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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
最終章 これまでの千年・決戦・これからの千年
128/134

第124話 糸繰りの魔女

「あの、ちょっといいですか? 一つ提案があるんです」


 トゥルモレスとの戦いが始まる前。

 オリエラが砕ける少し前。

 ローアはエリス達に提案した。


「あなた達に、私の下僕になってほしいんです」


 沈黙が場を支配した。

 正気を疑う者。

 怒りのあまり絶句する者。

 自らの耳を疑う者。

 冗談だと思う者。

 感心する者。

 困惑する者。

 諦めたようにため息をつく者。


 にたりと嬉しそうな笑みをうかべた者。



「へえ」


 エリスは微笑んで続きをうながした。


「いいよ。続けて?」

「トゥルモレスと戦う以上、誰かが人形にされるのは避けられないでしょう。

 ですから、あらかじめ私の奴隷に(・・・・・・・・・・)なって(・・・)ほしいんです。

 おそらく人形化を解いて、元に戻せるようになります」


 その場のほぼ全員がその提案の意味を理解しかねて、あるいは理解し過ぎて、絶句していた。

 それは確かにトゥルモレスとの戦いにおいては有効な手段かもしれない。

 しかし、ローアの奴隷になるということはその後で殺されることになったとしても、抗うことができないということだ。

 彼らは確かに世界の敵(トゥルモレス)と戦うことを決意しているが、決して世界の味方ではない。

 純粋に自分やごく近しい誰かのために戦うことにしただけだ。

 それなのに奴隷になるなど、本末転倒でしかないのだ。


 しかし。


「いいね、採用」


 エリスは笑って、即決した。

 むしろこれを望んでいたかのような清々しさだった。

 もちろん反対意見は出たが、結局エリスが押し切った。

 それは説得などと言えるようなものでは決してなかった。

 いわく、「契約しないなら、トゥルモレスとの戦いに臨む前に、この場で殺す」と。


 そう。

 ただの脅迫だった。

 神様は微笑みをうかべながら、冗談か本気かわからない言葉を吐いたのだった。


 いや。

 それは冗談なんかじゃなかった。

 まぎれもなく、本気だった。



 ***



「起きなさい、私の下僕。それが私の望みよ」

『はい、ご主人様』


 エリスはノイズ交じりの無機質な声で返事をした。

 どうやら思ったような返事ではなかったらしい。

 ローアは不服そうに少し唇をとがらせた。


「フン……。呼びかけたくらいじゃあ、人形化は解けないか。

 まったく、手間のかかる下僕ね」


 ローアは両手をひろげ、クモの糸のようなものを何本も伸ばした。

 糸を伸ばしてエリスに触れる。

 網にかかった魚を引き上げる漁師のように糸をギリギリと張った。


「つかまえた。

 魂の修復も……、完了。

 さあ、起きなさい」

「……。

 うー……、あー……。

 うぅ……、ひどい気分だ……。

 まるで二日酔いしたような……」

「お酒飲んだことあるんですか?」

「そりゃ千年も生きてりゃ、何度か……。

 あれ? 無かったっけ? 無かったかも」

「寝ぼけてないで、さっさと起きて、魔法を解いて、戦ってください」

「うーん……、はいはい。

 神様づかいが荒いんだから、まったく……」


 エリスはぶつくさ言いながら指を鳴らした。

 夢の中のように茫洋としていた空間が現実に戻っていく。

 他の魔王たちの姿が見えるようになった。

 トリビューラ以外の魔王は無傷。

 トリビューラは身体が半分なくなっていたが……。

 まあ大丈夫だろう。不死身だし。

 人形になったフォクス・ミクスの攻撃にやられたらしい。

 次はこいつを人形から引き戻さなければならない。

 しかし。


 ローアは一度フォクス・ミクスから視線を切った。

 シェイルとトゥルモレスを探す。

 こちらに関して、ローアにできることは何もない。

 エリスと他の魔王たちに任せるほかない。

 しかし、気になったのだ。


 いた。

 四、五百メートルは離れているだろうか。

 シェイルはまだ生きていた。

 アドルモルタをその手にしっかりと握りしめていた。

 その炎で自分ごとトゥルモレスを焼きながらどうにか生き延びている。

 しかし、五体満足ではなかった(・・・・・・・・・・)

 目に生気がなかった。

 いや、もはや眼球がなくなっていた。

 魂もおよそ正常な状態とは呼べないほど呪われていた。

 宙づりにされて、もてあそばれている。

 今にも殺されてしまいそうだ。


 しかし、ローアは心の底から安堵した。


 理由は二つ。

 一つは、今この瞬間にシェイルが生きていたから。

 生きているなら肉体の損傷は治癒魔法で治せる。

 魂の損傷はローアが治せる。


 もう一つは、エリス達がトゥルモレスのすぐ後ろにもう詰めていたから。



すべて夢の彼方にトリック・オア・トリート

『は?』


 エリスの魔法を食らって振り向いたトゥルモレスの目にはまごうことなき驚きがうかんでいた。

 とっさに死の泥が展開される。

 夢と泥は拮抗し、押し合いになる。

 力ではややエリスのほうが分が悪いらしい。

 わずかに押し返されていく。


 しかし今、トゥルモレスに刃をむけているのはエリスだけではない。



鮮血境界レッド・ライン


 血のように赤い閃光がエリスとトゥルモレスの隣を走った。

 誰かの腕がくるくると回転しながら放物線をえがいて飛んでいく。

 その腕から黒い泥が飛び散っていく。

 トゥルモレスの腕だ。

 腕が落ちたのと、トゥルモレスが舌打ちをしたのと、レドモアが赤い剣を自分の肩に乗せたのはほぼ同時だった。


「どうした、大魔王」


 レドモアはにんまりと楽しそうに目を細めた。


「男前が台無しだぞ?」

『色目を向けるな、売女ばいたが』


 トゥルモレスが吐き捨てるように言うと、レドモアは気にした風もなく肩をすくめた。

 そして剣を持っていない方の手でつかんでいるものに目をやった。


 それはシェイルだった。

 シェイルの髪の毛をつかんでぶら下げている。

 ひどい有様だった。

 生きているか確認しようとして、レドモアが「げっ」とのけぞる程度には。

 ちらりとローアを見やり、彼女が満面の笑みで手をあげているのを見るとため息をついた。

 死んだネズミでも持つかのように思い切り手を伸ばし、できるだけシェイルが身体から遠くなるようにし、エリス達がトゥルモレスの相手をしているのを横目で見ながらローアのところまで歩いた。


「ほら」


 レドモアはシェイルを軽く放り投げた。


「治るのか?」

「おっとと……」


 ローアはシェイルをキャッチすると、赤ん坊にむけるような慈愛のこもった目をむけた。


「大丈夫です」

「まったく……、お前がこんなとんでもない女だったとは思わなかったよ」

「とんでもない? 何が?」

「それを本気で疑問に思えるところであろうな」

「理解できませんね」

「ワガハイもだ」


 レドモアはぷい、とローアに背を向けて歩き出した。

 トゥルモレスとの戦いに加勢に行くのだ。


「さっさとそいつを治してこい。

 トドメはそいつに刺してもらわねばならんからな」

「あ、ちょっと待ってください」

「なんだ?」

「ちょっとフォクス・ミクスに攻撃してくれませんか?

 今のうちにあっちも片付けておきたいので」

「そいつの治療は―――?」

「え?」

「ああいや、なんでもない」


 レドモアが心配するまでもなく、ローアはシェイルの治療を始めていた。

 優しく子守唄を口ずさみながら、片手で魔法の糸を操り、魂と肉体を同時に治している。


「隙を作ればいいんだな?」

「そうです」

「いいだろう。ただし、一撃だけだぞ。

 トゥルモレスを手薄にする方がまずいからな」

「わかってます」

「よろしい。武運を祈る」

「あなたも」


 レドモアはかがんでジャンプする直前、ローアを横目で見た。

 ローアの魔力はさほど多くない。

 シェイルを治療するだけのどこからまかなっているのだろう?

 答えはジャンプするまでの一瞬のうちに出た。


 シェイルだ。

 魔力の出所はシェイルだ。

 まさか治療対象からリアルタイムに魔力を引き出しながら治療するとは……。

 レドモアは勢いよく飛びながら苦笑した。

 まったく、呆れる信頼関係だ。


 レドモアは両腕から血しぶきを上げ、血の剣を作った。

 フォクス・ミクスを間合いに入れると、優に五メートルを超える刃を存分に振るった。

 トリビューラも間合いの中にいたが、無視した。

 そもそもトリビューラが間合いの中にいるかどうかは気にしていなかった。


 どうせ死にはしないのだから。

 そして哀れにも半身をすでに失っていたトリビューラは避けられずにさらに身体を半分にされた。

 しかしレドモアは剣速をゆるめることはなく、むしろより一層の激しさをもって周囲を切り刻んだ。

 本命のフォクス・ミクスに剣が届いていなかったからだ。

 フォクス・ミクスは剣の軌道上に「星」を設置することでガードしていた。

 レドモアがどれだけ速度を上げてもそれは変わらない。

 いかに剣でかいくぐろうとしても必ず阻まれた。


「なるほど、これは厄介だな」


 レドモアは一歩下がり、間合いの外に出てニヤリと牙を見せて笑う。


「しかし実のところ、貴公が相手にしていたのはワガハイではないぞ?

 遙かに厄介な相手だ」


 その言葉に反応したのか、フォクス・ミクスが首をかしげる。

 いや、そうではなかった。

 首を引っ張られていたのだ。

 糸が首にからまっている。

 それが魔王の頭を引いているのだ。


「剣は避けれても、剣から糸が伸びてたなんて気づかないわよね?」


 遠くからくすくすと笑うローアの声が聞こえた。


「気づかないものは、避けられない。違うかしら?」

「え……? ワガハイの剣から糸だしたのか、貴様……?」

「? ええまあ。はい」


 レドモアは振り返って、何か言いたそうな目でジッ……とローアをにらんだが、何も言わずに目を逸らした。

 どうにも苦手だな、と感じた。


「それで……、やりたかったことはできたのか?」

「できました。ほら」


 ローアが見てください、と自信たっぷりに指をさす。

 振り向いてフォクス・ミクスを見ると、確かに人形化が解けたらしかった。

 エリスと同様、えずいている。


「うぅぅ、おええ……。

 気持ち悪い……。しかし……、手間をかけさせて申し訳―――。

 おええ……」

「いや、もういいから少し休んでろ」

「かたじけない……」

「だができるだけ早く来い」

「どっちなんだ……?」

「どこも余裕などないということだ。ああ、気が重い。

 アレと戦わねばならんのか……」


 レドモアは両手を頭の上で組んで伸ばした。

 筋肉か関節がギリギリと金属の軋むような音を立てた。


「世話をかけるな」

「ああ、これは貸しだ。終わったら返すがよい」

「そうしよう」

「さて……」


 レドモアは仏頂面でフォクス・ミクスとローアに片手をあげると、トゥルモレスと戦っている他のメンバーに加わった。

 それを見届けると、フォクス・ミクスはゆっくりと巨体を持ち上げた。

 ローアに軽く会釈をし、ローアも会釈を返した。

 次に足元に転がっているトリビューラの破片に目をむけ、かがんで声をかけた。


「行けるか?」

「まだだ……」

「やれやれ……。三角形に積み上げれば多少早く回復するか?」

「バカにしているのか、貴様!」

「いや、本気だったのだが……」


 フォクス・ミクスは立ち上がり、きーきーと罵詈雑言を喚き散らしているトリビューラから離れた。


「私も行かねば……。早くあの怪物を止めて、終わりにせねば……。

 ……彼はどうだ?」


 フォクス・ミクスは恐る恐るといった風にローアに尋ねた。

 ローアは肩をすくめて答えた。


「まだかかるわ。でも、そこの破片さんよりは早く戻ると思う」

「そうか……。かなりかかるということか」

「そうね」

「なんだと!」


 足元で破片がきーきーと鳴いた。


「どいつもこいつも、余をバカにしやがって!」

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