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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第2章 道標・呪縛・怪奇
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第27話 鉄槌

「もっとペースを保って走れ」


 昼食(いつもは取らずに進むが、今日はシェイルのために取ることにした)を食べながら、ドットが言った。その言葉にシェイルはパンを落とした。震える手でパンを拾いながら言う。


「今さら……? って言うか……アドバイス、くれるの?」

「まー……、なんだ、いい加減もっと速く進めた方がいいっつーか……、なんつーか。その……、なんだ、まあ、少しハードルを下げてやろうと思ってな」

「ふーん……」


 ドットはルイーズたちと目を合わせないようにしていた。朝に出発してからずーっと二人の視線が痛かった。休憩の度、シェイルが追いついてくるまでの少しの間にチクチクと嫌味を言われた。決め手はローアが「ちゃんとシェイルの面倒を見ないとあなたのご飯は用意しません」と解釈できるようなことを暗に言ったためだった。ついでに言えば、ルイーズがドットの酒を奪おうとする素振そぶりを見せたことも大きい。


「お前はどうやら才能のあるタイプじゃないみてーだから、俺ももうちっと優しく教えてやるよ。はっはっは……は……」


 ルイーズたちから冷たい殺気のようなものを感じてドットの高笑いは尻すぼみになった。ドットが冷や汗をかきながら傍らに置いていた酒瓶に手を伸ばす。


 ……無い。酒瓶が無い。

 視線を上げると、ルイーズの足元に酒瓶があった。彼女は「これか?」と口元に笑みを浮かべていた。ただし目は笑っていない。ドットは額に汗が流れるのを感じた。


「はははは……。えーっと……だな……。シェイル、昼は馬に乗ってていいぞ。疲れたろ。寝ててもいい」

「えっ!? ホント!? マジで?」

「ああ……。マジだ」

「っしゃあ!!」


 ドットはちらりとルイーズと酒瓶を見た。ルイーズはにこやかな顔でうなずき、酒瓶を相当な速さで投げてドットに渡した。

 ……これらのやり取りは非常に素早く、シェイルが自分の食事に目を落としている隙に行われたため、シェイルは一切気づかなかった。



 ***



 昼食後は少し速く進んだ。シェイルは寝ていたこともあり、気づいたときにはもうイルアに到着していた。



 イルアの町はアニルスよりも人が多かった。アニルスには城壁が無かったが、ここには城壁と門があった。検問は一応あったがかなり適当だった。まあ、明らかにヤバい連中を通さないようにしているだけなのだろう。


 ルイーズ(聖騎士)がいたので検問は当然のようにスルーできた。少し歩いたところでドットが言った。


「俺とシェイルは稽古するための道具をいろいろ買ってくるから、二手に分かれようぜ」

「ちょっと待て、お前一文無しじゃなかったのか?」

「ああ、あれは嘘だ」

「……言いたいことはあるが、今は置いておくとしよう。だが、二手に分かれるのはダメだ」


 ルイーズがぴしゃりと言った。ドットは予想外だったようで、かなり驚いた顔をしていた。


「えっ、なんでだよ。まだ俺が信用できないのか?」

「違う。むしろ信用していないのはシェイルだ」

「僕、ですか?」

「お前……、前の町であんなことになってよくそんなトボけた顔ができるな……」

「……その節は大変ご迷惑をおかけしました」

「謝れてよろしい。だが、また迷子になられたら困る。時間がかかっても全員で―――」

「いや、つーかよお。嬢ちゃんがいるんだから、一声かけてもらえばいいじゃねえか」

「私、ですか? 一声?」

「だから、隷属魔法かかってるんだろ? シェイルは嬢ちゃんに隷属しているんだから、例えば俺から離れるな、とかさぁ?」

「あー……」とローア。

「なるほど……」とルイーズ。

「お前ら……、もっと頭使おうぜ……」


 ドットが呆れた顔でいい、ルイーズとローアは気づかなかったことに本気でショックを受けているようだ。それを見ていてシェイルは「ああ、本当に信用無いんだなぁ」としみじみと傷ついた。まあ、自業自得だが。


 そしてローアはくるりとシェイルの方を向くと、指を指した。


「じゃあ、命令。

 ドットの傍にいなさい」


 シェイルは一瞬くらっとしたがすぐに元に戻った。何か特に変わったことは無いが……。


 シェイルとドットは宿の手配と食料の買い出しのために街の中心部に行ったローア達と分かれて、街の周辺部をぐるりと回りながら進んでいった。

 進むにつれて通行人が段々といかつくなっていくような気がする。なんというか、頑丈さか、動きやすさかといった基準で装備を選んでいる感じだ。これが冒険者という人達なのだろうか?


「どこ行くの?」

「んー? この町は東側に武器屋街があるんだよ。そこで剣と杖を買う」

「剣!? 杖!?」

「そうだ」

「えっ、剣っ、いや、杖って、なんで!? もしかして魔法教えてくれるの?」

「当たり前だ。お前の一番の強みは魔力の多さだ。どっちかって言うと、剣士よりも魔術師の方が才能がある。俺は魔法は使えないが、教えるくらいならできるしな。ローア達も手伝ってくれるだろ」

「うおぉ……! うおぉ……! じゃ、じゃあっ、剣は? 剣はなんで?」

「……期待しているところ悪いが、剣は俺のだぞ?」

「えっ……。あっ、そうなんだ……。なんで? もう一本持ってるじゃん」

「もっと重い奴を買うんだよ。お前に教えるためにな」

「……?」

「俺は元々そんなにでかい剣を使ったことねえんだよ。魔法が使えたときからな。だから、正直そいつの扱い方はよくわからん」

「そっ、そんなんで素振りさせてたの!?」

「いーだろーが、別に。俺が扱い方を知っていようがいまいが、関係ねえだろう。……そう思ってたんだが、外野がな……」

「? 外野?」

「なんでもねえ。わからんなら気にするな。……まあ、見本になるかはともかく参考くらいにはなるだろ。……おっと、ここだ」


 ドットは目当ての武器屋を見つけたらしく足を止めた。

 周りの店よりも少し古そうな店だった。店というよりも普通の民家のような外見だった。周りの店は中がのぞける窓のある店ばかりだった。なんなら、ガラス張りのショーウィンドウがある店も少ないが何件かあった。しかし、ここは何もない。店の壁に剣と盾をモチーフにした金属製の看板がにょきっと生えている。それだけだ。


 シェイルが「ここは本当に店なのか?」と訝しんでいるとドットは構わずにドアを明けてさっさと中に入っていった。シェイルも慌てて後を追って店の中に入る。

 ドットは店の奥のカウンターで新聞を読んでいた店主らしき男に挨拶していた。


「よーう、久しぶり」

「……なんだ、てめえか、ドット」


 店の中は圧巻だった。剣を置く木製の台座が所狭しと並べられている。しかも同じような剣は無い。どうやら一本一本全て違うデザインのようだ。


「なんだよ、ツレねえじゃねえかよ。常連だろ?」

「フン。俺の大事な剣を何度も壊す奴なんざ、常連でもお断りだね」

「ま、カタいこと言うなよ」

「……で、アレはお前の連れか?」

「ああ。シェイルってんだ」


 シェイルはドット達のやりとりを尻目にチラチラ剣を眺めていたが、急に名前を呼ばれたのでびっくりした。店主に頭を下げる。


「はじめまして、シェイルです」

「おう、よろしく」

「コイツはガボ。本名が長いから略してガボだ」

「……」


 ガボと呼ばれた男はムッとした表情になったものの否定しない。呼んでも大丈夫なのだろう……か?


「ええと、よろしくお願いします。……ガボさん」

「ああ。……で? この子はなんなんだ? お前の甥……の子供か?」

「なんでだよ! 俺はまだそんな歳じゃねえよ! 弟子だよ、弟子!」

「弟子ぃ? お前が? 冗談だろ」

「冗談じゃねえよ。なあ?」

「え、ええ……。まあ……」

「……なんだか返事が曖昧だが?」

「まあ、弟子にしたの昨日だしな」

「そんなのでよく自慢げに言えたな……」


 ガボはため息をつくと、シェイルをじっと見た。……というよりも睨んだ。

 ガボは身長はかなり低そうだった。しかし、肩や腕の筋肉はかなりありそうだ。鉤鼻で堀が深く目つきが鋭い。鉢巻をしている。いかにも頑固そうな顔つきだ。


「その子の剣を探しに来たのか? もう持っておるようだが……」

「いや、買いに来たのは俺のだ」


 ドットがそう言った瞬間、ガボが手に持っていた新聞がグシャリと音を立てた。ガボのごつごつした手がカウンターの上にバン!と叩きつけられる。カウンターがみしり、と音を立てる。


「貴様っ!! また折ったのか!!?」

「あっ、違う! 違うって! そうじゃない!」

「ああん!? じゃあ、今持っとるんか!? 出してみぃ!!」

「わかった、わかったよ。……ほら」

「……」

「な? 折ってねえだろ?」

「……ワシの打った剣じゃねえなぁ……?」

「えっ……?」


 ドットは一瞬、視線を天井に向けて何かを思い出している様子だった。ガボは無表情でいつの間にかハンマーを手に持っていた。……カウンターの下からでも出したのだろうか。


「なんでワシのじゃない剣を持っている……?」

「これは……その……、数年前に剣が折れちゃって……、その、よ、よその店で買った剣でした……。はは……」

「……」

「……その、わりい……」

「フー……。まあ、いい。仕方ねえ。よその店で買いたくなることもあるだろうさ。この剣だって、まあまあいい仕事だ。ワシの仕事には到っ底っ!及ばんが。……ワシは剣にうるさいからな。折ったら騒ぐし。……自覚はある。反省もする。良くねえとは思ってる」

「ガボ……」


 ガボは目を伏せて力なくぽつぽつとしゃべりだした。ドットはさすがに悪いと思ったのか、一歩近づいて肩を叩こうとした。


 が。


「でもなぁ……、はらわたぁ、煮えくり返るんだよなぁ……!

 やっぱりよぉ、俺の剣を折るようなヘボ野郎が全部(わり)いよなぁ!!!」

「げっ! まずい!」

「死ねぇっ!! 死んで詫びろっ!!」


 ガボは跳ね上げ扉を上げてカウンターからヌッと出てくると、ハンマーでドットに殴りかかった。ドットは「やめろよぉ!」と言いつつ、ギリギリのところで避けている。シェイルはピンときた。これは演技だ。ドットは「やめてくれ」と叫びながら逃げ回ることでガボの怒りをできるだけ早く鎮めようとしているのだ。


 ……そんなことせずに真面目に謝ればいいのに……。


 二人が店内で追いかけっこをしている間、シェイルはずっと店の真ん中で突っ立って剣を眺めていた。ガボはドットを殺そうとはしているものの、最低限の理性は残っているらしく、シェイルのいる方には来なかった。ドットはたまに(おそらくはガボの怒りがどれくらい引いたのかを計るために)シェイルを盾にしたが、その時はガボは攻撃して来なかった。

 これだけ怒っていても無関係な人間は襲わない辺り、ガボさんは良い人なんだなあ、とシェイルは思った。……で、ドットはやっぱりダメなおっさんだな……。



 ***



 しばらくするとガボの怒りも収まった……というよりも諦めた。走り回ることに疲れ、ぜーぜーと息を切らしている。ギリギリと悔しそうに歯噛みしている。


「……次、折ったら殺す!!」

「悪かったって、許してくれよ」

「フン! ……で? どんな剣が要るんだ?」

「コイツが持ってるようなでかい奴。俺も同じような剣を振って見本にさせたい」

「ふむ……。シェイル君、ちょっと見せてみなさい」

「あ、はい」


 シェイルは「シェイル君って呼ばれるの、なんか新鮮だな」と思いつつ、背中のアドルモルタを抜いて見せた。シェイルは魔力を吸われて、血の気が引いていくような感覚を覚えた。

 ガボは近づいてアドルモルタを受け取ろうと手を差し出した。シェイルは反射的にアドルモルタを抱き寄せた。


「だっ、ダメです! 触っちゃダメです!」

「……? 思い入れのある剣なのか? 雑な触り方はせんぞ?」

「あれは魔剣だ。触ると死ぬ」

「はあ!? シェイル君は大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。体質的に耐性がある、と思ってくれ」

「そうか……。なるほど、そういう訳か。わざわざお前が見本用の大剣を買うなどおかしいと思ったわ」

「悪かったな、ケチで」

「そんなことは言っとらん。……剣をよく見せてくれ」


 シェイルは剣をガボから見やすいように構えなおした。


「両手持ち……。かなり長いな……。23番くらいか……。両刃で肉厚……」


 ガボはなるべく剣に近づかないようにしつつも動き回って色々な角度から剣を観察し、なにやらブツブツと呟いている。


「……よし、大体わかった」


 ガボはそう言うと、店の中を歩き回り剣を5本ほど取ってシェイルの前に立った。


「持ってみて、重さが近いのを選んでくれ」

「ええと……。…………。これ……が一番近いと思います」

「これより重いか軽いか?」

「ちょっと軽い……です」

「ふむ。ではこれくらいか?」


 そんなやり取りを何度かしてアドルモルタに一番近い剣をガボに見繕ってもらった。シェイルはその場で剣を振って感触まで確かめさせられた。


「これが一番近いです」

「よし」

「……これで終わりか?」


 ドットがうんざりした声を出した。ガボがすかさず大声で怒鳴る。


「お前の剣を選んどるんだろうが!」

「あーハイハイ……。怒鳴るなよ……」

「フン……。装備用のベルトは負けてやる。金貨5枚だ。早く出せ」

「相変わらずたけえなあ……」

「嫌なら他所で買え!」

「わかったわかった。怒鳴るなって……」


 ドットはぼやきつつ、懐から財布を取り出してカウンターの上に金貨をジャラジャラ出した。カウンターの上でガボと一緒になって枚数を数えている。


「ほれ、3枚多いぞ」

「ん」

「確かに。……今度は折るなよ」

「ああ、気を付ける」

「信用ならんなぁ……」

「お前は俺にどうしろってんだよ……」


 ドットはガボからベルトと剣を受け取るとシェイルと同じようにベルトを付けて背中に背負った。ガボにひらひらと手を振る。


「じゃあな。助かった」

「毎度。……おっと、ちょっと待て」

「なんだ?」

「いいから待っとれ。シェイル、来てくれ」


 ガボはドットとシェイルを呼び留めた後、カウンターの下で何やらガサゴソし始めた。


「何ですか?」

「アドルモルタを置いてくれ」

「? はい……」


 シェイルがアドルモルタをカウンターに置くと、ガボはアドルモルタの柄についた飾り紐を指さした。


「おっと。一応聞いておくが、この紐は何か大事なものか?」

「いえ、余った布切れで―――」

「なら切っても構わんな」


 ガボは言うが早いかアドルモルタに振れないようにして飾り紐を切った。シェイルが驚いて「えっ!?」と声を上げるが、ガボは気にしない。脇に置いていた革紐を手に取ると、アドルモルタに触れずに素早く編み上げていく。さっき作業台でこの革紐を切ってくれたのだろう。


 あっという間にアドルモルタの飾り紐が頑丈でカッコよくグレードアップした。


「わああ……! ありがとうございます!!」

「ああ、構わん構わん。いつでも来るといい」

「おう、また来るぜ」

「お前は来んでいい!!」

「へいへい……。ったく、何だよ……」


 ドットはぼやきながら店から出て行った。シェイルは苦笑いしつつ、ガボに一礼して店を出ようとした。


「それでは。剣とこれ、ありがとうございました」

「……シェイル君」

「はい、何ですか?」

「ドットは……腕はいい男だ。教えるのが上手いかはわからんが、ついて行けば必ず君も強くなれる。それまで諦めずにがんばりなさい」

「はい! ……あ、でも酒臭いのは勘弁してほしいですね!」

「はっはっは! 違いない!」


 シェイルが外に出るとドットは往来のど真ん中で酒を飲んでいた。

 道行く人が怪訝そうな顔でドットの横を通り過ぎていく。


「おーし、行くぞー。次は杖だぁ!」


 シェイルは他人のフリをして顔をそらした。

 こんな師匠についていって本当に強くなれるんだろうか、と不安になってきた……。

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