第28話 杖
「よぉし、次は杖だな。行くぞぉ」
「……」
「なんだあ? ノリが悪いぞぉ?」
「……い、いぇーい……」
「よぉし! それでいい!」
シェイルは酔っぱらったドットに肩を組まれて往来を進んでいった。
真昼間の、街中の往来である。冒険者の多い区域とは言えさすがにここまで酔っぱらっている人はいなかった。
シェイルは正直なところドットと肩を組んで歩くのはそれほど嫌ではなかった。
ジロジロ見られるのは恥ずかしかったが……。
「杖の店はどこにあるの?」
「あー? ……知らん!」
「知らないの!?」
「ああ、杖なんざ買ったことも、持ったこともねえ。俺は気づいたら使えるようになってたしな」
「へえ……。すごい……」
「べっつにすごかねえよ。魔法で大切なのはイメージだからな。冒険者として何年も剣振って無茶してりゃあ、誰でもできるようになる」
「そんなもんなの?」
「……誰でもは言い過ぎたかもしれん。半分くらいか……。いや、3分の1……? まあ、ともかく、杖はあった方がいい」
「まあ、何年もかけなくていいなら欲しい。いや! 純粋に欲しい! 魔法使いたい!」
「おう! いいね、その意気だ!」
***
「こちらの杖は金貨40枚です」
「……」
店主の言葉にドットは財布を取り出す手を止めた。「酔いが醒めました」という顔をしている。
「……き、聞き間違えたかもしれん。この杖の値段はいくらだ?」
「こちらの杖は金貨40枚です」
丸眼鏡をかけた仏頂面の店主の表情は一ミリも動かさずに、さっきと全く同じトーンで答えた。
カウンターの上には一見何の変哲もない30センチ程度の木の棒が乗っている。
ドットはカウンターに肘を置いて店主に迫った。正面からガンを飛ばしている。
「なあ……、この杖は初心者用で取り扱いが簡単で、それでいてこの店でいっちばーーん安い!……ってアンタ言ったよな」
「言いましたね」
「じゃあ、なんでこんなに高ぇんだよ?」
「当店の商品の最低価格が金貨40枚だからですね。さて……」
店主はそう言うと手を二回叩いた。体格のよい男がドットとシェイルの隣にぬっと立った。ドットは男に「何見てんだテメー」とガンを飛ばしている。
「お客様には当店はふさわしくなかったようですね。どうかお引き取り下さい」
「……仕方ねえ。帰るぞ、シェイル」
「うん……」
ドットとシェイルは非常に立派な外観の店から出てきた。
正直、店に入る前から嫌な予感はしていた。
この辺りの店はどうやら魔法を取り扱う店が立ち並んでいるようだった。魔法使いっぽい冒険者がいるし、ショーウィンドウに並ぶ商品も杖やローブが並んでいる。
そしてどの店も先ほどまでの武器屋街とはどうも毛色が違うというか……、一言で言えば豪華だった。
ドットとシェイルは場違いな空気をひしひしと感じていた。
でも入ってみたら案外買えるかもしれないしな……、と思って入ってみたらこの有様だ。
その後も何件か入ってみたものの、どこもほとんど同じだった。
高くて買えない。そして追い出される。
むしろ最初の店はあからさまに迷惑そうな顔をされたり、悪態をつかれなかっただけマシだったのだとわかった。
シェイルが止めてもドットは頑固に突撃を続けた。
しかし、7件目では店に入れてすらもらえなかった。
どうやら他の店での様子が伝わったらしい。
ついにドットがぽつりと言った。
「……こりゃダメだな。ルイーズたちと合流するか」
「……うん」
シェイルは冷たい目で見られているような気分を味わいながら魔法店街を後にした。
***
「そうか、それは大変だったな」
「おう、大変だったなんてもんじゃねえぜ。なんせ門前払いだからなあ」
ドットは街の中央広場で待っていたルイーズを相手にグチをこぼしている。
それを聞いたルイーズはふん、と鼻を鳴らした。
「それにしても、一体いくらで杖を買うつもりだったんだ?」
「金貨10枚ありゃあ、十分だと思ってたんだよ。
あんなもん、ただの木の棒きれじゃねえか。なんで鉄でできた剣よりも高えんだよ。
さっき買った剣が4本買える値段だったぞ」
「8本だよ」
「ああ……。ダメだ。もう数も数えられねえ……」
「そりゃあ、腕のある魔法使いがかなり複雑な魔法をかけて作るからな。
高くもなる。鉄の塊なんぞよりもよっぽどな」
「初心者用の杖だぞ? なんでだよ。おかしいだろ」
「理想論か? 意外と理想主義なんだな」
「茶化すなよ。……はー、仕方ねえ。地道に教えるかぁ……」
「あの……、ちょっといい?」
「うん? なんだ?」
シェイルは小さく手を挙げた。ドットが眉を吊り上げる。
「そもそもどうして杖があった方がいいの? よくわかってないんだけど」
「どうせ手に入らなかったんだからいいだろ……、と言いたいところだが、暇だしな。説明してやるよ」
暇じゃなかったら説明してくれなかったのか……。確かに今は宿を探しに行ったローアが戻るのを待っているところで、暇だけれども。
「……ルイーズがな」
「……えっ? 私なのか!? 偉そうに言っておいて私なのか!?」
「なんでそんなに動揺してるんだよ」
「説明できる自信は無いんだが……」
「悪いな、よく考えたら俺、杖持ったこと無いから詳しいことはよく知らん。
ただ、俺を含めて周りの人間で杖を持ってなくて20代で魔法が使えるようになった奴は見たことねえ。逆に杖持ってるやつはマジであっという間に使えるようになりやがる。
……あまりにも不公平じゃねえか?」
「最後ただのグチじゃないか……。つまりは、まあ、そういうことだ。わかったか?」
「いや、全然わかんないですよ!」
「……だろうな」
「ルイーズさん、一言も説明してないですし」
「ぐぅ……。仕方ない。説明しよう。
杖は……方向性をしぼる物なんだ。
……そんな顔しないでくれ。わかりにくいのはわかってるから。
ええと、だから……。うーん、そうだな、シェイル、お前が火属性の魔法を覚えたいとしよう。
ただし、お前はまだ魔法が一度も使えたことの無い初心者だ。
どうすれば火が出せるのかなんて見当もつかない。
それはまるで真っ暗な洞窟の中を、明かりも無しでさまようようなものだ。
杖はその洞窟を光で照らしてくれる。
杖には制作者の魔法が込められている。火に特化した杖は火の魔法が使いやすくなる。
そして……逆に火以外の魔法は使いにくくなるんだ」
ルイーズの説明を聞いていたシェイルは最後の説明を聞いて顔をしかめた。
「火以外の魔法は使いにくくなる……? どうして使いにくくなるんですか?」
「それは……。私にもわからん!」
「ええー……」
「私が代わりに説明しましょう!」
「うわあ! ……びっくりしたぁ……」
シェイルは背後からいきなりローアに大声を出されて腰を抜かすほど驚いた。
実際に尻もちもついた。
「驚かせないでくれよ……」
「あら、ボーっとしてるからでしょ。……ルイーズさん、宿が見つかりました」
「そうか、ありがとう。では行こうか」
「歩きながら説明してあげるわ」
シェイル達は広場からローアに付いて宿へ向かった。
歩きながらローアは道中で買ったらしいリンゴをかじりながら説明する。
「杖の話をしていたのよね? 杖は魔法に方向性を持たせるものなの。
それは強い風が吹いている草原で走るようなものよ。
風と同じ方向に走れば速く走れるし、逆なら走りにくいし遅くなる。
火の魔法に特化した杖なら火が出しやすく、強くしやすい。
逆に、例えば水の魔法は出にくく、弱くなるの。
……わかった?」
「えーと、どうして強くなったり弱くなったりするんだ?」
「その説明、本当に聞きたいの? つまらない話だし、難しいわよ?」
「どれくらい?」
「方程式くらい。わかる?」
「ふふん、放浪者の学力をなめるなよ……。パス!」
「どっちなのよ……」
「放浪者なら十人に九人は理解できる説明だろう……。でも俺には無理だ!」
「……まあいいわ。ほかに何か質問ある?」
「えーと、初心者以外は杖は持たないのか?」
「そんなことは無いわ。魔術師と言っても普段から全ての魔法を使う訳じゃない。
例えば治癒魔法をたくさん使う医者は治癒特化の杖は持っていた方がいいでしょ」
「なるほど……」
「私はあまり特定の魔法を使う、って言うことが無いから持たないけれど……。
ルイーズさんも持ってないですよね?」
「ああ。片手がふさがるからな。剣が扱いにくくなる。だが、一応持っているぞ」
そう言ってルイーズは鎧の隙間から小さな杖を取り出して見せ、すぐにしまった。
「治癒特化の杖だ。応急処置用だな」
「じゃあ、それを魔法の練習用に使っても―――」
「ダメだ」
シェイルの提案はルイーズによって即座に却下された。
まだ全部言い切ってなかったのに……。
「最後まで聞いてくれても……」
「そう言われるのはわかっていた。これは私専用に調整された杖だ。下手に触られておかしくなってはかなわん」
「調、整……?」
「特化系の杖は最終的には使用者に合わせて作るのが一番いいのよ。その分高くなるけどね。きっとすごい値段だと思うわ」
「そうか。ルイーズ、お前なら杖の一本や二本くらい買えるんじゃねえのか? 金あるだろ?」
「な、なんて露骨な奴だ……。無いぞ、前にも言っただろうが」
「あー……、そうだっけ?」
「ったく……」
そうこうしているうちに宿屋に到着した。
ローアがチェックインを済ませていたのでそのまま二階に行って部屋に荷物を置いた。
ドットと二人で部屋をざっと見ているとドアをノックする音が聞こえた。
ローアだった。
扉を開くなり、質問された。
「ところで、どうして杖の話をしてたの?」
「ああ。杖を買いに行ったんだけど―――」
「買ったの!?」
「いや、買えなかったんだ。……なんでそんなに驚くんだ?」
「あ、そう、じゃあ、いいわ。ええと……、ちょっと待ってて」
ローアはそう言うと部屋から飛び出して行き、すぐに戻ってきた。
手に棒きれを握っている。
「それって……!」
「杖よ」
「えっ!? なんで!? どこから!? ル、ルイーズさんのやつ!?」
「違うわよ! あたしの! お下がり! 念のため持ってきてたのよ! ほら!」
そう言って「やる!」とばかりに少し怒った顔で杖を差し出している。
シェイルはその勢いに戸惑いつつも杖を受け取った。
意外と大きい。60センチくらいあるんじゃないだろうか。
樫の木のように硬くてずっしりとしている。
こんな重くてかさばる物を、村を出てからずっと持っていたのか?
邪魔ではなかったのだろうか?
「あ、ありがとう」
「ん。がんばりなさい」
「……おいおい、シェイル。そのリアクションは―――」
ドットが呆れた様子で何か言いかけたが、ローアが右手を上げてボッと火の玉を作ったのを見てすぐに口を閉じた。
ドットが黙ったのを見てローアは魔法を消した。
「え……? 何? 今の?」
「何か? 何かあったかしら。ねえ、ドットさん?」
「ああ、何も無かったぜ……」
「え、でも……」
「じゃ、じゃあ、私は部屋に戻るわね!」
言うが早いか、シェイルが振り返ったときにはもうローアはいなかった。
「え? ……何だったの? どういうこと? ねえ?」
「さーな。……自分で考えな」
振り返るとドットはベッドの上で大の字になっていた。




