第33話 フォルトゥナトスの館
「痛いところはありませんかぁ?」
「あ、大丈夫です」
「申し訳ありません……」
ミルに回復魔法で顔面の火傷を治してもらっている間、アルタはしきりに謝っていた。
「見つけるのが遅れてしまって……。
木に付いた傷を追ってきたら青い炎が見えたのですが、
敵かと思って慎重に近づき過ぎました……。
いや、申し訳ない」
「大丈夫ですよ。
むしろ助けて下さってありがとうございます」
「いえ、私がもっとしっかりしていれば……」
アルタさんは思ったより自罰的な人のようだ。
イケメンなのに。
……いや、イケメンだからなのか?
命の恩人にやたらとへりくだられるのは気が引ける。
話題を変えよう。
「助かったからいいじゃないですか。
それより、ローア達を知りませんか?」
「ローア……? ああ、あのお嬢さんか。
いえ、見てませんよ」
「手がかりも……?」
「残念ながら」
本当に残念だ。
どこにいるんだろう。
また会えるだろうか……。
「気になりますか?」
「えっ? ええ、まあ」
「大丈夫ですよ。安心してください」
ミルとアルタは立ち上がると優しくも強い目で自分の胸をガシャンと力強くたたいた。
「市民を守るのが聖騎士の務めですから!」
***
「えいっ」
俺とアルタが見守る前でミルが棒切れをぽいと放り投げた。
「あっちですね」
「……アルタさん?」
「なんでしょう?」
「一体、これは……?」
「進む方向を決めているんです」
「えっと……、そ、そうですか……」
運頼みじゃん!!
めちゃくちゃカッコいいセリフを言った直後に運に頼らないでくれよ!
台無しだよ!
……ま、それしかないってことか。
受け入れよう。
何事も切り替えが肝心だ。
「しゅっぱぁーつ!!」
「お、おおー……」
「気を付けていきましょう!」
バラバラな掛け声で俺たちは歩き始めた。
ミルはものすごくおしゃべりだった。
こんな状況にもかかわらず、おそらく普段通りの口調でしゃべりまくっている。
舌足らずな口調は相変わらずなので、どうやら素のようだ。
アルタは周囲を警戒したりローアたちが残した痕跡がないか見ながらミルのおしゃべりに見事なまでに相槌を打っていた。
……しかし、よく聞けばアルタはミルの話をまるで聞いていないこともわかった。
「私ねぇ、最近やせたんだよね!」
「へえ、そうなんですか」
「そう! 一日中ずっと立ってるから体力を使うのかなぁ?」
「それはすごいですね」
「えへへ! それほどでもないよぉ!」
「あはは、そうかもしれませんね」
こんな感じだ。
この二人の会話は聞いていてとてもハラハラした。
話がかみ合っていないのになぜか会話が成立しているのだ。
まるで綱渡りのようだ。
ミルは満面の笑みで綱の上を走って渡っている。そんな感じ。
そんな綱渡りをしていると、どういうわけか話題が将来の夢になった。
「シェイル君の夢はなあに? 聞かせて聞かせて!」
「えっ、ええっと……。ちょっと恥ずかしくて……」
「はああああ!? 夢に恥ずかしいも何もないでしょお!
夢はやりたいことなんだよ! やりたいこと言って何が恥ずかしいの!」
「ミル、うるさいですよ。それと、無理強いはよくない。
誰しも苦手な食べ物くらいあるでしょう」
アルタさんはもう少しくらい話を聞いた方がいいと思う……。
「そうねえ……、確かにトマトのことを言われたら私も弱いけどぉ……。
って違う! 夢の話だよ! 全くもう!冗談きついんだからぁ!」
「そうでもないさ」
「アルタは謙遜しいだよねぇ!
……それで? シェイル君の夢は何? 笑わないから言ってみてよ?」
ミルは一切屈託のない笑みでそう言った。
「か……」
「か?」
「誰かを助けられるようなカッコいい人……になる、こと、です……」
「ほぇ?」
は、恥ずかしい……。
17歳にもなってこんな夢とは……。
失敗した……。
こんな夢、絶対気を遣われて変な感じになるか、笑われるにきまってる。
そう思ったけれど。
「勇者様みたいになりたいってこと?
それは良い夢だね! 夢がある!」
ミルは満面の笑みを浮かべてサムズアップした。
笑われた。でも否定の笑いじゃない。肯定された。
「えっ、でっでも……」
「でもじゃない! 夢は大事にするものでしょぉ!
自分で粗末にしちゃダメだよ! そうでしょ? アルタ!」
「ええ。その通りです」
「ほらね! がんばってカッコいい勇者様になってね!
君ならきっと叶えられるよ!
じゃあ、次は私の夢だよね!! 私の夢はねー……。
偉い人になってぇ、一日中寝ていたいの!
いい夢でしょ!?」
マジか?
マジなやつなのか?
どどどどうしよう。
リアクションに困る。
めちゃくちゃ背中押されたから絶対に否定はしたくない。
「えっ、ええまあ、夢はありますね……」
「ねー? アルタもそう思うよね?」
「もちろん」
アルタさん、マジか!
全肯定ぱねえ。
***
「―――ところで、アルタ。
さっき言ってたフォ……フォル……」
「フォルトゥナトスの怪奇ですか!?」
ミルが「フォルトゥナトスの怪奇」という言葉を出した途端、それまでの適当な相槌が嘘だったかのようにアルタが食いついた。
「あっ、そうそう、それそれー。
どういうお話なんですかぁ?」
「今はあまりおしゃべりに興じている時ではないのですが……」
「いいじゃないですかぁ!
私、気になるんですぅ! 教えてくれるまで耳元で叫び続けますよぉ!?」
「しょうがないですね。それじゃあ話しま―――」
「ああああああ!!」
「うわあ! 叫ばないで! 話しますから!」
「違います! ほら! ほら、あれ!」
ミルは一点を指さした。
木の影の向こうに一軒の古びた洋館が立っていた。
***
―――影の中に落ちる直前まで時間をさかのぼる。
「ーっ! 影だ! 影が来てる!」
シェイルが何かを叫んでいるのが聞こえた。
(影? 影って何かしら?)
と思っているとお腹に違和感があった。
気づけばドットに担がれていた。
さっきまで馬に乗っていてお酒を飲んでいたはずなのに。
ドットはそのままルイーズも空いている方の手で担ぎ上げると(この時に彼が小さくウッとうめき声を漏らしたのを聞いた)、かなりの速度で走り始めた。
ドットの肩の上でで揺れながら、シェイルと聖騎士の二人が地面に落ちていくのを見た。
「えっ……?」
思考が追いつくよりも事態が進行する方が速かった。
森にはすでに木々は無く、馬たちも落ちていった。
音もなく影の中へと落ちていく。
そして、影はドットの足元にも届き、三人も影の中へ落ち、意識を失った。
***
「……-ア。……ローア。おーい、ローア」
「うるさいわね……。起きてるわよ、シェイ……」
ハッとして口をつぐんだ。
ルイーズはいつも通りすました顔をしている。
起こしてくれたのは彼女だろう。私が起きたのを見て立ち上がりかけている。
ドットは岩の上に座って……私の顔を見てニヤニヤしている気がする。
顔が赤くなるのを感じた。
「残念だが、シェイルはいねえぞ」
「……そうですか」
シェイルが落ちた光景を覚えている。
だけど、私たちだって落ちても無事だったのだから、あいつも大丈夫だろう。
そうだわ。大丈夫。
膝をはたいて立ち上がり、辺りを見渡す。
夜の森だが、いつも野宿している森とは少し雰囲気が違う。
どこがどうとは言えないけれど……。
「ここは……?」
「わからん。
だが、おそらくミルとアルタが防ぎたかったのはこういう事態だろう」
「ああ……」
「じっとしていても始まらない。移動するか」
ルイーズの提案に反論もなかったので、移動することになった。
ドットが立ち上がるとき、少しふらついた。
それを見たルイーズは深々とため息をつくとドットの前で背を向けてしゃがみこんだ。
「……何してる?」
「おぶってやる」
「どういう風の吹き回しだ?」
「お前、もう魔力がないだろ。いいからもう動くな」
「へいへい……。そんじゃあ、お言葉に甘えて……」
ドットはぶつくさ言いながらもルイーズにおんぶされた。
途端にドットはぎゃあぎゃあと文句を言い始めた。
「おい! 鎧が固え! 痛えんだが!?」
「……グダグダ言うな。行くぞ、ローア」
「ったくよぉ……」
ルイーズは心なしか申し訳なさそうだった。
ドットはしきりにぶつくさ言っている。
二人とも嫌そうな顔をしているのがおかしくて、私は後ろを歩きながらこっそりと笑った。
しばらくすると二人とも慣れたのか嫌な顔をしたり文句を言わなくなった。
飽きたのだろうか。
「……ここから出る方法がわかるか?」
「わかんねえな。見当もつかん」
「どうして、いの一番に反応できたんだ?」
「あん?」
「私たちを抱えて走っただろう?」
「お前たちも聞こえただろ? シェイルが叫んだじゃねえか」
「それだけか?」
「なんだよ、十分だろうが」
「それもそうだな。……無事だろうか」
「当たり前だ。俺の弟子だぞ。もっと信じろって」
「お前の弟子だから心配なんだろうが」
「あぁん?」
「なんだ?」
「ハイハイ、ケンカはやめてくださーい」
仲よくケンカを始めそうになったので適当になだめる。
この二人は本当に仲がいい。
ちょっとしたことですぐにケンカを始めてしまう。
「こほん。シェイル達のことは手がかりが見つかるまでは一旦忘れよう。
……そもそも私たちは出られるのか?」
「迷宮に入ったことは何度かあるが、こんな罠は初めてだな。
出る方法はあるだろうが、そいつが見つかるかはわからんな」
「出る方法はあるのか? なぜわかる」
「そういうもんだからだ。入れたなら出られる。そんだけだ」
「なんというアバウトな……」
「ごちゃごちゃ言うなよ。どのみち進むしかねえんだから」
「はあ……。
……そういえば、ローア。
アルタと何か話していただろう。
なんだったか……フォ……フォル……」
「フォルトゥナトスの怪奇ですか?」
「た……ぶん、そうだ」
ルイーズさんにはあまり聞き覚えが無かったらしく、あいまいな返事をされた。
「アルタは似たような事件だと言っていた。詳しく聞きたい」
「わかりました。
ことの発端はエリス暦四百……ええと何年だったかな。……たしか427年です」
「大体百年前か」
「ええ、そうです。事件が発覚した経緯は―――」
***
フォルトゥナトスの怪奇 ~一度入れば出られない怪しき洋館~
<暗い森の中に怪しい洋館が立っている古い写真>
フォルトゥナトスの怪奇という事件をご存じだろうか?
これはエリス暦427年に発生した複数の行方不明事件のことである。
館はフォルトゥナトス伯爵の別荘である。
しかし事件当時、すでに彼の権威は失墜し館は無人の廃屋と化していた。
この館に入ると……恐ろしいことに外に出られなくなるのだ!
この館が異常なものになってから事態が発覚するまでに一年以上かかったものとみられている……。
解決までではない。発覚するまでに、だ!
この森は人通りはほとんどなく、おまけに外観もお世辞にも綺麗とはいいがたかったらしく、被害者は雨宿りに立ち寄った旅人くらいなものだった。
発覚が遅れたのはそのためだ。
余談だが、幸運にも事態が発覚したのはとある冒険者のパーティーが仕事帰りに肝試しをしたためである。
館に入らずに残っていた一人がどれだけ呼びかけても仲間が出てこず、返事も無かったことで発覚した。
事態が発覚すると、ギルドは冒険者を何組も派遣した。
しかし、その全てが無為な結果に終わり、誰一人として帰らなかった。
その中には現在のSランクあるいはそれ以上に相当する冒険者もいたという。
ギルドのやり方が悪かったのだろうか?
それは否だ。
この記事に与えられたスペースはあまりにも小さすぎるので詳細は省くが、考えうる限りの手は尽くされていたようだ。
記録だけで百ページを優に超えていたことからもそれは明らかだろう。
そうして努力も空しく館を立ち入り禁止とし、事件は保留されることとなった。 と言ってもこういったことはさほど珍しくない。
この世界には秘されているだけで解決できない問題などいくらでもあるのだ!
この事件もそういったものの一つとして闇に葬られる……はずだった。
事件発覚から二年後の429年。
一人の男が館から最も近い町に18名のの男女を引き連れてやってきた。
男の正体はほとんどわかっていない。
ただ、『まるで亡霊のような男だった』という一言の証言だけ。
それ以外は容姿すら文字通り一切の記録が残されていない。
彼こそがこの事件を解決した張本人である。
本記事では彼を『亡霊』と呼ぶことにする(不名誉だと思うが許してほしい)。
亡霊は風のうわさでこの事件のことを聞きつけ、立ち入り禁止の魔法がかかっていたにもかかわらず館に侵入したそうだ。
館の内部は複雑な迷路型の迷宮になっていたらしい。
亡霊は魔物や罠など数多の障害を乗り越え、迷路を踏破し、最奥にたどり着いた。
そこには狂った一人の魔術師がいた。
亡霊が狂気に陥っていた魔術師を倒すと、迷宮は消滅し、館は正常に戻ったそうだ。
なんと囚われていた人々も無事に戻って来たそうだ(なぜ餓死していないのかは不明)。
こうして事件は解決した。
しかし、この事件には謎が二つ残っている。
第一に狂気に陥った魔術師は何者だったのだろう?
Sランク以上の冒険者のパーティーを退けるような迷宮をなぜ作れたのか?
そもそも迷宮を作り出すこと自体が人間の所業ではないのに。
第二はもちろん『亡霊』についてである。
彼は全てが謎だ。
なぜ正体を隠すのか。
『まるで亡霊のよう』とはどういう意味なのか?
そして……なぜ何も記録が残っていないのか?
……わからない。結論は出ない。
謎は残っている。
しかしそれでも確かなことはある。
『亡霊』が18名の命を救ったということだ。
それだけはゆるぎない真実なのだ……。
イシュミアル・マルズ 記
***
「……つまり、どこかにいる魔術師を見つけ出して倒せばいいのか?」
「はい。フォルトゥナトスの怪奇と同じであれば、ですが」
「そうか。ところで……」
ルイーズが目の前を指さした。心なしか嫌そうな表情をしている。
厄介なものを見つけてしまった、という顔に見える。
それもそのはず、彼女が指さした先には古びた洋館が立っていた。
レンガ造りの建物で壁にはツタが這い放題。壁もはがれ放題だ。
三階建てで直方体のような形状をしている。
古ぼけていることを差し引いてもパッとしない。
「どう思う?」
「フォルトゥナトス伯の別荘……っぽいですよね」
「なんだ? お前ら、見たことあんのか?」
ルイーズの頭の上からドットが口をはさんだ。
ルイーズが憮然とした表情で言い返す。
「あるわけないだろう。この状況で、この建物が出てきたんだぞ。無関係なわけないだろうが」
「へいへい、口をはさんで悪かったな」
「中に入りますか?」
「うむ、そうだな……」
ルイーズが考え込んでいると、ドットが話し始めた。
まるで代弁しているかのようだ。
「まァ、今すぐかは別として、入るべきだろうな。
他にめぼしいものも見つかってねえ。
出口の可能性だってあるからな!」
「そうですね、十分に準備してから……」
「よし、入るか」
私が周囲を見渡して何か準備に使えそうなものを探していると、ルイーズはすでに気づけば館のドアを開いていた。
まさに電光石火。
考え込んでたんじゃないの?
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「どうした? 早く行くぞ」
「準備してからって私言いましたよね!? 一旦戻ってくださいよ!」
「ドアノブから手が離れない。少しずつ足も引き込まれてる。
早く来てくれないと、はぐれてしまう」
「だってよ。諦めて早く来い」
「……。あ~……もう!」
私は一度だけ地団駄を踏むと、ルイーズに駆け寄って彼女が差し出している手を握った。
ドットは私の方を見てニヤニヤしていた。
ルイーズの背中におぶさったままで。
「お前も苦労するなあ!」
「ひっつき虫みたいになってるあなたには言われたくないです」
「誰がひっつき虫だ!」
「よし、行くぞ!」
私たちは館の中に足を踏み入れた。
途端、背後でドアが勢いよくバタンと閉じた。




