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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第1章 放浪者・魔剣・巫女
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第19話 交渉

「さて、エルダはゲームに負け、君たちにも負けた。従って、余はこの百人の命とエルダの魂をもらっていく」

「なっ、話が―――、もがっ」


 シェイルが話している途中で、ルイーズがシェイルの口をふさいだ。エルダは確かに「自分を殺せば村人は助かる」と言ったはずだ。…ん?あれ?もしかして、エルダがそう言っていただけなのか?


「失礼しました、閣下。続きをどうぞ」

「くっくっく…。良い心がけだ、エリスの聖騎士よ。本来はこれらをもらい受けるつもりだったのだが…、そなたらにチャンスをやろうではないか」


 トリビューラの言葉にシェイルとローアはきょとんとした顔を見せた。特にローアは期待の色が目にかすかに出ている。ルイーズはほとんど表情を変えていない


「小僧、お前のアドルモルタと交換であれば余が握っている百の命を渡さないでもないぞ」

「? この剣と?」

「ああ、それと交換なら構わない」

「じゃあ―――」

「お待ちください」


 シェイルはトリビューラの取引にほぼ即答で応じようとしたが、ルイーズが止めた。手を「お前は何も言うな」とばかりにシェイルの前に出した。


「ダメです。まるで釣り合っていません。アドルモルタは村人100人分の命では到底交換できない、替えの効かない剣です。閣下もよくご存じのはずです」

「ああ、良く知っているとも。だが、聖騎士よ。余とそなたら、虫けらとの間で釣り合いなど必要なことか? そなたらは余の前で命があることに感謝し、黙って剣を供すれば良いのだ」

「申し訳ありませんが、閣下。虫けらにも虫けらの意地があります。この剣を奪われれば人間は自らの身を守ることが困難になります」

「ふむ、それで? この命は見捨てるということか?」


 トリビューラが宙に浮いた駒を手でジャラジャラとかき回した。シェイルが何か言おうと一歩前に出かかったが、ルイーズが再び手で止める。


「いえ、百人もの無辜の民が命を奪われるというのは、聖騎士として見過ごせません。ですから、猶予をいただきたい」

「ほう?」

「3年後、再びこのゲームを行い、閣下が勝てばアドルモルタは差し上げます。もし、我々が勝てばアドルモルタは我々が引き続き所有します。いかがでしょうか?」

「…それはつまり、余に百人の命を返す代わりに、『アドルモルタを賭けた勝負に参加する権利』を与えるという意味か?」

「左様です」

「ふん、小賢しいな…。…まあ、よかろう。それで手を打とう」

「ありがとうござ―――」

「ただし、期限は半年後だ。さもなければこの話は無しだ」


 ルイーズが感謝の言葉を言いかけた瞬間にトリビューラはピシャリと言い放った。

 ルイーズはしばらく固まっていた。彼女はシェイルとローアを振り返り顔を順に見たが、シェイルの表情を見て嘆息し、トリビューラに返事をした。


「…承知いたしました、閣下。その条件でお受けいたします」

「よろしい」


 トリビューラが満足気に指を鳴らすと、同時に三つのことが起こった。

 宙に浮いていた駒が急に聖堂中に散らばった。床の上におおよそ等間隔で並び、風船のように膨らみ、粘土のように歪み、元の人間の姿に戻っていく。

 盤と、盤を置いていた机と椅子が消えた。

 黒い扉が出現した。気づいたときにはそこにあった。


 シェイル達は目の前の光景にただただ呆然とするばかりだった。


「ククク…、ではな。半年後を楽しみにしておるぞ」


 トリビューラが黒い扉を開いてその向こう側に去ると、扉は出現したときと同様にいつの間にか消えていた。


 人の姿に戻った村人たちの苦しそうな話し声が聞こえてきた。身体の形状が急激に変化したことで苦痛を感じているのだろう。


「俺たちはどうしてこんなところで寝ていたんだ…?」

「痛い…」

「ここは…?」

「聖堂か…?」

「どうしてこんなに崩れているんだ…?」

「し、神官様が…」

「死んでるぞ…」

「どうして…」


 変わり果てた聖堂とエルダの死体を見て村人たちが狼狽し始めた。それを見てルイーズはシェイルにそっと言う。


「…シェイル、剣を隠せ」

「あっ…、そっか…」


 シェイルは「どこに隠そうかな?」とキョロキョロと見回して、祭壇の裏に隠すことにした。

 ルイーズは聖堂に残った村人たちを見回していて、違和感に気づいた。彼女には一般人には見えない者がちらほら混ざっていた。ルイーズはローアに耳打ちした。


「おい、この村には罪人でもいたのか? 妙なのが紛れ込んでいないか?」

「え?」


 そう言われてローアが見回すと、確かに見慣れない顔がいくつかあった。それは地下牢に拘束していたはずのならず者たちだった。ローアはルイーズに「あれは地下牢に捕らえていたならず者たちです」と答えた。


「…頼めるか?」

「ええ、大丈夫です。休んでいてください」

「ああ、すまないな」

「ただ、十人くらいいるので、時間がかかりますね」

「仕方ない。上手くいくように祈ろう」


 ローアはその場でブツブツと静かに詠唱を始めた。ルイーズとシェイルは素知らぬ顔でならず者たちの様子を見ていた。


 ローアが詠唱を初めて30秒ほどたった時、年配の女性がならず者の一人を指さした。


「えっ、あんた誰だい…?」


 ルイーズが舌打ちをした。

 村人たちの視線が彼女、そして彼女が見ている人物に向けられる。注目を浴びたならず者は痛みをこらえて、のろのろと立ち上がり、ナイフを取り出して彼女に近づいた。人質に取るつもりだったのだろう。

 が、ルイーズが目の前立ちふさがり、ならず者の脳天をぶん殴った。一撃で昏倒させる。


「全員、動くなっ!」


 ルイーズが凄味のある声で怒鳴った。聖堂の中にいた人間は誰もが動くのを止めた。ルイーズは必死で息を乱さないようにしつつ、時間稼ぎを始めた。


「私は聖騎士だ。詳しいことは後で話す。とにかく今は動くな。動いた者は殴る」


 そこまで言うとルイーズは聖堂をぐるりと見回した。村人たちの表情を見て、理解しているか確認するのと、ローアの様子を見るためだった。ローアは目が合うと、指でOKサインを出した。ルイーズが軽くうなずく。ローアが魔法を発動した。


 聖堂のあちこちの床がめくれあがり、土が持ち上がった。そのまま巨大な手のような形になり、何人かに巻きついて固まった。何人かの村人が小さく悲鳴を上げる。

 ルイーズは取り漏らしが無いことを確認すると、村人の注目を集めるために二度、手を叩いた。


「…失礼しました。もう大丈夫です。地下牢に囚われていたならず者が紛れ込んでいたのですが、これで大丈夫です」


 ルイーズは興奮している村人たちをなだめて、どうにか帰らせた。色々とわからないことばかりで村人たちは説明を求めたが、ルイーズもローアも(ついでにシェイルも)満身創痍なことに気づき、自分たちも無自覚ではあるが変形後の苦痛が残っており、追及はそれほど厳しくは無かった。説明は翌日ということになった。



 ***



 翌日、シェイルが珍しく朝早く起きるとローアとルイーズは既に起きてキッチンにいた。ルイーズはテーブルに座ってフィコ(コーヒーのようなもの。やや塩っぽい)を飲んでいた。ローアはフィコを淹れている。


「おはよう、シェイル」

「あら、おはよう。今朝は早いのね」

「おはよう。…なんか目が覚めたから」

「シェイルも飲む?」

「あー…、ああ、お願い」


 シェイルは少し迷ったが、同じくフィコを飲むことにした。なんとなく目を覚ましておいた方がいい気がしたからだ。これから真面目な話をしそうな雰囲気を感じる。


「…ローアにはさっき話したんだが、村人には昨日の出来事は伏せておこうと思っている」

「伏せておくって…。じゃあ、説明しないっていうことですか?」

「そうだ。正確には説明しないのではなく、嘘をつく」

「嘘、ですか」

「そうだ」

「どんな嘘を…?」


 ルイーズはフィコを一口すすって、ふぅと息を吐きだした。


「泥は全てならず者たちにかぶってもらう。脱獄したならず者たちから村人を守ろうとしてエルダが戦い、死んだ。おおまかにはそういう筋書きにしようと思う」

「…」

「不満か?」

「……。どうして嘘をつくのか聞いても?」

「私はエリス教の聖騎士だ。教徒の一員としてエルダの凶行を露見させるわけにはいかない。それに自身の復讐のために村人の命で魔王と取引を試みた、などと知ってしまうのは…、おそらく村人たちにとって精神的にかなりきついはずだ。エルダは十年近くこの村に身を寄せていた。少なからずショックを受ける者が出るだろう」

「…」


 シェイルは何と言っていいかわからなくなった。なんだかもやもやする。すんなりとルイーズの言うことを肯定できなかった。嘘をつくことに拒否感があるが…、それだけじゃない。…多分、エルダのやろうとしたことを「無かったこと」にすることに抵抗があるのだ。


 ルイーズの言うことは正しい。もっともだ。エリス教にとっても村にとってもきっと、その方が良いんだろう。誰も得しない真実なんて伏せておいた方がいい。そういうことだ。

 でも…。


「抵抗はあるかもしれないが…、ある程度の嘘はつくことになる。すまないが、こらえてくれ」

「ちょっと待ってください」


 ローアがお湯を沸かしながら、小さく手を上げて質問した。


「村人は昨日の件で色々とおかしな点があったことに気づいているはずです。

 いつの間にか寝ていたこと。

 聖堂が壊れていたこと。

 ならず者が牢を抜け出したこと。

 エルダ様が死んでいたこと。

 聖騎士であるあなたがいたこと。

 そして…、自分たちの身体が駒に変化していたであろうこと。

 これら全てを説明できますか?」

「大体説明できると思うが…。一つ確認したいのだがエルダはどうやって皆を眠らせたんだ? 私はその場にいなかったので全くわからないのだが…」

「私はお酒を飲んでからの記憶がほとんどなくなっているので。おそらく、飲み物に何か薬を混ぜたのではないかと―――」

「いや、ただただ酔っ払っただけだろ!」


 ローアが大真面目な顔で妙なことを言いかけたので、シェイルは慌てて訂正した。


「…あら、そうだったかしら?」

「そうだよ…。ええと、たしか、皆が眠ったのは…エルダがお話の朗読をしていた時だったと思います」

「話? 何のだ?」

「えっと…、何だっけ…。…んーと…、エリス神が誰かと戦って、で、歌が聞こえて…」

「歌…。エリス様の出てくる話で、戦って、歌か…。もしかすると、トゥルモレスの夜の歌か?」

「そうです! …そうだったと思います…たぶん」

「…」

「いやその、なにせ眠かったから確かなことはわからないですけど…。でもその歌の後、急に眠くなった覚えがあるので…。だから―――」

「村人もおかしいと思っている、ということか?」

「そうです」

「…」


 ルイーズは顎に手を当てて考えている。


「エルダが眠りの魔法を使ったということは、そのまま伝えた方がよさそうだな…。エルダには村人をこっそりと眠らせる必要があった…」

「…ルイーズさんはどのような筋書きを考えていたんですか? あのならず者たちではエルダ様に遠く及ばないことは村人にもわかっていたはずなので…」

「ああ、ならず者の仲間の雇われ魔術師を登場させるつもりだった。で、私はそいつを追っていた聖騎士だ。遅れて駆け付けた時にはエルダが相打ちになっていた」

「では、村人を眠らせたことと、駒に変形させたことは?」

「魔術師に襲われて村人を守るためにエルダがとっさに魔法をかけた。眠らせたのは駒に変えるため、駒に変えたのは攻撃を受け付けないため。…どうだ?」

「そうですねえ…」

「なんか、全然イメージできないな…」

「そうですね、荒唐無稽、って言う感じがします」

「だろうな。だが、言い訳は、多少苦しくても構わないと思っている。突っ込まれても『わからない』、で逃げていい。エルダが死んでいるからな。事実は私たちにもわかりません、で構わない」

「あ…、そういえば俺たちが起きていたことってバレてるのかな?」

「どういうこと?」

「だから、『わからない』って言えるのはルイーズさんだけってこと。俺たちが駒にならないでずっと起きていたってバレたら、追及されるだろ?」

「あー…。と、途中で起きたことにすれば…いいんじゃない?」

「お前たちは、駒にされずに一緒に戦っていたが、すぐに気絶して、駆け付けた私に起こされたことにすればいい」

「なるほど」

「ならず者が牢から出ていたのは? いや、そもそも彼らも痛みに呻いていたのを見られてるかも。彼らも駒になっていたのがバレたら…」

「…ああ、そうか。それは失念していたな…。ええと…、ああもう!ややこしいな!」


 そのまま1時間ほど話を続けた。結果的にはルイーズの持って来た案をそのまま使う方向になった。もうおかしなところは全部「エルダが死んだのでわかりません」でごり押しすることになった。


 シェイルは「なんか不祥事を起こした会社の会見みたいになりそうだな」と思った。

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