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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
最終章 これまでの千年・決戦・これからの千年
123/134

第119話 人形は夢を見ているのか?

 魔王と勇者の泥人形をみてエリスは目を見開いた。

 また見たことの無い手だ。

 泥人形は無表情のまま、こちらへ近づいてくる。


 急いで計算する。

 凄まじい魔力だ。その魔力はどこから来た?

 泥人形の中身は? 本物と同じことができるのか?

 このまま混戦にするのが奴の狙いか?

 ……。



 泥人形が二歩目の足を地面につける前にエリスは結論を出した。

 右手を払って仲間たちに告げる。


「分散する!

 今から全員を転送するから、各地で撃破しろ!」


 エリスの仲間たちはその言葉にぎょっとした表情をみせた。

 トゥルモレスがにやりと笑うが、エリスは表情を変えなかった。

 伸ばした右手で指をならす。


「以上! 幸運を祈る!」



 ***



 そこは湖だった。

 湖と言っても、水位は低い。十センチかそこら。

 くるぶしまで水につかる程度。

 円形の湖の外には針葉樹の木々がまばらに生えている。

 遠くに見える山肌は白かった。

 肌寒い。吐く息も白い。

 空は突き抜けるように青かった。


 黒いものは数えるほどしかなかった。

 たった三つだけ。

 サフラとキュアリスの泥人形とドミナトス、それだけだった。


 ドミナトスは手のひらの上にのせた首をくるりとこちらに向けた。

 そして、これみよがしにため息をついた。


「お前たちか……」


 それを聞いてシェイルとローアは顔をしかめた。


「なんだよ、なんか文句あるのかよ」

「そうよ、人の顔を見てため息つくなんて失礼だわ」

「ああ、そうだな。これはすまない……」


 ドミナトスはわざとらしい口調で謝罪すると、首の向きを戻した。

 シェイルとローアは立ち上がり、身体についた水をはらった。



 トゥルモレスが作った泥人形とそのまま戦うのはまずいと判断したエリスは、適当(適切と言うべきかは不確定だ)に選んだペアにわけて世界のどこかに転送したのだ。

 サフラとキュアリスの泥人形に割り当てられたのが、シェイル、ローアとドミナトスだったということ。



 シェイルは不安そうにサフラの泥人形をみつめている。

 サフラは動かず、突っ立ったまま。

 キュアリスはこちらにむかってずんずんと近づいてきている。


「サフラって確か……」

「魔王の中で二番目の古株だ」

「そうか。じゃあ、ドミナトスがサフラ。俺たちがキュアリスだな」

「なぜだ!?」

「当然だよ。強いほうがより強いほうと戦うものだろ?」

「一理あるが、私は反対だ。全滅するぞ」

「私もやめた方がいいと思うわ。シェイル」

「え? そうなの?」

「キュアリスの強さを過小評価していない?

 私たち、本気のキュアリスと戦ったことないのよ」

「でも、サフラの方が強いんだろ?

 キュアリスと戦った方がバランスいいんじゃないのか?」

「総合的な能力で考えればバランスはいいわね。

 でも、どっちも格上ってこと忘れてない? その考え方だとジリ貧よ」

「じゃあ、どうしたら……」

「私に考えがある」


 ドミナトスはサフラとキュアリスを指さした。

 二体の泥人形は虚ろな目でこちらを見ている。

 キュアリスはもうすぐそこまで来ている。


「サフラは動き回るタイプじゃない。あそこから動かずに戦うだろう。

 お前たちはアドルモルタで動かないサフラを斬ればいい。簡単だろう?」

「簡単に言うなよ。あいつの魔力すごいよ。どう考えても簡単じゃないよ」

「一方のキュアリスだが、」

「聞けよ」

「あいつの魔法は、まともに食らえば(・・・・・・・・)、魔王すら死に至らしめる類の……即死魔法みたいなものだ。

 お前たちが食らえばそれでおしまいだ」

「それってアンタにも効くんじゃないの?」

「まともに食らえば、な。

 そう何度も攻撃されればいずれは砕かれるだろうが……。

 まあ、お前たちよりはマシだ」

「ちなみにドミナトスがサフラと戦うとどうなるの?」

「完封される。いい加減にしろ。もう時間がない」

「え?」

「ほら、見ろ」


 シェイルが目を離した隙に、キュアリスが距離を一気に詰めてきていた。

 反射的にアドルモルタを構えたが、横からドミナトスに胸倉をつかまれて投げ飛ばされた。キュアリスの頭の上を弧を描いて飛んでいく。


「ちょっ、なにするんだよ!」

「次行くぞ、受け止めろよ!」

「なにす……、きゃあっ!?」

「うぇ?」


 シェイルが起き上がると、すでにローアは空を飛んでいた。

 放物線を描いて落ちてくる。

 しかも背後で魔力が動く気配がした。

 サフラが攻撃をしかけてきている!


「シェイル! 後ろ後ろ!」ローアが金切り声をあげた。「攻撃きてる!」

「わかってる!」

「あと私も受け止めて!」

「わかってるって!」


 ローアが落ちてくるまであと二秒ある。

 シェイルは振り向いてサフラの攻撃を視認した。


 槍だ。

 木の枝らしきものをらせん状に束ねた木の槍がこちらへ向けて伸びてきている。

 予想より速い。もう次の瞬間には届く。

 だが、それだけだ。速いだけの攻撃なら当たらない。

 槍をかわす。

 すれ違いざまにアドルモルタの柄に手をかけつつ、槍を観察する。

 木の枝のように見えたものは、黒い泥だった。人形の身体と同じ。

 質感は木に近そうだが、間近で見れば木ではないとわかる。


 人形がサフラの魔法を模倣していると仮定する。

 すると槍が木ではなく泥だったということは、サフラの魔法は木を生み出したり操るものではなく、身体を操って攻撃するものだ、ということを意味する。

 もしも木を生み出し操る魔法なら、泥の槍ではなく木の槍が伸びてこなければならないからだ。


 そしてもう一つ。

 人形の泥は、触れても問題ないことがわかった。

 俺とローアは王国で人形の呪いを発症した人々をみてきた。

 ローアは彼らの呪いは人形になる呪いであって、聖都でみたような死の呪いではない。触れても死ぬことは無いと言っていた。

 ローアの説明はむずかしくてシェイルにはよくわからなかったが、こうして目の当たりにしてわかった。

 ローアは正しかった。

 トゥルモレスの呪いは人形化か死か、どちらか一つなのだ。

 互いに打ち消し合うのか知らないが、両方含んでいることはない。


 槍が隣を通過する一瞬のうちにシェイルはそんなことを考えていた。

 だから槍がするりとほどけたのも見てはいたが、わずかに反応が遅れた。

 槍は糸のように細い泥の槍が束ねられたものだ。それがほどけた。

 そしてその細い一本一本が槍として四方八方に突き出された。

 遠目には猫じゃらしのように見えただろう。


 シェイルは反応が遅れたものの、全力で跳べば回避することはできた。

 しかし、そうすれば落ちてくるローアが餌食になる。

 この攻撃はシェイルではなく、ローアが標的だ。

 人形の泥は触れても死なない。即死ではない。侵入されなければいい。

 なら、多少は食らっても問題ない。


 シェイルは身体をわずかにひねって槍が急所をつらぬくことだけは避けた。

 身体のあちこちを槍が貫通したが、貫かれた箇所は強い炎を出して侵入されないようにする。

 同時にアドルモルタを抜き放ち、槍を斬った。

 槍は身体の中でさらに細かく分かれようとしているようだったが、本体との接続を断たれてからは、それ以上の動きを止めた。

 本体から分離したほうの槍はまだもぞもぞと動いていたが、空いている方の手でつかんで背後へ放り投げた。身体に突き刺さっていた槍もあったが、無理矢理ひきちぎった。

 本体とつながっている方の断面は再度槍をのばして攻撃しようとしていたが、それより先にもう一度斬った。

 今度はのびている方向に対して平行に枝分かれさせるよう、炎をのばして根元の方まで斬撃を飛ばす。

 これでしばらくは次の攻撃は来ないだろう。

 とりあえずローアをキャッチするまでの間は。


 シェイルは上を見上げ、両手を広げた。


「オーライオーライ……。よっと」

「……」


 ローアは赤ん坊のように手足をお腹の前で縮めて丸まった姿勢で落ちてきた。

 青い顔色をしている。


「大丈夫?」

「怖かったわ……。落ちるかと思った……」

「俺が落っことすわけないだろ?」

「……」


 ローアは無言でシェイルの顔を見た。

 そしてなにも言わずにサフラに視線をうつした。


「さて、どうやって倒したものかしらね」

「ねえ、なんで無言なの? ねえ」

「ああやって動かないのは休んでるのか、準備してるのか……」

「なー、ローア、無視しないでくれよぉ……」

「うるさい、行くわよ」

「あたたたた……」


 ローアはうるさそうにシェイルの頬を引っ張ると、足を延ばして湖の上に立った。



 ***



「おい、エリス……」

「なに?」

「冗談だろ?」

「なにが?」


 フォクス・ミクスは隣にいるエリスに声をかけた。

 他にはトゥルモレス以外、誰もいない。

 エリスが泥人形と一緒にどこかへ転送してしまった。

 残されたのはフォクス・ミクスだけだ。

 困惑しているフォクス・ミクスの表情をみてエリスが「ああ」とわざとらしく手をポンと打った。

 ただし、視線はトゥルモレスから離さなかった。


「他のメンバーが君抜きでやれるかどうか心配してるの?」

「違う。アレを相手にどうして俺達二人だけなんだ」


 フォクス・ミクスは聞くのもバカバカしいといわんばかりの口調だった。

 元々九人がかりで戦うことを想定していた相手なのだから、それは当然と言えば当然だった。

 エリスはふっとため息をついて肩をすくめた。


「他に手、あった?」


 フォクス・ミクスにはエリスの表情こそ見えなかったが、さっきまでのわざとらしい芝居がかった声色が消えていることに気づいた。

 少なからずあきらめが混じっていた。


「あの泥人形は野放しにしちゃダメだ。

 放置してたら、トゥルモレスと戦っている間に取り返しのつかないレベルで世界を壊してしまう程度には脅威だし。

 いくらかは戦力を割く必要があるよね。

 駒の数はこちらが多いけど、総合的にはやや劣勢。

 普通に分散すれば負ける。だから賭けたんだ」

「賭け、だと」

「戦力比にムラを作った。あの人形には自我がほぼ無い」

「ほぼ、とは?」

「夢うつつ……、いや、寝起きって感じかな」


 あの泥人形は複製だ。

 同じ姿ということは同じ魔法が使えるということだろう。

 それはつまり、思考を模倣しているということ。

 そうでなければイメージがものを言う魔法はコピーできない。

 しかし、思考を模倣しているなら、寝返ってトゥルモレスに敵対するはずだ。

 そうなっていないということは自我をある程度殺して(眠らせ)、命令を植え付けているということ。


「なるほど。だが、どうしてわかる?

 私には、確認するほどの時間は無かったと思うのだが……」

「見た感じ、そうっぽくない?」

「見た感じ!?」

「そう。見た感じ」

「あ、当てにならんではないか!」

「信じてって」

 エリスは無い胸を張った。

「こう見えて僕、カンはいい方だから」

「はあ……。で、自我がほぼ無いからなんだと?」

「寝ぼけた人形に戦力の計算はできない」

「はず、か?」

「はず、だ。

 みんななら大体わかるはず。だから―――」

「不利な連中が耐えているうちに、有利な連中はさっさと勝って加勢に行けってことか。

 人形はそんなのお構いなしに単調な攻撃しかしてこないから、邪魔されるようなことも無いだろうと」

「そういうこと」


 エリスはにこりと笑ってピースサインを作った。

 フォクス・ミクスは「はー……」とため息をついた。


「で、俺達はどれくらい不利なんだ?」

「そうだねえ……」


 トゥルモレスはただ黙って立っている。

 エリスとフォクス・ミクスの会話を聞きながらにやにやと笑っている。


「死にゲーって知ってる?」

「ああ。だがもう続きを聞きたくなくなった」

「それはよかった。話が早くて助かる。さて……」


 エリスは笑みをひっこめて真面目な顔に戻った。


「死ぬ気で時間を稼ごうか」

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