表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
最終章 これまでの千年・決戦・これからの千年
124/134

第120話 魔王を刈る

「なあ、ローア……」

「なに?」

「これ……、これがローアの作戦なのか?

 俺が失敗したわけじゃなくて?」

「まあ、そうね。そうよ。

 でも上手くいったらいったで、ああこうなるんだって感じだわ。

 実際にやってみたらなんだかイメージと違うっていう……。わかるでしょ?」


 シェイルは少し顔をしかめている。明らかに納得がいっていない様子だった。

 それでもぎこちなくうなずいてみせる。

 もっともそれがローアの位置から見えるかどうかはあやしかった。


「わかるけど……。

 でも、ホントに? ホントにイメージできなかったの? これが?」

「なによ?」

 ローアは少し怒ったような声色で言う。

「なにか不満があるってわけ? もっといい方法を思いついてたって?」

「そんな怒らないでよ。

 別に思いついてなかったけど、でもこうなるってわかってたら……」

「なによもう! いつまでもぐちぐちと!

 気に入らないならハッキリそう言いなさいよ!」

「そう? じゃあ、言わせてもらうけど……」


 シェイルは自分の身体に目をやった。

 いや、身体はもはや見えない。

 木の枝やつるのようなものに縛られたり覆われたりしているからだ。

 木に擬態した泥を見ていたと言った方が正しい。


 シェイルはサフラの泥人形が伸ばした木のような、手足のような、泥、にからめとられていた。

 さらには木が大きくなるにしたがって少しずつ上に持ち上げられていく。

 今は三階建ての家の屋根くらいの高さだ。

 どれくらいの高さまで伸びるのかはわからないが、それがわかる前にシェイルは別々の方向に伸びる枝に引き裂かれてしまうだろう。

 ちなみにローアはちょっと離れたところに立っている……はずだ。

 首もあまり動かせないからよく見えないけれど。


 シェイルは一度深く息を吸ってから言った。


「もっと良いやり方があったと思うんだ。

 こんながんじがらめに縛られないですむやり方がさ……」



 ***



 十分前。


 シェイルはローアをおんぶしてサフラの周りを走り回っていた。

 サフラはすでに巨大な一本の木と化していた。

 一万年生きたような貫禄のある大木の枝が槍となり伸びてくる。

 シェイルのすぐそばに腕の太さほどもある槍がドスドスと突き刺さる。

 上からも横からも、前後左右、あらゆる方向へ槍が伸びてくる。

 それをシェイルはネズミのようにすばしこくかいくぐっていた。

 ローアはというと、シェイルにしがみつきながら視線はサフラに注いでいた。

 本体やその周りの枝々の動きまで見て、観察している。

 その表情に怖れはない。流れ弾に当たることなどまるで考えていないようだ。

 雨の中を傘をさして散歩しているような何気なにげなさで魔王を模した人形の攻撃を眺めている。


 ザザザザザ、ドスドスドス、ギャギャギャギャギャ。

 メリメリ、ズルズル、キィーキィーキィー、ドドドドド!


 木々の立てる無数の音の中をただ思考を巡らせながら見つめている。

 やがて、彼女は思いつく。

 いかにしてサフラに攻撃を当てればいいのかを。

 ローアは軽くシェイルの肩をたたいた。


「思いついたわ、シェイル」

「オッケー」


 シェイルが走りながらうなずくとその額から汗が一筋流れた。

 コースを修正してサフラから距離を取っていく。

 槍の雨をかいくぐるため、前後左右へと不規則に跳ぶように走って望む位置へと進んでいく。

 ある程度離れると攻撃はあまり激しくなくなってきた。

 さきほどの攻撃が暴風雨とすればしとしと雨といったところ。

 手数はあまり変わらないが攻撃はずっと軽い。


「ここらでいいかな。声も聞こえるし」

「そうね」

「どうすればいい?」

「結局のところ、懐に入り込めないのが問題なのよ。

 アドルモルタで攻撃できないから」

「遠いと威力でないしな。

 魔力を思いっきりこめれば通るかもしれないけど……」

「ダメよ。本命トゥルモレスと戦う時のために魔力は温存したいわ。

 サフラの魔法はシンプルよ。概念系の魔法は使ってこない。

 たしかに魔王の中でもトップクラスの実力を持っているけれど、その強さは私たち人間の延長線上にある。脳筋のシェイルと相性は悪くないわ」

「誰が脳筋だ」

「でね、思いついたんだけど……」

「うん」

「いっそ捕まっちゃえばいいと思うのよ」

「え?」


 シェイルは一瞬全ての思考が停止した。

 木々への注意も、足運びも全て。

 そのせいで細い枝が一本足首を貫通した。


「あいたっ」


 痛みで我に返ったシェイルは木の槍を振り切るようにスピードを上げ直した。

 ローアが心配そうに身を乗り出す。

 肩越しにシェイルの足を見るが、すでに傷は治っていた。


「ちょっと、大丈夫?」

「ああうん、平気。これくらい。

 それより、いっそ捕まっちゃえばいいってどういうこと? どういう意味?」

「? そのままの意味よ。サフラの木にからめとられればいいの。

 それ以外にどんな意味があるの?」

「まあ、そうだよな」

「わかったら捕まってきて」

「……俺けっこうローアのこと信じてるつもりだったけど、ちょっと考え直したいな……」

「なに言ってんのよ。一度は私のこと信じたってことでしょ?」

「そうだね」

「じゃあ最後まで、死ぬまで私のことを信じなさい。

 信じるって言葉には過去形なんて無いのよ。私が相手ならね」

「ムチャクチャすぎだろ!」

「行くの行かないの?」

「行くよ! 行けばいいんだろ!」

「ええ。いい子ね」


 ローアはほほえんでシェイルの頭をなでた。

 シェイルはムッと顔をしかめたものの、その手をはらったりはしなかった。


「でもローアはどうするんだ? 下ろしたら攻撃されるだろ?」

「大丈夫よ。魔法を使わないで静かにしてれば狙われないみたいよ」

「え、そうなの?」

「ええ。さっきから見てたけど、この木の枝が狙ってるのはシェイルだけよ。

 私のことは全然、これっぽっちも狙ってないわ。見えてすらいないかんじね」

「そっか。どこで下ろしたらいい?」

「あのあたりがいいわね」


 その後、ローアを下ろしてシェイルはサフラに真正面から突撃してわざと捕まった。

 向かってきた槍を避け、伸びきった槍にしがみついたのだ。

 案の定槍はシェイルに巻きつき、縛り上げた。

 それからゆっっっっっくりと本体の方へと引き寄せられていった。

 そして冒頭のような状況になったわけである。



「なあ、ローア……」シェイルは枝にギリギリと締め上げられながら言った。「思ったんだけど……」

「なに?」

「魔力の波をたてないように静かにしていれば狙われないなら、そうやって近づけばよかったんじゃないのか……?」

「……」

「……」

「さあ、シェイル! 今よ、アドルモルタで焼き斬りなさい!」

「スルーかよ……。

 まったく、この十分間はなんだったんだっ……!!」


 シェイルはこの十分間が徒労だったことへの憤りを魔力として発散させることにした。

 魔力に反応して木々の締め付ける力が強くなる。

 しかし、遅い。

 ドットと同等の速さで動けるようになったシェイルにはあくびが出る遅さだった。


 シェイルは身をよじって木の拘束をひきちぎり、空中へ逃れた。

 ちぎれた木々が逃すまいと手を伸ばすように震えている。

 遅い、遅い。


 剣を持つ手に力と魔力を走らせる。

 巨大な樹木と化したサフラがそこにいる。

 目の前に。すぐそばに。こんなにも手の届く距離にいる。

 無防備だな、と思った。

 もうこっちはアドルモルタを抜いているのに、防ぐ術も逃れる術もないのだから。



 アドルモルタを振り下ろした。



 燃える鉄を水に突っ込んだような音とともにサフラの木は真っ二つになった。

 その木の間からサフラの人形が少し見えている。

 虚ろな目でシェイルをにらんでいる。

 しかし、シェイルはアドルモルタを鞘におさめると背を向けて歩き出した。

 ローアが驚いて目を見開き、ためらいがちに近づいてきた。

 シェイルと泥人形を交互に見ながら、ばしゃばしゃと水をとばしながら歩いてくる。


「ちょっ、ちょっと、シェイル」

「? なに?」

「トドメは? 刺ささないの?」

「なに言ってるんだ」

 シェイルはけげんそうに眉をひそめた。

「もう終わってるじゃないか」

「ええ? でも……」


 ローアは泥人形の方を見た。まだこっちを見ている。

 ローアはぶるっと身震いして目をそらし、シェイルで人形が見えないように少し移動した。


「こっち見てるじゃない。回復するんじゃないの?」

「そんなバカな……」


 シェイルは振り返ると、小さく「ああ」とだけ言った。

 かがんで足元の水の中に手を入れ、小石を拾いあげる。


「たしかにまだ生きてるように見えるな」

「でしょ? わかったら早く……」

「いや、もう死んでるよ。ただ、見た目は壊れてないだけだ」

「壊れてない……?」

「これでわかるよ」


 シェイルはローアの目の前で拾った小石を指先ではじいて飛ばした。

 飛んでいった小石が木の裂け目から中に入り、サフラの人形の眉間に命中する。

 それを見てシェイルは得意げにのどを鳴らした。


「どう? すごいでしょ」

「……」


 ローアは確かに「すごい」と思ったが、それを口にするのはしゃくに障るので黙っていた。

 人形の眉間にみしりとヒビが入る。

 そのヒビがゆっくりと人形の身体を割っていく。

 どうやら弱くなっていた部分が自重を支えることができず、ヒビとなって崩れていっているらしい。

 なんのことはない。木を割った一撃は人形もきっちり壊していたのだ。

 小石はもう壊れた人形をつついて表面的な崩壊をもたらした。

 それだけのことだ。

 たしかにショーとしては目を見張るものがあるけれど、一つ残念なことがある。

 シェイルがこんなに得意げでさえなければ完璧だった、ということだ。


「ねえ、すごいでしょって。ねえねえ」

「はー……」


 崩れていく人形と大木に背を向けてローアは深くため息をついた。



 ***



 ドミナトスは必死だった。

 勇者キュアリスの撃つ絶え間ないパンチを延々と防ぐという勝負に引きずり込まれたからだった。

 もちろん本物ではなく泥人形なのだが、そんなことはドミナトスにとって何の気休めにもならなかった。

 一秒間に十発以上パンチが飛んでくるうえに、受けるだけで腕がはじけ飛びそうなほど重いのだ。

 しかもたまに軽くて素早いパンチまで混ぜてくる。

 わずかな隙から急所をねらう一撃だ。

 文字通り歴戦の勇者と戦っている気分だった。


「おーい、ドミナトス! 調子はどうだ?」

「!」


 だからサフラの人形との戦闘を終わらせたシェイル達の声が正面からきこえた時、本当に嬉しかった。

 心の底から安堵に似た感情を味わった。

 そのせいか、防御がわずかに緩んだ。

 一撃ごとに張り直していた障壁の強度がほんの少し落ちていた。

 キュアリスの人形はそれを見逃さなかった。

 きっちり一撃で障壁を破壊し、驚愕と後悔に顔を引きつらせるドミナトスに手を伸ばし……。

 不意に真横に目をやった。

 人形の虚ろな目にアドルモルタの火が映る。


「おらああああああ!」


 キュアリスは相打ち覚悟で反撃するつもりか、ドミナトスを攻撃しようとしていた手をあげようとしたが、それはかなわなかった。

 黒い鎖が腕に巻きついていた。その一端をにぎるドミナトスが笑う。


「お前の相手は俺だろ? よそ見するなよ」


 人形は鎖を横目でにらみ、ギリと歯ぎしりをした。

 次の瞬間、アドルモルタの一閃で人形の上半身が吹き飛んだ。

 ドミナトスは崩れた泥の塊を押しやった。

 アドルモルタの炎がかすった前髪から焦げた匂いがした。


「遅かったな。死んだかと思ったぞ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ