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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第1章 放浪者・魔剣・巫女
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第17話 戦闘

 ルイーズは無言で剣を抜いた。シェイルはぎょっとした。ルイーズが剣を持っていたことにも驚いたが、目の前で鋼鉄の刃がギラリと光る様は穏やかな日常を送ってきたシェイルには衝撃的過ぎた。


 エルダも氷の魔法で簡易的な剣を作る。生気の無い目で近づいてくる。


「ちょっ、ちょっと待って!」


 シェイルは思わず叫んでいた。状況が飲み込めなかった。シェイルの言葉を聞いて、エルダは足を止めた。ルイーズもエルダが止まったので、剣の切っ先をわずかに下げた。


「どうした小僧? 余としてはさっさと殺しあって欲しいのだが?」

「…村人はどうなったんだ?」


 シェイルはトリビューラの言葉を無視し、にらみ返した挙句、逆に質問した。


「…身の程を知らぬ奴だ。神官よ、答えてやるがよい。そなたの始めたことであろう」


 トリビューラの言葉を聞いてシェイルは魔王をもう一度にらんでからエルダに視線を移した。エルダは淡々とした口調で返事をした。


「村人は…そこの駒になっています。私がトリビューラ様にゲームで勝利しない限り元には戻りません」

「どうしてそんな…」

「復讐のためです」


 エルダは少し視線を上げた。何を見ているのかとシェイルが視線の先を見ると、エリス神の像が立っていた。エリス像を見てエルダはため息をついた。


「エリス様は何もしてくれませんでした。何も。ならば実際に望みを叶えてくれる存在の方がいい。違いますか?」

「それで村人の命を賭けてゲームをしているのか? それも誰かを殺すために? バカも休み休み言え」


 ルイーズが吐き捨てるように言う。エルダは彼女の言葉を聞いて寂しそうに苦笑した。


「そうですね。あなたには私の気持ちはわからないでしょう。あなたにとっては誰の命も分け隔てなく救われるべきですから」

「当然だ。人の命は等しく尊いものだ」

「なら、あなたにはわかりません。他の何を犠牲にしてでも生きていて欲しいと思う気持ちは」

「…誰のための復讐なのですか?」


 ローアの問いを聞いてエルダは返答につまった。


「…言いたくはありません。あなた達が知る必要のないことです」


 エルダはそう言うと、剣をシェイルに向けた。


「もう気が済んだでしょう、シェイル? まだ理解できていませんか? 私はあなた達を殺そうとしていて、あなたは私を殺せば村人を助けることができます。それだけです。…それだけのことです」

「…わかりません」

「そう…。あなたは素直ね」


 エルダはそう言って微笑むと、スッと表情を消して剣を構えた。ルイーズも合わせて構える。

 エルダとルイーズが互いに視線を合わせて再びじりじりと近づき始めた。お互いに間合いを計り、ブツブツと詠唱しながら近づいていく。


 先に仕掛けたのはエルダだった。しかし、最初の一手は剣でも魔法でもなかった。


「ブブ、ボボ。ローアとシェイルを殺せ!」


 ブブとボボが頭を抱えて絶叫し始めた。まるで叫ばないと死んでしまうかのように、全力で叫び、頭を抱え、首輪を外そうと首を掻きむしっている。ローアが二人から視線をそらして、呆然としているシェイルの首根っこをつかんだ。引きずって距離を取る。


「隷属の魔法よ。抗っているけど、元々かけられているから、じきに襲ってくるわ…」


 努めて冷静に言おうとしていたが、彼女の声は震えていた。


「どうにか魔法を解けないのか?」

「無理…でもない、けど…」

「できるのか!?」

「上書きすればいいんだけど…、時間がかかるわ。それに失敗するかも…」

「…つまり、俺が時間稼ぎできれば、ってことか…」

「失敗しなきゃね…」

「らしくないなあ。ローアならやれるさ。自信持てって」


 シェイルは呆れたように笑うと落ちていたアドルモルタを拾い上げた。

 さっきからずっと気になっていた。視界の端でちらちらと光っていた。持つと不快感と全てを破壊したい衝動に襲われた。しかし、前もって覚悟していれば抗えないほどのものではなかった。ゆっくりと深呼吸して自我を保つ。


 トリビューラが横で「ほう」とつぶやくのが聞こえた。微かに怒りを感じ、途端に破壊衝動が沸き上がりそうになる。落ち着け、落ち着け…。


「時間稼ぎ…できるかわからないけど、やるだけやってみる」

「わかったわ。…我に隷属せし従者よ。我が声に耳を傾けよ…」


 ブブが悲鳴を上げるのをやめて近づいて来ていた。目の色がめまぐるしく変わっていく。狂気、怒り、恐怖、驚愕、罪悪感…。

 ブブは全力で抗っている。シェイルは叫んだ。


「ブブ! 止まれ! 斬るぞ!」


 嘘だ。ただのハッタリだ。止まってくれ。止まってくれ…!


「斬れ、シェイル…!」


 あろうことか、ブブがそう口にした。苦しそうに。

 一歩ずつ近づいてくる。

 近づきながら拳を握りしめる。体躯に見合った巨大な拳だ。文字通りに岩のような拳だ。殴られればひとたまりもない。


「汝の正しき道を示す主は我なり…。謀りを示す主に反するは道理なり…」


 ローアの詠唱が聞こえる。まだブツブツと詠唱している。まだ終わる気配は無い。


 やるしかない。ブブをどうにかしないと…。どうにか?どうにもならないだろ、こんなの!この体格差じゃあ…。

 違う! やるしかない!


 シェイルは剣を思い切り上段に振りかぶって、ブブに突進した。剣を振りかぶったままの無防備な状態でブブの拳が届く間合いに入った。ブブは動かない。目をきつくつぶって必死に耐えている。動かない。


「ごめん!!」


 シェイルは剣の平たくなっている面を振り下ろしてブブの脳天を殴った。ごん、という鈍い音と、嫌な感触がシェイルの手に伝わる。シェイルは殴った後、恐怖に満ちた目でブブを見た。ブブは目を回してその場に倒れた。恐る恐る近づく。胸は動いている。息はあった。生きている。


 シェイルは周囲を見渡した。ボボは近づいてきている。また同じことの繰り返しかと思ったが、ローアの声が聞こえない。多分詠唱を終えたのだろう。ちょうどボボに隷属魔法をかける瞬間だった。


「我に隷属せよ」


 ボボが立ち止まり、目の色が元に戻る。これで大丈夫だ。

 エルダとルイーズたちに目をやる。二人とも魔法を使いながら斬り合っていた。聖堂の床も壁も天井ももうボロボロになっている。シェイル達が無事なのは多分ルイーズが防いでくれていたからなのだろう。その分、彼女の方が分が悪そうだ。

 シェイルはルイーズに加勢するために剣を再び握り直した。その時だった。


 グラスにワインを注ぐ音が聞こえた。


 見るとトリビューラが自分のグラスにワインを注いでいた。優雅にもワインを飲みながら、足を組んでこの状況を見ている。高みの見物を決め込んでいる。表情はわからない(ついでに言えばどこからどうやってワインを飲んでいるのかも)。しかし、シェイルにはトリビューラが薄笑いを浮かべながらこの状況を見ているとしか思えなかった。


 ルイーズに散々忠告されていた。手を出してはならないと。こちらの命を奪うなんて何とも思わない存在なのだと。


 しかし、気づいたときには剣を思い切り振りかぶっていた。破壊衝動に飲まれたのか、そんなものなくてもこうしていたのかはわからない。そんなことを考える余裕もないほど頭に来たことだけは確かだ。


 人の願いと命を弄んでおいて、自分だけ何もされない立場で見下しながら、嘲りながら、美味そうに酒を飲んでいるのが許せなかった。せめて一発でもぶん殴ってやらなければ気が済まない。


 最初にこの剣を振ったときに教会を吹き飛ばした。その時の感覚を思い出すまでもない。ブブを殴ったときには感じなかった衝動がシェイルの身体を突き抜けた。


「笑ってんじゃねえぇよ、クソ野郎!!」


 アドルモルタから青白い炎が迸る。炎を自分の身体のように感じる。炎が伸びて刀身を為してゆく。それを気づいてトリビューラの三角形の中の泡が大きく歪む。シェイルは剣を力の限り振り下ろした。


 手ごたえがあった。トリビューラを斬った、と思った。

 いや、違う。何かに当たって止まっている。何か、壁のようなものに…。


「やれやれ…、とんだ癇癪かんしゃく持ちだな…」


 パチンと指のなる音が聞こえると炎が一瞬にして消えた。シェイルが困惑していると、トリビューラが不機嫌そうな声を出した。


「小僧、貴様が何を思って余に剣を振りかざしたのかは問わん。その魔剣を持つ者の衝動だろう。だが、心せよ」


 トリビューラはシェイルに向かって指を指した。


「次は無い。余に刃を振るえば、次はこの場の全員を八つ裂きにし、駒を砕く」

「…」


 シェイルは唇を噛んだ。目の焦点が定まらず、剣を持つ手が震えている。悔しさと魔剣を使った反動が押し寄せてくる。そんなシェイルの様をトリビューラは鼻で笑った。


「フッ…、いつまでも余に気を取られていても良いのかな?」

「…?」


 トリビューラがエルダとルイーズがいる方向を指さした。シェイルがそれにつられて目を向けると、何かがシェイルに向かって飛んでくるのが見えた。避けられずに激突する。


「っ!?」


 シェイルは飛んできた物体の衝撃で、物体もろとも後ろに吹っ飛び、祭壇にしたたかに頭をぶつけた。


「痛ってぇ…」

「ぐぅぅ…、す、すまん…」


 ルイーズだった。飛んできたのはルイーズだった。彼女はすぐに立ち上がり、剣を構えた。


 見るからにボロボロだった。初めて見たときから使い古された鎧を着ていたが、そういったレベルではない。血まみれなうえに鎧のあちこちが無くなっている。しかし、まだ五体満足だった。


 しかも全身が霜だらけで、ぜえぜえと苦しそうに吐く息が白くなっている。


「すまない…。私だけでは、時間稼ぎしかできなかった…」

「大丈夫です。今から私たちも…エルダ様と戦います。ね?」

「もちろん!」


 ローアが立ち上がりやや震える声でそう言い、シェイルが応じた。

 エルダは服に多少の切り傷があり、血の跡もあるが、ルイーズよりはダメージが少なそうだ。あれはエルダの血だろうか。それともルイーズの返り血なのだろうか。シェイルには判断がつかなかった。

 エルダはやや離れた場所に近寄ろうとも遠ざかろうともしていない。じっとこちらの様子を見ている。


「エルダ様、仕掛けてきませんね…」

「魔法の準備というわけでもなさそうだ。何を考えているかはわからんが、作戦を練るなら今の内だな」

「何をすればいいですか?」

「俺も、やる」

「…やっぱり、シェイルとボボは休んでなさい。魔法が使えないから戦力にはならないわ」


 やる気満々のシェイルとボボだったが、ローアに冷たい声で止められた。


「戦力になるだろ」

「攻撃はね。私が言っているのは防御の話よ。一撃で死ぬわよ。二人とも」

「…じゃあ、ルイーズとローアだけで倒せるのか?」

「それは―――」

「ルイーズさんに答えて欲しい」


 シェイルはローアの返答を遮って、ルイーズの意見を聞いた。ローアは不服そうに唇を尖らせたが大人しく黙った。


「…無理だ。火力が足りない。ジリ貧になって押し切られる」

「でも、そうするしか…。二人は…無駄死にするだけよ…。シェイルなんかまともに立てもしないじゃない」

「大丈夫だ。多分なんとかなる」

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