第23話 徹底
ライルーザはドットに馬乗りになって殴り始めて一分ほどで息を切らした。ヨロヨロとドットの上から立ち上がると椅子まで戻っていった。
シェイルは恐る恐るドットの方を見た。すでに顔が腫れて顔の形が変わっていた。シェイルは悔しくて唇を噛んだ。
と、小さく笑い声が聞こえてきた。
「くっくっく……。どうして悔しそうな顔をしているんだ、お前?」
見るとドットが腫れあがった顔で笑っていた。仰向けのままでこっそりと。ライルーザは気づいていない。ボンテーラは気づいただろうが、何も言わなかった。
ライルーザが椅子に座った。荒い息で口元を笑みで歪めている。ドットは苦しそうな表情に戻った。
「やれやれ、忌々しい……。拳を痛めちまった……」
「ライルーザ様、どうなさいますか?」
「うん?」
「外に放り出してきましょうか?」
「ああ、いや、まだだ。そいつに謝らせるのがまだ……。いや、フフッ、その体たらくじゃあ、無理か。フフッ……」
「……」
「ま、用はもう一つある。これだ」
そう言うとライルーザは懐から一枚の紙きれ……、いや、写真を取り出した。カラー写真だ。シェイルは驚きのあまり声を出してしまった。
「えっ!?」
「……フフフ、なんだ小僧、写真を見るのは初めてか? まあ、ゴミの分際では仕方のないことだな」
ライルーザがへらへらと笑う。シェイルはむっとしたが、何も言わなかった。
写真には女性が写っているらしかった。誰だろうか?遠くてわかりにくいが少なくともシェイルの知っている女性ではなさそうだった。
ライルーザは写真を人差し指ではじきながら話し始めた。
「こいつはな、そこのゴミ野郎が探してる女だよ。稼いでる金をほとんど全部酒にしちまうくせに、時々思い出したように探してるんだよ。未練たらしいったらねえよ」
「……」
シェイルもドットも何も言わなかった。つまり、ドットのことを調べていてあの女性に行き当たったっていうことだろうか。
「コイツの居場所を知ってるぞ、ドット」
「……」
「教えて欲しければ頭をこすりつけて謝れ。私のしもべになれ」
「しもべ……?」
「そうだ。お前は腕だけは立つゴミだ。なんせマグレとは言えこの私を殴り倒したんだからな。だから私の奴隷として役に立て」
「何をするんだ……?」
「そうだなあ。ちょうど、東の商業組合の連中が最近うるさいからなあ。何人か始末して―――」
「うぐっ」
「もういい」
いきなり背後でボンテーラが妙な声を出した。振り返るとボンテーラが腹を抑えてうずくまっていて、足元には石が落ちていた。多分、床のタイルの破片だ。
何が起こったのかわからなかったのはライルーザも同じだったらしい。いきなりうずくまったボンテーラを困惑した表情で見ている。
そしてドットはすたすたと歩いてうずくまっているボンテーラに近寄って、彼が手に持っていたナイフを取り上げた。ついでに全身を触って何か持っていないかをチェックし始めた。何もないとわかると「しけてんなァ」と言って床に血の混じった唾を吐いた。
シェイルはドットが倒れていた場所の床のタイルがえぐれているのを見つけた。ドットはそれを投げてボンテーラに当てたのだ。手枷もちぎれて地面に落ちている。
次にドットは慌てているライルーザに近づいていった。腕を回したり首を回したりとストレッチをしながら。
ライルーザは目を血走らせて叫んだ。
「馬鹿が! 火よ! 膨らめ、焦がせ、灰と為せ!」
ライルーザは手から火の玉を出して大きくしてドットに投げつけた。火の玉のサイズはドットの身長の半分くらいはある。ドットはそれを避けずに……、手で振り払った。
何事も無かったかのように火の玉は消え、ドットは無傷で歩いている。
「なっ、えっ……!?」
「居場所は?」
「い、いばしょ?」
「そいつの居場所だよ。知ってるんだろ?」
ドットは返事を聞く前に右腕を振りかぶると、よいしょと振り下ろしてライルーザを殴った。
「知ってるんだろ? 言え。早く」
「ほっ、ほれは、ほっ、ほの(そっ、それは、そっ、その)」
「……知らないのか?」
もう一発。
「どうなんだ? 知っているのか? 知らないのか?」
「ひっ、ひははい、へ、す……(しっ、しらない、で、す……)」
「そうか」
トドメにもう一発お見舞いして、ドットは振り向いた。ライルーザは気絶したようだ。……いや、まさか殺したのか?
「こっ、殺したんですか……?」
「そのうち起きる。……殺してやりたかったがな」
「ハハハ……」
「はーぁ……、穏便に済ませようと思ってたんだけどなあ……」
「……じゃあ、どうして煽ってたんですか?」
「煽りたくなっちまったんだ。しょうがねえ」
「ええ……?」
「こうなったら徹底的にやる。はぐれるなよ」
***
ガリガリガリガリガリガリ……。
ガガッ、ガリガリガリガリガリガリ……。
「ルイーズさん」
「……」
「あの、ルイーズさん」
「ん? ああ、なんだ?」
「これ、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……」
ローアは引きずっている剣を指さして言った。路地裏なのですれ違う人は少ないが、全員が全員、剣とローアを見るのだ。顔が赤くなっていた。
「せめて、その……」
「なんだ?」
「兜をかぶってもいいですか?」
「……これか?」
ローアはルイーズが持っている兜を指さした。ルイーズは少し困惑した顔をした。
「構わないが……、いいのか? 絶対に似合わないぞ?」
「構いません、顔さえ隠せれば何でも……!」
「わかった。じゃあ、ほら……」
ルイーズは片手が塞がっているローアの代わりに兜をかぶせてやった。
「……似合わんな」
「いいんです!」
更に数分歩いて、案内していた二人が立ち止まり、ルイーズたちの方を振り向いた。
「着きました」
「そうか」
何の変哲もない家だった。ドアも壁もやや朽ちている。窓ガラスは脂で汚れて曇っている。ルイーズがドアの前に立ったところ、一人が止めた。
「待ってください」
「なんだ?」
「正しい合図をしないとこのドアは開かないようになっていまして……」
「そうか、そうだったか」
「わかってもらえましたか。では……」
忠告した男がしたり顔でドアをノックしようとしたが、ルイーズはドアの前からどかなかった。男が怪訝そうな顔でルイーズを見上げる。
「だが、関係ないな」
ルイーズはドアを蹴り破った。その後で剣を抜き、中へ入る。室内が暗いとわかると左手に火の魔法で明かりを灯した。道案内してきた男二人は舌打ちをして、走り去ろうとしたがローアが風の魔法で転ばせ、土魔法で拘束した。
「私は聖騎士だ。歯向かうものは斬る。黒髪の小僧が一人いるはずだ。彼を渡せ。そうすれば大人しく帰ろう」
部屋の中には数人の男たちがいた。テーブルに座りカードゲームをしていたらしい。テーブルと床にカードが散乱している。目に敵意を宿している。ルイーズが状況を把握するまでの一瞬のうちにテーブルの下から武器を取った。
男の一人が低い声でルイーズに言う。
「知らねえなあ、そんなガキ。言いがかりはよくないぜ、聖騎士様?」
「なるほど、そう来るか……」
ルイーズはそう言うとくるりと取って返し、ローアの横をすり抜けて魔法で拘束されている男二人のうち一人の拘束を叩き割って首根っこをつかんで持ち上げ、室内に戻った。
「ここに小僧を連れてきたと、こいつともう一人が言っていたんだが、こいつのことも知らないのか?」
「……ちょっと待ってくれ。俺は本当に知らないが……、奥にいる奴らなら何か知っているかもしれない。聞いて来ても構わないか?」
「まあ、いいだろう。ただし、私が欲しい返事は『はい』だけだ。他の返事は要らないし、そんな返事をする連中に情けをかけるつもりも無い。……それをよくよく胸に刻め」
「……わかったよ」
男が苦々しい口調で奥のドアを開けようとした瞬間、ドアがこちら側に吹き飛んだ。男も吹っ飛ばされた。ルイーズは首根っこを持っていた男で木片をガードし、それが済むとつかんでいた男を床に放り捨て、剣を抜き眉をひそめた。男たちも予想外のことだったらしく、困惑した様子だ。
「よお! お前がアイツの飼い主か? 首輪はちゃんとしてなきゃダメじゃねえか!」
扉の向こうからドットが姿を現した。どこで見つけたのか酒瓶を片手にへらへらと笑っている。
「……なんだ、お前は?」
「俺はドットだ。ただの飲んだくれのドットだ。聖騎士様」
「……?」
ルイーズはドットが何者なのかわからずに警戒している。ドットはルイーズにも、すぐ横にいるライルーザの手下たちにも無関心な様子で酒を飲んでいる。先ほど、ドットに扉ごと吹き飛ばされた男は起き上がると、素早く状況を確認して思考を巡らせた。
「アッ、アニキ! 助けてください!」
男はドットに向かって助けを求めた。
「……は?」
「!?」
それを聞いてドットはただ純粋に困惑し、後ろを振り返った。ルイーズは剣を構えなおした。再度視線を部屋に戻し、ルイーズを見てドットは大げさに眉を挙げた。
ドットはこの男が『仲間と思わせてこの女騎士と戦わせようとしている』のだと理解して、口元をにやりと歪ませた。
「なーるほどなあ……」
「助けてください、アニキ!」
「ふ―……。黙れ」
ドットは酒瓶を飲み切って空にしてから叫んでいる男に投げつけた。命中した男はそのまま気絶した。
ルイーズはドットに鋭い声で質問した。
「お前、こいつらの仲間なのか?」
「そんな風に見えるか? この色男が」
「怪物の間違いじゃないのか?」
「傷つくねえ……。あ、ああそう言えばあいつに殴られたんだったな……。それなら仕方ねえか」
「……仲間じゃないのか?」
「……このお姉ちゃん、頭カタいんじゃねえのか? なあ、そこの……嬢ちゃん?」
ドットは戸口に立っていたローアに声をかけた。ただ、ローアの巫女のローブに兜をかぶった格好にドットは戸惑った。
「シェイルはどこだ?」
「この奥だよ。今は剣の鞘を探してる」
「ふむ、ならば……」
ルイーズはそう言うと思い切り息を吸い込み、大声でシェイルを呼んだ。
「シェイル!!! 返事をしろ!」
「うるっせえなぁ……」
「ここですー、ルイーズさーん……」
大声に文句を言っているドットの言った通り、シェイルの声が奥の方から聞こえてきたので、ルイーズは安堵して少し肩の力を抜いた。




