第31話 巡礼者の森
巡礼者の森。
聖都の西に広がる広大な森の通称。
森には大量の魔物が巣くっているが、森の中に入らなければ害は無い。
かつてエリスの加護を受けた勇者が森に道を開き、結界を築いて中に魔物を閉じ込めたからだ。
森の闇は深いが無害だ。
それはエリスの力の強大さを示しているのだ。
聖都に巡礼に来る者はこの森の中心を貫く街道を通るか、迂回するかを迫られる。
エリスを信じる者は街道を進み、信じない者は迂回する。
巡礼者の森と呼ばれる所以である。
なお、この森は直進すれば三日で聖都にたどり着くが、
迂回すると大幅に遠回りすることになり二週間は余計にかかるそうだ。
何百年もの実績があることもあり、
もはやエリスへの信心に関係なく、旅人なら誰でも通る街道となっている。
***
「昔はここに蜘蛛の魔物が住んでいたらしいんだけど、そいつも勇者様が倒したそうよ!」
「へー……」
「それでね、その蜘蛛の魔物が倒された後もウンヌンカンヌン。
ここらへんの結界の様式はナントカカントカ方式で―――」
「へー……」
ルイーズが巡礼者の森の前に立っている男女二人の聖騎士と話をしている間、俺はローアからこの森の話を聞かされていた。
なんだか妙にテンションが高い。
多分、誰かにウンチクを垂れたかったんだな。
魔物を閉じ込める結界かあ。すごそうだけど、壊されたりしないのかな?
あるいは壊されないから、すごいのかな?
「私たちは先を急いでいる。多少の危険は承知だ。
通してくれ、ミル、アルタ」
「いえ、その、だからダメなんですぅ!」
「どうか迂回してください、ルイーズ様」
ローアの話が長くなってきたのでなんとなくルイーズ達の方の会話に気が行ってしまう。
森の正面に立っている聖騎士はルイーズのように兜を脱いでいた。
どうやらルイーズは顔が広いし、けっこう偉い人のようだ。
ミルとアルタというのは聖騎士たちの名前だろう。
ルイーズの言い方からしてミルが女の方でアルタが男の方だ。
ミルはドジというか、天然そうだ。もしかしたら猫をかぶっているだけかもしれないが……。
アルタはもうイケメンだ。顔も声もいい。腹立たしい。
ちなみにドットは馬に乗ったまま酒を飲んでいる。
つまり、「お前たちで勝手に決めてくれ」ということだ。
「ですから! 結界が一部壊れて危険なので立ち入り禁止なんですよぅ!」
「いや、問題ない! 我々はそれなりに強いからな」
「いえ、ルイーズ様。そういう問題ではなく、ですね……」
「なんだ? B級以上の魔物でも出るのか?」
「いえ、その……」
「出ないんだな! では何も問題ないだろう! いざ行かん!」
ルイーズさん……あの人たまにやたら脳筋になるんだよなあ……。
山が崩れたり川が氾濫してたりしてても、平気でゴリ押しで通ろうとするし……。
門番の二人がめっちゃ困ってるなあ……。
でも、ルイーズさんの言い分にも一理あるような気がする。
B級じゃない俺(と多分ローア)がいるのに「行ける!」と言い切るルイーズさんもルイーズさんだけど……。
まあ、間違っていないだろう。
魔物よりも強ければ結界があろうが無かろうが通れるはずだ。
俺もちゃんと話を聞いてみようかな。
その前にまずはローアの説明地獄から抜け出さないと……。
「ローア……」
「なに!? 質問ある!?」
「……ルイーズさん達の話を聞きに行きたいんだけど……」
「……」
「いいかな……?」
「……好きにしなさい」
ローアは途端にご機嫌斜めになったが、怒りはしなかったようだ。多分。
視界の端でドットが笑いをこらえている気がするが、気のせいだろう。
ローアがドットを追い回し始めたのも気のせいのはずだ。
「ええと、ルイーズさん、通れそうですか?」
「ああ、シェイル! 通ってもいいそうだ! 問題ない!」
「そんなこと言ってないですよぅ!」
「一言も言ってません!」
「……ルイーズさん?」
「仕方ないな。押し通るか……!」
そう言ってルイーズはゆっくりと剣の柄に手を掛けた。
マジすか。なんでだよ。
「いやあああっ!? 炎姫様と戦うなんて無理ぃっ!」
「ルイーズ様、お願いします! 話を聞いてください!」
「ルイーズさん! 話聞いたげましょうよ!」
「すまない、冗談のつもりだったんだが……」
「……」
ルイーズは少しシュンとした顔で剣に伸ばした手を引っ込めた。
わ、わかりにくい……。
俺も「ひょっとしたらやるかも」って思っちゃったもんな……。
そっか、そうだよな。さすがにやらないよな。
一応常識人だもん。暴力は振るわないよな。
脳筋なだけで……。
まあそれはいいや。
気を取り直してどうして通れないのか聞いてみよう。
「えーと……、ルイーズさんの言うように、魔物がそれほど強くないなら通るのは問題ないと思うんですけど……」
「それは……、その……」
「それは問題ないぞ、シェイル。
この程度の規模の森にすむ魔物の強さなど知れている」
「そうなんですか? でも勇者が結界を張るほどなんじゃないんですか?」
「いや、それはお前の理解が間違っている。
勇者が結界を張ったのは『誰でも森を通れるようにする』ためだ。
別に強い魔物がいたから閉じ込めたくて結界を張ったわけじゃない」
「なるほど」
「つまり、この森に大した魔物はいない。
湧き出る魔力などたかが知れている。どれほど強くてもB級がせいぜいだ」
「それは弱いんですか?」
「強いぞ。お前なら秒殺だ。
ローアでも勝てない。
が、私とドットは圧勝だ」
「じゃ、じゃあやっぱり迂回した方が……」
「安心しろ。実際にはそんな強いのはいない。
今のお前なら善戦できるレベルしか出ないはずだ。
突っ切って問題ない」
「気を抜いたら死ぬってことですよね!?」
「ごちゃごちゃ言うなよ……。少しは強くなったろうが……」
「でも―――」
いつの間にかルイーズと門番二人のバトルではなく、俺とルイーズのバトルになっている。
そして、その間に門番二人はひそひそと相談している。
「まずいですよぅ。これ、絶対通る流れじゃないですかっ?
本当のこと、お話しした方がいいんじゃあ……?」
「やむを得ないか……」
「……本当のこと、というのは何のことだ?」
「ぎゃあっ!?」
いつの間にか近くにいたルイーズから声をかけられて女の聖騎士は素っ頓狂な叫び声を上げた。
「魔物が出るから通れないのではないのか?」
「ええと……、その……、あのぅ……」
「……私からお話しします」
あわあわしている女聖騎士の隣で男の聖騎士がため息をついて話し始めた。
***
ことの発端は三週間前。
とある商会がエリス教会にやってきたことから始まる。
聖都はエリス教会が実質的な統治を行っている。
ご近所トラブルから殺人事件まで。
どんな些細なイザコザもまずは教会にもちこまれる。
商会が持ってきた問題は
「巡礼者の森を抜けてやってくるはずの定期便が来ない。
使いの者をやって様子を見てくるようにいったが、それも戻ってこない」
というものだった。
信頼のおける大きめの商会だったため、教会は迅速に対応した。
まず、聖騎士たちを送って巡礼者の森を立ち入り禁止にした。
聖都の反対側にも、つまりシェイル達がいる側にも送った。
念のために森を迂回する者たちも。それがミルとアルタだそうだ。
次に冒険者ギルドに調査依頼を発注した。
その間にその日は巡礼者の森を抜けてきたものが誰一人としていないということも確認した。
巡礼者の森に調査に行った冒険者は戻らなかった。
ギルドによれば、依頼を受注したのはBとCランクの冒険者たちだったらしい。
ミルとアルタの持っていた情報はそこまでだった。
二人は迂回してきたので一週間前からここにいるそうだ。
以来、音沙汰が無いのでどうなっているのかよくわかっていないらしい。
「なるほど……。それは通るわけにはいかないな……。
だが、どうして秘密にしていたんだ?」
「表向きは魔物の仕業、ということになっているからですぅ」
「何もわかっていません、だと無用な混乱を招きますからね」
「それにしても気になります。……一体全体、何が起きているんでしょう!?」
「うわっ。ローア、いたのか……」
いつの間にかローアも話を聞いていた。
俺とルイーズさんの間から顔を出している。
「うわっ、とは何よ。文句でもあるわけ?」
「ないです……」
「こういうことって珍しいんですか?」
「珍しいですよぉ! 私は聞いたことありません!」
「そんなにですか!」
「いえ、彼女は大抵のことを忘れるので、参考にはなりません」
「そうだな。ミルは物忘れが激しい」
「ひ、ひどいですよぉ!」
「ですが、珍しいのは事実です。
私見ですが、五十年前のフォルトゥナトスの怪奇が近いと思いますね」
「ああ! 私知ってます!
森の中の無人の館に入った者が出てこられなくなるっていう事件ですよね!?」
「そうです! 博識ですね、お嬢さん」
「いやあ、それほどでも……!」
褒められて照れているローアを見ているとなんだか無性にイラっとした。
どうにか話を変えたいが特に思いつかない。
ミルの顔を見てみると、アルタを結構すごい顔でにらんでいた。怖っ。
ルイーズの方を見ると、こちらも表情がひきつっている。
話についていけないのは彼女も同じだったようだ。
「おい、その話は長くなるのか?」
「え、ええっと……まあ……少し……」
「結論は? 結論は出ているのか?」
「か、仮説ですが……」
「仮説! 仮説か!」
ルイーズはおおげさに肩をすくめた。
なるほど、読めてきた。
このまま強引に話を終わらせてさっさと出発したいんだな。
「残念だが、私たちは先を急いでいる!
ただの仮説に付き合っている時間はないんだ」
「す、すみません! そのような事情とは知らず……」
「構わない!」
ルイーズは大声でそう言うとミルとアルタの肩をバシバシと力強くたたいた。
力は相当強かったらしく、二人ともウッと声を漏らしていた。
「重要な仕事だ。時間を取ってすまなかった。
ではな、また会おう」
「光栄です!」
「ルイーズ様もがんばってくださぁい!」
ルイーズは綺麗に踵を返して、馬の方へと歩いて行った。
ローアは少々名残惜しそうだった。
おそらくもう少しインテリな会話を楽しみたかったのだろう。
なにせ、ルイーズは脳筋だし、ドットは飲んだくれだし、俺は無知だ。
エルダさんはサボり癖があったとはいえ、かなりのインテリだったのだろう。
ま、俺としてはこの方がいい。
ぶっちゃけ、イケメンとローアが仲良くしてる光景なんてこれ以上見たくないし。
ローアが戻った後、ミルとアルタに気になっていたことを聞いてみた。
「お二人は付き合ってるんですか?」
「ええっ!? そそそそれは……!」
「ははは! そんなわけないじゃないですか!
彼女はただの同僚ですよ!」
反応が対照的過ぎる。
さっきの顔色からして、ミルは多分アルタが気になっている。
明らかだ。耳まで真っ赤になっているのだから。
一方でアルタの清々しいまでの笑い声を聞く限り、ミルのことなんて気にもかけていないような感じだ。
「そ、そうなんですね……」
「ええ、私は仕事にプライベートを持ち込んだりはしませんよ!
聖騎士たるもの、常に清く正しくあらねば!
ねえ、ミル。あなたもそう思うでしょう!」
「は、はい! その通りですぅ!」
ミルは泣きそうな顔をしている。
がんばってほしい……。
「ええと、変なこと聞いてすみません。
がんばってください!」
「ああ、ありがとう!」
「……ありがとぉ。キミもがんばってね」
ミルはローアを指さすと意味ありげにニヤッと笑った。
今度は俺が顔を赤くする番だった。
「ど、どうも……」
その瞬間だった。
『悪いが君を行かせるわけにはいかないな』
後ろから誰かに声をかけられた。




