表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第1章 放浪者・魔剣・巫女
16/134

第16話 外へ

 鍵はルイーズが魔法で破壊して、ルイーズ、ローア、シェイルの三人は地下牢から出られるようになった。だが、牢から出る前にルイーズが振り返り、小声でささやいた。


「言い忘れていたが、ここからは一言もしゃべってはいけない。音も立てるな。わかったな?」

「えっ…、それはどうしてですか?」

「おそらくは…魔王が上にいるからだ」

「えっ、それじゃあ…」


 シェイルは大いに困惑した。

 魔王? 魔王って…魔王なのか? あのゲームに出てくるラスボス的な? マジで?

 上って多分…、聖堂のことだよな。でも、それじゃあ…。


「…あの、ちょっと、いいですか?」

「…なんだ、ローア?」

「その…村の人たちはどうなったんでしょうか?」

「? 村人がどうかしたのか?」

「私たち、さっきまで聖堂で村の人たちと一緒にお祭りしてたんです。皆はどうなったんでしょうか?」

「…すまないが、確認している余裕はない。とりあえず教会を出る。話はそれからだ。…いいな?」

「えっ、でも…」

「いいか」


 ルイーズはローアの肩を少し強めにつかんだ。


「お前たちが思っているよりも状況はずっと悪い。ここにいる私たちが生きて出られるだけでも奇跡的なことなんだ」


 ルイーズは自分の言葉を聞いてローアの目が見開かれるのを確認して続けた。


「わかったか? 生き残る可能性がある者は全力で生きるべきだ。村人のことは諦めろ」

「…はい」

「あの…」

「今度はなんだ?」


 今度はシェイルが手を上げた。

 ルイーズは若干イライラした口調でシェイルをにらんだ。


「うっ、扱いの差が…」

「女の胸を揉んでおいてへらへらしているような奴は嫌いだ」

「返す言葉もございませんが…、例の…アドなんとかの剣を僕が手に取ることができたら話が変わったりしませんか? なんか凄い剣っぽいので…」

「アドルモルタか…。お前が持って、しかも振るうことができたというのは本当なのか?」

「はい。その後気絶しましたけど…」

「お前、本当に人間なのか?」


 あまりにもストレートな質問にシェイルは面食らった。


「え、ええまあ…。多分…」

「多分…? 竜の血でも混じってるんじゃないのか?」

「彼は放浪者です。そのせいではないかと…」

「ああ、放浪者なのか。なるほどな」


 納得された。放浪者ってなんなんだ。そんなに人外ばっかりなのか?


「先ほどの質問だが、手に取ることができれば…まあ、事態を打開できる可能性は…ゼロではない…だろう。少なくとも私が全力で戦うよりは遙かにマシだ」

「じゃあ…」

「だが」


 村人を助けに行けるかも、と思ったシェイルだったが、ルイーズの否定の言葉は重かった。


「ゼロではないだけだ。どれだけ高く見積もっても1%にも満たない。そもそも手に取る前に殺される。話にならん」

「エルダ様は魔王と何をしているんですか?」

「さあな。大方何かの取引だろうが…。考えても答えは出ない。出す必要も無い。…今は外に出ることだけを考えろ。わかったか?」

「はい」

「…」


 シェイルは「エルダが何を取引しているのか?」を考えていて、最後の方のルイーズの言葉を聞いていなかった。


「わ、か、っ、た、か、っ?」

「イタッ、痛いです」

「いいか、絶対に面倒を起こすなよ。会えば死ぬ。そういう類の存在なんだ。いいな、何もするなよ…!」

「わ、わかりました…」


 シェイルはルイーズに指を頬に指されてぐりぐりされた。まあまあ痛かったので、指から逃げるようにのけぞった。指の届かない位置まで逃げて頬をさする。


「よし、では行くぞ。静かにな」



 ***



 さらさらと砂の落ちる音だけが聞こえる。5つの盤の隣で砂時計が時を刻んでいる。決断しろと迫っている。


 エルダは必死で考えを巡らせる余り、脳みそが焼けてしまったんじゃないかと思っていた。ゲームが始まってから、何一つとして上手くいかなかった。致命傷こそ負っていないが、少しずつ足場が崩れてなくなっていくような静かな絶望が迫ってきていた。


 勝負盤の砂漠と都市はどちらも、まだ序盤の陣を整えているような段階だった。なにせ駒が30ずつある。陣形を整えるだけでもかなりの時間がかかる。まだ仕掛けが始まるような段階ではない。


 森と海の盤は駒数が有利ではあったが、駒数が少なすぎてスペースが空いていて、中々思うように相手の駒を捕まえられなかった。追い詰めたと思っても紙一重の差で逃げられる。ずっとトリビューラにはぐらかされる状況が続いていた。


 平野の盤は逆にトリビューラが駒数の有利を生かしてかなり強気な攻めに出て来ていた。エルダは抵抗むなしく、大量の駒を取られてカードを獲得するチャンスを相手に与えてしまっていた。局面ももう既にほとんど詰んでいる。あと十手も残っていないだろう。エルダは他にカードが回るタイミングを少しでも遅らせるために制限時間いっぱいまで粘るつもりだったが、それでもせいぜい10分だ。


 このゲームには時間制限がある。それも5つの盤、それぞれに。時間は砂時計で計り、自分の番で砂が落ち切ってしまえばその盤は敗北である。その盤が勝負盤であった場合、自動的に相手の勝利が決まりゲームが終了する。支えの盤であったとしても、その盤で王を打ち取った際のボーナスと同じくカードを5枚、プラス相手の駒全てを取ったものとしてさらにカードを獲得することができる。


 平野で敗北し、カードが向こうにわたるのは避けられない。それは駒の配置時に理解していたことだが、問題なのは森と海の盤の決着の遅さだった。ここまで手数がかかるとは予想していなかった。海の盤でカードを2枚使ったが決めきれない。トリビューラが詰みを阻止するべく、カードを1枚使ったからだ。


 まだ、序盤だと言っていい。それでもエルダは「負けるのではないか」という不安が思考の大半を占拠してしまっていた。

 森と海は決着がつかない…。あと十手以内で詰みが見えない…。どうにか勝負盤でカードを獲得してこちらに回すしか…しかし、それだと支えの盤でカードを獲得して勝負盤で差をつけるという原則に反してしまう…。


 このままでは負ける。負ければ仇は殺せず、村人たちは無為に死ぬ。私も死ぬ。いや、私は勝っても負けても死ぬ身だから関係は無いか…。聖騎士であるルイーズに嗅ぎつけられた以上、どう転んでも私はもう終わりなのだ。


 仇を討つ。その一心でエルダは不安に押しつぶされそうになる心を奮い立たせて駒を進め、カードを切った。平野の盤は予想通り押し切られてしまったが、懸命な努力の末に森の盤で相手の王を追い詰めた。敵陣に深く攻め入り、囲んだ。


 あと一歩で敵の王を撃つことができる、というところだった。


 トリビューラの頭部に浮かぶ円がほんの数秒、著しくゆがんだ。魔王が口を開く。


「カードを行使する。好機、包囲、十字、暴食、虚言、…そして断罪」


 トリビューラは6枚のカードを切って王手をかけていた駒どころかエルダの自陣の駒まで蹂躙した。意味が無いと思っていたはぐれ駒に追い詰められ、瞬く間に森の盤は詰んだ。


 エルダがショックのあまり絶句していると、トリビューラはさらに海の盤にも仕掛けてきた。森の盤で獲得した5枚のカードも含めた8枚の中から3枚のカードを選んで使用し、エルダの駒を1つ取った。


 それが致命傷になった。エルダは海の盤でも敗北した。


 ふとエルダが気づいたときにはエルダは支えの盤全てで負けていた。

 手持ちのカードは3枚だけだ。森と海の盤には使えなかった。使う暇も隙も無かった。

 トリビューラの手持ちのカードは10枚…。


 エルダは目の前が真っ暗になった。



 ***



 地下牢から廊下へと出る扉を薄く開けてルイーズがそこから廊下を覗き見る。問題は無かったらしく、ルイーズは後ろのシェイルとローアに振り返らずに手招きした。


 ルイーズが扉を押し開けると、蝶番が軋んでギィィ…ィィと音を立てた。ルイーズが慌てて扉を止めてそれ以上音が鳴らないようにした。三人は凍り付いたように動かずに待った。

 何も起こらない。

 三人はそろりそろりと廊下へと出た。


 目の前の聖堂への扉は閉まっていたが、中から微かな光と物音が漏れていた。

 廊下にはブブとボボがいた。いつも通り、出入り口の近くで立っている。シェイル達を見て目を見開いて驚いている。シェイルとローアは彼らの顔を見て少しほっとした。しかし、ホッと息を吐いたのをルイーズに見とがめられた。顔をしかめて口に指を立てている。シェイルとローアはそろってバツの悪い顔をした。


 三人は廊下をつま先立ちでぺたぺたと歩いて進んだ。靴は地下牢で脱いで手に持っている。ブブとボボはただ黙って立っている。何が起こったのか聞きたい、とシェイルは思った。ブブはあの日、ルイーズが帰っていないことを知っていたのだ。エルダに口止めされていたのだろう。…ひょっとして今日のことも知っていたのだろうか…?


 入口の扉の前まで来た。ここまで何も起こらなかった。シェイル達とブブ達はお互いに無言で見つめあった。ブブ達の表情は読みにくいが、「すまない」と言っているようにシェイルには思えた。ブブとボボが教会の扉に手を掛けてゆっくりと開く。光が廊下を照らした。随分と明るい月光だ。


 シェイル達は扉から外へ、出た――。



 ***



「待ちわびたぞ。遅いであろう。もう少しで神官は完全に敗北するところだったではないか」


 シェイル達は教会の外に出たはずだった。しかし、そこは聖堂だった。

 外へと繋がっているはずの扉が、聖堂に繋がっていた。

 シェイルは目の前の光景が信じられなかった。まるでたちの悪い悪夢だ。しかしローアに殴られた頭がひどく痛むので、残念ながら夢ではないらしい。


 目の前にはスーツ姿の奇怪な男とエルダがいた。

 男は…、いや男というか、そもそも人間じゃない。首から下はスーツを着た男、なのだが、頭が…三角形だった。電球のフィラメントのような光る三角形の輪郭が頭のある部分に浮かんでいる。その三角形の中にもクレヨンで書いたような白い円が浮かんでいる。サイズはまちまちどころか、ふわふわと変形しながら生成と消滅を繰り返している。


 エルダは頭を抱えてうずくまっていた。机の上にはチェス盤と駒ようなものが散乱していた。シェイル達が聖堂に現れたときにエルダと一瞬目が合ったが、すぐに一層絶望した表情に変化し、また頭を抱えてうずくまった。


 ルイーズがシェイル達をかばうように一歩前に進み出た。


「…待ちわびた、とおっしゃったということは最初から知っていらっしゃったのですか? 私たちが地下にいたことを…」

「無論だ。余は『偉大なる大三角』であるぞ? 探すまでも無い」

「! しっ…、失礼いたしました。トリビューラ様…!」


 ルイーズは相手の正体がわかると即座に膝をついた。後ろ手でローアとシェイルにも同じようにするよう促した。二人も慌ててルイーズの真似をして膝をついて頭を下げた。


「ほう、余の名を知っておったか。分を弁える態度は素晴らしいが、よもやその程度のことで理不尽を免れようとは思っていまい?」

「…理不尽…ですか」


 疑問を口にしたのはルイーズではなく、エルダだった。エルダが顔を上げると、テーブルからころころと駒がいくつか落ちた。


「トリビューラ様、今宵の勝負相手は私です。彼らに何をされるおつもりですか…?」

「そなたも無念であろう? もう一勝負しようではないか」

「…」

「あやつらを殺せ」


 トリビューラは笑みをたたえた声でエルダに低く囁いた。


「あやつらを殺せ。そうすればそなたの勝ちにしてやろう。そなたの望みを叶え、村人も返そうではないか」

「……」


 エルダは魔王の言葉を聞いて、絶望を深めたように静かに息を吐いた。ルイーズ達は何も言い出せなかった。ただじっとエルダの様子を見守っていた。


「やるかね?」

「……あぁぁあぁ…」


 エルダは深々と息を吐いて、両手で顔を覆った。十秒ほどそうしていただろうか。手を下ろして顔を上げた時には呆然した表情ではなくなっていた。視線も泳いでいない。笑みも浮かべていない。いつも通りのエルダに戻っていた。ただ、いつもより少し悲しげな表情を浮かべていた。


「…やります」

「よかろう。健闘を期待する」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ