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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第2章 道標・呪縛・怪奇
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第25話 弟子入り

「……何の真似だ?」

「弟子にしてください」

「全く、何なんだ藪から棒に……」


 ドットは酒を一口飲んだ。飲みながら何かを考えている。


「弟子になりたいねえ……。何のために?」

「つ、強くなりたいです!」

「それは何のためだ?」

「強くなれば誰かの役に立てます。今、僕は役立たずなので……」

「……お前にはその剣があるだろうが」

「そうです。でも、それだけです。生身の僕は強くない。そもそも剣を持ってても強い訳じゃない。今日、それがよくわかりました」

「ふん……。それじゃあ、どうして俺なんだ。ルイーズに弟子にしてもらえばいいだろう」

「カッコよかったからです!」

「……はぁ?」

「今、あのクマをあっという間に倒しましたよね! 僕もいつかあんな風に―――」

「やめろ! もういい、気色悪い……。お前、敬語を使うのやめろ。とりあえず俺には使うな。気持ち悪い」

「えっ、でも……、その……」

「なんだ」

「……目上の人には敬語を使わないと―――」

「お前、まともな人間のフリしてるだろ」

「えっ?」

「無理にまともになろうとするから、逆にまともじゃないんだよ、お前。見ていて変な感じがする」

「そ、そんな、ことは……」


 シェイルの脳裏に両親の顔がちらついた。一か月顔を見なかっただけなのに、もうすでにぼやけている。

 ドットの言葉と両親の顔に困惑したシェイルにドットが言う。


「まともじゃなくていい」

「まともじゃなくていい……?」

「ああ。いい」


 ドットは酒を一口飲むと、冷たい目でシェイルを見た。


「人からどう思われようと、自分は自分だ。違うか?」

「……」

「違うか?」

「そ、そうです……ね……」

「わかったら、敬語、やめろよ?」

「は、はい」

「……」

「えっと、……わかった」

「よし。それでいい」

「それで……、その……」

「うん?」

「弟子にしてくれるの?」

「ルイーズがいいって言ったらな」


 ドットは口の端をゆがめて少し笑った。



 ***



 シェイル達が戻るとルイーズは不機嫌そうな顔をしていた。


「……一体全体どこまで行ってきたんだ?」

「そう怒るなよ。魔物が出たからな、少し手間取った」


 ドットとシェイルは火のそばに薪をバラバラと置くと、椅子代わりに置かれた石の上に腰掛けた。もう夕食の準備は終わっているらしい。ローアは隅っこで本を読んでいた。多分、魔法の勉強をしてくれているのだろう。シェイル達が戻ると、何も言わずに彼女の分の椅子に座った。


 ルイーズがパンとスープを配る。ドットは酒瓶を傍らに置いてパンを食べようと口を開いたが、ルイーズとローアがジッ……と無言で見つめていたので静かにパンを持った手を下げた。シェイルはそれをただ見ていた。


 ルイーズとローアは手を組むと祈りの言葉を捧げた。


「エリス様、今日のお恵みに感謝します」


 そう言うとパンを手に取って少しちぎって食べ始めた。ドットはホッと肩の力を抜くとパンとスープを食べ、酒を飲み始めた。


 そして出し抜けにこう切り出した。


「さっきコイツに弟子にしてくれ、と言われたよ」

「……本当か?」


 ルイーズはやや非難するような目でシェイルを見た。ローアも驚いたように目を見開いている。


「ええと、本当です」

「俺は引き受けてもいいと思っている」

「……ほう?」

「アンタらの事情は知らんが、コイツは鍛えといた方がいいんだろう? アンタが子守で手一杯なら、俺が代わりに鍛えよう」

「……。そもそもお前は何者だ? シェイルと何があったのか知らないが、私はお前のことを何も知らない」

「俺はドットだ。酔っ払いの、冒険者だ。D級の」

「D級だと? 本当に?」

「ああ」

「高々D級の冒険者があの人数のチンピラを一度に壊滅できるわけないだろうが」

「……コツさえ知ってれば簡単だ」

「シェイル、何か見たか?」

「はい。ライルーザっていう奴をボコボコにしてました。チンピラの話じゃ、B級とか言ってた気がします」

「他には? さっき言っていた魔物はどう倒した?」

「でかいクマみたいなのが攻撃した隙に、懐に入り込んでナイフで刺して倒してました。正直よく見えませんでした」

「魔法は?」

「魔法は使えないそうです。確かに魔法っぽいのは見てないですけど―――」

「いやいや、もういいだろ!?」

「ダメだ。何を隠してるんだ。素直に言え」

「それは……」

「言いたくないなら、付いてくるな」

「……この話は俺にとって弱点をさらすようなものだ。俺だって、アンタらのこと信じきれてない」

「じゃあ、この話は終わりだ。明日からは―――」

「まあ、待ってくれよ。最後まで聞いて欲しい。そうだな……、俺は人を探している。アンタらもそれを手伝ってくれるんなら、秘密を打ち明けても構わない」

「人探し? 何をするつもりだ? ろくでもないことなら加担しないぞ」

「俺はそんなろくでなしじゃねえよ……。まあ、これは言ってもいいか……。コイツを探してるんだ」


 ドットは胸の内ポケットからケースを取り出して一枚の写真を手に取り、ルイーズに差し出した。ルイーズは一瞬ためらったが写真を受け取って、見た。ドットと写真を交互にちらちらと見ている。


「……なんだよ?」

「ひょっとして……お前の娘か?」

「まさか。昔の仲間の娘だよ」

「? なぜすぐに見つからない? 行方でもくらませているのか?」

「そんなところだ」

「もう一つ。なぜ、探している?」

「そいつの父親の最後の言葉を届ける」


 ドットの口調は淡々としたものだったが彼の覚悟がこもっていた。

 何年かかってでも探し出して伝えるという覚悟が。


「……もういいか? 返してくれ」

「ああ」


 ドットは写真をケースに丁寧にしまうと、胸の内ポケットに戻した。ルイーズはその様子をじっと見て言った。


「いいだろう。彼女を探すのを手伝おう。……私は聖騎士だ。お前が一人で探すよりはずっと効率がいいだろう」

「助かる」

「えっ、いいんですか?」


 ローアが驚きの声を上げる。


「嘘をついているかもしれないんじゃ?」

「お嬢ちゃん、容赦ないなぁ」

「大丈夫だ。嘘をついている目じゃなかった」

「目って……」

「……もしさっきの言葉が嘘だったら、後悔させるだけだ。地獄の果てまで追いかけてでも」


 ルイーズの言葉にドットは引きつった笑みを浮かべた。


「……さあ、こちらは譲歩したぞ。お前の番だ、ドット」

「わかったわかった。言うよ、言うから……」


 ドットは観念したように片手を上げて見せた。わざとらしくため息までついて見せる。


「俺は、ニュムリスの連中に呪いをかけられている」

「ニュムリス? 知らないな……」

「それって、青い天使って奴ですか?」とローア。

「そうだ。よく知ってるな」

「えへへ……。本に載ってました」

「聞いたことないな……」

「僕も無いです」

「お前は当たり前だろ」とルイーズが呆れたように言う。

「会話に参加したくて……」

「……それで、どういう連中なんだ?」

「青い羽根が生えていることを除けば見た目は普通の人間と大差ない。空を飛べるし、魔力も魔導力もかなりある。最悪なことに人に対して友好的どころか天敵だ。こいつらは人を食うからな。種族全体で傭兵をやってて、見返りに生贄を要求して食ってる、そんな連中だ」

「あー……、似たような話を聞いた気がするな。それで? どうして呪われたんだ?」

「村の守護役をしてた奴を殺してくれっていう依頼だったんだよ。村からの。契約を辞めたいんだが、出てってくれないとかなんとか。で、倒したまでは良かったんだが、タチの悪いことに今度は俺たちが村に裏切られた」

「……それはつまり……冒険者のお前が勝手にやったことにされたのか?」

「そうだ。一度に十人近くを相手にして……、まあ、どうにか返り討ちにしたんだが……、気づいたら呪いをかけられてた。魔力を貯められない呪いだ」

「だから魔法は使えないと?」

「そういうこと」


 ドットは話し終えたのか、酒を一口飲んだ。


「俺たちが村に裏切られた、と言ったな。ひょっとして仲間が死んだのはその時か?」

「……ああ、そうだ」

「仇でもあるわけだな」

「いや、仲間を殺した奴も俺に呪いをかけた奴もその時に死んだから、仇はいない。ニュムリスを仇とは思ってるわけでもないしな」

「ほう? 寛大だな」

「誰彼構わず恨んだって仕方ないだろ。……呪いは解いて欲しいけどな」

「……」

「……」

「あの、すみません……。その呪いって解くの難しいんですか?」


 シェイルはどうしても気になったので話が途切れたタイミングで質問した。ドットとルイーズが目を見合わせている。口を開いたのはドットだった。


「ああ、難しいぞ」

「どれくらい?」

「子供みたいな質問だな。そもそもお前は魔法が使えるのか?」

「……使えない」

「ふーむ、どう説明すればいいか……」

「はい! 私、説明してみたいです。最近、魔法を解く勉強してるので」


 ローアが自信に満ちた顔で手を上げた。ドットは「いいぜ」と言って肩をすくめた。


「そもそも、呪いをかけるっていうのは糸を結ぶようなものなのよ。結んで、縛って、相手の行動を制限する。これが呪い」

「ふんふん」

「つまり、呪いを解くっていうのは逆にその結び目をほどくっていうことなの。だから難しいの」

「? よくわからないな……。それが難しいの?」

「解くのが簡単な結び目もあるわ。でもそれは結ぶときに解くことを考えて結ぶからよ。服の紐なんかそうでしょ? ……でも逆に解けなくてもいい、むしろ解けないようにするのはもっとずっと簡単よ。ぐちゃぐちゃに結んでうんときつく結ぶの」

「うーん、わかったかも……。でもさ、じゃあ、切っちゃえばいいんじゃないの? 糸を」

「シェイルにしては良い質問ね。でも残念ながらダメよ。この糸は呪いをかけられている人の一部なの。無理矢理に切ればただでは済まないのよ」

「へえ……。大変なんだな……」

「わかってもらえたようで良かったわ」


 ローアが笑ってスープをすすると、今度はドットが口を開いた。


「……さあ、俺はこれで全部話したぞ、今度はそっちが話してくれる番だろ?」

「ふむ、そうだな。いいだろう。まあ、私も全て知っているわけでは無いが……」


 ルイーズはシェイルが放浪者であること、剣の正体、レコル村での事件のあらましを話した。ルイーズが知らない部分はローアとシェイルが補って話した。


 ドットは話が終わるまで、時折少し質問をするだけで、基本的に黙って聞いていた。酒瓶を置き、パンとスープを平らげても酒には手を付けなかった。


 ルイーズが話し終わると、ドットは指を三本立てて見せた。


「つまりお前たちの旅の目的は、

 1、聖都に行ってシェイルの扱いを決めてもらう。

 2、シェイルにかけた隷属魔法を解く。

 3、どうにかトリビューラを退ける手段を獲得する。

 この3つか?」

「いや、1と2だけだ。3つ目はどうにもならんだろう。聖都についてからエリス教徒達に優れた指し手を探してもらおうかと―――」

「そうか、だったら、うってつけの男がいるぜ。俺の知り合いにな」

「聖都にいるのか?」

「いや、巡礼者の森の東の村のはずれに住んでる奴だ。色んなゲームに強くてな。俺は百ノ駒のことはよく知らないが、あいつは確か強かったはずだ」

「……」

「おいおい、そんな目で見るなよ。本当に強いって。聖都に当てがあるわけでもねえんだろう?」

「それはまあ、そうだが……。さっさと聖都に向かった方が良いのではないかと……」

「……さっさと? 巡礼者の森は今、通れないぞ。知らないのか?」

「何? なぜだ?」

「詳しくは知らないが……。エリス教徒が森を封鎖してるって話だ」

「ふむ……。行って確かめるしかないか……」

「で? どーよ、回り道でもないなら、そいつに会ってくくらいはいいだろ?」

「ああ。仕方ないだろう」


 ルイーズの返答を聞いて、ドットはうんうんと大げさにうなずいて酒瓶を手に取ってぐびぐびと飲んだ。


「飲み過ぎじゃないか?」

「心配してくれてんのか? ありがとよ」

「フン……。明日二日酔いになられたら迷惑なだけだ」

「大丈夫だって。それよりも、だ」


 ルイーズが呆れて口をへの字に曲げている。ドットはそれを見てニヤニヤと笑い、シェイルを指さした。


「弟子にするぞ、いいな?」

「……弟子にしたとしてもシェイルはお前の物じゃない」

「ん? ああ」

「……聖都についたらシェイルをどうするかは枢機卿の方々が決めて下さる。決定によっては―――」

「構わない。俺がそいつの根性を叩き直したいってだけなんだから」


 シェイルは「え?」と思った。なんだかニュアンスがさっきと違うような……。もっとこう、人格を尊重する感じのこと言ってなかったっけ?


「そうか。ならいい。私は何も言わん」


 ……え? 今の言葉のどこが「いい」んだ? もしかしてルイーズさん、俺の根性が曲がってると思ってる? ちょっとショックなんだけど……。


 少しショックを受けているシェイルにドットはニヤニヤと笑って酒瓶を向けた。


「なーにしょぼくれた顔してんだ? もっと嬉しそうにしろよ。俺がお前を最強の勇者様にしてやるんだから」

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