったはずなのに……。
アルタはドアがあるはずの場所を何度か蹴ったが、手ごたえは無かったらしい。
ため息をついて蹴るのをやめた。
アルタは部屋をさっと見渡すと、言った。
「……特に何もなさそうですね。進みましょうか」
「うん」
「はい」
反論はなかった。先のドアを開ける。
今度はやたら明るかった。思わず手を顔の前にかざした。
そこは廊下だった。ランプがいくつも壁に掛かっている。
足元には赤い絨毯が敷かれている。
一気にゴージャスな雰囲気になった。
……というか、さっきの部屋との統一感が無さすぎる。
「なるほど、こういうことか」
「何がですか?」
「フォルトゥナトスの怪奇のことは知らないんでしたっけ?」
「知らなぁい」
「知りません」
「簡単に言うと、フォルトゥナトスの怪奇とは、洋館が迷宮……つまりダンジョンになってしまった事件です」
「ふーん」
「へー……」
「な、なんて淡白な反応……。もう少し何か無いんですか?」
「だって、興味ないしぃ……」
「……シェイルさんも無いんですか?」
「えっ!? えーと……、無くは無いんですけど、そのあの……。
ええっと……、ダンジョンってそもそも何ですか?」
「いいでしょう。ご説明しましょう!
ダンジョンとは、魔力がたまりやすい場所のことです。
一般的には洞窟などの閉鎖的な場所と、魔力の源泉がセットになった場合に発生しやすいですね」
「発生するとどうなるんですか?
あと、ミルさんがさっきから、ドアを片っ端から開けてますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです! ミル、やめなさい!」
「ひぃぃ~、こわぁい~」
「……ダンジョンが発生すると魔物が生まれやすくなります。
要するに魔力の多い場所ですからね。当然です。
プラス、超常的な現象が起きやすくなります。
ちょうど今回のようなパターンです。
すなわち、『外に出られない』です」
「? じゃあ、さっきまでの森はなんだったの?」
「あそこもダンジョンです。
ただ、ここの方がより魔力が濃い。
どちらも人為的に作られたダンジョンだが、何かあるとすればここでしょう」
「なるほど……。
ところで、ミルさんがいませんけど」
「ミル~~~!!!」
そうして俺達は館の中を探索していった。
ひたすら長く続く廊下を進んでいく。
時折、ドアを開けてみるが、めぼしいものは見つからない。
大体が他とつながらない部屋だった。
十に一つくらいの割合で、魔物がいた。
グリズリーのような獣や生物のようなものではなくて、鎧や物体にとりついたポルターガイストみたいなやつだった。
幸い、どう倒せばいいのか悩む前にアルタが一瞬で片付けてくれた。
魔物と同じくらいの割合で食べ物も手に入った。
テーブルの上に料理が置かれていることもあれば、部屋中に果物があふれていたり、巨大な肉の塊が転がっていたりした。
一度だけ果物の部屋で休憩を取った。
それと、たまにミルがどこかに行ったり、見るからにやばそうなドアを開けたりしたが、その度にアルタがフォローした。
何度もやらかす彼女を見ているうち、段々わかってきた。
どうやら、わざとやっているわけではないようだ。
やらかす度にアルタに叱られてはめちゃくちゃ反省しているのだ。
しかし、少しでも興味を引くようなものが目の前にあると、全てを忘れてそれに夢中になってしまうようだ。
「すみません、シェイルさん」
「えっ?」
「ミルのことです」
「いえ……。アルタさんが何とかしてくれますから、大丈夫です」
「ハハハ……」
アルタは渇いた笑いを漏らした。
疲れているのだろう。
仕事帰りのサラリーマンのような顔をしている。
自由奔放なミルと苦労人然としたアルタを見比べていると、ふと思ったことを口にしてしまっていた。
「どうしてミルさんは聖騎士になれたんですか?」
「それはまた……ずいぶんとストレートな物言いですね。ミルは聖騎士にふさわしくないと?」
アルタは相変わらず静かな口調だったが、かすかに怒りをにじませていた。
まずい!
疲れてて変なこと言ってしまった。早く言いつくろわないと!
ミルさんの聖騎士っぽいところ、聖騎士っぽいところ……。
「ええと、その、すみません。その……ミルさんはものすごくこう……、子供っぽいので……」
できなかった……。
見つけられなかった……。
俺が困っているのを見て、アルタはハッとしたような顔をして謝った。
「すみません、少し言い方がきつかったですね。
ミルはああ見えて……、ちゃんと聖騎士らしいところもあるのですよ」
「へええ……。どういうところなんですか?」
「それは……。いえ、やめておきましょう」
アルタはそう言って意地悪くニヤリと笑った。
初めて彼の人間味のある表情を見た気がした。
「ナイショにしておきます。
……もしかしたら、直接見られるかもしれません。
驚きは取っておいた方がいいでしょう」
「…………。
えっ、こっ、この状況で……?」
「ええ」
その後も少し粘ったが、教えてもらえなかった。
……やっぱり怒っているのかもしれない。
***
3時間ほど廊下を進むと、端にたどり着いた。
正確には、扉だ。左右に並んでいた扉とは明らかに違う。
大きさも、デザインも違う。
古い鉄の扉だ。
「開けます。二人とも下がって」
敵がいるかも、と言ってアルタが警戒しながら扉を開けた。
……。
何も起こらない。
俺が一歩踏み入れた途端、足音が響いた。
「ご、ごめんなさい」
「……ずいぶん広そうな部屋ですね。どれくらい広いんだ?」
音の反響から部屋の広さを計ったのだろうか。
アルタは不思議そうに言った。
明るかった廊下とは対照的にかなり暗い。
一メートル先に何があるかも見えない。
「ランプを持っていきましょう」
廊下の壁にかかっていたランプを一つもぎとって拝借した。
暗闇の中、ぽつんと小さな明かりの輪が広がる。
「変な感じぃ」
「どっちに行けばいいんでしょう?」
「さあ、私にも―――」
アルタは不意に口をつぐんだ。
彼の表情に緊張が走るのを見た。
彼が小声でささやく。
(廊下に戻って!)
どうしてか、などとは問い返さなかった。
アルタに言われるまで気づかなかったが、自分の耳でも聞き取れるようになったからだ。
金属音だ。
遠くからかすかに金属がこすれるような音がする。
まるで鎧のような……。
それもおそらくは大量に。
部屋の左側から聞こえてくるようだ。
ゆっくりと廊下のドアに戻った。
ここの魔物たちはどういうわけか、部屋を移動することは無かった。
廊下に戻れば、この部屋の魔物たちも追いかけては来ないだろう。
壁まで戻ってぎょっとした。
……ドアが無い! 無くなっている!
「アルタ! ドア無くなってるぅ!」
「何だって!? くそっ」
「どうしよう……?」
「ランプを消すのはどうですか?」
「……。やむを得ないな。
後手に回ってしまうかもしれないが……。
数が多すぎる。私の手には余る」
「どれくらいいるのぉ?」
「わからない。正確にはわからないが……。
十体以上いる。それは確実だ。
シェイルさん、ランプを」
俺はアルタにランプを手渡した。
アルタはランプを左側へ放り投げた。
「さあ、移動しよう。
静かに。素早く。
あいつらに追いつかれないように」
俺たちは左側から聞こえる金属音から逃げるように右前方に進んだ。
しかし、明かりを灯せば見つかってしまうので暗闇の中を進まなければならない。
先頭がアルタ、次が俺、最後にミルの順に並んで、手をつないで歩いた。
俺だって思春期の高校生だ。元だけど。
普段なら女性(たとえミルさんと言えど)と手をつなぐというシチュエーションは多少なりともドキドキしただろう。
少し手が湿っててなんか……、なんかすげー!……くらいのことは思っただろう。
いや、思っている。思ってはいる。
しかし、余裕が無い。
生きるか死ぬかの瀬戸際で手の感触に集中力を割けるような思考のリソースも度胸も無かった。
頭の片隅でもったいねー、という声を聞きながら周囲の音と手と足の感触だけを頼りに進んでいく。
聞こえるのは三人分の息遣いと足音、遠くの金属音、そして自分の心臓の音だけ。
どれくらいの時間をそうして静かに進んでいただろうか?
何時間もそうしていたような気がするが、実際には十分も経っていないのかもしれない。
少しずつ……金属音が大きくなっているような気がする。
近づいてきている?
多分、そう感じているのは俺だけじゃない。
アルタのペースが徐々に上がっているし、握っている手から焦りを感じる。
ミルからは焦りというよりも不安を感じる。ひょっとすると、心配かもしれないけど……。
さらに進んでいく。
俺達はペースを速めたり、進む方向を変えたり、さらには立ち止まってみたりと色々試したが、鎧の足音はやはり少しずつ近づいてきているようだった。
絶え間なく鎧の足音は聞こえてくる。
多少引き離すことができても、ペースを元に戻せば追いついてくる。
おそらく、向こうの方がほんの少し、足が速い。
そしてこちらを絶対と言っていいほど見失うことが無い。
「相談があります」
急にアルタが立ち止まり、声を出した。
大きくはないが、声をひそめてもいない。
どうやらアルタは逃げ切れないと悟ったようだ。
「私ががおとりになろうと思っています」




