第20話 別れ
翌日の午前中にエルダの埋葬が行われた。
墓は教会で管理している墓地に建てられる予定だったが、ローアの希望で谷を一望できる崖の上に埋葬することになった。
色々な作業の手配はルイーズが行った。シェイルとローアはルイーズの指示で動き回った。
最後にルイーズが祈りの言葉を捧げ、全員がエルダに花を捧げた。
***
埋葬の後、村長の家で説明の会が開かれた。村側は村長とその他数人。教会側はルイーズ、ローア、シェイルが出席した。
説明会は思ったよりも穏やかに進んだ。シェイル達が想定していた質問よりもずっと少なく、鋭さもまるでなかった。おそらく、村人側でまだ疑問をまとめ切れていなかったのだろう。もし、明日か明後日になればもっと鋭い質問が増えたはずだ。
ただ、ルイーズが用意していた回答は肝心な部分を「わからない」で済ませるものであった。村人側も粘るが、一向に口を割らないので徐々に空気が悪くなっていった。次第に質問も少なくなっていく。
説明会は一時間足らずで終わった。予想外の質問は出なかった。
…おそらく、相手も嘘をついているということは感じ取ったのではないだろうか。
ちなみに、ならず者たちはもうしばらくの間教会の地下牢につないでおくらしい。エルダと入れ替わりの神官が来るらしく、その後で対処するそうだ。
…果たして、この結果はローアと自分にとって良かったのだろうか、とシェイルは思った。このままこの村に残る身としては村人と確執が残るのはまずいのではないか、と教会に戻ってからこっそりルイーズに聞いてみた。
「そうだな…。ローアには酷なことをしたな」
「え…、僕は…?」
また不遇な扱いか…?と思いきや、ルイーズは意外そうに片方の眉を吊り上げた。
「何を言っている? お前はこの村には残れないぞ」
「…え?」
「言ってなかったか?」
「初耳ですけど…」
「それは悪かったが…、しかし、少し考えればわかるだろう?」
「…?」
何かあったか? 俺が村を離れなければならない理由があるか? 何か悪いことしたっけ? …ひょっとしてあの魔剣が何か関係してるのか? そんな気がするな。
「アドルモルタを…抜いちゃったから、とか?」
「まあ、そんなところだな。
故意ではないらしいが封印を破ってしまったこと。
アドルモルタを扱えること。
魔剣を賭けたゲームを半年後に行うことになったこと。
それとお前が放浪者だから。
正確にはこの四つだ」
ルイーズはすらすらと理由を上げて見せた。…本当に「少し考えればわかること」だろうか?
「お前は聖都に連れていく。処遇は枢機卿が決めて下さるだろう。出発は明日だ。ローアたちに別れは済ませておくんだな」
***
シェイルが自分の部屋の中で何やらブツブツとつぶやきながら、うろうろと歩き回っている。シェイルはローアに何と言って別れを済ませればいいか、悩んでいた。
「ルイーズさんに連れられて、聖都に行くことになったんだ。今までありがとう…。いや、あっさりしすぎてるな…。もう少し、こう、感謝の意というか、友達としてこう…、ああ…ダメだ、なんて言ったらいいか全然思いつかない…」
「…なにしてんのよ?」
「ひゃあ!?」
部屋の入り口を見ると、ローアが立っていた。ドアが開いていて呆れた目をしている。
「えっ、なっ、なっ…。ノ、ノックしてよ!」
「したわよ!」
「あ、したんだ…。ごめん」
「で? 何うろうろしてんの? 私の部屋まで足音が聞こえてきたんだけど」
「あ、えーっと…、それは…。えー…」
「別に言いたくないならいいわよ?」
「いや! 言う、言うよ…」
今言うしかないとシェイルは腹を決めた。すう、と息を吸って話し始める。
「さっきルイーズさんに言われたんだけど、俺、聖都に連れてかれるんだって」
ローアは表情をほとんど変えなかったが、眉をピクリと動かしたように見えた。
「…そう。何を…やらかしたの?」
「何もしてないよ。なんか、俺が放浪者だから、とか、剣を抜いちゃったからだって、言ってた」
「あんた、全然理解してないじゃない…」
「え? そうかな…」
「ふーん…、そう…。聖都に…。じゃあ…一か月くらいは旅するわけね。出発はいつ? 準備はしたの?」
「わかんない…。してない…」
「ルイーズさん気が早そうだから、明日には出発するって言うかもよ。早く準備しなさい。もし持っていきたいものがあったら、持っていきなさい。買い物するお金が必要なら、多少なら出すわ」
「…ありがとう」
「別に構わないわ。…じゃあ」
「ああ」
そう言うとローアは踵を返して部屋から出て行った。ローアの後ろ姿を見送ってシェイルは頭をかいた。
「…やっぱりあっさりになっちゃったな」
***
シェイルはローアに言われた通り、旅の支度を始めることにした。まず、ブブとボボへのお別れを軽く済ませた。ルイーズに確認したらやはり明日には出発するつもりだったらしい。「すまない、言い忘れていた」と言ってルイーズは申し訳なささが混じったはにかみ笑いを浮かべた。笑ってごまかそうとしたのだろうか。
ルイーズに旅に必要なものを一通り聞いた。食料などのルイーズが持っているらしい。必要なのはカバン、服、マント、予備のクツ、食器、ナイフ、水筒、好みの調味料、等々。
いくつかの道具が足りなかったので、村に下りて店を探した。が、見当たらなかったので、通りがかりの人に聞くとそんな店は無いと言われてしまった。「しょうがない、途中の街で買おう」と教会に戻ろうとしていたら、ちょうどロバートと出くわした。
「おう、昨日は大変だったな。…大丈夫か?」
「はい、大丈夫です…」
シェイルはエルダのことを言っているのだとわかった。
…そう言えばローアは大丈夫なんだろうか…。色々あったから気が回ってなかった。気丈にふるまっているけど、大丈夫なはずがないんだ。もっとしっかりしないと…。
「そうか、元気そうで何よりだ。こんなところで何してたんだ?」
「欲しいものがあったんですけど、店に売ってなくて…。っていうか、店が無くて…」
「はあん、何が欲しかったんだよ?」
「カバンに、マント、クツ、ナイフ、水筒」
「なんだ? 旅にでも出んのか? ははは!」
ロバートはそう言って笑ったがシェイルが微妙な顔をしているので、笑うのをやめた。
「はは、は…。あん? なんだ? マジで旅に出んのか?」
「ええと、そうです」
「そっか…、ずいぶん急だな。じゃあ、俺の持ってるヤツやるよ」
「えっ、持ってるんですか…っじゃなくて、くれるんですか!? 返せないですよ!?」
「いいって、いいって、アシュリーの時はなんだかんだお前たちには世話になったからな。お前たちがいなかったら村の子供が何人かさらわれたまんまだっただろうし…。いいからもらってくれって。今しか礼ができないってんなら今のうちに渡してえんだよ」
ロバートはたくましい腕でシェイルの肩をバンバン叩きながら笑った。シェイルは「いたいです、いたい」と言いながら苦笑し、ロバートの好意をありがたく受け取ることにした。
「ロバートさんは昔、旅でもしてたんですか?」
「あー…、いや、違う。戦争に参加したことがあるだけだ」
「戦争?」
「知らないか? 火炎戦争だよ。10年位前だから聞いたことくらいあるだろ?」
「…あー、ええと…」
「知らないか?」
「…知らないです、ね」
「…そうか。ふーん、よほど田舎に住んでたようだな」
「ははは…、そうなんですよ…」
シェイルはロバートがそれ以上突っ込んでシェイルが前にいた場所のことを聞いて来ないように祈った。聞かれても答えられないからだ。いっそ元の世界の話をしたら冗談と思ってもらえるのだろうか?
***
ロバートからもらった装備のおかげでシェイルの旅の支度はほぼ完璧になった。ルイーズも「これなら大丈夫だな」とお墨付きをくれた。
その晩の食事はいつもよりずっと豪華だった。オリア豚の肉と香草のソテーにトナリポテトとスミレニンジンと鶏肉のスープが出た。豚肉はローアが遠くの村まで行って買ってきてくれたものだ。「おお!奮発したな!」というルイーズの反応を見るにかなり高いものらしい。実際すごく美味しかった。
「うまい!」
「美味いな」
「…」
「ふふん!そうでしょう!」
シェイル達が口々に料理を絶賛し、ローアは胸を張った。
ブブとボボだけはいつも通り何も言わなかったが、表情を見れば「美味しい」と言っているも同然だった。
食事の後、ローアと軽くゲーム(トランプのようなもの)をして眠った。皆とももうお互いにお別れは済ませてあるから、特に何も話さなかった。
翌朝も何も話さなかった。シェイルはいつも通り朝食を取って、いつも使っていた食器をカバンにしまった。その時に少し泣きそうになったけど、誰かに見られたりはしなかったと思う。
朝食を食べた後、ルイーズが「よし」と言って立ち上がった。
「シェイル、準備はいいか?」
「…ええと、はい。準備できてます」
シェイルも荷物を持って立ち上がり、ルイーズについて静かに教会の外へと歩いて行った。ローアたちも付いてくる。
「じゃあ、また」
「ええ、またね。いつでもいらっしゃい」
「シェイル、またな」「またな」
「はい、また」
ルイーズはシェイル達の別れを少し離れたところで見守っていた。が、ふと思い出したように「あ」と言った。シェイルが何事かと振り返るとルイーズは、シェイルの腕輪を指さしていた。
「腕輪がどうかしましたか?」
「そう言えばシェイル、お前…、隷属魔法は解いたのか?」
「ああ…。そう言えば解いてもらってないですね。…ないよね?」
「あー…。忘れてたわね」
「なら、今解いておけ。聖都ではそういうのはまずい」
「へえ、そうなんですね。じゃあ、ローアお願い」
「え? あ―…、ああ…、いいわよ…」
ローアが一瞬焦ったような声色だったのが、シェイルは気にせずに腕を差し出した。が、ローアは腕輪の周りで手を自信なさそうにふわふわしているだけで詠唱しなかった。
一分ほど虚無の時間が流れたところでルイーズはしびれを切らした。
「ローア? どうだ? 解けそうか?」
「ええと…、その…、む…」
「? む…?」
「…無理、です…」
ローアの声は今にも消え入りそうだった。
本人が途切れ途切れに言うには隷属魔法は独学で習得したが、それを解く魔法までは習得していないとのこと。つまり、解けないということ。
「なら、早くいいなよ…」
「ごめん…」
シェイルは、ローアに消え入りそうな声で謝られたためむしろ罪悪感を感じた。
「…ぐすん。ルイーズさん、解けますか?」
「…無理だ。私はそういう…複雑な類の魔法は習得していない」
「ん? じゃあ、どうなるの? っていうか、俺…この先ずっと隷属魔法かかったままなの?」
「今更何の心配をしてるんだ? 別に不都合ないからいいだろうが。お前だって、ついさっきまで忘れていたのだろ?」
「あ、それもそうですね。でも、聖都はどうするんですか?」
「…ローア、付いてくるか?」
「えっ?」
ローアは驚きの声を上げた。ルイーズは淡々とした声で続ける。
「聖都にたどり着くまで一月ほどだ。私には解呪魔法を覚えるほどの時間は無い。コイツの子守で手一杯だ」
「子守って…」
「それにそもそも向いていない。お前が来てくれるのが一番早い」
「それは…」
「もっとも、お前が了承すれば、の話だが。わかっているとは思うが、聖都までかなり急いで向かう。危険な道も通る。死ぬかもしれん」
「…」
ルイーズの表情は真剣だ。ローアも真剣な表情で顎に手を当てて考えている。そしてシェイルはただただビックリしていた。…死ぬかもしれないの?
「えっ、僕そんな話、聞いてないんですけど…?」
「それでもいいか、ローア?」
「僕の意見は…?」
「…ええい、うるさい。黙ってろ。トリビューラに目を付けられた時点でどの道お前に拒否権は無い。私が首根っこをつかんででも連れていく。これでいいか!?」
「ははあ…、さてはこの世界に人権という概念、無いな?」
「構いません。私も行きます」
シェイルがどんよりと複雑な気分になっている間にローアは覚悟を決めたようだ。決断早くないか…?俺まだ全然覚悟決まらないのに…。
ローアが付いてくるならブブとボボはどうするのだろうか、と思っていると
「ブブとボボはどうする?」
とローアが聞いた。考えることは一緒か。
もうエルダも死んでしまったし、ローアと一緒にいるつもりだっただろうから付いてくるだろうとシェイルは思った。
が、ブブとボボはお互いに顔を見合わせると、首を振った。
「俺たち、行かない」
「えっ? ど、どうして?」
「…神官様、死んだ。恩、返せてない。墓ここ。俺たち、ここ残って、恩返す」
「で、でも、エルダ様は…最後には殺そうとしたじゃない…。それでも…いいの?」
「神官様、裏切った、一回。神官様、恩、数えれない。比べれない」
「わかったわ。…エルダ様をまだ好きでいてくれて、ありがとう」
「病気、気、付けて」「たくさん、食べて」
「…。私、荷物取ってきますね!」
言うが早いかローアは教会の中に走って行った。ブブとボボは振り返るとシェイルの肩と背中をバンバンと叩いた。
「旅、気、付けろ」「シェイル、ローア様、よろしく」
「ええ、まかせて下さい」
「…頼りないな」「ああ、頼りない」
「なんで!?」
ブブとボボが「やれやれ」とばかりにため息をつく。シェイルは悔しそうに顔をしかめた。ブブとボボはそれを見て笑い、シェイルと握手した。
数分で荷物をまとめて戻ってきたローアと合流して、村に下り、同じように別れを済ませて街道に出た。
こうしてシェイル、ローア、ルイーズの三人は聖都に向けて旅立った。
第1章はここまでです。
次回の投稿は2023/7/1を予定しています。




