第21話 迷子
スマホのアラームが鳴っている。好きなアニメのテーマソングが流れている。寝ぼけながら手に取ってみる。
遅刻だ。
慌てて制服に着替えて一階に下りる。
下りながら母に「どうして起こしてくれなかったのさ」と文句を言った。
母は呆れた顔で「たまには自分で起きなさい」と言って、テーブルを指さした。「早くパン食べて学校に行きなさい」
俺は「こんなの食べてる暇ないよ」と文句を言いながらパンをあっという間に食べて、玄関に向かった。
ドアを開けて「行ってきまーす」と言って振り返ると、いつの間にか後ろに立っていた母と父に指を指された。
「他人の役に立つ人間になりなさい」
驚いてドアから一歩外に後ずさると、そこから真っ逆さまに落ちた。地面が無かった。
気づけば教会の上にある崖の上にいた。
エルダが夕日を背にして立っている。地平線に沈んでいく太陽を眺めている。彼女は俺に気づくと振り返った。
「元の世界が恋しくないのですか?」
俺が返答に困っていると、エルダの右肩が裂けた。血を流しながらゆっくりと傷口が割れていく。次第にエルダの顔から表情と生気が無くなり、動かない物体になっていく。彼女が完全に動かなくなると、俺は聖堂にいて、エルダは目の前で壁にもたれかかって死んでいた。
口元に微笑みを浮かべながら。
***
「うわああああああああっ!!」
「うるせえ、静かにしろ」
「いでっ!」
シェイルが絶叫しながら目を覚ますと、野太い声と共にゴン、と頭を殴られた。
涙目で殴られたところを押さえる。隣には知らん顔して汚いマットレスに寝そべって酒を飲んでいる男がいた。
シェイルが上半身を起こしてじっとしていると、少しずつ落ち着いてきた。そして自分が夢を見ていたこと、うなされた挙句に酒を飲んでいる目の前の男に殴られたのだと理解した。
「何も殴らなくたっていいんじゃないですか……?」
「俺がいい気分で酒飲んでるときに大声で叫ぶからだ」
「……」
シェイルはため息をついて周りを見回した。汚い部屋だった。部屋にはシェイルとこの酔っ払いしかいない。部屋の外……鉄格子の外にロウソクが立っていてこの部屋を薄暗く照らしている。汚いマットレスが二つと、桶が一つあるだけだ。他には何もない。狭くて、ひどく臭い。
また牢屋だった。また。
……なんだろう、牢屋に縁でもあるのだろうか?
「ええと……、よく覚えていないんですけど、あなたは誰ですか?」
「あー? 何が知りたいんだ? 名前か?」
「ええと、そうですね」
「ドットだ。よろしくな」
ドットと名乗った男は寝転がったまま酒瓶をさらに煽ると、酒を口から滴らせながら手を差し出してきた。シェイルは内心嫌だったが、手を握り返した。案の定、男の手は酒でべたついていた。
ドットは見たところ、50代くらいだろうか。髪はボサボサの白髪交じり。胡乱な目をしている。総合して「酔っ払いのおっさん」だった。
「で、お前の名前は?」
「シェイルです。シェイル・ホールーア」
「はあ? なんだそりゃ、それが名前か? お前の?」
「え、ええ……」
「はぁん……。お前の親は良いセンスしてるな」
「そうですか!?」
「嘘。皮肉だよ、皮肉」
「……」
「はは、静かになっていいな」
そう言うとドットは寝返りを打って向こうを、壁の方を向くと酒瓶を置いた。シェイルも眠くは無かったが目を閉じて横になった。
***
レコル村を出てから一週間ほど経った。村を出てまずルイーズがいた町に行った。村には馬車がなく、徒歩で向かった。夜に到着して一泊。その晩、ルイーズは自分が常駐している教会に行ってレコル村で起こった事件のあらましを説明してきたらしい。翌朝、馬車で次の町へと向かった。
次の次の町までそのまま何事もなく進んだ。ただ、その次の町へ向かう時には山を越える必要があり、山頂の山小屋で泊った。山は疲れるし、空気は薄いし、寒いしで散々だった。ルイーズもローアもピンピンしていたが……。
問題があったのはアニルスの街に来てからだった。
「ずいぶん大きい街だなあ!」
「ああ。ここで食料を買い込んでおく。まずは宿を取る」
「アニルスかあ……、久しぶりです。ここの名産はポニルでしたっけ?」
「ああ。酒がうまいんだ」
「お酒はわかんないですね。まだ飲めないので……」
「宿はこの先だ。このまま市場を突っ切っていく。何か買いたいものが言ってくれ。少しくらいなら買ってやるぞ」
「ありがとうございます! 何にしようかしら。シェイル、何かいいの見つけた? 珍しいものがたくさんあるからって、はぐれちゃ―――」
ローアが笑いながら振り返ると、シェイルはそこにいなかった。ローアは顔に笑顔を張り付けたまま固まった。
「お、ローア、ポニルの実だぞ。美味しそうだ。いるか? ……ん、どうした?」
「……ルイーズさん、シェイルがいません」
「えっ!?」
周囲は沢山の人でごった返していて、シェイルを見つけるのはとても骨が折れそうだった。
「も、戻って探そう!」
「は、はいっ」
ルイーズとローアが慌てて戻っていく横を遅れてきたシェイルは何も知らずに通り過ぎていく。
「やっべ……、気づいたら置いてかれてた……。早く追いつかないと……」
シェイルは完全にはぐれてしまった。
***
シェイルは市場を横断してしまった。通りが広くなり、人混みがマシになる。しかし、ルイーズもローアもいなかった。
「先にいるのかな、それとも戻ったのかな……? どっちだろう」
シェイルは市場を道なりに抜けた先のこの場所で待つのが一番いいかとも思ったが、微妙な分岐が2、3回あったので、ここで待っていてもダメかもしれないと思った。
いっそ、宿屋がある場所まで突っ切ってしまおうか。その方が確実な気がする。進んでいれば宿屋のある場所に着くだろう。
更に道なりにしばらく進むと、徐々に人通りが少なくなり、薄暗くなってきた。なんだかすたれた感じだ。それでも進んでいると、人が道端に座り込んでいた。うつろな目をしてじっとこちらを見ている。
シェイルは怖くなって、回れ右をした。道を間違えたに違いない。てっきり宿は真っすぐ行った先にあると思ったけど、間違っていたんだ……。
と、右肩に何かが触れる感触があった。肩を組まれたらしい。
「こんな所でなーにしてるんだぁ? 迷ったのかぁ?」
振り返ると、酒瓶を持った男がへらへらと笑っていた。
彼がドットだ。シェイルと同じ牢屋に入ることになる彼だ。
「は、はい……。そうです……。迷いました……」
「だろうな。お前、格好がキレイすぎる。旅人か?」
「ええ……」
「どこに行きてえんだ?」
「や、宿屋のある所です」
「そう警戒すんなよ、取って食いやしねえって」
「は、はあ……」
「くっくっ……、まあいい。宿か。このまま真っすぐ戻って、二つの角を左だ」
「……えっ?」
「……聞いてたか? 二本目の角を左だ」
「あっ、ありがとうございます」
「いいっていいって。じゃあ―――。あ?」
「? なんですか?」
「お前、その剣……何だ?」
ドットはシェイルの背中に背負ったアドルモルタを凝視していった。目を見開いて驚いている。肩に組んだ腕に力が入っている。
シェイルは少し緊張した。まさかアドルモルタを「ただの剣」じゃないと見抜いたわけではないだろう。きっと違う。見ただけでわかるわけがない。違うに決まっている……。デザインが良いとか、でかいとか、綺麗とか、そういうことじゃないだろうか。
無難に返さなければ……。
「い、いいでしょう、この剣。かっこいいでしょ?」
「……お前、その剣抜いたことがあるのか?」
ダメだ、バレてそうだ。
「え、ええ、まあ……」
「そうか……。……あまり無理はするなよ。引き留めて悪かった。じゃあな」
が、意外にもあっさりと肩に組んだ腕を放してくれた。なんだか親しみというか……憐れみを込めた視線すら感じる。一体どういう風の吹き回しなんだろう?
勘違いだったのだろうか? バレてない?
「あ、あの……、もしかして―――」
「やっっっっと見つけたぞ! この老いぼれめ!」
怒号が飛んできた。驚いたシェイルが振り返ると通りの先でガラの悪そうな男たちが角材やらなんやらを持ってのしのしと歩いてきた。
「いいいいい!?」
「……お前たちか……。しつこいぞ」
「てめーが素直にライルーザ様に謝れば済むことだろうが!」
「……お前、ライルーザって……。名前を言ってもいいのか?」
「あっ……」
ドットは呆れた様子で首を振って深々とため息をつき、こっそりとシェイルに「行け」と耳打ちすると男たちの方に歩いて行った。
「そもそもお前たちはどうして俺を追い回しているんだ? 身に覚えがないんだが……」
「お前がライルーザ様に恥をかかせたんだ! 一昨日の酒場での出来事を忘れたのか!?」
「忘れた」
「おまっ……。いけしゃあしゃあと……」
シェイルはドットに言われた通りに、人通りのある方向へ行きかけたが角を曲がる手前で立ち止まった。ドットはどうするつもりなのだろうか……。ひょっとしてかばってくれたのではないだろうか……?
「本当のことだ。仕方ない」
「お前は! 酔って女冒険者に絡んでいた―――」
「なに? それは悪いことしたな……。ライルーザってのは女だったか?」
「……違う。絡んでいたライルーザ様が女にフラれて、それに怒ってライルーザ様が投げた酒瓶がてめーに当たって、それに怒ったお前がライルーザ様をボコボコにしたんだろうが!!」
「……俺、そこまで悪いか? そんなに怒るほど殴ったのか?」
「いや、おでこがちょっと腫れていたくらいだ。あの人は頑丈だから……」
「……それで? 何がそんなに気に障るんだ?」
「一方的に殴られたのが気に入らねえのさ。なんせライルーザ様は高ランクの冒険者だからな!」
「ふーん。でも覚えてないってことは……せいぜいC級くらいか?」
「B級だ! バカめ!」
「なるほどね。俺は……D級だからな。D級の俺に負けたとなれば面目も丸つぶれってか?」
「ライルーザ様の命令だ。お前を袋叩きにして、目の前で地面に顔をこすりつけながら謝れってなあ!」
「仕方ねえなあ……」
ドットはため息交じりに男たちの方に近づいていく。シェイルは角からその様子を見ていた。聞こえた感じだと、あの人は相当強いみたいだが、男たちも強そうだ。人数も多い。ドットからは凄味を感じない。
助けに行くべきだろうか……。
シェイルは激しく迷っていた。行くべきだ。でも、怖い。いくらこの剣が凄いと知っていても、まさかそれでガラの悪い男たちを吹き飛ばすわけにもいかない。多分、そこまで悪い連中じゃない。……多分。あと周りの被害も出るし。だから……。
シェイルが悩みながら家政婦のように角から見ていると、ドットはついに男たちの手の届く距離に来た。じっと睨みあっている。
「……袋叩きにするんじゃなかったのか?」
「……そうだよ!」
男はドットの顔面を右腕で思い切り殴った。ドットが痛そうによろめいてうずくまる。男たちは寄ってたかってドットを足蹴にし始めた。
「このっ、このっ」
「散々手間かけさせやがって!」
「昨日徹夜だったんだぞ、ちくしょう!」
「殺さねえ程度にしてやるよ! ライルーザ様の所まで連れてかなきゃいけねーからなあ!」
「やめろおぉぉぉ……」
シェイルは剣を抜いて大声を出しながら男たちの所に走って行ったが、屈強な男たちが一斉に振り向いたのを見て徐々に声が小さくなっていった。
「……なんだあ? 坊主?」
「一丁前に剣なんか抜きやがって。ケガしたくねえなら帰って寝てな!」
「やめてやれよ、震えてるじゃねえか。ハハハ!」
男たちが一斉にゲラゲラと笑い転げる。中断していたドットへの足蹴りも再開し始めた。シェイルは頭が真っ白になった。剣を構えたままへっぴり腰で震えている。
「どうしますか、ボンテーラさん」
「まあ、待て待て」
ボンテーラと呼ばれた男(さっきまでドットと話したのも彼だ)が震えているシェイルに声をかけた。
「悪いことは言わねえぞ、坊主。そのまま回れ右して帰んな。あいつだって別に殺しゃしねえよ。こんなこと、この町じゃあよくあることだろ? イチイチ剣振り回してちゃあ、命なんていくつあっても足んねえぞ?」
「でも……、でも……。ダメなものはダメだろ……?」
「……ハア……。全く、しょうがねえガキだな……。おら!」
「うぐぇっ!?」
シェイルは腹を殴られた。胃の中のものが道端にぶちまけられる。
「わかったら帰んな」
「う、うるさい……」
「……ああ? なんだと、てめえ……!」
「うるさい! 俺の目の前で汚えマネすんなっ!」
シェイルは口元を吐しゃ物で汚しながらフラフラと立ち上がり、剣を構えてめちゃくちゃに振り回し始めた。目は血走っていた。
「うわっ、コイツ! あぶねえな!」
「やめろおおおっ!」
ドットを足蹴にしている連中の方に剣を振り回しながら近づいていく。男たちは慌ててシェイルから距離を取っていく。
これでいい、このまま押し切って……と思っていると、男たちが全員距離を取った。
ドットがいない。
シェイルも、男たちも鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。シェイルは剣を振り回しながら助けを求める子供のような表情でドットを探そうと、後ろを振り向いた。
瞬間。視界が真っ暗になり、平衡感覚が無くなった。背中に衝撃。
更に身体を締め上げられて、何が何だかわからないうちに気絶した。
そして気づけば牢屋にいた、という訳だ。




