第30話 カッコいい人
「そんなものは、無い」
ドットはルイーズの言葉を遮って断言した。
怒気をはらんでいるわけではない。むしろルイーズの声の方がより熱がこもっていた。
しかし、ドットの言葉の方がシェイルにはずっと力強く感じられた。
「そんなものは無いぞ、ルイーズ。義務なんて無い。
それはただの思い込みだ。
あいつが一人の人間として生きていくうえで邪魔なただの能書きに過ぎない。
あいつはただのガキだ。ただのガキに責任を押し付けるなんて間違ってる」
「……なるほど。じゃあ、百歩譲ってそれが正しいとしよう。
あの子に義務はないのかもしれない。
だが、それならお前のやっていることは矛盾しているだろう?」
「あん?」
「シェイルが義務を負っていないなら、どうして弟子にした?
どうしてあの子を鍛えている? どうしてあんなきつい稽古をさせている?」
「そんなことか……。簡単な話だ。選べるようにするためだ。あいつが、自分の意志で。
期待に応えるのか、それとも期待を跳ねのけて自分の道を進むのか。
どっちにしたって力が必要だ。あいつ自身が強くならなきゃどうにもならない。
弱いままじゃあ、何も選べない」
「お前の考えはわかった。根本的なところは理解できた。
だが、やはりわからない。今のやり方ではシェイルはもたないだろう?
本末転倒じゃないか?」
「もたないってのはどういう意味だ?
身体的に? 精神的に?」
「両方だ」
「身体的なところは大丈夫だ。お前たちの治癒魔法があるからな。
魔法をかけるくらい、お前たちには負担でも何でもないだろ?」
「ああ。負担ではないが……」
「なら、身体的にもたないっつー問題はクリアだ。
精神的にもつかどうかっていう話だが……。
俺は問題ないと思っている」
「なぜだ? お前の言った通りあの子はただの子供だぞ。
お前もわかるだろ。放浪者といっても実際はただの子供だ。
ぬくぬくと育った商家の子供に近い。
あれほどの修練に耐えられるはずもない」
その通りだ。俺は今までこんなきつい稽古なんて受けたことが無い。
死ぬほどつらい。
これが少なくとも聖都に着くまで一か月以上も延々と続くのかと思うと途方に暮れる。
心が折れそうになる。
まだ四日目なのにそう思うんだから、一か月ももたないんじゃないかと自分でも思っている。
だからルイーズの言うことは正しい。
耐えられるはずがないと、俺も思う。
しかし、
「ふん、くだらん。杞憂だ、そんなものは」
ドットは鼻で笑って一蹴した。
ルイーズが慌てた声を出す。
「き、杞憂だと?」
「そうだ。杞憂だ。
お前はあいつが弱っちいただのガキだと思っているようだが、それは違う。
あいつは……お前が思っているよりもずっと根性がある。
自分より強くて怖えやつに向かって剣を振り回すんだぜ?」
「……アニルスでのことを言っているのか?
確かにお前を助けようとしたのかもしれないが……、
正直、あまりいい行動とは言えないだろう?」
「んぁ?」
「……。
丸腰の相手に剣を抜いて、それを振り回すなんて……。
まともじゃないだろうが……」
ごもっとも。
後から思えば、助けを呼ぶべきだったと思う。
誰がどう考えてもそうだろう。我ながらめちゃくちゃな行動だったと思う。
剣なんか抜いたら、自分も相手も無事じゃすまなかったに違いないんだから。
「くっくっく……。そりゃそうだ。
まともじゃないさ。でもな、俺は気に入ったぜ、あれは」
「ど、どこが―――!」
「ああ、一つ訂正だ。丸腰じゃなかったぜ、刃物は持ってなかったがな。
……どこが、か。
多分、あいつは相手のことなんてこれーっぽっちも考えてねえんだよ」
とんでもないことを言われた。
「まあ、考えてねえは言い過ぎか。考慮に入れてねえ。
自分がどうしたいのかしか考えてねえ。
自分が正しいと思っていることをやる。
そのためならどんなリスクにも目をつぶって突っ込む。
まあ、身投げだな。谷の向こうにある『宝物』を取ろうとジャンプして谷に真っ逆さま。
そういうタイプだ。あれは」
「……」
「なんだよ、間違ってるか?」
「いや……、心当たりはなくもない……。
合っている……」
心当たりって何だろう……。
あー……、あれかな。トリビューラに斬りかかったやつかな……。
止められてたのに攻撃しちゃったもんなあ……。
「それで?
まさか身投げする度胸があるからお前の修練にも耐えられるとか言うつもりか?」
「まさにその通りだぜ。俺のことがわかってきたみてえだな!」
「わかりたくもない!」
ルイーズは嫌そうに叫ぶと、ため息をついた。
「はあ……。まあいい、お前の考えは大体わかった。
あの子のことは任せよう。……私よりもずっとお前の方が理解しているようだしな」
「おう、任せとけよ。大船に乗ったつもりでな」
「泥船の間違いだろう」
立ち上がるような物音が聞こえた。
話し合いは終わりらしい。
と、思いきやルイーズの声がした。
最初の声と同じ冷たい声だった。
「私は……私もシェイルと同じだ。他人のことはよくわからない。
あの子にとって何がいいのかも、ちゃんと考えられていなかった。
私にはお前を説得することはできそうにない。
……だが、これだけは忘れるな」
二人分の足音が聞こえた。
おそらく、ルイーズがドットに詰め寄っているのだろう。
「私は聖騎士だ。人々を守るのが使命だ。
そして、私が守るべき対象には当然、あの子も含まれている。
覚えておけ。あの子の心にトラウマが残ったら……私はお前を許さんぞ……!」
「わかった、わかったよ!
気を付けるから! あいつの様子に気を配るから!
だからそんな怖い顔すんなよ。怖い!」
「……ふん!」
その後すぐに二人が戻ってきたので俺は必死で規則正しい寝息を立てて寝たふりをした。
***
突然だけれど、俺の前世の話をしよう。
俺は前世では、誰からも必要とされなかった。
「他人の役に立つ人間になりなさい」
それが両親の口癖だった。教育方針だったのだろう。
そんなことを言い聞かされて育ったせいか、警察官になるのが夢だった。
誰かの役に立つ仕事だったから。
強くてかっこよかったから。
俺もカッコよく誰かを助けるような人になりたかった。
中学生の頃は剣道部だった。
警察官と言えば剣道だと思っていたからだ。
あと、剣道そのものもかっこよかった。
だって、剣だよ!? 剣の道だよ!!?
かっこよすぎるじゃん!!
入部してしばらくは楽しかった。周りもあまり上手くなかったから。
何も気にせずに竹刀を振るっていた。
しかし、ある日気が付いてしまった。
自分には才能がこれっぽっちも無いと。
周りがどんどん上手くなっていくのに、自分は置いて行かれるばかりだ。
一年経って、新しい後輩が入り、その半年後にはその後輩にすら負ける始末。
俺が三年の時に思い出作りで出させてもらった大会の一回戦で他校の一年生に負けた。泥仕合だった。
そいつも二回戦で早々に敗退。二年生に瞬殺された。
観客席にいた友達や親が呆れ笑いを浮かべていたのを覚えている。
別に彼らは悪くない。何も悪くない。
俺だって同じ状況だったら同じように笑うだろう。
バカにする意図すらなかったかもしれない。
どんな顔をすればいいのかわからなくて困って笑ったのかも……。
でも、それでも……忘れられないものは忘れられない。
高校に入ってからは剣道をやめた。
それ以来、何事もやる気になれなかった。
全力で頑張って誰かに負けるのが怖かった。
無様に負けて、それを笑われるのが嫌だった。
何事もそれなりに、のらりくらりと適当に過ごすようになった。
特に何も起こらない、平和な日々。
ぬるま湯のような日々。
少しずつ熱が逃げていく。
期待という熱が逃げていく。
少しずつ両親から期待されなくなっていくのを感じていた。
そうして……いつの間にかこの世界に来ていた。
俺は死んだのだろう。でもどうやって死んだのかを覚えていない。
正直なところ、興味もない。
あまり、元の世界に未練が無いのだ。
何もない。
俺には何もないのだ。
わかっている。
しょうもない奴だ、俺は。
他人の役に立て、と言われて育って。
何も考えずに突っ走って、ちょっと壁にぶつかって挫折して。
他人に笑われるのが嫌でがんばるのをやめた。
実際のところどうなんだろう。
世の中の……前世の日本で、そんな風に頑張ることをやめた人はどれくらいいるんだろう?
わからないけど、結構いるんじゃないだろうか。
夢をかなえた人とか、あきらめずに頑張り続けた人の方がむしろ少ないんじゃないだろうか?
わからない。
わからないけど、俺がこの世界に来て思っていることは……。
俺は主人公にはふさわしくない、っていうことだ。
***
何日か稽古には身が入らなかった。
ドットに素振りを何度もやり直しさせられた。
ドットとルイーズの会話のことをずっと考えていた。
三日ほどかけて俺の中で結論が出た。
まとめると、「二人が色々考えていてくれたことがうれしかった」だ。
なんだか散々言われていたような気がするが……、他人のことを考えてないとかナントカ、まともじゃないとかナントカ……。
ま、最後の結論が「色々言われたけどうれしい」なあたり、的を射ていたのだろう。
なんにせよ、ドットもルイーズも俺のことを気にかけてくれている。
それはわかった。
ドットは……俺のことを不出来な弟子だとか、そんなことは思っていなかった。
それだけでいい。十分だ。
十分すぎるんだ。
きっとドットなら俺に才能が無いって見抜いている。
それでも毎日毎日時間を割いて(まあ、酒瓶片手なのは気になるけど)、稽古をつけてくれている。
それだけで最早うれしい。
哀れむような視線も感じない。
ここには俺を笑う人間はいない。
……いや、違うな。
厳密には笑う人間ばかりだけど気にならない。
どう違うのかわからないけど、嫌じゃない。
バカにされるのは嫌だけど、それほど嫌じゃないというか……。
ああ、そうか。
多分努力していることそのものは笑われていないからだろう。
へろへろになっている俺を見て笑っているだけで、がんばっていることを笑っているわけじゃないというか……。
うーん、上手く言語化できないな……。
まあ、ともかく、そういう訳で。
俺は無理だと思っていたきつーい稽古を。
ドットの課す地獄のような稽古に耐えていく覚悟と意志を得ることができた。
***
昼食を食べた後、少し時間があったので素振りをしていたらローアが来た。
「意外だったわ」
「何が?」
「シェイルがここまでついて来られるとは思ってなかった」
「投げ出すと思ってたの?」
「いえ?」
「ん? どういうこと?」
「泣きわめいて逃げ出すと思ってた」
なんてこった。
そんな情けない奴だと思われてたのか!
「そ、そんなわけないだろ……?」
「声が震えてるわよ」
「バババババカな……」
「震え声、上手いわね。
……でも実際あんなにきつい稽古に耐えるなんて思ってなかったわ。
シェイルじゃなくたって、誰だって逃げ出すと思った。
絶対耐えられないと思ってた。
逃げだすことすらできずに心が折れるかもしれない、とまで思ってたのに……」
「見直した?」
「変な気分だわ。気味が悪い」
「……ひどすぎない?」
「そう? 正常な反応だと思うんだけど……。
あなた本当にシェイル? 偽物じゃない?」
「本物だよ!」
「二重人格だったり……?」
「しません」
「ふふふ……、そうよね。
アンタは意外とやる奴よね。
エルダ様と戦った時もめちゃくちゃだったけど、キッチリ……やるべきことをやったし。
それに比べて……」
「……ローア?」
「なんでもないわ。邪魔して悪かったわね」
そう言うとローアはふい、と踵を返して出発の準備に戻っていった。
俺はローアが右手の腕輪を見ていたのに気づいた。
ローアが俺にかけた隷属魔法はまだ解けていない。
ドットと旅をするようになってから3週間。
つまり、エルダを斬ってレコル村を出てから1か月が経った。
ローアは多分、魔法を解くことをあきらめている。
どういうわけか、ここ一週間は一度も解こうとしていない。
こっそりルイーズに相談してみたが、何も言ってくれなかった。
皆で馬に乗って移動する。
乗馬も習った。ほんの少しだけど。
自分で手綱を握って馬を歩かせながら魔法を使う。
水でボールを作って少しずつ大きくしてそれを維持する。
大体スイカより少し大きいくらい。
やはり水魔法は少し苦手だ。
風と土はもっと苦手だけど。
ボールを維持しながら考えるのはローアと隷属魔法のことだ。
ルイーズは俺に隷属魔法がかかっているのは、聖都ではまずい、みたいなことを言っていたように思う。
それってどういうことなんだろう。まずいってなんだ?
俺がまずいのか、ローアがまずいのか。両方か。
具体的にはどうなるんだ?
俺は放浪者でアドルモルタを使えるから、多分有用ってことでこうして連れていかれているわけだ。
だったら、それほどひどい目には合わない。……多分。合わないはず。
でも……、それならローアはどうなるんだ?
どういう目に遭う?
そもそもこのまま聖都に行くべきなのか?
解くことができないなら一緒に来ない方がいいんじゃ……。
「着いた……」
ルイーズが馬を止めてぼそっとつぶやいた。
俺は馬が止まったので隣に並んだのでそれが聞こえた。
目の前には異様な森がたたずんでいた。
巨大で静かな森。
その森を突っ切るように石畳の道が続いている。
道の脇には大量の四角い石が並んでいる。なにかの石碑だろうか?
正面にはルイーズと同じような格好をした聖騎士が二人立っている。
ルイーズは馬から下りた。
「着いたぞ。巡礼者の森だ」




