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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第2章 道標・呪縛・怪奇
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第22話 暴力

「思い出したああああ!」

「うるせえ」

「いでっ!」


シェイルは夢うつつに牢屋に入れられる前のことを思い出した。何が起きたのかはよくわからないが……、ともかく大体のことは分かった。


「えっ、ええと、ドットさん!」

「……なんだうるさいぞ。声がでかい。頭に響く」

「あっ、すみません。あの……剣知りませんか? 俺の……」

「心配するな。俺たちがいた場所にそのまま置いてある」

「えっ……。誰かに盗まれたりしたら……」

「フン!」


ドットは鼻で笑った。考えるのもバカバカしいと言わんばかりだった。


「……あの剣がどんな剣がわかるんですか?」

「……知らねーな」


ドットは面白くなさそうに酒瓶をあおった。が、もう残っていないらしく、舌打ちをして瓶をポイと投げた。

その瓶がコロコロと転がった先に男の足があった。シェイルは寝転がったままで足の持ち主を見上げた。鉄格子の向こうにさっきシェイル達をボコボコにした連中のリーダーが立っていた。確かボンテーラとか言ったはずだ。


「ライルーザ様がお前たちを連れて来いってよ」

「ずいぶん待たせるじゃねーか。酒が切れちまっただろ」

「……さっさと出ろ」

「へいへい」

「あのー……、俺は……?」

「……お前も出ろ」

「? ……なんでそいつも一緒なんだ? もう解放してやるのか?」

「いや……、コイツはただの人質だ」

「人質?」

「だから……、お前が暴れないための……、人質だよ」


ドットはそれを聞いて吹き出した。それを見てボンテーラは顔をしかめた。シェイルは「俺、人質なの……?」と嫌そうな顔をしていた。


「くっくっく……。まあいい、せいぜいそいつを大事にしておくんだな。傷つけたら暴れるかもしれんぞ。……くっくっく」


牢を出ると、手枷をはめられた。

ドットはさもおかしそうに笑いながら狭い通路を進んでいった。


「……くそっ、余裕ぶりやがって。ほら、行くぞ、坊主!」

「人質かあ……、嫌だなあ……」

「いいから早くしろ!」



***



「見つからんな……」

「どこ行ったのよ! あのバカ!?」


ローアとルイーズはシェイルを探して町の中を行ったり来たりしていた。市場を二往復し、宿屋の周りを見て回り、また市場の出口付近の公園で休んでいた。

山を越えてからまだきちんと休んでいない。シェイルよりも体力があるとはいえ、さすがにヘトヘトだった。二人は公園の中央にある噴水の傍にあるベンチに座っていた。


ルイーズは頭をベンチの背もたれに乗せて青空を見上げていた。


「あー……、どーしよう。ホント、どうしよう……」

「ハア……。もう一度見て回りましょうか……」

「どこに行けばいい? まだ見てないところがあるか?」

「地図を見る限りこの辺とか……」

「どれ……。どこだ?」

「ここです。この辺……」

「広いなあ……」


ルイーズはお手上げだーと言わんばかりにまたベンチの背もたれに頭を預けた。ローアもうんざりした表情をしている。と、公園の端で子供連れがたくさん注文している出店を見つけた。


「……ちょっと、甘いものでも買ってきましょうか?」

「頼む……」


ルイーズは顔を上げずに手を振って応えた。大分参っているようだ。体力的に、というよりもシェイルがアドルモルタごと消えたので、精神的にかなりキているらしい。魔剣とそれを扱う資格のある者を不注意で行方不明にしたとあっては、聖騎士としての責任を問われて任を解かれかねない。


ルイーズはここまで自由過ぎるシェイルをどうにか御してきたが、ここで思わぬ形で崩れたのだ。プレッシャーの中でどうにか頑張ってきた心が少し折れかけていた。


(ルイーズさんの心が折れる前にシェイルを見つけないとなあ……。全く、どこにいんのよ……)


出店は果物のジュースを売っていた。日が昇って暑くなってきていたのでちょうどよかった。ローアは店のおやじに注文した。


「ポニルジュース二つ」

「容器はあるかね?」

「ええと……、はい」


ローアはカバンから水筒を取り出し、少し振って中身がほぼ空であることを確認するとおやじに手渡した。


「二杯分入れちまっていいかね?」

「はい」

「じゃあ、ちょっと待っててな」


おやじはそう言うとジュースを水筒に注ぎ始めた。


ローアがその間待っていると、通りすがりの男たちの会話が聞こえてきた。


「……やっぱりさあ、アレは魔道具ってやつだったんじゃないか?」

「いやー、違うんじゃね? 魔道具って前に一度見たことあるけど、用途がハッキリしてて、触っただけであんな風になったりは……」


そこから先は声が小さくて聞き取れなかった。

ローアは通りすがりの男に歩み寄って、いきなり質問した。


「あんな風になった、ってどんな風になったの?」

「えっ!?」


通りすがりの彼らはローアがいきなり現れたので驚いたものの、丁寧に説明してくれた。二人が言うには、下町の方を歩いていたら道端に剣が落ちていたらしい。すでにガラの悪い3人組が剣を取り巻いていて、ネコババできるような感じではなかったとのこと。目を合わさないように通り過ぎようとしたところ、どういう訳か三人のうちの一人が剣に触れ、その場に倒れこんだらしい。残りの二人が笑い転げてて「ホントに気絶しやがった!」って騒いでいたのだと。


……完全にアドルモルタだ、とローアは思った。

でもその三人組って誰だ?

シェイルがいないのはなぜ?

……まあ、とにかくその場所に行って三人組に聞くしかないわね、とローアは思った。


ローアは彼らに礼代わりにジュースをおごり、おやじから自分の分のジュースを受け取ってルイーズの所に戻った。ルイーズにジュースを手渡す。


「ありがとう。……ふう、美味いな……」


しみじみと言う。本当に疲れているのだろう。早く安心させてあげよう。

ローアは先ほど聞いた話をルイーズに切り出した。



***



ドットとシェイルは薄暗い地下の通路を歩かされた。映画とかで見る炭鉱のように壁と天井に木の枠のような物が設けられ、一定間隔でランプが吊るされている。

シェイルは肩にボンテーラの左手が置かれていた。シェイルが心細くないようにという配慮……ではもちろんない。なぜなら彼の右手にはしっかりとナイフが握られているからだ。シェイルは右の視界にちらつく刃物の光が嫌で仕方なかった。


一番先頭は下っ端で、その次がドットだった。ふらふらと軽い千鳥足で進んでいく。しかし、不思議と壁に身体をぶつけるようなことは無かった。千鳥足自体があるいは芝居なのかもしれない。


しばらくして土がむき出しではなく、石のタイルが敷き詰められた通路になっていった。出口が近いのだろうか、とシェイルが思っていると角を曲がった先のドアの手前で先頭の男が止まった。ノックをする。


ノックの返事が返ってくるまでの間にドットはシェイルを振り返った。


「おい」

「? 何ですか?」

「俺がどれだけ殴られても、殺されそうになっても何もするな」

「えっ……」


ドットはそれだけ言うとドアの方を向いた。

「入れ」と中から返事が聞こえた。ドットに何か言う暇もなく、先頭の男がドアを開け、ドット、シェイル、ボンテーラが中に入った。先頭にいた男は中には入らずにドアを閉めた。


「遅いぞ、あまり私を待たせるなよ」

「申し訳ありません、ライルーザ様」


シェイル達が入った側から見て、右手側に大きな椅子にふんぞり返って座っている男がいた。ボンテーラが返事をするまでもなくコイツがライルーザなのだとシェイルにもわかった。口をへの字に曲げていかにもプライドの高そうな顔をしている。


そのへの字に曲げた口から、シェイル達への第一声が飛んできた。


「おい、ひざまずけ、ゴミ共。頭を下げろ」


ここまでくると最早感心してしまう。どういう育ち方をすればこんな風に見ず知らずの人間をゴミ呼ばわりできるようになるんだろうか……。


シェイルはドットがライルーザの言葉通りにひざまずいて頭まで下げたのを見て、続いた。正直、目の前のいけ好かない男に頭を下げるなんて―――ああ、こっちをみてニヤニヤしている!―――、特に何の関係もない俺ですら腹が立つ! なのにむしろより腹を立てているはずのドットが涼しい顔をしている。完全に無表情であり、肩も震えたりしていない。


怒りも悔しさも見えなかった。

それがライルーザにもわかったらしい。彼は椅子から立ち上がり、つかつかとドットの目の前に立った。ドットは視線さえ上げなかった。シェイルは頭こそ上げなかったものの、視線だけでちらりと様子を見ようとしていた。


一瞬の間をおいて、ライルーザはドットの頭を蹴った。


ドットは後ろに仰向けに倒れた。起き上がり、ペッと赤い唾を吐いた。


「言うとおりにしたつもりだったが、何か気に入らなかったのか?」

「貴様……! 舐めやがって……! 私が、私が誰かわかっているのか!?」

「知らねえよ。興味もねえ」

「貴様ァ……!」


ライルーザは歯ぎしりしている。今にも目玉が飛び出しそうな形相だ。


「私は! アニルスの街の大商人ライルーズの息子で! この街で最強の冒険者ライルーザ様だっ! 誰よりも金を持っていて、誰よりも強いっ!」

「そうか、それは凄いな。……それで? 用は何だ? 済んだのなら帰りたいんだが」

「貴様ァア……! どこまでも私をコケにしやがって……!! 済んでないっ! 済んでないぞ!! お前の! 私への謝罪がまだだっ!」

「何を謝ればいいんだ? 生憎と、お前に何か悪いことをした覚えが無くてね」


ドットがそう言うと、ライルーザはドットを殴った。二度三度と拳を振るう。ドットの血がシェイルの方まで飛んできた。


シェイルは今、あの魔力を吸い取る魔剣が、アドルモルタが心底欲しかった。もし手放していなければ、目の前の虚栄心にまみれた醜悪な男を止められただろう。殺せただろう。怒りを収める必要も無かった。ただ黙って目を伏せている必要は無く、自分の無力をかみしめる必要も無かった。


結局、シェイルは何もせずに黙ってドットが殴られるのを横目で見ていた。ドットに「何もするな」と言い含められていたこともある。しかし、シェイルには不思議とドットはあまり苦しそうには見えなかった。どこか余裕そうなのだ。最初からずっと雰囲気が変わらない。


……あるいは自分が動けないでいる罪悪感からそう思っているだけなのか?



***



ローアとルイーズは多少道を間違えたものの、アドルモルタがあった、と聞いた場所にたどり着くことができた。


聞いた通り、道にアドルモルタが落ちていてそれを三人組(いや、一人は道の端で寝ているから二人組か?)が見張っていた。ローアとルイーズが近づくと二人は怪訝そうな顔をした。いや、二人ではなくルイーズを見て、というのが正しい。


「……おやおや、聖騎士様がどうしてこんな所においでなんですかい?」

「その剣は我々の仲間の物だ。……彼をどうした?」


ルイーズは彼らの質問を無視して質問で返した。淡々とした、それでいて凄味のある声だった。物腰はおだやかだが、返答次第では斬る、と言われたかのようなプレッシャーを見張りの二人は感じた。しかし、口で脅されたくらいで口を割るものか、という程度の気概は二人にはあった。


「へっ、へへっ……、そ、そんな奴知らねえ―――」

「そうか」


ところで左側にいた男の髪形はずいぶんと特徴的だった。赤い染料を付けと油で固められ、ツンツンした矛先を重力に逆らって四方八方に伸ばしていた。

あくまでもシラを切ろうとしたその男の髪は、ルイーズが返答した直後、一つの矛先も残さず切り落とされ、全てが水平にならされてしまった。


「うっ、うわあぁっ!?」

「ああ、すまない。手が滑った」


ルイーズは剣に目を落としながらそう言い、刃先に油がついているのを見て顔をしかめた。布切れでゴシゴシと剣を拭きながら言う。


「知らないのか? エリス教では嘘はご法度だ。つまり嘘つきは異教徒だ。我ら聖騎士は異教徒を裁く権利を持っている。……言いたいことがわかるか?」

「へっ、へへっ、は……、はい……」


ルイーズに暗に「殺すぞ」と脅された二人は縮みあがるほどビビり、今度は薄ら笑いをうかべながら白状することを決めた。

ちなみに、ルイーズの「嘘つき」の下りを聞いて後ろの方でローアはギクッとしていた。


「話せ」


二人組はルイーズの眼光に震えながら、ことの顛末を話し始めた。


「ええと、俺たちはドットっていう……ええと、ろくでなしの飲んだくれを追いかけていたんですが―――」

「飛ばせ」

「えっ」

「飛ばせ。この剣の持ち主をどこにやったかだけを教えろ」

「あっ、ハイ……」


二人はアジトの場所を正直に教えた。


「よし、いいだろう。行け」

「えっ、待ってください、ルイーズさん。……アンタ達も止まりなさい」

「? 何だ、どうした、ローア」


ルイーズから解放された二人がホッとしたのも束の間、ローアが止めた。


「今聞いた場所がどこかわかるんですか?」

「わからん。が、まあ、道すがら聞いて行けばたどりつけるだろう?」

「案内をさせた方が早いですよ。それにこの二人が嘘をついているかもしれませんし」

「おお、それもそうだな。案内しろ」


ルイーズの一言で二人組の目が絶望で死んだ。


「あと、アドルモルタはどうしますか?」

「それは簡単だ。お前に持ってもらう」

「ええっ!? えっ、い、嫌です! し、死んじゃいますよ!?」

「大丈夫だ。ほら見ろ」


ルイーズがアドルモルタの柄を指さした。柄の先に飾り紐がついている。ルイーズが旅に出た後にシェイルにくくりつけさせたものだ。


「飾り紐を持てばアドルモルタに触れずに済む。安全に運べるぞ」

「ほ、本当ですか……?」

「多分な」

「ううう……。どうして私が……? あの人たちでもいいんじゃないですか?」

「シェイルみたいなこと言うな……? 普通に危ないからダメだ。あと、私が持つのもな。念のために温存しておきたい」

「しょうがないですね……」


ローアはまるで虫の死骸でも持とうとしているかのように及び腰になりながらアドルモルタの飾り紐を恐々と慎重につかんだ。……少し魔力を吸われている気がするが、すぐに気絶したり死んだりはしないだろう。少しホッとして剣を持ち上げた。が、剣が長いのでどうやっても引きずってしまう。それに重い。


「ルイーズさん、引きずってもいいですよね?」

「……ああ」


ローア達はアドルモルタをズルズルガリガリ地面にこすりつけながら歩いていった。

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